第二十四話
新章投稿します。ちょっと長くなる予定です。
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首に鉄の輪が食い込む、たった数日でこの息苦しさにも大分慣れた。
全身の痛みは、治りかけた傷のものだけではなかった。刺さる視線の種類も数も、これまでの人生で経験した比ではない。
友のように親しい敵意に、これほど晒されたのは初めてで。
己の知る慎ましい殺意を、どれほど煮ても足りないだろう。
無関心も居るにはいるが、後方に座る者のちゃちな憎悪で潰される程度の薄さだった。
足がここまで重くなったのは、中学の夏休みに補習で家を出た時くらいだ。熱い太陽の光で落ちた汗とは違う恐怖が、背中を伝った。
そうか、怖いのか。
見栄を張っていた。平気だと言い聞かせていただけだった。
そしてこの瞬間の為に用意された舞台に、上り切る。
「〈これよりこの者の、斬首刑を実行する〉!!」
魔力によるエコーの掛かった声が、横から聞こえてうるさかった。
衆人のざわめきは厚さを増す。
鎖を持った男の手に、力が加わるのが分かる。何を隠そう、一番痛みの残る傷を付けたのはこの男だ。
男は遠くを見るように、こちらを少しも見ようとしなかった。
それがとても、悔しくて悲しくて、むかついた。
こっちを向けと言いたかったが、声を出すと痛みが走る魔法が首の輪に掛けられている。
何度も魔法が発動したので、体が声を拒絶しだしたのだ。学習能力が無いのは自覚していた。
「罪人を台へ!」
鎖を引かれれば、どこが痛いかよりどこが痛くないかを探した。その痛みとも、もうじきお別れだ。
家族を思い出し、友を思い出し、仲間を思い出す。
思い出す恋人がいない事が、心残りだ。
体が倒される。
召喚とか訳の分からない状況になっても、異世界であっても、後悔の無い道を選んできたのに。
これが、終わり。
首を固定され、身動きもとれない。
歯を食いしばる力も、助けてと叫ぶ力も無い。何も出来ない。
首を切る縄の傍に、人が立った。
死にたくない、助けてほしい。だって、まだ何も叶えていない。
影が動く、最後の風が髪を揺らした。
嫌だ。嫌だ、嫌だイヤだイヤだイヤだイヤだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだ
いやだ
ダレカ
プツン
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「おおおおおお!!!でけええええええーーーーーー!!!」
「うるさい!」
「ふおおおおおお!!お、おおお……」
豪狼に言ったつもりが、何故か矢背の声がすぼまった。
訳ありの魔物の素材を抱え、旅を再開する事五日。あの村から距離を取ると、思い出したように魔物の襲撃が復活。予定より二日、勇者の街〝勇者の城壁都市〟からの日数を足すと、かなり遅れてのゴールだった。
思い返せば魔物の数が増えたと聞き、序盤は対応に追われていた。しかし竜の姿をした合成獣が出た村に近付くにつれ、その襲撃は減っていた気がする。もしあの化物山の嫌な気配が、魔物にすら二の足を踏ませる危険なものだったとしたら。元山賊による防衛強化は不要だったかもしれない。
終わった事より、目の前の街だ。
勇者の街の外門に匹敵する壁の向こう、緩やかに隆起した土地の上に立つ、色とりどりの屋根が外からでも見えていた。一目ではその文化も用途も生活も理解出来ない建物や、街の名物に成り得る異質な建築物。百八十度より広がった半円型の街は、中心と内側・外側から更に区画があり、端の区間はここからでは確認出来なかった。
国最大の人口を誇る首都〝ヴァストラージ〟、過言は微塵も伺えない。
何より圧巻は街の奥中央、他を遥かに凌駕した芸術のような光城。
そして、城の背を軽く支える天に刺さった岩山である。
自然と調和した幻想の完成体。異世界に改めて強く触れ、心臓が痺れた。
高い壁に街の景観が消えていく、もう直ぐ正門だ。百を優に超える入場者の列に最初はため息が零れたが、進みが予想より早かった。
初めて訪れる者は手続きが必要だが、身分証明書や紹介書を用意していれば顔パス同然。特にバンハット商会のような大手会社の許可証は、門前審査に文句が言える程強い力を持っている。身請け保証人がかなり有力な貴族らしいのだが、名前を聞いても分からなかった。
入門時、商隊に紛れて入ろうとする者がいないか警戒し、前の団体と後ろの冒険者組みとは間を空け入る。
壁の向こうは、正に異世界だった。
人で出来た海に潜ったようだ。数えきれない人々の生活が、活気と息遣いが波となって襲ってくる。
外から来た者を迎え入れる屋台、露天は無かった。足場が減ると出入りに影響が出るからだろうか。上手く隠れているが、門を通る者一人一人を確認する影も複数、『風』が捉えていた。数歩首都に入っただけで、情報過多と脳が訴える。
空紀が知らない表情も感情も、数多の現実が折り重なって声を張っていた。
「ようこそ!栄光の国都〝ヴァストラージ〟へ!!」
首都の風が髪をかき上げた。何処を見ても見足りないそんな状況に、リンリーのお披露目言葉が区切りをくれる。
時間は有るのだ、やりたい事を全部しよう。
首都のバンハット商会支部に辿り着く為には、豪狼の首根っこを掴む必要性が出てきた。リードの外れた大型犬並の突撃具合、ヴィブの急所一発が無ければ空紀が引きずる事も難しかっただろう。
村からの奉公で増えた従業員も住める、立派な支部に着いた。目玉商品を特別室に運び、積荷を流れ作業で運んでいく。相変わらず豪狼はヴィブに無駄な怪力勝負を仕掛けているし、矢背はどちらかと言えば居ない方が良い運搬量。割れ物を持たせないようにだけして、好きにさせた。
パーティは解散するのだ、いつまでも口出しする気は無い。
足に引っ付くそれを無視して、会長と話しをする。
「今回は本当に助かりました!急に参加を頼まれた時は正直困ったんですけど、お三方の協力のお陰で無事首都に辿り着く事が出来ました。感謝します!」
「こちらこそ、急なお願いに応えていただき感謝しています。未熟な身で色々とご迷惑をお掛けしましたが、とても貴重な体験をさせていただきました!有難う御座います!」
「ほんとだぜ!竜とやりあうとか、マジ半端なかったわ!!サンキューなおっちゃんったあああ!!!」
「あ、ありがとう……ございました!」
「ああ気にしてないので、足を上げていいんですよアキさん」
寛容な会長の言葉に、豪狼の足の甲にめり込ませた踵を上げる。無礼者はしばらく涙目でうずくまった。傷がどれだけ早く治っても、痛みが直ぐ消える訳ではない。馬車の車輪に小指をぶつけた時も、声も上げず耐えていた。
話しはこれからの事になる。
「皆さんの勇者の街から首都までの護衛期間と、狩った魔物の素材等を精算。臨時収入も計算に入れますと、報酬をお渡し出来るのは五日後になります。よろしいでしょうか?」
「道中のお世話になった分を引き、基本報酬だけでも今頂けませんか?信用しています」
初めての友、橘美希子が紹介した商人だ、短くない旅で人となりも知ったつもりである。元々この世界の相場も分かっていない超アマチュア冒険者。彼の商人としての性格を信用して、報酬金額は任せるしかなかった。
というより早急に金を手にしなければ、空紀達はまごうことなき一文無しである。
空気を読むのが仕事と言える商人、事情を察し笑顔で了承してくれた。用意が出来るのを待つまでの時間は、足に張り付いて離れないゼルキンを宥めるのに消費する。
「……まだ、居てほしいです……」
一時の契約冒険者に対し、賢いゼルキンは精一杯の礼儀を持って接してくれていたが、別れ間際に年相応の行動をされると母性がくすぐられる。背伸びをしたいお年頃だと遠慮した態度を取っていたが、服を掴み顔を伏せる子供の頭をつい撫でてしまった。
「はっ!お子ちゃまはこれだかばあ!!?」
「み、見向きもせず、顔面、パンチ……!?」
確かに別れは辛い、しかし離縁ではないのだ。
「冒険者は続けるから、きっとまた会う機会はあるよ」
「本当、ですか?」
「約束する」
縁は大切にしたい。出会いは記憶であり、別れは思い出となる。空紀がこの世界で一番最初に欲したものだ。簡単には終わらせたくない。
服を掴んだ手を放し、見上げたゼルキンの瞳に涙は無かった。
「お待たせしました!」
拳程に膨らんだ皮袋を三つ、パーティの事情を把握した気遣いに感謝した。各々報酬を受け取る。中身を見ようとする両隣の脛を軽く蹴り、頭を下げた。
「追加分は五日後いただきに伺います、都合のつく時間帯はありますか?」
「そうですね……陽が落ちる頃に訪ねてもらえると助かります。次の日の昼頃までは待てますが」
「分かりました、五日後の暗くなる頃にまた来ます。忙しい中時間をもらい申し訳ありません、色々有難うございました!」
「いえいえ、是非また来て下さい。倅が喜びます」
忙しい会長とは社長室で別れ、支部の外門にはゼルキンと〝ディフェリーブ〟が見送ってくれた。
本当に、良い出会いが出来た。
「また会おう!!我々は戦友だ!!」
「精々死なないようにするんだな」
「しばらくは首都に居るから、時間出来たら寄ってね!!」
「野郎共はもっと鍛えな、アキちゃん今度会ったらお茶しよう!」
最後に別れの言葉を言った男は、恋人の鉄拳を食らった。
「また!!会いましょう!!」
人混みに消えても、ゼルキンは手を振るのを止めなかった。彼の人生において、今回の旅と出会いがどれだけ重要だったか。本人にしか分からない事だ。
五感だけでは不足なので、『風』も使い首都を満喫する。情報の七割が人で溢れていた。
困った。手の平からナニカに魔力を抜かれながらも、あの視線が居なくならない。
魔力の使い方を思案した直後の、山賊の住処で気付いたあの視線。意識をこちらに向けているだけで、正確には見てはいないと思う。しかし意識が空紀を外れず、見失うことも無い。その不思議な力でこちらの動きを補足する不快を、視線と評している。
他人の魔法を感知はしても、干渉する術が無い。気にしなければ薄い気配だ、放置を決定した。
「うおおお!!うまそうな肉団子!おっちゃん十本くれ!!」
昼食には早い時間だが、飲食店の多くは既に営業している。朝食をとっくに消化した豪狼の胃袋が、我慢できる訳もない。食材の香りを撒く屋台に一本釣りされて、即買いである。
「まいど!十本で銀二枚だ!」
「ほい!ああ?お前らはいいのかよ?」
「そうだね……店主、一本貰えますか?」
「ぼ!僕、も」
「まいど!一本銅十枚!」
この世界の通貨は紙幣ではなく、鉱石を加工した硬貨だ。銅・銀・金・白金とありそれぞれの硬貨に名称は有るが、日常で呼ぶ国民は少ない。銅貨、銀貨が分かれば事足りる。銅貨五十枚で銀貨一枚に換算され、一般国民が金貨に届く買い物と縁が無いのも、呼び方が雑な理由に含まれているのだろう。
どの店も各商品に値札を付けていない。コスト削減もあるかもしれないが、この世界の犯罪に対する抑止と事後処理の事情を知れば、値打ちを知られる事が悪意を呼ぶ事になると察するに余りある。力の無い者が行える精一杯の防犯なのだ。
しかもこの人混み、肉団子を待つ短い間だけでも二回『風』の範囲内のスリに気付いた。全く気にしない豪狼の腰に引っ掛けられた、革袋へ伸びた手を叩く。真っ直ぐに向けられた目から逃げるように、下手人が人の波を潜る。
三回が三回犯人が違う、一々捕まえていられない。己の幸運に何度目かの感謝、銅貨を屋台のおじさんに渡した。
炭から上げられた肉が、肉汁を火に落とす。
「うんんめええええええ!!!おっちゃんコレ最高!!」
「ははは!そうだろう!!」
木の串に大きい肉団子が二つ刺さっている。炭の香りで閉じ込められたそれに歯を立てれば、文字通り肉の旨味があふれ出した。啜るように噛り付いたが、一口で食べるのが最も美味しく頂ける。家畜か魔物か分からないが、複数の部位の肉で捏ねられた団子は食感も楽しい。十本も食べれば胃がもたれそうだが、もう一本食べたくなった。
顔の輪郭が歪めながら頬張る奴を押し退け、一気に消えたストックを作り始めたおじさんの前に出る。
「すいません、〝春の貴婦人〟という宿を探しているんですが。この道の先にある〝刻の噴水〟から、西にしばらく歩くんだったでしょうか?」
「春、ああ!マウント女将の宿か!あそこは噴水から北東の道を進みな、北がお城だから方角は間違えんだろ」
「有難うございます!」
舐めたりしていない木の串なら、返してもらえると助かるらしい。男二人の串は拒否されていた。
嘘をつかれてもいないし、肉団子も美味しかった。また来ようと、礼を言って宿に向かう。
しかしこの男達は解散の合図でも待っているのだろうか。噴水の所まで行って変化が無ければ、切り出すしかない。
時を刻む音と、水飛沫の残響が聞こえる。
閲覧有難う御座いました。




