幕話
投稿します。
首都まで目算後三日。合成獣騒ぎの村を出立してから、問題らしい問題も無い順調な道中。
試すなら今しかないと、昼食用の材料を荷物から漁るリンリーに話した。
「三人だけで残り日数過ごす?」
首都に着いて終わりではない。護衛の報酬が幾らになっても、冒険者としての稼ぎ方しか出来ない現状、必要なのは生き残る技術。
そして生きていく術である。
「道具を数点借りたままになりますが、初心者から脱却出来る程度の技術を会得して、この旅を終えられたらと思っています」
「まあ、野営と冒険者は切っても切り離せないしね。いいじゃない!隊列からはあんまり離れちゃ駄目だからね?」
「はい、有難う御座います」
「はい、そういう事だから。準備して」
「何勝手に決めてんだよ!」
茶番扱いされたとはいえ、前の村で敵と一対一を経験した豪狼。攻撃は当たりに行くのではなく避けるものと、やっと学習したらしい。負傷が減り、服を血で汚しリンリーに怒られる回数が減った。
多少は囮をちゃんと任せられるようになり、気合が入ったのか空き時間にシャドーボクシングしてる。魔物の討伐数が一番少ないのは変わらないが、護衛が出来てればどうでもいい。
体力は旅序盤より確実に増えた、増えなければ付いて行けなかった矢背。最近は丸一日馬車に乗らなくても、隊列通りに歩けるようになった。最初は一時間に一回休憩していた、十五分くらい。学校の授業か。
切り札扱いされていて、魔法道具使用時にしか魔力を使わなかった。有り余っているのか、杖をいじったりローブの裾を意味無く直したりしている。
空紀も悪い所は有った。魔法の有用性で役に立つ事はあるが、野営知識と技術は完全初心者。焚火の火に鍋を近付け過ぎて、木の蓋を炭にしたり。実は一回夜の見張り中に寝てしまった。ディランドルがフォローしてくれなければどうなっていたか、流石女好き。
魔物の解体指南を頼んでおきながら、気分が悪くて途中リタイアもした。頷きながらルフェグが背中を摩ってくれたが、意地でも吐かなかった。
そんな失敗談の新ネタが無くなってきた今。優しい先輩にいつまでもおんぶ抱っこは、精神的にも将来的にもマイナスだろう。
猫背にも馬鹿にも理解出来るように、噛み砕いて説得する。話しの最後に鉈を取り出したのは脅しではない、今日の食料が来たからだ。
成長した空紀は投げた武器が対象に刺さらなかった、なんて失態は二度としない。
「いきなり投げんな!!あぶねえだろうが!?」
「びゅお……びゅおって……耳とと、取れてない……?」
「取れてない取れてない。脳天に刺さっただけだと血抜きには足りないから、解体手伝って。今夜は鹿鍋かな」
皮を引っぺがした所で早々に矢背がダウン。調理用の火の番に逃げる。
空紀も逆流しそうな胃液を唾液で飲み留めながら作業していたが、豪狼はずっと無言で手伝ってくれた。顔を白くしながらも、愚痴も零さず黙々と。
豪狼は料理関係には一定の尊敬と敬意を持っている、気がする。一食ごとの食事の量がえげつないし、食べ方はお世辞にも品が良いとは言えない。それでも調理の手間暇は惜しまないし、手をちゃんと合わせていた。
矢背は典型的な日本男子高校生だ。美味しい時は美味しいと口にして、まずくても出されれば大体食べきる。食に対して関心が薄く、食事が出てくる事に有難さは感じ無い。家事を一切手伝ったことが無いのだろう。
空紀は〝ディフェリーブ〟の姉御リンリーに教わらなければ、家庭科レベルを下回る程度の腕だった。その時のレベルが記憶喪失故の不器用さなのかは不明である。
体が覚えている、と言えるものが無い。元々特技も無かったのか、体の記憶とかそういうのは存在しないのか。
女子が全員料理しているとか都市伝説だと、記憶が戻った時のショックを緩和させる理由を作っておいた。
寄生虫とか魔力の影響とか、食べれない部分とその判別方法はかなり厳しく教わった。変な物を食べてパーティ全員死亡、なんて話は珍しくないそうだ。火を起こし暖かい料理を作るのは、精神的余裕の為でもあるが、同時に仲間の腹を守る為なのである。
しかし多少勉強していても、内臓を調理するのは勇気が要る。腹痛を治める薬を飲んでまで、食べたいとも思わなかった。
そこでまさか豪狼が動くとは考えもしなかった。
「これ以上焼くと食感がクソマズイ。包丁くれ、外側切ればもういける。めっちゃ新鮮なレバーだぜ!」
食への拘りが奴をここまで動かすのか、一口大にカットしたレバーを食べる。
「あ、美味しい」
「レバーは新鮮さが全て!矢背なんで食わねえんだよ!?」
「その……レバーは、ちょっと」
「食えこらあー!!」
「ひいい!?」
余ったら全て自分が食べると思ったが、全く自分の料理が食べられないのも嫌らしい。料理人だ。
欲望に忠実な行動が目立つが、自分で何とかしようとする姿は好感が持てた。だが無理矢理食べさせようとするのは駄目である。
夜が更けてきた。
商隊の灯りは見えるが、三人でやりたいと言った手前不寝番は必要だ。二・三回だけだが、決め方を知っておく方が良いだろう。
日中歩き続け疲労した仲間が、安心して眠れるように。
異性の混じるパーティはそういう問題が発生する。魔物以外にも脅威があると感じてしまう時点で、パーティ間の信頼は崩壊してしまうのだ。
「俺と矢背でいいだろ」
「え?」
「気遣いどうも。けどそれはこの場凌ぎだ、不安なら仮眠取れる練習しとくよ。私、矢背、豪狼の順で一晩半分づつでいこう」
鍋が煮えるまでに無事不寝番は決まった。もっと渋る声が上がると思ったが、二人の納得するラインが分からない。
肉たっぷりの鍋を八割平らげ、豪狼はとっとと寝た。横向きにすれば、いびきは多少改善される。
世話される豪狼の姿に思う所があるのか、矢背の眉間に皺が寄っていた。
「早く寝たら?徹夜する気?」
「……はい」
首都まで後二日、の予定。今回の旅路最後の夜襲を受けた。
昨日たっぷり寝た豪狼が少なくなってきた食料を火に掛け、眠気を追い払っている時だ。誤魔化す気がないのか、不足を補う為明日の豪狼は朝飯抜きが決定した。
顔面に冷たい水が通ったように、魔力が取られる感覚でぼんやりと目が覚める。
「何かいる……?」
呼吸と区別がつかない小声は、無意識に口から落ちた。まるで『風』に飛ばされた木の葉のように。
覚醒しきっていない体でゆったりと起きる。襲撃に慣れてきた頭が、優しく意識を急かした。
「んだ、まだ交代は早くねえか?便所か?」
「……方角は右手の山の間、四足歩行の魔物が三十ぐらいこっちに来る。商隊に伝えてきて、私は矢背起こす」
「マジか!?分かった!」
本当か、という問いは旅の序盤で出尽くした。通常より多いという襲撃の数を重ねるだけ、空紀の魔法索敵能力は信頼されていく。終盤にもなれば、その警告を疑う阿呆はいない。
矢背を叩き起こし、火の面倒を任せる。鉈を携え、暗闇から迫る敵影に睨みを利かせた。
「アキちゃん!」
一番乗りはやはりこの男、不寝番の主ディランドル。どこか真面目な印象が多い異世界人の中で、軽く見えるのは冒険者なら不自然ではないのかもしれない。
どんな人が住まう世界なのか、その見定めも首都に着いてからだ。
「半径一キロトに別の魔物はいません。種類は恐らくウルフ型、一匹巨体が居るのでそいつが頭かと」
「強襲か、馬車から離れて迎撃する。いやあ、アキちゃんの魔法ホント良いな。〝ディフェリーブ〟に来ない?」
「ごめんなさい」
「また振られた、リンリー慰めてぇ!」
「しつこいからだ馬鹿!」
空紀達の焚火から離れながら、追いついてきた恋人に話をふる。実際勧誘は初めてではない。とても魅力的な誘いではあったが、だからこそパーティに異物が混じる暴挙には出られなかった。
眠そうなヴィブの顔に魔法で水をぶつけ、ルフェグが状況を手短に把握する。
「初撃を作る、放つには……」
「先頭との距離五メイトなら、後百三十!」
「舐めるな、十五だ」
「はい!後百!」
ルフェグの周囲に魔力が渦を巻く。体内の魔力と呼応した空気中の魔力反応で、彼の腕の程が伺えた。緻密に煉られた自身の魔力を無駄なく操作し、威力と効果範囲を向上させる。
この魔法行使場所を選ばない技術は、矢背のような範囲攻撃魔法しか使えない魔法士にこそ必要な技。一月近くこの水の魔法士に教わっているが、成果は思わしくなかった。少しでも希望が有れば、ルフェグと一緒に呪文を唱えていたかもしれない。
「五十五……四十!」
「〈無形にして青き水球 我が導く 包んで溶けろ〉!」
「二十五、二十……十、見えます!」
太い幹で身を隠し、葉の陰で月光が途切れる。最初に分かったのは、殺気立った瞳のギラつきだった。
その程度で後退る弱者はいない。
「〈〝アクア・ロトゥンドム・オウム〟〉!」
本来なら人を十飲み込んで余りある水球を操作し、三つに縮小分割して放った。夜でなければ木々ごと薙ぎ倒せるが、休息する商人の安全を考えて騒音はなるべく避ける。
矢背が呼ばれない最大の理由だ。地形による不利も乱戦も経験済みな〝ディフェリーブ〟は、状況に適したパターンを確認無しで行えた。
水球は先頭の魔物数体を巻き込み、進行方向の逆へ吹き飛ばす。
「ふっ!」
「むん!」
野生のしぶとさを発揮されるより先、短い息と共に矢が放たれた。木々の中に陣取り、正確な射撃でディランドルが数を減らす。注意がそちらに向かない様に、巨体を活かした豪快な攻撃を繰り出すヴィブ。
手下か家族か、下の魔物が倒され憤る頭の魔物。その無防備な背中に静かな一太刀が入った。
グギャアアア!!?
殺気の矛先が奇襲を当てたリンリーに向く。空紀は一瞬加勢を考えたが、震えた様子も無く冷静に相対している。数を減らしてからでも大丈夫そうだ。
「オレも行くぞオラアアア!!」
夜は極力声を抑えろと、どれだけ言っても覚えられない男が来た。それ故囮としては有用である。
「〈ネブラ・アクス〉」
豪狼の登場でこの先の展開を予想した全員が、静かに魔物を狩っていく。どうしても魔法名を唱えなければならないルフェグだけが、小声で水の針を飛ばしていた。
ここまでいけば何も心配はない。
囮を念入りに踏んでいた魔物を斬り、残りはリンリーが引き付けていた個体のみとなった。味方がいなくなっても下がらない戦意、死に物狂いとしか表現出来ない。
魔物の襲撃には、いくつか種類がある。今回の夜襲はディランドルの言う通り、強襲だろう。
群れであれ単体であれ、命懸けの襲撃を冒険者はそう呼んでいた。理由は食料の不足や、生息地の死守が挙げられる。この襲撃は自分達の命に係わる行動で、何が何でも成功しなければならない。
必死の形相は必然だった。それがこちらの命を差し出せる理由でなくとも。
死に際の反撃を警戒し、敬意を評した止めを刺す。首を落とした感触は、生体的にゴブリンのそれと全く違った。それでもデジャブに手が震える程には似ていた。
「かかってこいやあああ!!」
「もう終わってるぞ、バンハット殿を呼ばねば」
「ルフェグが行った、ディランドルは見張り」
「お疲れ様です。ほら豪狼、夜に叫ぶな五月蠅い」
「お、おつ……お疲れ、様です!」
夜闇の向こうから聞こえた戦闘音に、普段の数倍びくびくしている矢背。焚火から離れなかった姿に、手の震えは収まった。
首都へは問題なく辿り着く。
あの地獄を忘れられないまま、空紀は不確かな己の心に従ってそこへ歩く。芯に冷たい記憶が刺さっている、不安を増殖させるアキの原点。
なら何故立っている、簡単な事だった。
今の私を縛るモノなど、この異世界に存在しない。
旅が楽しいと、その心が迷いを取り払ってくれた。
閲覧有難う御座いました。
次章からもお楽しみいただければ幸いです。




