第二十二話
投稿します。
開戦の咆哮についていけない敵の背後を取り、確実に仕留めていく。
「催眠薬だけど」
無防備極まる寝顔が空紀とリンリーだけで八人、後二人。物陰に間抜け面を隠し、状況の細部を知る為『風』を濃くする。
人は幾つかは同時に違う事を出来ると聞くが、『風』の展開と制御に情報の収集・分析・理解と、少し密度を上げただけで肉体操作に気が回らなくなった。詳しく知ろう、アレはどこ、疑問が足を止めさせる。解決策の模索として、魔法の使い方を色々変えていた。
正しい才能の使い方は無いが、過去試された方法を教えてくれる者もいない。その現状がこの魔法の使い方を、間違いのない方向へ導いてくれると願う。
目が『風』になった訳ではない、自分の視界を保ったまま情報を求めてみる。馬車が村の南口に来た。村人の安全確保に必要な対処が必要な敵の数は二人、残りの対処しなくても良い六人は騎士の方にいる。正確には竜の傍にだ。
「ふんっ!!」
「ぼおっ!?」
「そんな棒切れ捨てて素手でこいやあああ!!!」
「避けてるだけの奴が偉そうに!!」
片方はヴィブの丸太の如き上腕筋でノックアウト、もう片方は豪狼がちょっと良い勝負をしている。村人を誘導する商人達が仕事をきっちり熟していて、暇になったヴィブ達が観戦していた。
「もっと筋肉を使え!!」
「一分過ぎたら朝飯抜きね!」
「……下手に騒がれて向こうの敵が来る前に、早く倒すべきだ」
早々に頭脳担当は飽きていた。足を怪我した成人男性を馬車に運んだ空紀が、こちらの優勢を伝える。
「あの護衛、魔法士と竜以外は倒してます。魔法士も竜にへばりついてて、こちらの動きには全く気付く様子がありません」
「でかい口を叩くだけはあるのか。竜の方も期待しておこう、一割と半分くらい」
「粘ってはいます、脱出の時間稼ぎ、は…………」
「どうした?」
騎士の状態が救出作戦に影響すると分かっていたので、『風』は竜のついでにその周りも感知していた。村を北上した百数十メートル付近で、木を踏み折りながら竜は暴れている。遮蔽物を利用した騎士の立ち回りは、遮蔽物ごと薙ぎ払われて不発ばかり。まさに伝説の魔物の名に相応しい力。
そんな伝説の魔物の内側を、『風』が調べ尽くした。
そして出た結論は
竜が『竜』じゃない、である。
「よっしゃ勝ったーーーーーー!!!」
「良い力技だったぞ!」
「それ褒めてんの?一分過ぎたから飯抜きね」
「ふざけんなババア!!」
しゃがんで伏せた顔が引きつっている仲間を心配せず、一対一に満足した豪狼は足元の敵を持ち上げていた。空紀も怪訝な表情のルフェグに反応出来ていないので、お相子である。
騎士が必死に戦っている竜、体内を調べたら生命として無茶苦茶だったのだ。まず心臓が六つあり肺が四つ、脳みそは継ぎ接ぎで筋肉は体の部位ごとに微妙に異なっている。しかも胃と肝臓と小腸と大腸が、一つの内臓としてよく分からない臓器になっていた。何故機能しているのか、医療の知識が無い空紀にはきっと一生分からないだろう。
本物を知らなくてもここまで滅茶苦茶では、誰だっておかしいと分かる。あんまりな結論に、力んでいた四肢からやる気が抜けた。
ほとんどの同行者が竜の存在に絶望し一度は村人を諦めかけたが、立ち直り真剣に生きている。その空気に当たりながら、空紀だけは竜の出現に歓喜した。不謹慎だしどうかしてると思っていても、余計な枷が無い心は真っ直ぐに体を突き動かす。
初めての旅で道を塞ぐ最強の魔物。困難を目撃し挑戦を選び試練を砕けと、異世界が笑ったような出来事。
だったのに。
「……忘れてた、主人公はとっくに召喚されてたんだっけ……」
運命から何かが来ると、勝手に期待していた。
勢いを付けて立ち、両手を上げる。やけくそだった。
「はい注目!!あっちにいるの竜じゃないのでぶっ倒します!!」
歩ける者は商人の後方に、負傷者・体力の無い者は馬車に乗り切った。さあ脱出という瞬間、聞こえた言葉に皆が振り返る。まとめられるだけ簡潔にまとめた。
「……んんん!?ちょっと待ってアキちゃん。今、竜じゃない、って言った?」
「はい、アレは側だけで中は他の魔物の詰め合わせです。名付けるなら……合成獣、〝合成獣〟でしょうか」
「合成……アレはそれらしく見せただけの、混ぜ物だと言うのか?しかしそれがどうして、倒すという流れになる?」
「竜だと思ってたのに違ったので、ちょっと腹立つからやっちゃおうかと」
「理由が雑だな!?だがその意気や良し!」
「良しじゃない!いくら偽物だからって勝てるかどうかは別!最優先は村の人の安全でしょ」
ディランドルを引き豪狼を足した〝ディフェリーブ〟で意見が割れた。いけると気楽な意見の豪狼とヴィブ、必要無いと現実的な意見のルフェグとリンリー。会長が馬車を降りて、双方の意見を聞く。
矢背は会長の護衛という名ばかりの役目すら放棄して、馬車の中で体を休めていた。見張りを空紀の代わりに行い、徹夜の状態で馬車から積荷を下す大嫌いな肉体労働。昼間の移動だけで息を切らす矢背には、耐えられなかったらしい。負傷者のいる村人に交じり、瀕死だった。無傷だけど。
「アキさん、勝算はあるんですか?」
注目が帰ってきた。馬車は止まったまま、話し合いの結果を待っている。その様子に疑問が沸いた。
「疑わないんですか、私の魔法が絶対なんて分からないのに」
意外な質問だったのか、聞かれた者同士で目を合わせる。
「貴方はこの旅で、誰よりも多く魔物を狩ってくれました。フューホの村では自ら、荷運びを申し出てくれました。疑う理由がありません」
初対面だったのだ、信用を得る為に力を示しただけ。荷運びも同様である。
「最初は感知の魔法も信じられなかったけど、それのお陰でこの旅が無事に済んでるしね」
「俺も久しぶりに力を競えて楽しかった!だから良い!!間違いかどうかは些末なことだ!」
「些末ではないが、俺は合成説の方が真実味があると考えただけだ」
気付かなかった、ここまでの旅でこれほど信頼されていたとは。もしかしたら気付こうとしていなかったのかもしれない。
周りを見る余裕が無いほど、急いていたのか。
素手では届かない胸の奥が痒い、これは少し照れる。
後聞いててちょっと恥ずかしいな。
「えーと、どうも。勝算でしたか?有ります。あの竜はわざと弱点が作られているんです」
「弱点?」
「直接見れば判りやすいですよ、逆さの鱗なんて目立つ印」
「さかさのウロコ?なんか聞いた事あんぞ……何だっけか?」
ディランドルと矢背を呼ぶように頼む、あちらの囮役も危なくなってきた。馬車と非戦闘員は予定通り村人と南下、戦闘領域から離れてもらう。やるなら役割を決めておかねば。
「ディランドルさんは私達が失敗した時に商隊に連絡する役目を」
「バレないように援護するよ」
「無理はなさらないで下さい。後は正面から攻撃を受ける役と攻撃する役、そして本命を」
「真打といえばオレだろ!」
「体力と自己回復特化なんて、正面以外活躍の場無いよ。走りながら決めましょう、予想より遠くで戦ってますから。あの護衛」
まるで英雄譚のようだった。
血走った眼で本能を剥きだしに咆える竜、一歩も引かぬは正義の体現者。構えられた剣先が光る、夜明けが近い。騎士の外見と融合し、御伽噺そのものだ。
思わず魅入るが、なんとか誘惑を払った。竜擬きを前に幻想脳では足元をすくわれる。
他の人はむしろ竜が擬きである事を忘れて、打倒を諦めかけていた。外見はたしかに竜だ。体の大きさがかなり違うが、間近で見ればその迫力にただ慄く。無理もない。
見掛け倒しだ、言っても信じられないなら証明しよう。
「退け騎士っ!!!」
振り下ろされる爪を迎えようとした騎士を押し退け自ら竜、合成獣の一撃の前に躍り出た。速度は無い、だから騎士も大きな怪我をしていないのだろう。手首辺りに体ごと当たって行き、一瞬の均衡。弾き飛ばした。
生まれて初めての力負けだったのか、大きく態勢が揺れる。
「ヴィブ左脚!!」
「!おう!!」
通じたらしい。空紀は正面から見て右の、ヴィブは左の足を力一杯叩いた。
「っああ!!」
「うおおおおおお!!!」
腕を弾かれ足に迫る二人の対処が間に合わず、合成獣は倒れた。地面をへこませる勢いで、粉塵が周囲に広がる。相当下手な転び方だったらしい、尾にしがみ付いていた魔法士が悲鳴を上げながら投げ出されていた。
「任せて!!」
そちらはリンリーが手早く対応、経験者は動きが違う。経験者三人目も、とうに魔法を完成させていた。
「〈深く沈む水の橋 我が起こす 包んで溶けろ 〝アクア・ドゥロ・ピラル〟〉!」
合成獣の頭部目掛け、真上から急直下する水の柱。話しだけ聞いた、水属性の上級魔法。時間を稼げてるうちに、動きの悪い奴らを動かさなければ。
「豪狼前に出ろ!!矢背さっき言った通り魔法を!!」
「うらああああああ!!!」
「ひい!!?はいい!!」
体を起こす前に殴りかかる豪狼、恐怖を感じた風ではないので同じ前衛係のヴィブに任せた。
欠点は多いがこの場で一番必要な、合成獣を倒しうる魔法を用意する矢背。最大の難点魔法が当てられない問題は、この旅の最中幾度も意見交換と検証がされてきた。そして三つの案が上がった。
一つはその根性直せという、時間の掛かるものなので保留。二つ目はこの戦いで実践出来そうだ。
「〈爆炎よ 弾けろ 〝爆炎球〟〉!!」
爆音、は鳴らなかった。失敗ではない、爆炎の球は現れた。現れて炎を蓄えながら、宙に留まっている。当てられないなら、当たってもらう。
ガアアアアアアアアアーーーーーー!!!!!!
空へ放つ咆哮、背中を登る豪狼は虫がいるくらいにしか思ってないだろう。合成獣は騎士の剣も凄腕の魔法も不快と投げ捨て、傷一つ無い体を捩った。
「はっ離せえええ!!」
「ほら偽竜!!あんたの大好きなご主人様だ!!」
放り出された魔法士を回収し、リンリーは合成獣に掲げて見せた。戦士とはいえ女性に力で抑えられている魔法士の実力は、語るべくもない。腕相撲でリンリーに勝てた事が無いルフェグは、そっと目を逸らしていた。情報源はディランドルだ。
知性を与えられなかった合成獣は、それでも僅かにある意志で魔法士へと進む。逃げようとする魔法士を抑えるリンリーの手が、『風』で分かる程度に震えていた。理性も無い魔物の敵意は、強さに比例して肌に刺さる。
ご主人様しか眼中に無い合成獣は、あっさりと進路上の炎の球に触れた。
爆音、爆風増量。
「ごべっ!?」
合成獣越しに爆風を浴びた豪狼が吹っ飛ぶ、まただ。作戦は聞いていたはずなのに、百足の時の二の舞である。自業自得だ。
当てられないなら当たってもらう、つまり置いておく。設置技法、というこの世界の魔法士が学ぶ、魔法技術の一つだ。
属性魔法は普通に使用すると、軌道を操作する事は出来ない。魔法とは魔力を用い呪文、それに類する物で現象を発生させる、いわば科学だ。自然現象は起こせても、その結果に干渉するのはまた別の方法が必要である。
魔法士に求められる才の一つ、魔力操作。属性魔法のように唱えればある程度不器用でも大丈夫なそれとは、種類から違う。己の体内の魔力を感じる所から始め、神経を張り巡らせて意識と連動させる。設置技法は発動させた魔法の生成途中に魔力で割り込み、形成を歪めない加減をして止めておく技術。
余裕ある魔力と繊細さ、何よりそれを頭でも体でも理解出来る才能が必要だ。
矢背の魔法対策で挙げられた時、その難しさにルフェグは苦言を呈した。それを二日で体得されれば、恨み言にもなる。ルフェグの無口はこれをきっかけに加速したと言えるだろう。
凄まじい威力だった。高温による火傷と爆風で肉片が散り、合成獣はたたらを踏む。人が受けてれば、確実に肉片も残らなかっただろう。豪狼は分からないが。
二度目の空紀はこの場の誰よりも速く駆け、無防備な首に斬りかかる。何人も刻んだ古い鉈は、持ち主の万力で無理矢理身を刺しこまれた。逆鱗が砕ける。
ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーー!!!!!!
酷い絶叫、片手だけでも空いていれば耳を塞げたのに。覚えていないが発声器官も内臓と同等に歪なら、声に命を感じないのはそれが原因かもしれない。
肉体が痙攣している、だが倒れない、まだ死んでない。
鉈を引き抜く前に、頭上から太陽が影となって落ちて来た。
「これで終わりだ!!!」
頂上から出掛けている太陽光が両刃剣を輝かせ、騎士はその光と共に合成獣の眉間を穿った。
片目に矢が刺さっている。止めの一撃を確実にする、ディランドルの援護だろう。
声はもう出なかった。竜を模した魔物は、木を何本か巻き込んで倒れる。
朝日が皆を照らす。
豪狼は雄叫びを上げヴィブが続き、リンリーも魔法士を殴ってディランドルと腕を上げた。勝利のポーズにルフェグは笑うだけに留め、矢背が杖を回して答える。
騎士は微笑み、まるで幸せを噛み締める表情。
空紀はただ、疲れた。
閲覧有難う御座いました。




