第二十一話
投稿します。
騎士は腰回りの鎧と籠手だけを着け直し、夜の森を走っていた。泣き崩れて懇願する少女を想いながら、歯を食いしばって村を目指す。
身近な人間を失う恐怖。見ないふりは出来ない、この世界に実在する不可避の痛みだ。自分一人では決して消し尽くせない。
手が届く範囲だけでも守る、自分が騎士として在る為にも。
加速する足は、地面を削るように止まった。
「誰だ!?」
自分が走って来た方向からの魔力反応。偵察に行ったという冒険者を探している敵なら、倒さねばならない。災厄の撲滅が、あの少女の不安を溶かすただ一つの方法だ。
騎士の剣が半裸になる。魔力は濃さを増した。
「これには気付くんだ。その感知が働く条件、なんとなく分かってきた」
「きっ君は!?」
山賊が拾って返してくれた鉈を持ち、空紀は木から降りる。どうせなら兜も被ってほしいと思いながら。
「もしかして、村を救う手助けをして」
「そんな訳あるか」
「少しいいですか?」
移動の準備を終え、手の空いた従業員が集まってくる。会議の流れを知る者が小声で情報を共有しつつ、会長の命令を待っていた。
「もう一度偵察に出させて下さい、今度は私が行きます」
「なっ!?無茶だ!!敵の中にはルフェグ程じゃないにしろ、魔法士が五人は居た!魔法士には魔力の感知に長けた者がいる可能性が高い。もし見つかれば、ここの存在が露呈する事もあり得るぞ!?」
「俺も多少魔力を感知出来るが、その危険があるから今魔法を使っていないんだろ?」
やはりルフェグも感知の才能があったらしい。『風』を展開した際のルフェグの反応を知っていたので、驚きはしなかった。まさか優れた魔法士でもないのに、その能力に長けた者がいようとは考えなかったが。
「……ミュナさん、ゼルキン君が毛布を蹴ってしまったので直してもらってもいいですか?」
「へ?はい!」
会長の後ろにある馬車を指し、女性従業員に頼む。横向きになっているので視覚では確認出来ないが、完全に閉じられた幕を潜り、ミュナは毛布を掛け直した。
この旅で幾度も活躍した魔法を、現在使用中だと証明されルフェグは目を丸くする。
「馬鹿な!?確かに魔力は体内から放出されていない、どうやって!?」
魔力の使い方を変えて色々試しながら、状況を理解したうえで詳細を求む者へ向く。
筋肉自慢のヴィブや馬鹿の豪狼のような、理解の追いつかない者は放っておいた。
「この魔法は使用者の感覚を広げるのではなく、目に見えないナニカと魔力で繋がり情報を得る。ナニカはどの空間にも存在している、魔力を持った情報体。あるいは精神体。その存在と繋がる事で一時的に魔力の波長が同期、感知が出来なくなった、と思う」
「それは……!?まさか、空論とされていた魔力情報子!?いやない!!魔力そのものに情報を保有する力は無いと、先生が十年以上前に発表した!在り得るとすれば……。生命や肉体の情報に酷似した魔力が重複し融合!動いていると物理法則を誤認させて命とする、疑似魔力生命体?そんな!!その現象が自然に発生する確率など……」
物凄く喋りだした〝ディフェリーブ〟の頭脳担当。メンバーは慣れているのか、苦笑いで目を背けた。
「えーっと、つまり。俺の時より遠くから偵察して、安全に情報を取ってこれるってこと?」
「はい。それに早くしないとあのバ、護衛が竜に斬りかかって騒ぎを大きくします」
「そうか!ただでさえコレが偵察失敗してるんだ。あの美人がどうなっても、襲撃者なんて来たら奴らも本格的に捜索を始めちまう。ここに留まってちゃ危ないよ!」
「コレ、はないぜリンリーちゃん」
「ちゃんは止めろ!」
リーダーの予想ではこの二人、デキてるらしい。信憑性が出て来た。
「行くにしても戻るにしても、情報は必要です。安全の確保には十分気を使います」
組んでいた指を解き、会長は皆を見回した。腹の座った表情に、従業員は傾注する。
「ここにいる人達の、命と未来を犠牲には出来ない。しかし……!」
顔を上げた少女の瞳から、涙が零れた。
「これまでの我々の命と未来が守られてきた事実の裏に、我々の努力と彼らの尽力が在った事を、忘れた日は無い」
会長の背後にある馬車内側から、幕が捲られた。空紀とミュナだけが気付く。
「やれる事はあるはずだ!何もしないなんてことだけは、あってはならない!これは情報と決断の速さが生死を分かつ、なら商人の出番だ!」
傷を抱えた狩人が笑い、重戦士と魔法士が頷く。女戦士は少女の肩に手を置き、置かれた少女は嗚咽を抑えられなかった。
感謝の言葉を呟きながら、地面に感涙が啜られる。
少女はやっと安心したのだ。
「さあ!みんな仕事だ!我々の未来を助けに行くぞ!!」
拳を手の平に叩く豪狼と、震えが激しくなる矢背。
空紀は終ぞ、感情で心臓が高鳴る事は無かった。
美形に合わせ地面を走る。陽が昇る気配は無い、この速度なら村まで約十分。
「アンタを助ける計画は立ててない、危なくなっても助けに行かない。そんな余裕無いから」
「それはいい、作戦はあるのか?」
自己犠牲精神、ここまでくると吐き気も通り過ぎた。
「……村への襲撃は昼間だった、つまり竜も人間と同じで夜目が利きにくいのかもしれない。なら夜が明けるまでに村人を連れ出せれば、逃げ切れる」
「消耗した村人を連れて逃げられるのか!?襲撃から半日近く経過してるんだぞ!」
「馬車の積荷を隠して、何人か乗せられるようにする。村の人数は大体把握してるし、逆走していれば本体の商隊と合流して、もっと速度を上げられる。アンタがやられに行くのは止めないから、出来るだけ竜を村人から遠ざけてほしい」
「二十人を超えていると聞いた、大丈夫か?」
「玄人冒険者がいる、村人の脱出がどうなるか」
不謹慎だが、村人の数が減っていれば成功する確率は上がる。迅速な行動と情報の精密さが、救われる人の数を決めるだろう。
敵と村人の状態、竜の情報を確認出来る距離まで近付けた。身を潜めながら集中する。
美形、もう十歩ぐらい離れてくれないか。
「敵は十五人、竜は全長……三階建てくらい。鎖の付いた首輪をしていて、端を持ってる男、杖がある魔法士か?村人が二か所に分けられている、敵に連れられた女五名を含めて……人数は聞いた数と一致」
「連れていかれた女性は無事か!?」
豪狼と違って一応小声を意識している、流石に馬鹿にし過ぎだろうか。
「食事の世話や接待だけ。苛ついてはいるけど、奴らに乱暴する考えは無さそう」
「そんな事まで感知出来るのか?」
「表面的な様子で判断してるから、過信はしないで。私は商隊が位置に着くまで、ここで監視する。あんたは村が肉眼で見える所まで行った方が良い」
「了解した。作戦開始時には連絡をくれ、互いに武運を……」
走ろうとした動きが不自然に止まった。
「……聞き忘れていたが、君の名を教えてもらえないか」
「は?」
大分厳つい表情で聞き返してしまった。悪意の無い言葉だと分かっていても、この理不尽な怒りが口から垂れてしまう。
相手には悪いと思ってはいるが、ここで言わなければ接点となってしまう。
「私は王国騎士」
「言わなくていい」
「え?」
本当は見たくもないのだ。存在しないでくれ、平静な会話で終わらせて、いなくなってくれ。
「この件が片付いたら、話す事も無い。精々竜の足を引っ張ってよ」
村に向かう様子の無い騎士に、空紀が逃げた。嫌悪が原動力の行動は、口の中を酷く苦くした。
息が白い空紀は、薄いグローブに包まれた両手を摩る。この気温で過ごすには、節約重視の防具では物足りない。そう思ったのは一人だけらしい。魔法使いみたいな長いローブを着た矢背はともかく、他の人は防寒の類をしていなかった。ヴィブなんて捨てるように上着を放り、力こぶまで外気に晒している。
空の端に色の変化が現れる。魔法薬で動けるようになったディランドルが、最終偵察から戻って来た。リンリーの目尻が上がる。
「村人とその周囲は一時間前と変化無し、竜が北口らへんで寝てる。近くには魔法士一男剣士三、見張りの位置も変わらず。侵入路も脱出路も確認した、何時でも良いぜ会長」
「分かった、作戦を始める。ディランドルは馬車を頼む」
「あー……はい」
実はまだ安静が必要な負傷兵、近くの馬車へ歩く。肩を落としたその男を、リンリーは追いかけ一分後戻った。敵が目前で『風』を使用中の為バレバレなのだが、細かくは語るまい。言える事は、お幸せに、くらいである。
作戦が開始、しばらくはハンドサインで合図を送る。会長のゴーサインでこの場の三人、空紀とリンリー、ルフェグが駆け出した。山の多い村には無くてはならない石壁を越え、静かに村へ入る。
壁越えに手こずるルフェグに手を貸し、無人と分かっている小屋に潜入。
「気を付けな、無茶すんじゃないよ」
「はい、行ってきます」
この時点で空紀が単独行動、簡単に言えば暗殺だ。しかし流石バンハット商会、良い物を積んでいた。強制睡眠薬〝グッスリン〟、人肌で気化し直接吸っても効果がある。寝ている者に吸わせれば、一日はどんなに煩くても起きないそうだ。人殺しは抵抗があるので助かった。
見張りを交替して寝ている者を三人、用を足しに席を外した男を一人、後十人。ディランドルが報告した二十人と空紀が報告した十四人の差は、既に調査済みだ。今昏倒させなければならない人数が十四人である事は間違いない。
残るは外の見張り二人村人に四人、もう一カ所に四人。予想以上に暗殺擬きが上手くいった。小屋に待機している二人に作戦の成功を伝え、ルフェグが窓から杖先を出す。矢背の杖と違い宝玉のような物は付いておらず、五十センチ程度の白い杖。
「始めるぞ」
磨かれてつるりとした杖から、村の外のある男へ水球が三度放たれた。魔法生成物が向かってくれば必ず気付く、と豪語した男に送る『死ね』の合図だ。
知覚する。竜へと一直線に向かう、馬鹿の存在を。ついでに近くの敵も相手してくれそうだ。
ギャアアアアアアアアアァァァーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!
魔物の断末魔にも聞こえるが、実際は竜の雄叫びであり救出行動の鐘でもある。
次の空紀達の役目は、村人の安全確保だ。作戦通り、見張りは竜の叫びに動揺し持ち場を離れる者や、右往左往するだけの者に別れた。竜の方へ行った敵は、正義の騎士に任せておく。
死んでほしいとまでは思っていないが、嘘だ、少し思っているが人死にを是とするほど、世界に流されてはいない。脳内のゴミ捨て場に行く前に、騎士の無事を祈っておく。
忘れられない記憶が出来た。思い出したい記憶があるのに、場所のとるモノができてしまった。
垢のようにこびり付いて、新しい感情と共鳴する。
私は誰だ。
アイツはなんだ。
閲覧有難う御座いました。




