第二十話
投稿します。
疲労も有ってかなり無理矢理山賊達と別れた。号泣しながら惜しまれ、ずっと手を振る豪狼に呆れながらも、一度として振り返らなかった。もう少し服装から見直してほしい。
安全そうな道の途中で待たせた商人夫婦と仮の美形護衛に合流、商隊へ向かう。
ゼルキンや他の護衛冒険者から聞いた話しだが、首都はここから後四日程度で着くらしい。大陸中央にある最も商業が盛んな街〝チェラ〟からでも、最短一週間は掛かるのにだ。首都との直線距離がこの場所と同じかどうかは、長年の体験からくる勘らしいが。運搬業を生業とする商人には、無視出来ない差である。
それでもこの道を利用する者が少なく、軍の巡回もされていないのは、危険だからだ。山同士の間隔が狭く、危ない場所を避けて通るのが難しい。自然と道幅も細くなり、整備が困難な点からも正式な順路としては使えないと判断されたのだ。
それでも腕に覚えのある護衛を連れた商人や、夫婦のような関所に収める額すら惜しむ者は、こちらの道を行く。人が通れば需要が生まれ、需要が有ればまた利用する。
専属の護衛を雇っているバンハット商会は前者だ。あるギルドで銀ランクの古参にまでなった実力のパーティ、〝ディフェリーブ〟。彼らが協力してから、バンハット商会の輪は格段に広くなった。危険な場所でも足を運べる可能性が上昇し、命の保証が商売のゆとりにも繋がる。
商会長の手腕と冒険者の実力が、安全で確かな商売を作ったのだ。
現実に戻る、どれだけ逃げても逃げられないのだから。
一キロ先からしていた予感を確認する為先行した空紀が見たのは、商隊の野営付近の灯りの多さだ。何か異常事態が起きたと見て間違いない。
休憩は出来そうになかった。
「空紀です!帰還しました!」
気配に気付いた見張りが臨戦態勢に入る前に、声を張る。灯りに照らされる位置まで歩けば、顔を見た男が招き入れてくれた。
「無事だったか、ロウジはどうした?」
「実は帰還途中に馬車を見つけまして……、三分程でこちらに。会長に許可を頂きたいのですが」
「……君から見てその馬車は大丈夫だと思うかい?」
護衛としての立場からすれば当然の質問だが、深夜にほとんどの商人が起きている状況での問い。伝え方とこちらに対する信用の度合いによっては、裏切り行為と言われかねない。
「おかしな客に目を付けられた、ただの商人です。無害である事は自分が保証します」
「了解した。伝令!!接近中の馬車有!!情報提供者、保護を求む!!それと新人パーティは無事だ!!一人目帰還!」
まるで強襲に備えるように動いていた者が、突然の客を迎える用意で更に動く。指されるままに進めば〝ディフェリーブ〟の内の二人、軽戦士の短剣使いリンリーと魔法士ルフェグ。バンハット会長と矢背までは分かったが、一人商隊には居なかった少女がいた。
「遅くなって申し訳ありません。そちらは?」
幕が半分上がった馬車の中に、眠るゼルキンが見えた。癒された。
「お疲れ様、無事で何よりだ。商人の件だが、彼らが何処から来たのかは聞いただろうか?」
「いえ、配達途中山賊に襲われて逃げて来たとしか」
荷物を差し出した部分は他言しないと相談済みだ。山賊に襲われたというのも、ほぼほぼその通りではある。
夜の山の中に単身で入ったのだ、心配の気持ちが芽生えるのは不思議ではないが、無事であることに強い安堵を感じている様子が引っ掛かった。
「何があったんですか?」
冷めたマグカップを持った少女の手に、力がこもる。
「明日の昼頃に着く予定だった村が、魔物に襲われた」
静かに行動し積極的な友好を図らないルフェグが、空紀の前で初めて感情のある言葉を呟いた。
「その子は村から逃げて来た。七・八時間彷徨って、馬鹿ロウジの大きい腹が減った発言が聞こえて、こっちに近寄ったらしい。見張りを見た途端倒れて、目を覚ましたのが一時間前」
状況の整理も兼ねているのか、全員が口を挟まない。矢背の目は相変わらず泳いでいた。
「なんとか話しを聞いて、ディランドルが偵察に出たのが四十分前。多分そろそろ戻る」
「あれは……竜神様でした……」
虫の囁きに優る程の声量だが、聞き逃した者はいない。少女は瞳から光を無くし、俯いた顔を上げなかった。
「魔物がいつ襲って来ても、可笑しくない場所にあって……それでも村は平和でした……。おばあちゃんは、竜神様が村を守ってくれているのだと、家の祭壇に祀った竜の像に、亡くなる前日まで……お祈りをしていました。実際にここ何年か、村から出た死者は三人で。いずれも、山に、深く入った……だ、けで」
抑えきれないモノが、涙という物質に代わる。リンリーが少女の背をさすり、寄りかかる体を抱き締めた。姉御気質のリンリーに任せれば悪くはならないだろう。
目を合わせ、そっと席を外す。目がタップダンスしてた奴は、座ってた木箱に足を当てながら来た。
「竜、ですか。私はあまり魔物には詳しくないのだが、そう見える魔物は存在しているのかな?」
バンハット会長の問いは、聞いた者全員に向いた。
本物の存在は誰もが知っていても、村を襲うとは考えていない。現地人にとって常識なのだろうか。旅の目的がソレなだけに、本物の竜でもおかしくは無いと思うのだが。
「襲われて八時間以上経過しているなら目撃した時間、陽はまだ出ていたはず。何度か村の像を見たことあるけど、あれと見間違えるような魔物を俺は知らない」
「私も竜ではないとするなら、心当たりがありません。それと馬車がもう直ぐ到着します。事情を話して野営地の端の方で待ってもらい、ディランドルさんの接近を感知次第連絡します」
「分かりました、もう少し落ち着いてから話しを伺いましょう」
ルフェグと空紀の答えは、事態を一切好転させなかった。むしろ逆方向へ転がろうとしている。
やっと来た馬車を村方向の見張りの傍に止め、事情を話した。豪狼は念の為会長の近くに、美形は商人から離れないようにさせる。
偵察に出たディランドルが、近づいているのに気付く。だが彼の走行速度が、知っているものの半分も無い。見張りに会長への連絡を頼んで、迎えに走った。
飄々とした態度が標準装備の狩人は、木から木へ跳べる瞬足を地に落とし空紀を捉えた途端、血の滲む脇腹を抱え倒れこむ。傷に衝撃を伝えないように体を持って、即反転した。
「しっかりして下さい!」
「 」
一言だけ呟くと、ディランドルは気を失わないように歯を食いしばった。意味を問うのは彼の命が約束されてからだ。
にげろ、だなんて。
最低限の手当てを終え、会長の元へ行くディランドル。寝るのは偵察の成果を報告してからだと、本人が頑なに言い張ったからだ。見張りに加わっていたパーティの盾にしてリーダーの重戦士ヴィブの肩を借り、空紀達が話し合う場に乗り込んできた。
休めと叱咤する声を制し、会長の前の席に座った。早く報告を済ませて眠りたいと言われれば、リンリーも黙るしかない。
空気は凍りついた。
「村に、竜がいた。本物だ、間違いない」
予想だにしない真実に、息を呑む音がした。村から逃げて来た少女は、商人に借りた上着を強く握る。
常識の無い新人パーティが、それ故最も冷静に受け入れた。
「この前街の上飛んでったヤツか?にしちゃー静かだよな、あの時はすんげぇうるさかったのに」
「にっ!?逃げよう!すぐに!!」
「竜の情報と被害状況、他に気付いた事が有れば出来るだけ話して下さい」
発言した空紀達以外の全員に、変な目で見られた。心外である。
「あ……あの竜じゃない、二回りは小さかった。他はそのままだ、羽も図体も色も。問題は、竜を操ってる奴らがいる、てことだ」
この情報には驚いた。由華先生や美希子から聞いた話しだと、竜は謎と恐怖の魔物だ。情報は僅かで、知らない生物に恐怖するのは当たり前のこと。そんな生物の生態どころか、懐柔の手段が発見されていたとは。
他の人の驚きはもっと凄かった。目を丸くし、開いた口が塞がらない。
「言いたい事は分かるが、最後まで言わせてくれ……。竜を抜いて、襲撃者は二十人まで確認した。まだ居る可能性は、ある。偵察を続行しようとしたが、敵の感知網に掛かってな。ご覧の有様だ。ここが見つかるようなヘマは、してねえが……あんまり長居すると危険かもしれん。それと、村の連中は無事だ」
「本当ですか!?」
「あぁ。怪我してる奴は何人かいたが、一か所に集められて、家ン中物色されてる、だけのようだった。物資を調達してるみたいだ、特に、食料」
村人が無事なのは唯一の朗報である。しかしこれからもそうとは限らない。見て来た者として一番理解しているのだろう、少女の前で報告はしなかった。
敵は集団で竜を飼いならしている。野生を発見して捕獲したのか、一から育てたのか。どちらにせよ、秘匿出来るものではないはず。生物の飼育は多くの苦労がある。
もしかして竜は空紀が知らないだけで、飼い易いのだろうか。
捕獲なら突けば暴れて制御が難しくなるかもしれないし、刷り込み飼育なら育て親を人質にすれば攻撃されないかもしれない。食料を求めているのは、竜の為だろうか。なら大量の食糧で誘導は可能かもしれない。
「…………食料が目的だとすると、満足したら去るとも考えられる……」
会長の中には、色んな天秤が揺れている事だろう。商会や会員、護衛に村と現実。
会長の予想通りなら、敵が引いてから村へ向かえばいい。物資が無ければ生活は困難だが、商会が長く滞在し協力する事で解決する。これからもお世話になるなら、それが最善。
だが現実は不確定。もし人に被害を出し始めたら、商会の戦力で助けに迎えるかは不明。それどころか全滅の可能性もある。例え奴らがどんなに村を荒らしても、自分達の身を優先すべきだ。
この場の全員が望む未来を願い、空紀達は待つ。破壊の魔物がここに気付かない事を祈って。
ただ一人、当事者の少女だけが、最悪の未来の訪れに恐怖した。
「……お願い、します……村を助けてください……」
地べたに膝を着き、無茶だと分かっている事を少女は懇願した。
「どうか……どうかお願いします。家族を、村を……守ってください……!」
誰も応えられなかった。明確な敵の存在、やるべき事が分かっていても出来るかは別の話しだ。実際竜の強さは未知数。絶対に敵わないと言える、根拠は無い。
しかし敵は竜なのだ。
幻の頂を動かない、孤高の王。魔物の頂点。
考えもしないのだ、アレに挑もうなんて。
それこそ常識を知らない『勇者』か、とっておきの正義くらいしか。
「私が行きます!」
そういえば居た、とっておきの正義がすぐそこに。
場は突然降臨した神の如き美形に占領された。護衛と偽る際に、国章が描かれた鎧一式を脱いでいる。商人夫婦や豪狼の時も、みんな同じ反応をしている。女は頬と吐息に熱を灯し、男は目を剥いて心中に新しい扉をを感じさせた。空紀には理解出来ないが。
「えーっと、保護を求めて来た馬車の持ち主である、商人の護衛、だそうです」
「私はこれでも国を守る立場の人間、この異常事態を見過ごす事など出来ません!」
誤魔化す気有るのか。騎士は国王に剣を捧げていて、無暗に身分を明かすのを禁じられている、と本人が言っていたから仮の立場を作ったのに。
美形の顔と美声の衝撃で、誰も言葉の違和感に突っ込まなかった。移動の準備が完了しつつある、時間が無いので仕方なく話しを進める。
「竜に勝てるの?」
「……正直、厳しいだろう。しかし!国民を守らぬ者に、騎士が名乗れるものか!」
「商人はどうするの、まさか後は宜しくとか無責任な事こっちに頼まないよね?」
「す、すまん。せめて私が戻るまで、こちらの商隊と行動させてもらえないだろうか?」
「あんだけ頼んどいて途中放棄とか……。会長」
「へ?あ、ああぁ。こちらの隊列に合わせてもらえるなら、多少の安全は保障しよう」
「感謝します、バンハット商会長。では、事情を話してきます。会議の乱入、大変失礼しました!」
美形が商人の元へ向かった。荒らされた余韻を流しつつ、空紀は考える。
「少しいいですか?」
命が軽い世界にいるのだ。チャンスは逃したくない。
閲覧有難う御座いました。




