第十九話
投稿します。
素早く鉈を鞄から抜くと、誰も反応出来ない速度で、投擲した。
ゴッ、ガガン!
投げられた鉈は、美形騎士近くの木に当たり転がった。むず痒い静けさが出来た。
「…………何のつもりだ?」
投擲した者以外の心情を美形が代弁。行動の意図が全く理解出来ない、当然の質問である。
投擲者は羞恥を抑え、胸を張った。
「木に刺そうとして失敗した」
「お前……!?武器は大事に扱え!戦士として基本だろう!?」
「こちとら突然人が目の前で殺されてやらなきゃやられる時に取った武器が人殺した直後のソレで、訳も分からず死闘を強制されて捨てる場面を失いこうなりゃ折れるまで使ってやると投げやりになった戦士歴一ヶ月未満だ文句あるのか!!?」
「あ、いや。えっと…………すまん……」
失態を紛らわせる為につい怒鳴ってしまった。深く息を吸う。
「……とにかく、こちらに戦闘の意思は無い。それでも斬り殺したいというなら、無抵抗の私達の首でも胴でも落とせば?」
「なっ!?」
「商人達と山賊、両方の意見を同じ場所で聞きたい。話し合いの場を要求する」
「そ、そんなこと……!」
「もちろん!騎士の同席と山賊側の武器没収、有事の際のこちら側に対する人質も作る。早く決めてほしい」
正義感の強そうな騎士相手に、はいと言わせる為の条件の数々。最初に武器を放棄したのも、戦闘の意思の無さを証明する手っ取り早い方法だ。
首都を守る軍とはこんな人間ばかりなのだろうか。もしそうなら、逃げるように勇者の街を出たのは早計だったかもしれない。人道を芯に行動する者が多いほど、世界は悪意に厳しく善意に寛容だ。こちらの態度が行き過ぎてなければ、滅多なことにはならなかっただろう。もう遅いことだが。
「……分かった。お前を入れてそちらから三人、商人の元へ案内する。承知の上だと思うが!」
「話しをするだけ、間違っている方が謝る、暴れない。他に何か?」
「盗品は返し軍に自首しろ、いいな必ず守れ。違えれば、この剣は容易くその細首斬り落とすぞ」
ようやく眩しい剣が鞘に入った。磨かれ過ぎである。
振り返ると修羅場に慣れた冷静な山賊達と、慣れてないガチギレ寸前の豪狼がいた。本当に、どちらが山賊か分かったものではない。
「行くのは私と山賊の頭、後襲った連中の事を出来るだけ覚えている奴。記憶力が良い奴っている?」
竜の銅像の話しをしてくれた男が手を挙げた。特に反論も無いので、そうなのだろう。
「待てよ!!何でオレじゃねえんだ!?」
何故選ばれると思ったのか、山賊でもなんでもないのに。
「連れていく利点が一つも無い。それとも山賊の無実を証明できるの?」
「ぐぅ!?お、前は出来るのかよ!?」
「私はただの未届け人。話しの流れによっては戦闘もあり得るけど、あんた私より強い?」
流石に反論できる程馬鹿ではなかったらしい。留守組に大人しく加わった、顔はかなり歪んでいたが。
美形の数歩後ろを歩き、付いて行く。背中に目が有るのかと思うほど、こちらの様子は筒抜けだった。足の速さを変えれば合わせられ、目線を剣にやればその柄に手を乗せる。
鉈は転がしたまま置いてきた。思い出はあるが名残は無い、最悪拳が使えると先程判明したのだ。放置に後悔は無かった。
魔力の感知、美形はそれで辿ってきたと言った。しかし今の『風』には特に反応が無い。感知以外の効果は無いと分かったのか。それともこの使い方なら気付かれないのか。
他人の魔力を感知する方法が『風』しかない空紀は、美形の感知感覚が分からない為どういう対策をすれば良いのか定まっていなかった。
美形本人からは魔力の発生を毛ほども感じない。生命活動が低下しない、最低限しか魔力を保持していないのだ。これが意味する所を、本人に聞く訳にもいかない。
結局美形の情報は、超正義マンで神に愛された謎の美形、だけである。
遠目に馬車が見えてきた。会話が聞き取れない程度の距離を取り、山賊側を待たせ美形が事情の説明に行く。夫婦の驚きと不安、恐怖を辛抱強く説得し話し合いの場が作られた。
三十後半から四十前半の夫婦は、愛する人を鼓舞するように手を繋いだ。会話の結果によっては、命の危険が十分ある。勇気ある決断だ。それも人を守ると豪語する、騎士の存在が大きく関わっての判断だろうが。
運命の会談、は緊張感の急降下により形を消した。
「兄貴この二人!化物山を通ろうとした商人でさぁ!」
「はあっ!?化物山!?」
山賊達の中で情報が更新されたらしい。雰囲気を固くした騎士を落ち着かせる為、すり合わせが必要である。
「最初から説明して」
「へ、へい姉貴!今日の夕方頃こいつらが変な顔で西にある化物山に行くのを見た奴がいて、急いで止めたんっす!」
化物山、聞いたことが無い。
最近恐ろしい事が相次いでいる山で、山賊内で勝手にそう呼ぶようになったという。
「明らかに護衛もなんもいないんでそっちはやべえぞって注意したら、妙にビビりまくって。こっちは何も言ってないのに積荷全部降ろして逃げちまったんでい」
普通の人が見れば怖がる顔をしている自覚は無いのか。
「出鱈目だ!!ならこの人達の積荷はどうした!?」
「特に何もしてねえよ!捨てたトコそのままなんじゃねえの?まあ、魔物に持ってかれてても知ったこっちゃねぇけど!」
早く確認しなければ、何も残ってないとどちらの言い分も証明出来なくなる。
範囲拡大、『風』は半径一キロに危険な魔物はいないと知らせる。
「現場に向かう!ご夫婦、馬車の中へ」
隊列を気にせず、速さ優先で走った。付いてこれなくなった山賊を後方に、現場に到着した。案内役が先頭に居なくても、問題の場所は一目瞭然だ。
「商品です!確かにウチの商品です!ああ、良かった……本当に……!」
整備の行き届いてない道の上、雑に置かれた複数の袋や木箱に夫婦が駆け寄った。まるで我が子が帰ってきたような喜びようである。
食品類が無かった事が、魔物に襲われなかった要因の一つかもしれない。夫婦は必死に、商品の状態を隅々まで確認している。最悪の事態は避けられた。
息を切らす山賊達に向き直る。
「商品が見つかったから、あんたらの疑いは晴れた」
「ねっ!言ったでしょう!?オレらはクソ野郎しか狙わないんすよ!」
「それが問題なんだろうが!!!」
予想以上に声が響いた。夜の山中である事を考えて、怒らなければならない。
「あ、姉貴?」
「お前らがどんな信念守ろうが、他人がその意図を汲んでくれると思うなよ!?見た目もただの山賊の自覚は有るのか!!?この事態をややこしくした七割は、その態度と恰好とやり方だって分かれ!!」
馬鹿の迎えに同種の山賊退治、竜の謎に絶世の美形騎士。記憶容量にどれだけ余裕が在ろうと、連続で詰められれば精神が参る。発散は不可避だった。
「あの!商品は全て無事に」
「商人も商人だろ!!経営考えて危ない橋渡ったのに商品置いて逃げてんじゃん!命大事には別に良いけど、命賭けて来たんなら簡単に絶望すんな!!死ぬ気でやれよ死にたいの!?」
「「は、はい!!すいません!!」」
「そっちも!騎士とか言うなら視野を広く持て!こいつらが大体悪いけど、こんな事続けてたら冤罪でどんだけ人を斬るか分かったもんじゃない!あんたは国民を助けたいの!?殺したいの!?」
偉そうだな、と冷静な部分で自己分析する。けど言いたい。
「全員反省しろ!!!」
発言者も含めて今回の騒動は、勘違いの末殺し合いに発展したかもしれないのだ。突然叱りだした本人も山賊も騎士も商人もその重大さを噛み締め、次に生かさなければならない。
幸運にも逆切れするような沸点の低い人は居なかった。全員反省の様子を表している。
豪狼がいたら怒っていたかもしれない。
「……今回の騒動、早合点し思考を止めて先走った私の不徳の致すところ。……大変申し訳ない」
やはり騎士が一番に声を上げた。続くように反省の言葉が飛び交う、説教した者としては自分もとは言いづらい。勿論反省してます。
「お二人は何でこんな危ない道を通ろうとしたの?」
「え?」
「いやだって、私が護衛してる商隊が行く道ならこの辺より少しは安全だから……」
範囲が拡大した『風』で、この道の先を知った。結構危ない。化物山と名付けた理由も理解出来た。
顔を合わせる夫婦、事情が有りそうだ。
「……実は商品の届け先が、この山なんです」
「なっ!?危な過ぎる!発注された人は何を考えているんだ!?」
「それが……発注は店先で早朝に置かれていた手紙だけでして、商品の希望と届けてほしい場所と期間・日時だけが書かれていました」
「怪しいなオイ」
手紙に同封されていた前金で目が眩み、早まったかと山に向かう最中は考えたが、ここまで来て戻るのは損だと思ったらしい。仕事の将来を考えて、勇気を出したら今回の事件である。
一応金払いの良い上客だと思い客情報を隠すつもりで、首都への道中と配達先を騎士にも誤魔化したそうだが。嫌な気配と相まって、益々山に近づきたくなくなった。
「商品の希望配達日時は?」
「えっと、明後日の夜明けまで。夕方から深夜頃の配達希望、となっています」
聞く度に質問が増えるが、場所が悪い。
「一度私が護衛する商隊へ行きませんか?遣り手の商人と他の護衛がいますし、私達には無い情報を持っているかもしれません」
命を懸けて守る気は無いが、放っておくのも後味が悪い。あまり依頼主から長く離れるのも良くないし、流石に疲れた。休みたい。
短い相談後、承諾した夫婦と軽く握手した。人生を賭けた取引に希望が見えたのだ、やつれ気味の顔にようやく笑顔が浮かぶ。力になれたなら良かった。
「頼む、私も同行させてほしい」
「いらない」
「今回の騒動を大きくした要因の一端として、っていらない!?」
「私が護衛する商人に会わせるのはこちらの夫婦だけ、怪しい人に会わせる気は無い」
「怪しい……!?た、頼む!少しでも罪滅ぼしがしたいんだ!」
正直会話するのも疲れるのだが、もし本当に国に仕える者であったら邪険に出来ない。夫婦と話し騎士としてではなく、知人に紹介された腕の立つ護衛として連れていく事になった。
もうコイツやだ。
山に入る道を逆に進みながら、騎士がさり気なく近づいてくる。つい半歩離れた。
「不躾に済まない、後ろの山をどう思う?」
魔法を使った様子は無い。魔力の感知だけで、そこまで分かるのか。
「……何でそう思った?」
「山の中腹から頂上付近まで、異様な魔力が渦巻いている。あれは危険な魔物がいるというよりは、危険な魔力が根ずいていると表現した方が近い。しかしそれ以外はここからでは判断出来ない。感知系の魔法を行使している貴殿なら、もっと詳しい情報を掴めているかと思った」
貴殿。お前や、貴様、と言っていたが誤解が解けたら今度は、貴殿か。
呼称が改められた事に優越感は欠片も涌かず、嫌悪が漏れ出す。外に深く吐き出す事で薄めた。
これは謂れの無い怒りだ。
「夫婦を商人に会わせて仲間と他の護衛が居る所で話す」
なんとか絞り出した言葉は、少し早口となった。疑問が美形騎士の視線に入る前に、歩行速度を上げる。商隊に合流する為に。
ああ、早く離れたい。
閲覧有難う御座いました。




