第十七話
連投します。
対応可能な範囲内で手を縛った山賊を歩かせる間、先程の奇襲と戦闘を振り返った。
奇襲を実行するなら、やはり空気を読む事だ。敵の状況を知り心境を察し、機会を誤らない。
リンチ対象の才能をこちらが知っていれば、いつ山賊が隙を見せるかは予測出来る。豪狼の才能がとっくにバレていてそれでも殴っていたのなら、山賊の体力が削れるまで待つつもりだった。豪狼の体力は『勇者』平均ステータスを超えている。その辺のゴロツキがそれを上回っている可能性は低い。
機会を読むのは簡単だった。『風』は空気に混じった生物の心を、空紀の感覚に擦り付ける。山賊の実力の低さすらも。それが色なのか匂いなのかは、相変わらず理解不能だ。
ボッコボコの豪狼の傷が自然治癒した、という事実に山賊が驚愕。それを感じた空紀は、対象の位置を再確認して跳び出す。風下である事も計算して。
今のところ風の影響が『風』に無いのも、不思議な要素だ。『風』は現実に存在していないのかもしれない。
人は無意識の内に複数の思考を同時展開している。主な考え事をしている時、身体を動かしたり関係がある別の記憶を思い出す行為等がそうだろう。
戦闘中空紀も身体を動かしながら、無意識に次の行動を考えている。『風』を意識しながら、空気を読み周囲を見て動きに反映していた。囲まれた時の対応も、悪くなかったと思う。
かなり自然に『風』を制御出来るようになった。しかし上手くいき過ぎていないか。
魔法の謎、才能の真実、不可思議の正体。
不可思議には今も首の後ろを冷たい手で撫でるような、説明出来ない感覚も含まれている。街に居た頃からあった、手の甲や頬から血を抜かれる感覚。
血ではなく熱や魔力が取られているという位しか、分かる事は無い。
思考の迷路が広がって、出口を誰も作ってくれないもどかしさ。分からない、は行き止まりにぶつかろうが分からないままだ。
なので分からないは放って置くことにする。
取り敢えず目標の首都に着くまで、空紀は己の生存を最優先にして他は着いてから考えることにした。
『風』は便利、使えてるなら文句無し。魔力が抜ける感覚は魔法の使用に影響しない程度なので、この問題も後回し。ここで一旦区切りだ。
首の後ろを這う、冷たい手に混じった違和感に気付かなかった。
歩きだして二・三十分。うっそうと茂る雑草と木の根に隠れた、マンホール大の穴があった。山賊の案内が無ければ、とても見つけられない出入り口だ。
ここに来るまでも道は無く、わざとそういう場所を通っていたのだろう。もし矢背が同行していたら、半分も歩けないだろう険しいコース。
これだけの分かりづらさ、成る程見張りもいらないはずだ。穴を潜れば人一人がやっとの高さと広さ。
「これ掘ったの?」
「いえ、逃げてる途中偶然見つけたんっす」
何から逃げていたのだろう。
山賊の一人が何やら壁に触れる。月光も届かない暗闇が、ボンヤリとした光に照らされた。奥の行き止まりが、扉の形で発光している。蛍光剤でも塗ったのか。
この世界の電灯役、魔灯石を左右に埋めた階段を降りると、想像以上の空間に出た。
「なんだこりゃ!?」
豪狼の叫びが反響し、遅れて戻ってくる程の広い部屋。伏せたお椀型の天井は、床から約五メートル。今通った出入口から向こうまで、小学校の体育館くらいは離れている。左右に各三つ扉があり、お世話になっていた外交官屋敷にもこれだけ広い部屋は無かった。
壁は石材のようだが、基本真っ白なので山賊の棲家には合わない。しかも食料や生活用品を適当に置いているので、かなり勿体無い使い方をしている山賊らしい有様。
しかしそれらの何よりも、おかしな物があった。
「左が寝床っす、右に財宝やら何やら詰めてまして」
「安心しろ。根こそぎ持って行こうなんて言わない、ただ」
「な、なんっすか……?」
「取り敢えず全部見せろ」
「はいただ今!!」
山賊達が手分けして財宝を運び出している間、空紀はおかしな物を間近で見ていた。
「んだこれ?蛇の銅像か?」
流動的な胴体は確かに蛇を思わせるが、二足の手と頭部はあの生き物の特徴を表している。
「…………竜だ」
旅立ちのキッカケとなった竜とは、体の作りが違った。上空を飛び去った竜は、大きな翼と太い足があったが、銅像にはそれが無い。二足歩行するワニのような胴体と違い、蛇の如き長い体躯。
この世界には竜が存在し、さらに種類があるのか。
否、これはあくまで銅像。想像上の産物を誰かが作っただけかもしれない。
それでも複数の竜の情報はある。目撃情報が無いなら、いるかいないかも種類の有無も未知数。
薄い水色の素材で作られた像を、鱗に沿ってなぞる。熱を持たない竜の虚像、その意味も正体も分からない。
だがその謎は、旅をしなければ知ることがなかった。
不安を無視して、猫を殺す好奇心に身を投じた結果がここにある。
命の危険に釣り合うモノではないかもしれない。しかし自分で考え選び得られたソレが、空紀には堪らなく輝いていた。
この快感が何なのか、きっと旅の先で分かるだろう。
「飛んでた奴とはケッコーちげぇな。なんかテレビでやってた、願い叶える竜に似てるか?あんま知らねぇけど」
像を飾る台座は低く、身長の高くない者でも直ぐ届く。像に触れると、豪狼は火に触れたように手を引っ込めた。
「どしたの?」
「いや……なんか、ぞわぞわした」
空紀も再度触れてみると、確かに違和感があった。これは血を抜かれているような、冷たい手が熱を奪っている感覚に近い。
「ねえ!誰かこの像に詳しい人いる!?」
仮宿主達は皆部屋から財宝を持ち出し、この広間に積んでいた。頼んだのはこちらだが、想像以上の山が築かれている。
兄貴と呼ばれた山賊に一喝され、男が走って来た。
「へい姉御お呼びで!」
「姉御は止めて。この像何時からここに?誰かが作ったの?」
「へい姉さん!コレはこの隠れ家見つけた時にはもう有りました、硬いし重いしでどうにもならなかったんす!」
「姉さんも止めて。何か特殊な鉱石で出来てるの?」
「へい親分!何の石かはオレらじゃ全く分からず……。触っただけで魔力吸う石なんて、聞いた事も無いっすよ」
「親分も止めろ!」
謎が一つ解けた。偶に感じていた血の抜けるような現象も、この像の特性も同じだ。魔力が取られるという、異世界でしか感じ得ない感覚。
ようやく魔力の存在が、明確に感じられるようになった気がする。自分の魔法を使いはしていたが、どうも曖昧だったのだ。
直列で繋がっていなかった、もしくは厚い手袋越しに魔力を捏ねていた。魔法とはもっと心だけでなく、体を使うはずだ。異世界人が使っている魔法はまた違うかもしれないが、『勇者』の才能は体の内も外も使う。
矢背は本能で分かっていたのだろう。でなければあれ程の威力の魔法は撃てまい。操作が上手くいかないのは、心の問題か。個人の話しは置いておこう。
魔力の存在がハッキリした今、魔法の精度を上げる事が可能なはず。空紀の生命線だ。集中して取り組みたいが、流石に降したとはいえ山賊の棲家でする事ではない。
「親方!財宝集めました!」
「お前らの上に立った覚えは無い止めろ!」
妙にしっかりした整列で、山賊が壁際に並んでいた。視界に入れないようにして、財宝の山を見聞する。
金・銀貨もあるにはあるが、全体的に用途の分からない物が多い。観察眼の必要な芸術品、子供のおもちゃに見えるガラクタ擬き、刺繍の細かい反。
山賊からすれば価値の分かりづらい物は売るに売れず、放置するしかなかったのだろう。
取り敢えずよく分からない物を魔法鞄に入れつつ、山賊の言い分を聞いた。
「俺達はクソ野郎専門の盗賊なんです!カタギからは盗らねえって魂に誓った、胸を張れる盗賊っす!」
盗賊である事に胸張られても。
「この辺は首都から近い方でしょ?けど軍の見廻り順路からは外れてて、後ろ暗い奴らにとって都合の良い抜け道なんです。だからヤバイ物運んでる奴が通るんすよ」
「普通の商人も通るでしょ」
「クソの商人よりかなり少ないっす、もっと西に安全な道があるっすから。普通の奴は検問もあるソコ使います」
「今近くまで来てる商隊は知ってる?」
「ああ知ってます知ってます!なんかえらく腕の立つ奴がいるし、よく見る商紋だったんで標的にはしてません!」
商品を乗せた馬車の側面には、その商会の証しである商紋が描かれている。商品の包紙や契約書にも使われていて、正しくその商会の証明だ。
当初は逆にこれのせいで狙われるのではと心配していたが、有名だと水戸黄門の印籠みたいな効果を発揮するらしい。
「私達が護衛してる商隊だから、手ェ出したら潰す」
「「「「「はい!!!魂に賭けて!!!」」」」」
山賊の魂なんて要らない。
あらかた入れた、そろそろ鞄の容量が危ない。重量が大分加算され、持ったまま戦闘は困難だ。
しかし今の問題はこの山賊である。踏まれたとは思えない、好感度の高さ。尊敬に近い眼差しが空紀を囲う。
こいつらどうしよう。
異世界観で言えば、どうしても良いのだ。この世の全ての犯罪に裁きを与えられる程、暇な人間はいない。苦労に見合う対価が自己満足だけでは、気狂いか世界遺産レベルの正義の味方くらいしか、この山賊を斬りに来ないだろう。
話しを聴いて分かった。こいつらは本当に、悪人しか相手にしていない。悪人の基準は山賊達の知能が物差しになっているが、その判断に背いた事は無いのだろう。
漠然としているが、『風』が空紀のなんとなくを後押しした。この山賊は訳有りや訳無しが集まった、気の良い連中だ。
あの化物とは違う、人間なのだ。
それだけで殺さない理由になる。
魔法鞄の口を閉じる。豪狼は山賊の何人かと、輪になって肩を組んでいた。
仲が良くなってなによりだ。
「金銭と食料は取らない。手出す相手間違えないようにしな、まぁそんな事やらないで済むのが一番だけど。豪狼、行くよ」
「そんな!?待って下さい先生!!」
「お前らに何か教えた覚えは無い!!」
もちろん、山賊になるつもりは無い。後ろでどれだけ男共が騒いでも聞き流す。竜の像は気になるが、それだけで犯罪者にはなりたくない。
逆に首都を目指す理由が増えた。この世界で竜は、ただの強い魔物ではなさそうだ。情報の収集が急務である。
思った以上に時間を食ってしまった。早く商隊に合流するべきだ。
心臓を貫かれた
錯覚だ。
身体のどこにも穴は空いてないし、血が出てもいない。勘違いを引き起こした何かが、空紀の感覚に触れた。
肺を空気で目一杯満たし、細く吹く。
動悸が治らない。竜を見上げた時とは、種類の異なる心臓の鼓動。
深呼吸が効果を現す頃には、『風』が棲家周辺の情報を教えてくれていた。それでも分かったのは方角だけ。男達の言葉を振り切って、灯りの足りない階段を駆けた。
[風の道に砂糖をまく 貴方はただ一人の人に出会うだろう 王の祝福があらんことを]
何故、今あの占いを思い出したのだろう。
痛みすら作るこの不可思議の原因が、他に思いつかなかったからか。こんな不信感を揺する感覚が、運命だと言うのか。
腹が立ってきた。無知を許容した覚えは無いというのに、分からない事が事態を二転三転させる原因に思えてくる。
早くこの不安から解放されたい。
今日はここまでです、閲覧有難う御座いました。




