第十六話
投稿します。
今しかないと、ゼルキンは固い口を動かした。
「……次の村でも前のように、アキさんや冒険者方の力をお借りすると思います」
膝を抱える少年の肩に毛布を掛ける。空紀の分だが、この世界に来てから例え気温が一桁台でも、夜『風』を遮りたいと思わなくなったのだ。
「実際この間の村での商談は、アキさん達あっての成功でした」
「商会長の手腕だよ」
「はいもちろん父う、会長の、利益を見つけ産む交渉術は素晴らしいです。まさか村に建造の知識を持つ人が居ないなんて、考えもしませんでした」
「魔物が繁殖した前の土地を捨て、あそこに引っ越したばかりなら仕方ない。人命あっての村だよ」
「けどずいぶん昔からそういう人が居なかったそうです!集団生活をする上で、衣食住の確保は命に繋がります!それなのに何であそこまで考え無しで、村を建てたんでしょうか」
「ゼルキンくんは村の人達が、自分の生活を疎かにしているのが理解出来ないの?」
話し声は休む体勢になった商人達まで届かなかった。静かな夜の森は、色んな音を発している。揺れ擦り合う木々や夜型の生物の生息音。様々なそれらがゼルキンの悩みを、二人の空間にだけ落ちるよう騒いでいた。
「…………分からないんです……。何故父上は、出立の予定を大幅に前倒してまで、あの村を救おうと思ったんでしょうか……」
“勇者の城壁都市”の支店に男が訪ねて来た。その男は座り込み頭を地面に擦り付けながら、会長へと懇願したそうだ。
恐ろしい魔物から逃げて今の土地にたどり着いたが、人手も物資も足りない。助けてほしい、と。
土下座された商会にしてみれば、一回の商売の二割にも満たない金を押し付けられ、茫然とするしかなかった。唯一動いた会長の姿を、ゼルキンは訳も分からず見ていた。
目線を合わせ肩に手を置く。
明後日早朝に立つ、早く家族を安心させてやりなさい。
そう会長に言われた男は、汗と泥にまみれた顔を洗う程涙し、懇願を感謝に変え何度も頭を下げた。男が去った後慌ただしくなった商会内で、ゼルキンは立ち尽くす。結局忙しくする父に何も聞けず、今日に至った。
「人助けは良い事です、けど父上は昔僕に教えてくれました。自分には家族と商会の仲間達を守る義務がある、と。時には他人の命より優先されるものだと。いつもより準備期間が短く、護衛の数も少ないこの旅は、十分危険なものです。これは僕達の命より他人の命を優先した事に他ならない!」
商人とは因果な職業だ、息子にすら善意を疑われる。本当に善意で例の男を助けたかは不明だが、行い自体に悪い点は無い。それが疑惑となって、妙な亀裂を作っている。
本人に聞いてみるのが一番早いが、それを会って三週間の空紀が告げて良いのか。ゼルキンが空紀に相談した理由の一つが、恐らく付き合いの浅さだ。会長の行動に文句を言わず従う商会員への相談は、身内の不仲を明かすようで気後れするのだろう。しかし内容が他人の入るべき悩みではないように思う。
悩みを話す最適な相手は他人だが、内容にアドバイスを送る為の理解度は他人では足りない。会長と二人でゆっくり話し合ってみたらいいと、遠回しに返すのがベストか。
興奮が収まってきた少年を見る。
「アキちゃん、ちょい良い?」
不寝番三人の一人に声を掛けられた。
「あ、すいませんおやすみなさい!」
驚いたゼルキンが、いつも寝ている馬車へ走って行く。毛布取られた。
「ごめん、お邪魔だった?」
「大丈夫です、何でしょうか?」
「いやー、そろそろツレの子が森に入って一時間経つけど、放っておいていいのかなって」
忘れていたわけではない。ただ『風』の範囲からいなくなったので、少し頭の隅にやっていただけだ。
「ご迷惑お掛けします」
「いやいや、君らのおかげで旅が楽しいしいいねん。そんでどうしよ?」
忘れていたわけではない。が、流石に探した方がいいだろう。
「すいません少し空けます、出来るだけ早くアレを連れて戻ります」
「気を付けて、なんてアキちゃんには余計なお世話かな?」
「有難うございます、いってきます」
美希子からの選別品、魔法鞄を持って駆け足に森へ入る。野営地の灯りが見えなくなると、力一杯踏み込んだ。
「なぁ、何か臭わないか?」
「ええ?」
細い枝も太い幹も足場に、軽やかに走る。
豪狼の進んだ跡をなぞるように進んで行けば、気分は追跡中の忍者だ。勿論足跡など、この闇の中で分かるはずもない。
それが分かってしまうのがこの『風』なのだ。
“風間魔法”
感覚を風のように流し知覚出来る。範囲はレベルに精度は魔力に依存する。
これの力であらゆる生物・物体を遠距離から把握可能、知覚精度によっては半径一kmでも魔力が低消費で済む。
とても使える魔法だが、とても難しい魔法だ。分からない部分が多過ぎる。
感覚を流す、とステータスカードには書かれていたがこの感覚が、本当に感覚なのだ。視覚とか聴覚とか分かりやすいものではない、どこの感覚器官が働いているのか使用者にも不明なのである。魔法ならそんなもん、とは一蹴しづらい。
『風』と言ってるが実はコレも適当だ。風のように流れてはいるが、本当の『風』ではない。『風』のような何かが、空紀の感覚を空間に流し情報収集している。
そもそも流れているという表現も怪しい。
そんな魔法なのだ。
分からない事ばかり、否、分からない事しかない。だから試してみることにした。
『風』の反応に、足を止める。
「いた」
思ったよりは遠くなかったが、野営地から森を十分は走る距離。頑丈な枝の上で、意識を『風』に集中させる。豪狼一人ではない。
「何やってんのアイツ」
豪狼の他に十八人、全員男で武装済み。豪狼と一人を囲って男十七人が円を作っている。内側の二人は殴り合っていた。正確には豪狼の拳は基本空振りで、相対している男の一方的な展開だ。リンチとも言う。
中央の男は十七人の頭のような存在らしく、あの中で一番強い。垢の着いた衣服は野生味溢れるデザイン、笑いながらリンチを楽しんでいる。
山賊だ。この辺りでは珍しい、あまり収穫の期待出来ない地域で何を奪おうというのか。今夜はうっぷん晴らしのサンドバッグを見つけて、嬉々としている。
「……どうしよ」
山賊には同情するが、とっとと退治させてもらう。
空紀が移動しだす頃には、リンチの旗色が変わりだした。
鳩尾に深く決まったが、豪狼が立つ。一・二度なら偶然で済ますが、十も続くと疑問になる。ここまでやられて立てる人間がいるはずない。
顔面を狙う。後ろにふらついて、倒れないどころか反撃した。疑問は疑心を産む、疑心は恐怖の種だ。
形勢は揺れた。ワンサイドゲームはいつの間にか不倒のステージとなる。豪狼の頬の腫れが引いていると知った時、動揺で山賊の脅威度が激減した。
トンッ
重力の消えた跳躍で、固まっていた山賊を三人吹っ飛ばす。反射で動けた者はいない、
さらに四人五人、六、七人。
「なっ……!?」
遅い、三とんで十一人。
地獄のゴブリン集団より弱い、山賊が弱いのかこちらが強くなったのか。
一斉に五人襲って来た。これを目や耳ではなく、『風』に頼ると違って見えてくる。左後ろの男の背後に、豪狼を殴ってた男がいた。空紀からでは部下の男が壁になり見えない角度で、姿勢を低くしている。
注意していれば『風』が無くても気付けただろう。しかしどれだけ速くその動きを知るかで、戦闘の運びと勝率が変わる。
空紀は鉈を逆手に持ち、左後ろに跳んだ。
背中体当たりで部下を怯ませ、鉈の頭を腹に捻じ込む。部下の壁で向こう側が見えなかった男は、急に迫る背中を避けられず
「ぐへっ!」
「ぶへっ!?」
仲良く木に激突、地面の上で重なった。
頭が倒れればもう作業だ。重い一撃を平等に与えた。
作戦終了である。
呆然として一歩も動けなかった豪狼は、膝の力が抜けたらしい。座り込み息を吐く。
「テメェ……何もん、だ!?」
流石にあれだけで気絶はさせられなかった。もう一発入れておく。
ゴスッ
「ごへっ!」
「「「「「兄貴ーーー!!!?」」」」」
思ったより頑丈だったらしい、半数程は意識が残っている。鉈を魔法鞄に戻した。
「このアマ兄貴に何しとんじゃあー!!」
ゴスゴス
「がっ!がべっ!!」
「兄貴の頭が地面にめり込んだー!?」
「うるさい」
ドゴスッ
「みょへ!?」
メゴスッ
「もへっ!?」
「他の奴らの頭まで踏んで埋めてるーーー!!?」
この辺は地面がなだらかな傾斜、山の中なので地面が少し柔らかい。最初に埋めた男の呼吸も止まっていないし、死ぬ事は無いだろう。
「ねぇ豪狼」
「お、おう」
「ほんの少しでも私含めた商隊に悪い事したって自覚があるならこいつら縛って。はい縄」
「はい縛ります!」
瞬時に立ち上がり、山賊の手を縛っていく。豪狼の体には既に傷が無い、呆れた才能だ。もし豪狼と戦う事になれば、意識を奪うか強い拘束手段を用いるしかない。
変な考えに脳を振った。旅の間だけとはいえ、仲間と本気で戦闘する未来の想像は、不義理もいいところだ。
山賊を全員縛った、特に頭の男は厳重に。乱暴な方法で鎮めたお陰か、誰も暴れなかった。
ちなみに縄はディランドルに勧められ、商会から買った物だ。長い縄を一本持っているだけで、色々旅の役に立つと。
「探しに来てくれたのか?」
「まぁね、次は放っておくから。食料確保も失敗したみたいだし」
「ぐぅ。夜は、ヤツらも寝床に居るんだ、見つからねえよ!」
「飛び出す前に気付けよ」
「ぐぅぅぅ!」
悔しさに唸る馬鹿は無視して、兄貴と呼ばれていた男を蹴る。
「のへっ!?な、何だぁ!?」
突然の腹の痛みで意識を戻された山賊に、懇切丁寧な提案を話す。部下達も行儀良く傾注してくれた。
「商人から聞いたけど、異世界での犯罪は基本街中で被害者と加害者、更に物証や証人がいて初めて犯罪と認知される。つまり街の外での犯罪行為は厳密には犯罪ではなく、そこに法的措置も公的措置も存在しない。街の外の出来事はそれがどんな理不尽でも、国に認知されるような事件じゃない限り、全て自己責任!魔物に襲われようが山賊に襲われようが全部!」
「?えっと、この世界には法律がねえのか?」
「あるけど穴だらけ。お酒は十五からだけど、あんまり強い法律じゃない。見つからなければ裁かれない」
ゼルキンは今年十一歳だが、紅茶にブランデー混ぜて飲んでた。味覚は空紀より大人である。それを他の人が注意する事もなかった。山賊の話しに戻す。
「もし、此処で何も無かった山賊なんて居なかった、と言えばこの山に数十の死体が転がっていたとしても、それが犯罪だとわざわざ街に言いに走る人はいない。被害者は喋らないし加害者もいない、犯罪があったと国に認知させる証拠が無い」
「なっ、何が目的だ!!金か!?」
「よく分かったな」
もう一度鉈を取り出した。山賊にはどう見えているだろう、見下すよう意識する。
豪狼は後退り、山賊は顔を青くした。
「アンタらの住処に案内しな、返答次第で無差別に脳天カチ割る」
「「「「「ぎやああああああーーーーーー!!!」」」」」
「言います!!言う通りにするので命だけはーーー!!!」
何で豪狼も叫んだんだろうか。
閲覧有難う御座いました。




