第十五話
新章です、お楽しみいただけたら嬉しいです。
「《処理は先に伸ばしたいと、そう言いたいのかい?》」
「監視体制は変えず、担当の変更を提案します」
外交官が所有する屋敷の一室で、ルゥルは通話していた。
魔信球を画面にした小型テレビ擬きで、空紀が借りた物よりかなり高画質である。画面には強い後光が影となり、大まかな輪郭しか分からない男が居た。
「《よく監視をお願いしていた子はどうしたのかな?》」
「三週間経っても対象を発見出来なかったので、契約を破棄しました。次回からは可能であれば、“教会”からの人材を希望します」
「《ファルジス外交官はチェラかな。彼女がそこに戻るまでには、この件を片付けたい。外の子らの監視はうちの子に頼もう》」
「まさか執行隊!?いえ、“教会”の重要戦力を削るような事態では!」
「《私は君の判断を信じているんだ》」
「……身に余るお言葉、痛み入ります。それでは早々に脱走者の処遇を決めるべく、急ぎ禊ぎに取り掛かります。定時連絡に支障を及ぼす不手際、ご理解の程よろしくお願い申し上げます」
「《頼んだよ。今回の件、何かありそうなんだ》」
「何か、と仰いますと?」
髪の隙間から光が刺す、揺れる動きで長さが分かった。背筋が強張る。
「《何かを見落としているような、焦りに似ている。火でうなじを炙られているような……》」
男は熱を冷ますように、手で首を撫でる。ルゥルは失礼の無い程度に、肩から力を抜いた。
「……お言葉ですが」
「《うん?》」
「窓からの日差しを遮る物が無く、御髪が暑くなればご不快は当然かと。通信を入れた時から御尊顔を拝見出来ないのは、意図的な影によるものと想像していましたが。もしや偶然でしたか?」
「《………………そろそろ次の通信がある。定時報告ご苦労、下がりなさい》」
「……承知しました、司祭様。女神の御加護があらんことを」
田舎の星空は綺麗だと、何故か覚えていた。この空とどちらが綺麗だろうか。
数個の焚き火では全くかすまない、満点の星空の下。ある男が立ち上がった。火花の音で影が波打つ。歯を食いしばり堪える表情は、焚き火の灯りで緩く照らされた。森の静けさが鼓膜を叩く。
「限界だ、オレは行くぜ」
男は闇に沈んだ森へ体を向けた。先日からぼやいていた別離の意思が、ついに腹から吐き出されたのだ。
「……好きにすればいい。行動を強制したつもりは無いし」
「な、なにも……こんな、夜中、に」
「ああ言われなくたって行ってやる、オレはな……」
焦燥が隠せない様子で、豪狼は空紀達を振り返った。
「オレは……!腹が減って死にそうなんだよコラアッ!!!」
声が大きい。
ここ最近ずっと言っていたが、周りの迷惑を考えてほしい。というよりこちらの迷惑を考えてほしい。
バンハット商会の方々も、空紀達と同じように焚き火を囲っている。豪狼の叫びにまたかと笑いが聞こえてきた。夜の警戒をする冒険者パーティからは、お叱りの視線が送られる。随分と信頼関係が築けてきた。
“勇者の城壁都市”から脱獄して、早三週間。旅はほどほどに順調である、一人の男の胃袋事情以外。
空紀達は橘美希子の紹介で、やり手の商人が回すバンハット商会の運送に協力していた。首都までの道案内に長旅を支えられる人材を求む者と、首都までの安全と人手が欲しい者。まさにギブアンドテイクで取引された、旅の介添人だ。
こちらは魔物が現れればそれを撃退、商会の人間と運んでいる商品を守る。偶に立ち寄る村との商売に手を貸す事もあった。主に商品の運搬で、“重覚魔法”による馬鹿力は想像以上に喜ばれ、商会に勧誘されるほどだ。断った。
あちらは首都への案内と情報の提供、商会が正式に雇っている冒険者から旅の知識も教えてもらった。魔法道具を使っての野営は慣れるまでが大変だが、矢背という魔力タンクが居るので使用エネルギーには困らない。今では使うだけなら空紀でも出来る。潜在魔力は二人とも並を遥かに超えているのだ。
働きに応じて消耗品や野営具も都合してくれた。襲ってきた魔物を倒せば、商会が解体し素材として取引してくれる。
思ったより快適な旅だが、一つだけ不満があった。
「うるさい静かにして。鍋の半分は一人で食べてたでしょ、明らかに食べ過ぎ」
「商人の方がどう見たって多いだろうが!」
「そりゃ人が多いからな」
「昼に倒した魔物の肉は!?」
「食べれる部位は無理言って全部貰った、そのせいで毛皮とか牙は向こう行き。それも明日の朝食分以外さっき食べたろ」
「昨日までの魔物肉の残りは!?」
「昨日までのあんたの腹ん中!」
「足りねぇ!!」
「知るか!!」
「おっおち、落ち着い、て!」
食事の量が少ないと、旅の序盤から言っていた。酷くなったのは、魔物との戦闘が増えてからだ。本人は一匹も倒していないが魔物の群れに突っ込み、囮としてよく走り回り体力を消耗している。無駄に動き無駄に叫ぶため魔物も無視できないのだろう、一匹も倒していないが。
勇者の街にいた時も訓練で体力を消耗していたが、あそこでは外交官という金持ちの脛をかじっていた。どれだけ食べる者がいても、外交官の顔が歪んだことは無い。そうやって豪狼の遠慮は消えて無くなっていったのである。
伸びきった胃袋は簡単には戻らない。あまり役に立たない大喰らいは、配慮など初めから持ち合わせていないような振る舞いを、恥ずかしげも無くまき散らしていた。
流石に声を荒げ、
「なら自分で食材調達しろ!!」
と言ったのが二つ目の村を出た四日後。
ここで冒頭に戻る。一昨日の空紀の言葉を思い出したのか、腹半分の胃を抑えながら叫んだ。
「デケェ肉取ってくっから焼く用意しとけよー!!」
後悔先に立たず。メンバーへの不満はあるが、この場では仲間にかわりない。
灯りも持たず夜の森へ消えた豪狼。『風』で常に位置を把握しておけば、救出は可能である。商会の人達は笑って見送った。ご迷惑をお掛けしてすいません。
「あのアキさん……」
「大丈夫、今日も色々教えてくれる?」
「はい!喜んで!」
バンハット商会長の一人息子、ゼルキン。妙に懐いてくれていて、この国の話しを聞きたいと言えば嬉しそうに語ってくれる。豪狼とは馬が合わず矢背には他人行儀で、教育の良さが滲む九歳の少年。大人しく頭を撫でさせてくれる姿に、馬鹿の愚行で荒れた心が癒される。
今回の旅には、将来の勉強として連れてきてもらったらしい。まだ商人になるかは分からないが、外を見ることは大事だと思ったそうだ。
国の話しを頼んでから、毎晩寝る前に訪ねてきて色んな話しをしてくれた。覚えきれてはいないが、いくつか気になる話題を耳にする。
この世界で『勇者』は異世界人のことである。大衆も理解しているが、どこか他人事のような語り口だ。どうしようもない魔法の力で異世界から召喚された、珍しい才能を操る変な人間。時には理不尽な魔法を所有していることもあるので、恐怖の対象にもなっていた。
好奇心の目ならいいが、怯えて恐れられては目的に支障をきたす。『勇者』であることはあまりおおっぴらにしないと決めた。
先祖とはいえ国の上層部の失態で起きた、異世界人誘拐事件。その詳細を国民に知られたくない気持ちも分からなくはない。しかし暴走している召喚陣の解明に、消極的な印象を受ける。まだ『勇者』に教えられない何かが有るように思った。
魔物の出現が最近増えたらしい。守る対象が複数ある現状では、かなり厄介な話しだ。
具体的な事は不明だが、魔物による被害やギルドに寄せられる依頼の数が増加し、軍の巡回が強化された節があるらしい。生態系に影響を及ぼす強さ、白金級の魔物の噂も出ているとか。
警戒を怠らない事しか出来ないが、知っているか知らなかったかで心の余裕が違う気がする。
他にも商人が最も多い街チェラやこの付近の特産物の話しなど、商人の息子らしい話題もいくつか教わった。
今日は目的地である首都の話しだ。
「現国王であらせられるインクブス・エクスティングレ陛下は、先代ブルヴィア元国王の孫にあたります。先王は歴代で二番目に長く玉座を守られた賢王で、陛下はその血を最も濃く継いでいると言われています。セトゥラ暦三百九十年、当時二十八歳の若さで陛下は王位を継ぎました。不安の声もある中、今日まで何の問題も無く国を存続させています。これは賢王の血筋を正しく引いている事の証明ではないでしょうか!」
「そうなんだ」
「今年十年目の節目を迎えられる陛下は、更なる平和と繁栄を願い長男の生誕に合わせた収穫祭を催す御触れを出されました!バンハット商会はその収穫祭で、国への感謝を示す考えです!」
「応援する」
「はい!バンハット商会の品は量は勿論、種類も多く揃えています!直に産地へ赴き直接交渉、互いの利益を満たし長いお付き合いを心がけた取引で、より良い品を仕入れます!陛下のご子息第一王子のアウルム様が、宝石の類を好まれている事は調査済み。情報も商品として考えるのがバンハット商会の商いです!必ずや陛下とアウルム様のご期待に添える品をお出し出来ることでしょう!」
「へぇー」
話しがのってくると、後半は必ずバンハット商会の自慢になるのが微笑ましい。自分の父の商会こそ一番凄いのだと、目を輝かせて話し続けた。
「アキちゃん、今夜も見張り大丈夫?」
「大丈夫です。ディランドルさんこそ連番じゃないですか、代わりますよ?」
「いーよ、俺は慣れてるからー」
バンハット商会契約冒険者のメンバーで、目が良い狩人のディランドル。狩りや見張りの仕方等を教わった。
夜目もきくので、不寝番をよく買って出ている。そのせいか軽戦士リンリーに、昼寝を叩き起こされていた。半夜型人間になっているらしい、空紀も気をつけねば。
「いつもお疲れ様、はいハーブティー」
礼を言って、熱いハーブティーを受け取った。日本の量産品に染まった舌で味わうと、ハーブを濃く感じる。体が暖まると眠気が湧くが、関節を凍らせ夜襲への対応が遅れるよりマシだ。濃い味付けは眠気覚まし効果も含まれているのだろう。
半分以下まで減らし、話しを止めて黙ったゼルキンに声を掛けた。
「どうしたの?」
夜の森。風で擦れる葉、虫や動物達の生息音が闇の中で蠢いている。生物が存在する限り、真の無音はありえないのかもしれない。
「……二日後次の村に到着予定です、またよろしくお願いします」
“勇者の城壁都市”を出てから三つ目の村。一つ所に短くて二日、長くても三日でこれまでは出立していた。それがバンハット商会の決め事の一つらしい。
だが前回の村では五日も滞在期間を設け、商品と取引を盛んに行った。
「努力する、それで?それだけじゃないでしょ?」
周りが就寝の準備を始めている。
ゼルキンの様子がおかしいのは、数日前から分かっていた。恐らく父親もディランドルらも。空紀が夜番の日に時間を作ろうとしていたがそこは子供、長旅の疲れで早寝が習慣化してしまった。そして一度寝付けば朝までグッスリである。
今しかないと、ゼルキンは固い口を動かした。
閲覧有難う御座いました。




