第十三話
投稿します。
魔物を避け、月光草の捜索から約十時間。
「ねぇなあ草!」
「まだ一日目だよ、文句言ってないで手伝って!」
夕暮れ空が半分まで隠れた頃、野営の準備を始めていた。出来ればもう一時間早く、場所を確保しておきたかったそうだ。
男はテントや腰を置ける場所を作り、女は料理。明日はテントを建ててみたい。
「じゃーーーん!万能野営鍋ー!」
材質は鉄に近い、四つ脚の付いた普通の鍋。左右の持ち手と、蓋の掴み部分が大きい。
「持ち手三つに火の魔石が使われていて、魔力を流せば熱を放出します!横の持ち手に魔力を流せば鍋そのものが熱くなり、焼いたり煮たり出来る。蓋のトコに魔力を流せば、具材をあっためたり蒸し焼きっぽく出来る。まさに三手の神器!」
三種違いだ。
由華先生の魔法鞄から、既に切られた食材をだす。魔法鞄の中は時間の速さが現実より遅く、数日程度は切ったままの食材の保存が可能。鍋に入れていき、適当に香辛料を掛けた。特にこだわった味付けはしていないので、不味くはないはず。
長持ちする水分の無いパンと、ボアの干し肉にチーズを取り出す。これも手間はかけない。パンに切れ目を入れ、スライスした肉とチーズを挟んで完成。具が塩辛いのでソースは使わない。
「うんうん上出来、集合!鍋煮えるまでパン食べながら作戦会議します!」
食事と聞いて飛び付いた豪狼から、不満の声が上がらなかったので安心した。
会議と言っても前日の話しと内容は変わらない。空紀の魔法で魔物を避けつつ、濃い紫色の小さい花が咲いた月光草を探す。似ている草を昼間見たが、もっと塊って咲いている所でなければ数が足りない。
常に『風』を意識し警戒しているが、森の広大さが分かるたび重圧が増していった。魔物との交戦は無いが期限が迫る中、月光草の手掛かりすら掴めないのは痛い。
具が減った鍋に水を足して作ったスープを飲みながら、不寝番の相談をした。
「見張りは二人づつ男女組が良いし、バランスを考えるなら私と馬鹿、アキちゃんとココ君かな」
「誰がバカだ!つーかなんでオレがお前と組まなきゃなんねぇんだよ!?」
「由華先生と呼べない子は馬鹿で十分!私指導役だからギリギリまで手助けしないし、ココ君魔法当てるの苦手だから、いざという時不安じゃない?」
「私は異論ありません」
「大、大丈夫、です」
「では月が高くなったら呼んでください、お休み」
「オレらが先かよ」
「途中で起こされてそのまま起きてられるなら、逆でもいいけど」
「ムリ、おやすみ」
くっつけば二人は寝られるテントが、男女各一つ用意されていた。薄い毛布にくるまると、夢も見ない程熟睡。肩を叩かれるまで由華先生の接近に気付かなかった。屋敷にいた時より眠れたかもしれない。
ランプの傍には矢背が座っていて、隣のテントから既に豪狼のいびきが聞こえる。
「じゃあ日の出前には起こしてね」
「分かりました」
深い眠りで目は冴え、疲労感も無い。不寝番は大丈夫そうだ。
しかし暇である。明日も一日歩くから、素振りをするわけにもいかない。せいぜい『風』を聴くだけ。
「あ、あの!」
二人になってからしつこく目線だけが行き来していて、正直鬱陶しかったので無視していた。近くに敵はいないが、小声で応じる。
「なに?」
言葉に詰まるというより、発声を躊躇しているのが理解に苦しむ。何故声を掛けてから言葉が何十秒も出てこないのか。
矢背の目はいつも通り下を向いていた。
「あ、その……ダンジョンで、助けてくれて、……その、ありがとうございました!」
そういえば、巨大ゴブリンを倒してから馬車で目が覚めるまでの経緯を、誰にも聞かなかった。感謝の言葉には特に思う事はない、矢背への評価に倫理が追加されただけだ。
「どういたしまして、気にしなくていいよ」
「けど!」
「声が響く、静かに」
「はっはい……」
抑声を頼んだつもりが、黙ってしまった。
地獄で会った矢背と、脱出が重なった豪狼。これからも冒険者でいるなら、問題はパーティーだ。候補者として最初に浮かんだのはこの二人だが、決めあぐねていた。
片や強力な魔法が使える、好意的な将来性ある魔法士見習い。しかし敵に当てられない派手魔法。人見知りで引っ込み思案、空気は読めるが変える勇気が無い。豪狼と由華先生の喧嘩に一度も割って入れた試しがなかった。
片や雰囲気を下げない前向き不良、未知の才能を有した前衛型。前向き過ぎて考え無し、特攻が大好き。才能を上手く運用する未来が想像出来ない、短気。信用は多少出来るが、信頼要素が不足している。
力の器と不安を持つ男、欠片の信用と理解不能な男。
ネガチィブな部分が長いのは、悪い所にしか頭を使わない空紀の心の狭さ故か。明日からは視点を変えてみよう。
断続的な無数の足音。手の甲を『風』が舐め、血を吸われたように冷える。土を削りながら来た、伝わる野生の殺気。
「二人を起こして何か来る!?」
「へ?」
後ろに跳ぶと、地面が爆発した。空中で回るランプが地面に戻るソレの姿を映す。
「百足……!?」
昼間の探索時、由華先生が危険な魔物講座で暇を潰していた。
「中級冒険者にも多くの犠牲者が出た甲虫型、穴掘り百足!この辺りじゃ断トツでヤバイです。何がヤバイって、百足のくせに穴掘って地面から襲って来るの!」
「ヤッベェじゃん!どうすんだよ!?」
「百足がエモノを捕る時に出来る穴を見付けたら、静かにその場を離れること。土の中に居るから音に反応します。焦らないように!」
「見つかったら?」
「木の上や岩の上を使って、地面に触れないように逃げます!引きずり込まれたら一巻の終わりだよ」
百足は冬眠するので、潜るだけならおかしくない。穴掘って移動とかモグラかよ。
講義を思い出しながら、あえて地面をえぐるように蹴った。気をやれば百足の位置を把握するのは簡単で、速度も距離を調整しながら走れる程度。わざと音を立てて、野営地から遠ざかる。
しかしここからどうするか。唯一持ち出せた鉈で出頭を叩くが、黒光りの甲殻と突出の勢いに負ける。角が腕を掠った。
「百足って角あったっけ!?」
返答は尾の針だった。嫌な臭い、毒だろうか。
正面が駄目なら側面に回りたい。だが木々生い茂る森の中、明かりは木漏れ月のみ。光が無ければ反射しない黒甲殻は、夜に紛れた素早い攻撃と潜伏を繰り返す。
この窮地を越える簡単な方法を、選ぶ事にした。
足を止め構える。完全に停止した空紀を警戒したか、百足の動きが緩くなった。雲の影が去るのを待ち、たっぷりの助走で百足が飛び出す。正面から迎え撃った。
逃げなかった理由は、死にたくないからだ。この世界で生きていくなら、これくらいの危険は一人で乗り越えなければならない。
「ぁあああああああああっ!!!」
押されて木に当たる。視界一杯に魔物が映る、背中の圧迫感と死の前兆。
選ばなければ、生きていけないと思ったのだ。
これが『後悔』か。
鉈を握る手の感覚が消えた。
「どらあああーーー!!!」
突進が止んだ。
死地を抜け出すと、やはり豪狼だった。鞘が着いたままの剣で、百足の後ろ脚をひたすら叩いている。人間の胴体くらいの太さだが頭部よりは脆いらしい、体液が散った。
「まだまがっ!!?」
尾で埃を払うように、豪狼を転がす。食らいつこうとする百足、えづく豪狼。
進む前に足が動かなくなった。服の下の産毛すら鋭敏に『風』を捉え、空紀を誘導する。
「〈爆炎よ 弾けろ “爆炎球”〉!!」
一秒後百足が踏んでいる地面の上に、爆炎の球が現れた。爆発。
「ぶおっ!?」
百足の背後にいた空紀が目を庇う爆風は、見事に百足を吹っ飛ばした。豪狼もついでに。
浮いた百足の下に潜る。
「らあぁ!!」
振り上げた鉈によって、百足は木々より高く上がった。亀裂する音が夜に溶ける前に、空紀は跳び迫る。
「ぶっ殺せえええーーー!!!」
「行けっ!!」
煩い後押しは、周囲の魔物を呼んでしまわないか。そんな不満ごと百足に押し付けた。
前回転を加えた縦の一撃で、一瞬のギロチンと成る。首から滴る体液より早く、空紀はそこへ着地した。
探し求めた月の花が、腕を広げるその場所へ。
光の葉が風で舞う。
夜の気流に身体を乗せ飛ぶ姿は、まるで月の花弁。
一寸先を目視出来ない森の中、木の無い広場に発光する花。薄紫のその花は少々大きい虫を落とした衝撃で、幾らか駄目になっている。半分は己が元凶だと分かってはいるが、これからさらに採取もする、心中で謝罪するほかない。
しかし空紀は反省の意を持ちながらも、この結果に満足していた。
決心の条件は整った。
死臭の染み付いた武器を持ち替え、空紀は目の前の神秘に納得した。
「ここ異世界だもんなぁ」
間抜け面を晒し神秘に魅入る二人を振り返り、空紀は提案する。
「竜に会おうと思ってるけど、一緒に行く?」
「「………………は?」」
綺麗なはもりに吹き出した。やっと笑えた。
なら、きっとこれからも大丈夫。生きていける。
変なものを見る目、経緯も言わず質問だけでは仕方ない反応。
「前に竜が飛んでったでしょ?由華先生が言うには勇者の街を通って首都へ、偶に有るらしい」
「竜がしゅ、首都に?」
「違う違う、首都上空を飛んでそのまま行方不明。実害は無いし手が出せないしで、まともな情報は無いんだって」
「じゃあドコにいるか分かんねぇじゃねーか」
「それを首都で知る為に、街を出る必要がある」
百足はよく見ると微かに動きがある。頭を落としても直ぐ死なないとは、魔物恐るべし。
駄目になりそうな月光草を中心に、茎の根本白い部分を残すように切断。多少の損傷は薬効に影響が無いらしいので、言われた通りに採取していく。夜の森だ、『風』は絶やさない。
「由華先生がもうじき来る、絶対先生にはこの話ししないでね」
「あ?何で?」
「後で話す。草は取るから、百足の脚とか取って」
「えっ、これ……を?」
「無理なら頭だけでも持って」
「ひぃぃぃ!!」
切断面が水々しい百足の頭に矢背が引っくり返る、何なら持てるんだ。
「ごめーん皆の衆ー!うおっ、穴掘り百足!?凄いじゃん!!」
「おっせぇんだよ!!何モタってたんだ!?」
「スッピンは恥ずかしくって、めんご!」
「えーーー……」
呆れて言葉も出ない。後処理の指示は的確で、必要な素材も価値のある素材も余さず取った。後ろ髪引かれながらも、野営地へ戻る。
半分を過ぎたとはいえ、夜はまだ続く。残りの不寝番は由華先生の好意に甘え、休ませてもらうことにした。体の疲労は勿論だが、心が石のように重い。嫌な重さではない、きっとこれが本来の心の一部。
忘れてはいけない何かを思い出した。
閲覧有難う御座いました。




