第十二話
“ポネットの店”の扉を押すと、鈴の音が来客を知らせた。実物は初めて見る、魔法薬とは液体のみを指す訳ではないらしい。
手書きの商品紹介紙には、水に溶かす粉薬や患部に塗る塗り薬などが事細かに記されている。
「いらっしゃいませ!」
七、八畳の部屋にカウンターが一つ。その奥から十二歳くらいの男の子が、元気な声で現れた。
「採取依頼で森に行くんですが、五日分ぐらいで必要なポーションを購入したいんです。銀貨四枚、いや五枚以内で見繕ってもらえませんか?」
「分かりました、しばらくお待ちください!」
「それから、店主にお話しがあります。お目通り叶いますか?」
「師匠、えっと店主ですか?聞いてみます」
小走りで戻って行く、急がなくても大丈夫なのだが。展示物のガラス瓶は中身が入っていなかった。店員が居なくても、盗まれる心配は無いらしい。
「おいっ、どういうことだ!?なんで店主呼ぶんだよ!?」
喧嘩を売っているように見えるが、本人は普通に聞いているつもりだろう。顔と格好と態度が残念だ。
肩・肘・膝と腰周りの防具に、半袖長ズボンの軽装備。冒険者の姿だが、頭に『柄の悪い』が付く。空紀も胸当てが足されただけで、ほぼ同じ格好。次に資金が入った時の使い道は決まっていた。
依頼書を豪狼の目線にかざす。
「今回の依頼主はこの店の店主、ポネット・フィット。ポーションの材料として、栽培困難な月光草の採取をギルドに依頼してる。だからこそ、必要な情報が此処なら聞けると思った」
「情報、て何だ?」
「主に月光草について。月光草の見た目、群生地の特徴、採取の仕方や注意点。月光草で何が出来るかも分かると嬉しいけど、まぁそれはいいや。商品買うついでにその辺りの情報教えてくれたらなと、思ったり思ってたり」
「むっちゃ思ってんじゃねーか!?」
「ヒョッヒョッヒョッ!殊勝なことだ、若いの」
男の子が消えた店の奥から、杖をついた老人が出て来た。腰が悪そうだが、不健康には見えない。妙な貫禄がある。
「なんだこのジジ、イ……え、ババア?どっち?」
たしかに判断しづらいが失礼過ぎる。無理矢理頭を下げさせた。
「ツレが失礼しました!私は空紀、これは豪狼。もしかして店主ポネットでありますか?」
「そうさ、ここはポネットの店だ。あんたの礼儀に免じて、そのガキは許してやろう。ポケット様と呼びな」
「名前違くねぇか?」
「ポネット店主、私達は冒険者としてこちらから依頼された採取を請け負いました。勝手なお願いではありますが、依頼の成功率を上げる為にも、月光草について可能な限りご教授いただけないでしょうか?」
「ポシェットでいい、店主なんて固いもんいらないさ。まぁ、雑な仕事でせっかくの素材が使い物にならないんじゃ、たまったもんじゃないからね。いくつか話してやるかい」
「また変わってんぞ名前、わざとか」
「うるさいガキだねぇ、あんただけマリオネット様とお呼び」
「めちゃくちゃ長い名前になったぞ!?わざとだよな!?」
初対面の相手にも遠慮しないのは、豪狼の良いところだ。悪いところでもあるが。
乱暴な言動をいさめつつ、情報収集を行う。見た目や特徴、採取の仕方その効能。
「月光草、なんて名前が着くんだ、月がその生態に深く関わっている。月が顔を出す夜は、自然の月光草をよく見ておくことだね。葉が魔力を吸い、根に貯める珍しい植物さ」
豪狼は序盤に船を漕ぎだしたので、空紀が一人で聞いている。
「月光草は魔力に作用する魔法薬の材料なんですか?」
「そういうことさ、こればっかりは代えがきかない。まったく、運送が遅れちゃ薬剤師は何を鍋に入れりゃいいんだか」
男の子がポーションの詰め合わせを持ってきた。簡単に説明を聞くと、起きた豪狼が受け取る。役割がいつのまにか分担されていた。空紀は情報を、豪狼は荷物を持つ。
「弟子のバジィさ、生きてたらまた来な。幽霊を客にする気はないよ」
「はっ!言いやがる。上等だ、お得意様になってやんよジジバァ」
「ポーションとお話し、ありがとうございました。また来ます」
店員兼弟子バジィが、店の外まで見送ってくれた。
「ご来店ありがとうございました!これからも“ホーネットの店”をよろしくお願いします!」
「弟子も間違えるのかよ!!?」
泡が出来る程度は許すが、振りすぎてポーション割ったら殴る。
腹時計でなんとなくの現時刻を予想。
「私寄るとこあるから、先帰ってて。ポーションは頼んだ」
「一人でか?」
「女は色々入り用なの」
豪狼が屋敷に向かうのを、『風』で確かめた。監視の目は無い。
“お星様と捧げ物”の戸を叩く。狙っていた配達時間にお邪魔したので、二区画手伝った。
「すみません、依頼でもないのに手を貸していただいて」
美少女社長橘美希子が、申し訳なさそうに縮こまっている。下心のある身としては、こちらの方が申し訳ない。
「いいよ、実は聞きたいことがあって」
「はい!何でも聞いてください!」
緑茶擬きとまんじゅうが差し出された。初対面の時よりも好待遇だ。空紀の訪問を嬉しそうに歓迎する美希子の姿に、社員が感謝しているのだろう。大男らは鼻の下を伸ばし、美少女を盗み見ていた。
まんじゅうを一口、粒の大きい餡子だ。
「この間飛んでた竜について、知っている事があったら教えてほしい」
予想していない話題だったのか、美希子の目がさらに大きくなった。
竜を見送った後、由華先生から大体の話しは聞いている。その内容が嘘だとは思っていないが、全てではないはずだ。
「現在する魔物の頂点、生物系の君臨者。複数体存在し飛行すること以外、明確な情報がない。昔白金パーティーと金パーティーで四十人ほどが手を組んだけど、竜を探しに行って消息不明。後に死亡扱いになったとか。今だ竜に挑んで死んだのか、そもそも竜に会ったのか分からずじまい。竜の強さを知る者はなく、その行動原理も不明」
例えば先日の上空通過。不定期に街の上や付近を通り、首都でまた目撃される。ただ飛んでいくだけで何もしない。
魔法や弓で手を出そうとした者もいたそうだが、突風を起こす強い羽ばたきと高度の前に、無様な失態を演じたそうだ。
「首都から更に北へ行った後からの目撃情報は無し。他の竜の話しも噂や伝承でしか分からない、詳しそうな人とかがいたら助かるけど」
「……すみません。街の外にはあまり出ないので、魔物についてはほとんど分かりません。知ってそうな、友達も……いません……」
友達、のくだりで目に見えて落ち込んだ。素直すぎて嫌味も感じない。そのままの言葉が空紀の心に響く。
美希子なら大丈夫。この気持ちが信じる、ということかもしれない。
「美希子、頼みがある」
「はい!あれ?今名前を」
「竜に会いたい、友達として力を貸してほしい。もちろん馬鹿だと思ったら、突っぱねてくれていい」
目玉が落ちたと思うほどの大粒の涙が、次々と美希子の頰を滑る。手を握られた。柔らかく温かい、少しカサついた手。空紀のそれとは違う、生きる為に出来る事を精一杯やってきた手だ。
気が済むまで待った。男どもはうるさい、泣くな。
「がじま、がしまぁしゅ〜。てぇかずから、お……おどもだちに、なってくらざい〜〜〜!」
「ありがとう、落ち着いて。ハンカチある?」
「ありますぅ〜、もぢつきます〜!」
「ボケがベタだな。そっちの人らも話しを聞くなら、他言無用で」
「「「「「はい!!天地天明に誓います!!」」」」」
「お、おう……どうも」
話しは前傾姿勢の協力で、流れるように進んだ。流石異世界の先輩で経営者、気付かなかった細かい部分にも手が届く。予期せぬ男手も借りられ、計画はかなり現実的になっていった。
いつのまにか五の鐘が鳴る時間、屋敷の夕食を冷ましてしまうのはしのびない。美希子の好意をやんわりと断り、話しを終わらせる。真っ赤な目で見送ってくれた。
「あまりお力になれないかもしれませんが、私空紀さんを応援します!友達!として!」
「うん、凄くありがとう。この礼は必ず返す」
大きく手を振る美希子。早く冷やさないと目が腫れそうだ、男共も含めて。
夕食はいつもどおり、外交官も同席した。彼女の作法は貴族も格やという見事なもの。最初は参考にさせる為に同席しているのかと考えたが、豪狼に注意がされないなら違うのだろう。
食べながら常に外交官を見ているので、豪狼の机周りは悲惨である。家政婦の皆さんお疲れ様です。
「食事をしながら聴いていただきたいのですが、私明日からしばらく屋敷を空けます」
食器同士がぶつかる音、犯人の不良は言うまでもない。ベリーソースのチーズケーキが美味しい。
「どのくらい空けますか?」
「滞在は十日を予定しているので、移動を入れると最短で一月は留守にするかと。屋敷の事はルゥル達に任せますので、御用がありましたらそちらに」
「つまり今までと変わらないか」
その日豪狼のお替りは三回で終わった。
明朝、昨日までの朝食の三倍食べた。やけ食いである。
日の出近い時間腹の虫が治らないのか、妙なテンションだった。愚痴を喚かれるよりはマシだ。
指導期間残り七日。正門前には多くの冒険者がたむろっていた。開門は時間ではなく日の出と同時なので、待ち人達は空を見上げている。
外壁の影が濃くなり、上から兵士が顔を出した。
「日の出確認、開門!」
三メートルはある厚さの門が、重い音を立てた開く。冒険者の証である銅のペンダントを兵士に見せれば、竜に邂逅して以来の外へ足を踏み出した。
「だから!証明印はちゃんと首に掛けなさい!ポケットに入れてるとさっきみたいに忘れたり、確認に時間使っちゃうんだから!」
「っせぇなぁ!ちょっとド忘れしただけだろうが!!オレはこういうカチャカチャしたモン邪魔なんだよ!」
不良はアクセとかジャラジャラ着けているイメージがあったが、人それぞれらしい。
注意と文句が絶えない二人に、まだ薄暗い森を見る猫背が一人。不安が抑え切れず、長い息を吐いた。依頼主の情報を思い出し、道順を考える。
街を背にして森を挟んだ方向に、太陽が昇っていた。南西を目指すなら、ここから右回りに進むべきだ。ポネット曰く、月光草は魔力が一定以上あり、日光が当たる場所に生えることが多いらしい。
歩き出せば勝手に付いてきた。“魔屈の森”に侵入する程太陽の恩恵が薄まり、気温は低下していく。陽が最高点に達したにも関わらず、気温は肌寒さを感じさせる。
昼食を歩き食いしながら、空紀は上着を脱がなかった。
「なんかさみぃな」
「“魔屈の森”は奥にある“星穴”から噴き出す魔力で、陽の光を遮っちゃってるからね。年中この位の気温だよ、冬はもっと寒いけどあんま積もらない」
「マジかよ、半そではまずったか。ちょっとその青ローブ貸せよ」
「ふっっっざけんなオラァ!!」
まだ入り口付近だが森の中だ、静かにしてくれ。
『風』が頭に入ってくる。数十センチ先に隠れる小動物や、北数百メートルに動く魔物の存在。急ぎ対処が必要な感じはない、精度より範囲を意識する。森の全容を知りたかったが、半径一キロでは片鱗すら分からなかった。
ただ広く深く冷たい、としか。探索は難航した。
閲覧有難う御座いました。




