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第4回「勝手に退職代行」⑶

「たのもーーーーーーーーー!!」


「またお嬢ちゃんか。今度は何だ?」


「おい、黒岩容一、お前は本当にヤクザなのか!!??」


 のいのいのあまりにも単刀直入過ぎる質問に、場が凍った。


 昨夜の宅飲みで、壮介は、黒岩社長にまつわる様々な黒い噂についてものいのいに話していた。

 それを知りながらも社長にこのような態度をとれるだなんて、のいのいはヤクザの本当の怖さを知らないに違いない。



 しばしの沈黙を破ったのは、社長の高笑いだった。



「ハハハハハ。お嬢ちゃん、なかなか良いタマじゃねえか。お嬢ちゃん、名前はなんていうんだい?」


「他人に名前を聞くときにはまず自分から名乗るのが礼儀だろ!! お前どこ中だ!!??」


 のいのいが舌ったらずな声でまくし立てる。

 のいのいを止めなければ、と壮介は思ったものの、社長の顔を見た途端、身体が固まって動かなくなってしまった。

 社長の目は釣り上がり、シワというシワが全て眉間の方に寄っている。まさに鬼の形相ぎょうそうである



「お嬢ちゃん、度胸は認めるが、身の程知らずは痛い目に合うぜ」


 社長はソファーから立ち上がると、左手をズボンのポケットに入れたまま、右手で握り拳を作り、のいのいに殴りかかった。


 のいのいはそれをしゃがんでかわすと、



「チャンス!!てめえのボンタンいただくぜ!!」


と言って、社長のズボンを両手で掴み、引き下ろそうとした。



 のいのいの魂胆こんたんに気付いた社長は、すぐさまのいのいの両手を振り払い、後ずさりをした。



「惜しかったぜ」


 のいのいが舌打ちをする。



 のいのいの狙いは、パンツ丸見えで社長に恥を晒させることではない。ズボンを下ろすことによって、未だ誰も見たことのない社長の左手を白日の下にさらそうとしたのである。

 小指があるか否か、すなわち、社長が堅気かたぎかどうかを明らかにするために。



 のいのいのやろうとしてることはあまりにもリスキーである。

 のいのいは見るからにか弱い女の子である一方、社長は見るからにイカツイヤクザである。先ほどは奇襲攻撃のカウンターが決まったが、ガチンコの肉弾戦となったら勝ち目はない。


 それに、さらに怖いのは、万が一「ボンタン狩り」が成功してしまった場合である。


 社長の左手の小指が本当になければ、それを見てしまったのいのいと壮介に命の保証はない。

 おそらく夜道を襲われ、拉致らちされ、消される。



「黒岩、今度こそ覚悟なさい」


「お嬢ちゃんの方こそ歯を食いしばんな」



 壮介は、臨戦態勢ののいのいと社長の間に、両腕を広げて立ちはだかった。



「やめろ!!!」


「お兄ちゃん、邪魔しないでよ」


「いい加減にしてくれ!! 俺はこの会社でずっと勤めたいんだ!!!」


「お兄ちゃん、マインドコントロールされてるよ!!! 目を覚まして!!!」


「余計なお世話だ!!! 早く帰ってくれ!!! 今日まだ積み残してる仕事がたくさん残ってるんだ!!!」



 壮介とのいのいが言い争う様子を、社長は大層ご満悦な様子で見ていた。



「お兄ちゃん、一体いつまでこの会社に務める気なの!!??」


「一生に決まってるだろ。会社は家族なんだから」


「洗脳され過ぎ!!」


「ハハハハハ。谷地、お前は立派な奴隷だ。実に素晴らしい」



 社長が高笑いしながら、壮介にパチパチと拍手を送る。





 一瞬、時の流れが止まる。





「あっ!!!!!!左手!!!!」



 壮介とのいのいがほぼ同時に指を差し、声を上げる。



「……しまった!!」



 社長は慌てて左手をポケットの中に戻した。


 しかし、時すでに遅し。


 壮介とのいのいは目撃してしまった。


 社長の左手にはしっかりと小指が付いていることを。



 のいのいが口角を少し釣り上げ、フフフと勝ち誇った笑みを浮かべる。



「お兄ちゃん、作戦大成功だね。『北風と太陽作戦』。コートを脱がすのは吹きすさぶ北風ではなく、ポカポカ太陽なのよ」


 決してそんなつもりで会社への忠誠心を口にしたわけではなかったが、壮介は「作戦大成功だな」と話を合わせた。



「左手の小指があるということは、黒岩、あなたは堅気ということね」


「社長、今まで俺ら社員のことを騙してたんですね」



 2人に詰め寄られ、社長は後ずさりする。額からは大粒の汗がしたたる。



「いや、これには深いわけが……」


「堅気が堅気であることに深いわけなんてないです。社長、今日付けで退職させてもらいます」



 壮介はのいのいから退職届を受け取ると、社長に提示した。



「谷地、待ってくれ!!!会社は家族なんだろ!!??」


「そんなわけないです。寝言は寝て言ってください」


「谷地、お前はこの会社になくてはならない貴重な労働力なんだ」


「あなたさっき奴隷って言ってましたよね」

 

「谷地、お前がいなくなったら、会社に残された他の従業員はどうなるんだ? お前の分の仕事も押し付けられて、いよいよ家に帰れなくなるぞ」



 恐ろしいまでの開き直りである。しかし、社長の言うことはそのとおりだ。

 壮介自身、過去に辞めた社員の尻拭い残業を嫌という程させられてきたため、残された社員の辛さは痛いほど分かる。


 返す言葉を失った壮介は、唇を噛み締める。もはや謀反むほんはこれまでか。






 そのとき、突然、背後でバーンと社長室のドアが開け放たれる音がした。



 壮介が振り返ると、そこには黒岩システムサービスの社員が勢揃いしていた。



「社長!!! これはどういうことですか!!??」


 社員の先頭に立って声を上げたのは、「ドM超人」こと里中だった。



「ん?お前ら、何してるんだ? 早く持ち場に戻れ。俺は今、谷地と大事な話をしてるんだ」


 社長は大粒の汗をスーツのそでで吹くと、今まで社長室では何事もなかったかのようにとぼけた。



 しかし、もう通用しなかった。



「社長、このオフィスは常に静かなので、社長室でのやりとりは全て筒抜けです。社長、ちゃんと左手の小指があるみたいですね」


 他の社員も里中に続く。



「みんな、社長には小指がないって信じてたのに!!!!」


「社長が堅気なんて聞いてないわ!!!!」


「なんで人の道を踏み外さなかったんだ!!!???」

 


 社長がヤクザではないと知った社員たちは、次々と今まで我慢していた不満を爆発させた。



「ご…誤解だ!!!! みんな、とりあえず落ち着いてくれ!!!!」



 社長は必死で場を落ち着かせようとしたが、もうどうすることもできなかった。


 社員たちに詰め寄られ、囲まれた社長は、ついに土下座をした。



「今までヤクザのフリをして、みんなを恐怖によって支配してすまなかった。申し訳ない。このとおりだ」


 社長はひたいを床に擦り付けたが、焼け石に水であった。


 社員たちが唾を吐き捨てるように社長に罵詈雑言を浴びせる。


「てめえ、黒岩、ふざんけんな!!!!」


「人のこと舐めとんのか!!!?? 地獄見せたるわ!!!」


「クソガキ!!!! ヤク漬けにしてブラックマーケットに売りさばくぞ!!!」


 実はヤクザと堅気との間の境界なんて存在しないのではないか、と壮介はぼんやり思う。



 社員全員の怒りのボルテージが最高潮に達したところで、のいのいが声を上げる。



「私がみんなを代行して、黒岩容一に一言申してやるわ!!!」



 社員全員がのいのいの目を見て、うんうんと頷く。壮介も頷く。



 ついにのいのいは代行のための正当な権限を得た。



 のいのいが大きく息を吸う。


 

「黒岩容一、私たち全員、こんな会社辞めてやる!!!!!!!!!!!」





今熱海にいます。熱海って何もないですよね(失礼)

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