第4回「勝手に退職代行」⑵
そうこうしているうちに、エレベーターは最上階に到達した。のいのいは社長室まで闊歩すると、ノックすることもなく、ドアを大きく開け放った。
「たのもーーーーー!!!」
黒岩社長は黒革のソファにもたれたまま、好戦的な挨拶とともに現れた美少女を睨みつけた。
のいのいはひるまず、肩をいからせながら社長の目の前まで来ると、社長に一枚紙を突きつけた。
「は? お嬢ちゃん、何だこれは?」
「退職届よ」
「誰の?」
「谷地壮介」
社長の視線が、社長室の入り口で突っ立ている壮介に注がれる。
ただでさえ悪い社長の目つきが、今は人殺しのそれだった。
壮介はそのまま回れ右して部屋を辞去したいという気持ちをグッとこらえ、社長室へと一歩踏み出した。
さすがにのいのいを社長と二人きりにするわけにはいかない。
社長の座るソファーから見て、右手には如何にもという虎の置物が、左手には如何にもという龍の置物が構えており、来訪者に睨みをきかせている。「社長室」というよりは、完全に「組事務所」である。
壮介は、のいのいと横並びの位置に立ち、社長に大きく頭を下げた。
「社長、この度は大変失礼いたしました!!」
「谷地、このお嬢ちゃんは誰だ? まさか、お前の嫁じゃねえだろうな?」
「いいえ。違います」
推しという意味の「嫁」だとしたらそうかもしれないが。
「じゃあ、こいつは誰だ?」
「妹よ」
壮介が口を開く前に、のいのいが答えた。
「妹? にしては、ちっとも似てねえが」
社長がのいのいの身体を頭の先から足の先まで舐め回すように見る。
「全身整形したの」
のいのいの顔は人形のように整っているから、その嘘には妙な信憑性があり、社長も「なるほどな」と納得した。
「で、妹ちゃんが一体何しに来たんだ?」
「お兄ちゃんの退職代行に来たの。お兄ちゃんは本日付でこの会社を辞めさせてもらうわ」
「それは困るねえ。谷地はこの会社のために献身的に尽くしてくれる大事な大事な奴隷なんだ」
壮介は耳を疑う。社長は、壮介のことを一切のためらいもなく「奴隷」と呼称したのである。呆れるまでの確信犯的ブラック経営者だ。
「おい、谷地、まさか本当に会社を辞めようなんて思ってないよな?」
「お兄ちゃん、『奴隷』って呼ばれて悔しくないの? 早く鎖を断ち切って自由を手にするのよ!!」
社長とのいのいの視線が一斉に壮介に注がれた。
社長を取るかいのいを取るか。壮介の答えはとっくに決まっている。
「社長、これからも隷属させてください」
壮介は深々とお辞儀する。社長が高笑いをする。
「さすが谷地、俺が見込んだ男だけあるな。これからもお望みどおりたくさんこき使ってやるよ。ハハハハハ」
のいのいが壮介の肩を激しく揺さぶる。
「ちょっと、壮介く……いや、お兄ちゃん、話が違うよ!! こんなブラック企業、一刻も早く辞めたい、って言ってたじゃん!!」
「おい、谷地、本当なのか?」
壮介は真顔で答える。
「いいえ。言ってません。俺の妹、頭がおかしいんです。妹の言ってることは全部妄言なんで気にしないでください」
「そうか。頭がおかしいのか。じゃなきゃ全身整形なんてしないもんな。ハハハハハハ」
「その通りですね。社長。ハハハハハハハ」
「過重労働で頭おかしくなってるのはお兄ちゃんの方だよ!!!」
狂人扱いされたのいのいが悔しそうに唇を噛みしめる。
「では、お騒がせして申し訳ありませんでした。失礼します」
壮介はのいのいの腕を引き、のいのいを連れて社長室を出た。
社長室の廊下でのいのいが喚く。
「壮介君、酷いよ!!! 私、壮介君のためを思って行動してるのに!!!」
「シーッ……静かにしろ。『壮介君』って呼んでるのが社長に聞かれるぞ」
のいのいは今度はひそひそ声で喚く。
「壮介君は一体どうしたいの!!?? 私に退職代行して欲しくないの!!??」
「当たり前だろ。そもそも頼んでないのに代行するな」
ふいにのいのいが壮介の耳に顔を近付けた。
拍子にのいのいの胸が壮介の腕に触れた。
さらに、のいのいの生暖かい息が壮介の耳に当たる。
「ねえ、壮介君」
のいのいが耳打ちをする。
「壮介君が会社辞めたら、のいのいがいいことしてあげる」
いいいいい、いいこと!!??
突然のエロティックな展開に、壮介の胸が高鳴る。
のいのいとのあんなことやこんなことの想像で、壮介の思考回路が一瞬で埋め尽くされる。
「のいのい、いいことって何……?」
「壮介君が会社辞めたら、のいのいが、壮介君に、フェラ……」
「辞める辞める辞める。速攻辞める」
「……ガモの財布買ってあげる」
「要らんわ!!!!!!!」
壮介は期待の反動で思わずのいのいを突き飛ばしてしまった。
尻餅をついたのいのいが、壮介を上目遣いで見る。
「……なんで要らないの???10万円くらいするやつだよ??」
「どうせ俺のクレカで買うんだろ!!!??」
「……あ、バレた?」
のいのいがテヘヘと頭をかく。
「のいのい、頼むからもう帰ってくれ。そして今後もう二度と職場には来るな」
「嫌だよ。壮介君、このままだと過労死しちゃうよ」
「社長に逆らってハチノスにされるよりはマシだ」
「つまり、壮介君は、社長からの報復を恐れて会社を辞められないの?」
「当たり前だろ!!!!! 辞めたくないんじゃない。辞められないんだ!! 社長のバックにはヤバイ奴らが付いてるんだ!!! そうじゃなきゃとっくに辞めてるわ!!!」
「じゃあ、私が黒岩容一の化けの皮を剥いでやるよ」
「……は?」
壮介がのいのいの言葉の真意を掴む間も無く、のいのいは立ち上がると、再び社長室の戸を叩いた。
少し前まで行きつけだったコンカフェ(競馬カフェ)に久しぶりに行ったところ、推しのコンカフェ嬢から「語彙力減ったね」と言われたんですが、それでもなろうで頑張って小説書いてます。




