第4回「勝手に退職代行」⑴
昨夜は、控えめに言って、壮介の人生史を大きく塗り替える宅飲みだった。
そもそも、女子と宅飲みすることが人生で初めてだった。
しかも、2人きりであり、しかもしかも、相手は憧れの美少女のいのいなのである。
ほろ酔いで頬を赤く染めるのいのいの可愛さは振り切れている。安物の発泡酒が、シャンパンよりも美味しく感じる。
宅飲みが楽しいと感じたのも人生で初めてだった。
そして、高揚した気分は、いつも以上に早く深く酔いを回した。
壮介は、酔った勢いで、のいのいに色々なことを話してしまった。人生の大半の時間を職場で過ごす壮介にとって、話題の中心は、どうしても職場の愚痴となる。
黒岩システムサービスの鬼畜な労務管理、黒岩容一社長の残虐なハラスメントの数々について、壮介は矢継ぎ早に語り続けた。
壮介のイメージとは異なり、のいのいはとても聞き上手で、うんうんと頷きながら、「それは酷いね」「壮介君、毎日頑張ってるんだね」と相槌を打ってくれた。
こんな可愛い子に話を聞いてもらえることも人生初なので、壮介はますます上機嫌になり、息をすることも忘れるくらいに夢中で語り続けた。
この「聞き上手なのいのい」も実は罠だったことを壮介が知ったのは、翌朝の出社後、お昼休みを過ぎた頃だった。
壮介の仕事場は、黒岩ビルの三階にある一室である。大通りには面しているが、駅からは離れており、車通りはほとんどない。
同じ部屋には壮介の他に4人のシステムエンジニアがいるが、誰一人として口を開くことはない。残業を少しでも減らすために集中して働いてるからかもしれないし、全員が過重労働でうつ病発症手前の状況にあるからかもしれない。
いずれにせよ、仕事場では、静けさの中、キーボードをカタカタ叩く音だけが響いていた。
そんな環境ゆえに、黒岩ビルの外から発されたその叫び声は、壮介の仕事場までハッキリと聞こえた。
「おい! 黒岩容一、こんなブラック企業、辞めてやらあ!!!」
他のシステムエンジニアたちがお互いに目を見合わせる中、壮介はすでに席を立ち、駆け出していた。
「おい! 黒岩、出て来い!! 男だろ!!!」
その声はエレベーターの中にまで聞こえていた。舌っ足らずで、壮介にとってはあまりにもお馴染みな女性の声である。
「てめえが出てこないんだった、私が乗り込んでやるよ!!」
やめろ!! やめてくれ!!!
エレベーターが1階に到着し、ドアが開くと同時に、オフィスビルには似つかわしくない、薄ピンク色のPコートを羽織った、ミルクティーのように明るい髪色の女性がエレベーターに乗り込んできた。
「のいのい、一体何を考えてるんだ!!??」
壮介は、女性の肩を強めに掴む。
「壮介君、機は熟したよ。闘うよ。黒岩に一泡吹かせてやるんだ」
壮介は、のいのいの肩を掴んだまま、前後に激しく揺さぶる。
「のいのい、何言ってるんだ!!?? 目を覚ませ!!!」
やってることが正気の沙汰ではない。
しかし、のいのいなりに十分に考えた上での行動であることは、スマホが装着されたジングルが握られていることから明らかである。つまり、これは「企画」なのだ。
のいのいは、昨夜の宅飲みで壮介が話したことを恐ろしいほどよく覚えていて、会社の住所と社長の名前だけでなく、社長室がビルの最上階にあることまで記憶していたようだ。壮介の制止を無視して、エレベーターの最上階ボタンを押した。
「のいのい、一体社長に何をする気なんだ!!??」
「退職代行」
退職代行。
会社を辞めたいが辞められない社員が、退職の意思表示と手続を他人に代わりにやってもらう現代社会の闇を反映した新ビジネスである。
「ちょっと待て!! 一体誰の退職を代行する気なんだ!!??」
「壮介君」
高度を上げるエレベーターの中で、のいのいはあっけらかんと答えた。
「おかしいだろ!!俺は会社を辞めたいなんて一言も言ってないぞ!!」
「昨日、100回くらい言ってたよ」
言われてみると言ってしまったかもしれない。
しかし、それは飲みの席での話である。平場に持ち込まれると困る。
「のいのい、中止してくれ!俺は本当は会社を辞めたくないんだ!!」
「嘘つき! 壮介君が会社を辞めれば、私と一緒に居られる時間が増えるよ? 一緒に配信を頑張る時間も増えるよ?」
「いや、そうかもしれないけど、お金が…」
「貯金は云百万あるって昨日自慢してたよ?」
クソ。酔った勢いで色々と話し過ぎた。もう2度とのいのいとは飲みたくない。
タイトルをなろうっぽく変えました。
あと,今朝,プロローグを追加しました。
色々と分かりやすくなったとは思います。




