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第3回「のいのいの箱の中身はなんだろな?」⑵

「では、改めて、今日の真の企画は〜」


「真の企画?」 


 壮介はポカンと口を開ける。

「箱の中身はなんだろな」はフェイク企画だったということか?


「のいのいがワンルームでコブラを飼ってみた!!イエーイ」


 …え?



「マジかよ!!??飼うのかよ!!??」


「そうだよ。一度購入したからには、責任持って飼わなきゃね」


「買ったの!!??」


「そうだよ。じゃなきゃどうしてここにコブラがいるの?」


 それはそうである。

 壮介の知る限りでは、日本には野生のコブラはいないし、コブラをリースしてる店もないだろう。

 とすると、ペットショップで購入するくらいしか入手経路はない。



「…なんでコブラなんだ?」


「だって、『のいのいのワクワクコブラパーク』だから。チャンネル名に現実を合わせた方がいいかなって」


「逆だ!!!!! 現実の方じゃなくてチャンネル名の方を変えろよ!!!!」


「ああ、その手もあったか!!! 気付かなかった!!!」



 のいのいがハッとした表情のまま固まる。


 どうやら壮介の指摘が少し遅かったようである。

 タイトルの「コブラ問題」はあらぬ方向での解決をしてしまった。



「っていうか、コブラ、この家で飼う気なのか」


「もちろん」


「のいのい、いつまでこの家にいるつもりなの?」



 このことは、のいのいが壮介の家に現れて以降、壮介が一番気にしてたことである。


 「同棲生活」というくらいだから、1泊や2泊では終わらないだろうとは思っていたが、かといって、実際の同棲ではなく、単なる企画である以上は、最初から終わりが決まっているはずである。

 

 壮介は朝目が覚めるたびに、夜中に家に帰るたびに、のいのいがいなくなってしまっていないか不安だった。

 

 破天荒なのいのいとの生活は苦労も多いが、なんだかんだで夢の日々だった。


 1日でも長くこの企画が続いて欲しい、というのが壮介の想いである。


 とはいえ、突然始まった以上はおそらく突然終わってしまうのだろうという覚悟もしている。



 のいのいは、うーんとしばらく考え込んで、一言、


「分からない」


と答えた。



「分からないということは、明日かもしれないってこと?」



のいのいが首を横に振る。



「それはない。明日とか明後日ではない」


「じゃあ、一週間後とか?」


「それもない」


「一ヶ月後は?」


「それもないと思う」



 マジかよ!!!!! キタコレ!!!!!!!


 壮介は心の中で快哉かいさいを叫ぶ。


 まさか、1ヶ月以上ものいのいと同じ屋根の下で暮らせるだなんて。

 もしかすると、この流れで付き合える可能性も、ワンチャン、いや、ツーチャンくらいあるかもしれない。



 壮介は喜びが顔に出ることを隠しきれなかったが、なるべく冷静を装い、のいのいに尋ねる



「自分の家はいいのか? そんなに長い間帰らなくて」


「大丈夫だよ」


「郵便受けがパンパンになったりしないか?」


「しないよ。っていうか、もう家引き払ったから」


「マジかよ!!!!!!????? キタコレ!!!!!!!!」


「快哉を叫ぶなら心の中でにしてよね。下心モロ見え」



 しまった。あまりにテンションが上がり過ぎて声に出てしまった。


 ただ、これは本当に願ってもいない事態である。今、のいのいには、帰る家が壮介の家しかないのである。



「同棲企画のためにわざわざ家を引き払うだなんて、のいのい、プロ意識すごいな」


「何それ? 嫌味? 普通に家賃滞納なんだけど」


「…え? 家賃払わなかったの?」


「払えなかったの。私、お金ないから」



 のいのいが貧乏なことはなんとなく察していた。

 服も、オシャレではあるが、安物ばかりを着回していたし、ご飯もあまり良い物を食べている印象はない。


 のいのいは底辺YouTuberなので、YouTubeでの収入はほぼないだろう。かといって、他にバイトをしている様子もない。



「のいのい、その家、どれくらいの期間住んでたの?」


「10ヶ月」


「そのうち滞納は?」


「9ヶ月」


「最初の一ヶ月しか払ってないのかよ!!??」


「ちなみに最初の一ヶ月フリーレント」


 のいのいがドヤ顔で言う。



「一切払ってないのかよ!!?? っていうか、ドヤ顏で言うことじゃないから!!」



 大家もよく10ヶ月我慢したものである。



「ある日、突然大家さんに追い出されたの。それで、仕方ないからカラオケボックスに泊まろうと思たんだけど、ドリンクバーの飲み物をトイレに捨ててるところを店員さんに見つかっちゃったの。店員さんがすごく怒って、追い出されて、系列全店出禁になっちゃって……」


 のいのは、まるで自らが悲劇のヒロインであるかのように語り始めたが、全く同情できない。例の配信の内容からすれば、因果応報としか言いようがない。



「一晩公園で泊まったんだけど、私、それからどうして良いかわからなくて…」


「まさか、のいのい、住む場所もお金もないから僕の家に転がり込んできたの?」



 のいのいが小さく舌を出した。



「バレた?」



 つまり、「美少女YouTuberといきなり同棲生活」は、破天荒に見えて、実に計算された「企画」、いや、「計画」だったのである。


 家を追い出され、路頭に迷ったのいのいは、住所を知っているファンの家に駆け込み、それを「緊急企画」と称したのだ。


 ファンであれば無条件で自分を受け入れてくれる。衣食住の世話もしてくれる。貞操を大事にしてくれる可能性も高い。


 悪く言えば、これは寄生パラサイトである。壮介は、のいのいに利用されている。


 しかし、壮介は、そのことを知っても、あまり悪い気はしなかった。盲目なファンと言われたらそれまでかもしれないが、のいのいに頼りにされ、必要とされてることが嬉しかった。こんな冴えない自分でも、のいのいにとって欠くことのできない存在になれているのだとすれば、少しは生きている価値があるのかなと思えた。



「もしかして怒ってる?」


 のいのいが壮介の顔を覗き込む。



「怒ってないよ。むしろありがとう。この家を選んでくれて」


「じゃあ、しばらくこの家にいていい?」


「もちろん」


「私、何もないよ。お金もないし、人気もないしがない底辺YouTuberだよ」


「いいよ。これから売れっ子になればいいよ。僕も協力するから」


「神待ちでもないから、襲われても困るよ」


「そんなことしないよ。俺はのいのいがいてくれるだけでいいんだ」



 のいのいの大きな瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。配信も含め、のいのいが泣いているのを見るのは初めてである。なお、これは言うまでもないが、神待ちならば襲っていいというのいのいの認識は間違っているので、良い子は真似しないように。



「……壮介君、私、壮介君のこと頼りにしていいのかな?」


「もちろん。どんどん頼ってよ」


「嬉しい。これから、私と壮介君とブラ子の3人で頑張っていこうね」


 ん??? ブラ子???



 ……ああ、コブラのことか。このコブラ、メスだったのか。

 そもそもコブラにオスメスがあることすら知らなかった。


 ブラ子は水槽のふちを沿って這いながら、赤い舌をチロチロ出している。つぶらな黒目が愛らしいといえば、愛らしく見えなくもない。



「そういえば、ブラ子は一体いくらくらいしたんだ?」


「50万円」


 ……は?



「普段は70万以上するらしいんだけど、期間限定セール中だったの」


「のいのい、そのお金、一体どうやって工面したんだ?」


 50万円あれば、家賃滞納せずに、家を追い出されることもなかったはずだ。仮にのいのいが50万円を持っていたとすれば、今までののいのいの話の前提が崩れることになる。



 のいのいは、スカートのポケットから光り輝く何かを取り出すと、水戸黄門の印籠いんろうのように掲げた。



「ジャーン」


「おい!それ、俺のカードじゃないか!!!!!」


 それは、壮介が、携帯のキャリアを乗り換えた際に訳も分からず作らされた銀色のクレジットカードだった。



「戸棚の中に落ちてた」


「それは『落ちてた』じゃなくて、『しまってた』って言うんだ!!返せ!!」


「だって、壮介君が『どんどん頼って』って言ってたから」


「そういう意味じゃない!!! 必要な生活費は渡すから、カードは返せ!! 絶対浪費するだろ!!!!」


 壮介がカードを取り戻そうと手を伸ばすと、のいのいは走って逃げた。



 部屋から出て、また戻ってきたのいのいの手には、カードではなく、発泡酒の缶が2本握られていた。廊下にある冷蔵庫から取り出したものだろう。



「壮介君、今夜は飲もうよ」


 のいのいはロリっぽい見た目だが、今年21歳を迎えている。

 お酒は嫌いではないようで、過去にはお酒を飲みながらの配信もあった。言うまでもなく大事故配信だった。



「つまみもあるよ。パーっとやろう。ここは私の奢りだよ」


 壮介は、のいのいから発泡酒を受け取る。手のひら全体に冷感が伝わる。



「いや、俺のカードだから俺の奢りだろ」


 壮介とのいのいは丸机を囲み、乾杯をした。

 なろうでは鳴かず飛ばずですが、実は真面目な本の共同執筆は何回かしていて、今も一冊、妻とタッグを組んで真面目な本を作っています。「神待ち」などという言葉は絶対に出てこない真面目な本です。

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