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第2回「ダーリンを手料理でおもてなし」⑵

 壮介の想像した形とはだいぶ違ったが、のいのいの対応はある意味で壮介の理想どおりだった。


 つまり、のいのいは玄関まで壮介を迎えにきてくれ、しかも、服装はエプロン姿だったのである。


 のいのいは、白い長袖のシャツの上から、赤のギンガムチェックのエプロンを着ていた。

 下半身はミニめの黒スカートであり、艶々の生脚が堂々と露出している。

 可愛いとセクシーの絶妙なバランス。この格好で1冊写真集を作って欲しい、と壮介は心から願う。



「壮介君がこんなに遅くまで帰ってこないなんて、私、聞いてないよ」


「ごめんね。伝える方法がなかったんだ。LINEでも知ってれば事前に伝えられたんだけど」


「常識的に考えて、普通のサラリーマンは夜の9時くらいまでには帰ってくるよね?」



 …クソ。さりげなくのいのいのLINEをこうとしたのに、見事にかわされてしまった。



「俺の勤めてる会社には常識は通用しないんだ」


「それすごく困るんだけど」


「なんで?」


 

 「壮介君に会えないのが寂しいの」という答えが返ってくれば最高だったが、のいのいの答えは、それに負けず劣らず、壮介をハイに導いてくれるものだった。



「だって、せっかく手料理作って待ってたんだもん」



 ててててててててて手料理!!!???


 のいのいの手料理が食べれる日が来るなんて!!!

 しかも、その手料理は、大勢に向けてではなく、壮介一人のために振る舞われたものなのである。今日はなんていい日なんだ!!!




 壮介は靴を脱ぎ、ワンルームへ急いだ。

 部屋の中央には、クローゼットにしまっておいた丸机が設置されており、その上にラップが乗せられた大小のお皿が広がっていた。



「もう冷めちゃったんだけど」


「全然気にしないよ!!! のいのいの作ったものだったら、砂でも泥でもなんでも食べられるよ!!!」


「喜んでいいのか怒っていいのかよく分からないんだけど」


 のいのいがアンニュイな表情を見せる。



 すべての料理は、なぜかラップではなくアルミホイルで覆われていた。


 壮介は正座し、丸机の上に置かれていたはしを手に取ると、いちばん手前にあった皿のアルミホイルを外した。



「何これ!!?超美味しそう!!」


「鶏肉のトマト煮だよ」


「いただきます!!!」



 壮介が鶏肉を口に含んだ瞬間、口の中に激痛が走った。

 壮介は、反射的にすべて吐き出した。



「辛っ!!!!!!!!!! なんだこれ!!!!!!!!」



 壮介が唇を震わせながらのたうちまわる様子を見て、あろうことか、のいのいは腹を抱えて笑っている。



 壮介は、ようやく全てを悟った。



 辺りを見渡すと、案の定、戸棚の上にカメラらしきものが、レンズを丸机の方向に向けるようにして置かれている。


 つまり、罠だったのである。


 のいのいは、配信のネタにするために、激辛手料理を準備し、壮介の帰りを今か今かと待ちわびていたのである。

 なるほど。壮介の帰りが遅いことを責めたのもそのためか。



 -いや、待てよ。

 たしかに配信のための罠だったとしても、のいのいの手料理がのいのいの手料理であることについては変わりがない。のいのいの手垢てあかという最良のスパイスがかかっていることには変わりがないではないか。



 しかも、丸机には複数のお皿が並んでいる。アルミホイルで中は確認できないが、まさか全てが鶏肉のトマト煮であるということはなかろう。



 壮介は起き上がると、別のお皿のアルミホイルを外した。



「のいのい、これは何だ?」


「見ての通り、麻婆豆腐マーボードウフだよ」


「絶対辛いじゃねえか!!!!!」



 次のお皿のラップを外す。


「これは?」


「スンドゥブチゲ」


「おい!!!!!!!」



 次。



「これは?」


「わさび寿司」


「全部辛いやつじゃねえか!!!!!!」



 爆笑するのいのいを見て、壮介は大きなため息をつく。


 もう我慢も限界だ。のいのいには、視聴者を代表して、彼女のウィークポイントについて素直に伝える必要がある。



「のいのい、言っとくけど、辛い系の企画は最初の一口のリアクションが全てなんだ。それ以上何も生まれないんだ。だから、辛い料理ばかり3品も4品も作っても意味がないんだ。食べ物を粗末にしてるだけ。分かる?」


「何それ? お説教?」


「ああ、そうだ。のいのいは自分で企画を考えて実践するのは偉いんだけど、いつも企画が空回りしがちなんだ」


「空回り?」


「そう。やりすぎというか、ベクトルが違うというか」


「そんなことないと思うけどなあ。それに、辛くない料理もあるよ。ほら」


 のいのいがラップを外した皿には、肉じゃがが入っていた。


 特段赤いということはなく、見た目的には異常はない。



「どうせめちゃくちゃ塩っ辛いか酸っぱいんだろ?」


「そんなことないよ。普通の味だよ。ほら」


 のいのいは箸でジャガイモを掴むと、壮介の口に近付けた。

 いわゆる「アーン」である。こんな方法で提供されたら、男として拒むことはできない。とはいえ、おそらくこれも罠なのだ。壮介は舌先を出して、ジャガイモを少しだけ舐めた。



「……たしかに、普通に美味しい」


「でしょ?ほら、食べて。アーン」


 警戒心を解いた壮介は、ジャガイモにかぶりついた。のいのいの手料理を、のいのいにアーンしてもらえるなんて、この上ない幸せだ。

 今日が最期さいご晩餐ばんさんでも構わない。



「美味しい?」


「なかなかイケる。のいのい、真面目に作ったら、料理のセンスあるね」


「まあ、無味無臭の発がん性物質たくさん入れたんだけど」



 壮介は、咀嚼中そしゃくちゅうのジャガイモを盛大に吹き出した。



「何でそんなの入れたんだよ!!!!????」


「面白いかなって思って」


「全然面白くないわ!!!! 無味無臭だとリアクション取れないだろ!!! それは面白企画じゃなくて単なる殺人計画だろ!!!! マジで最期の晩餐になるわ!!!!!!」


「それはそれで面白いかなって」


「サイコパスかよ!!??」


「空回り」を指摘しているそばからさらに空回ってくるので、もう救える気がしない。お手上げだ。


 のいのいは一生地底YouTuberのままだろう。





 しかし、実はこのとき、のいのいのYouTuberライフには一筋の光明が見えていた。



 そのことを知ったのは、作った料理が余すことなく廃棄されたことにブーブー文句を言いながらものいのいが眠った後、壮介が日課ののいのい配信チェックをするため、YouTubeを開いたときだった。



「え? 2000PV超え?」


 最近、PV数が100を切ることが常態化していたのいのい配信に、数時間で、普段の20倍を超えるPV数が付いていたのである。


 その配信は、「美少女YouTuberといきなり同棲生活」、つまり、昨日壮介宅で撮影した例の動画であった。



「のいのい、やるじゃん」


 自分が当事者の一人なので客観的な分析は難しいが、少しだけ考えてみると、たしかにかなりマシな企画である。美少女が家に転がり込んでくるというのは流行りのラノベでもよくある設定であり、全男子の夢といえる。ラムちゃんのセクシーコスプレも需要しかない。タイトルもそれなりにキャッチーである。


 壮介は、のいのいの配信に少しでも貢献できたことが、一ファンとして率直に嬉しかった。




 僕も2000PVいけるように頑張ります。

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