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第2回「ダーリンを手料理でおもてなし」⑴

 のいのいが壮介の家を訪れた夜、案の定、壮介は一睡もできなかった。

 

 甘くて熱いことが色々あって、眠らせてもらえない夜を過ごした、というわけではもちろんない。

 むしろ、のいのいの就寝時間は早かった。のいのいは、お風呂から上がり、髪を乾かすと、スーツケースの中から寝袋を取り出し、くるまり、スマホをいじりながら、寝た。


 なぜ初対面の男性の家で、こうもいとも容易たやすく眠れるのだろうか。しかもその男性は、のいのいに一方的な好意を抱く、29歳素人童貞だというのに。



 この警戒心のなさの意味することは、もしやオーケーということなのではないかと思い、壮介はそーっと寝袋ののいのいに近付く。


 すると、気配を察したのいのいが、目も開けず、口もほとんど開けないまま、


「勘違いしないで。これは企画だから」


と言った。



「別に好きで壮介君の家に泊まってるわけじゃないから。視聴者獲得のためにやってるだけだから」


 壮介のような、顔面レベルがぶちスライム以下の、えないモブにのいのいが興味を持つわけないということは分かっていたが、さすがにここまでハッキリ言われるとショックは隠せなかった。



「…あ、いや、別にのいのいをどうにかしちゃおうかと思ったわけじゃなくて、のいのいが寒そうだから、上から毛布をかけてあげようかなって」


 動揺のあまり、取ってつけたごまかしは支離滅裂しりめつれつとなってしまった。寝袋の上から毛布を掛けて何か意味があるのだろうか。 


 それでも、のいのいは、


「ありがとう。壮介君は優しいね」


と目を閉じたまま言った。


 これは反則的なツンデレである。やっぱりのいのいしか勝たん。




 のいのいは寝顔もギガント級に可愛かった。イビキもかかず、すやすやと赤ちゃんのような寝息を立てながら寝ていた。そうか。のいのいは天使なのか。壮介はに落ちた気分になった。



 明日も始発出社だったため、せっかく定時で帰れた今日くらいは今までの睡眠不足を取り返したい。そう思って、壮介も早めに床につくことにした。



 しかし、7畳の狭い部屋で、のいのいと2人で眠ることは想像以上に困難を極めた。



 まず、目を閉じたいのに、のいのいの寝顔を見たいという欲求が、目を閉じさせてくれなかった。


 壮介は仕方なく出張用のアイマスクをして眠ることにした。



 しかし、視界がさえぎられても、のいのいの甘い匂いが鼻腔びこうにつき、のいのいのことで頭いっぱいになり、眠れなかった。


 壮介は仕方なく鼻にティッシュを詰めて眠ることにした。



 しかし、嗅覚を失っても、すやすやというのいのいの天使の寝息が聞こえ、やはりのいのいのことで頭がいっぱいになり、眠れなかった。


 仕方なく壮介は耳栓をして眠ることにした。



 しかし、聴覚を失っても、のいのいが吐いた息を壮介が吸っていると思うと、悶々としてしまい,眠れなかった。


 仕方なく壮介は口にガムテープを貼って眠ることにした。



 ……ぷはあっ!!! 無理だ!! 息できない!! 死ぬ!!!!!


 ダメだ。この方法は使えない。ついに人類はのいのいという非情な脅威を前にして、全ての手段を失ってしまったのである。




 というわけで、結局壮介は寝ることをあきらめ、夜どおしのいのい配信のバックナンバーを見続けた。

 すぐそこにいるのいのいを意識から遠ざけるためには、のいのいを見続けるという方法しかなかったのである。




 あっという間に明け方となり、壮介は、本当に一滴も残り湯が残っていなかったことに肩を落としながらシャワーを浴び、スーツに着替え、家を出た。


 ニワトリすら目覚めていない時刻である。当然のいのいは眠っていた。




 電車の中で少し仮眠できたとはいえ、圧倒的睡眠不足のせいで、壮介は業務に集中できず、ミスを繰り返した。


ノーミスのときでさえなんらかのイチャモンを付けて壮介を叱ってくる社長は、まさに水を得た魚だった。



「ちゃんとやれ」


「マヌケ」


「ブス」


「雑魚」


「素人童貞」


 壮介はBGM代わりに常に社長の罵声を浴びることとなった。



 しかし、今日の壮介は、社長のストレスのはけ口にされても少しも気にならなかった。


 だって、壮介には、のいのいがいるのだ。

 家に帰れば、あの超絶美少女が壮介の帰りを待っているのだ。無敵である。会社でどんな辛いことがあろうと、たとえ社長に殺されたとしても、壮介は生きていける。



 

 壮介が帰宅できたのは午前2時過ぎだった。



 飽き性ののいのいが、同棲企画を撤回し、しれっと自宅に帰っているのではないか、という一抹いちまつの不安は、壮介の部屋の窓かられる明かりが吹き飛ばしてくれた。



 もしかしたら、のいのいが玄関で出迎えてくれるということもあるかもしれない。もしかしたら、エプロン姿でお出迎えということもあるかもしれない。だとすれば、最高だ。


 壮介は意気揚々とドアを開ける。



「ただい…」


「ねえねえ、ちょっと、帰ってくるのあまりに遅過ぎない?ねえ?どういうこと?まさかこの時間まで他の女と遊んでたんじゃないでしょうね?」


 ドアを開けるや否や、のいのいが押し寄せてきた。



「いや、そんなことないよ。誤解だよ」


「男はみんなそう言うんだよ。そうやってのいのいを騙して捨てるんだ! リスカしてやる!!」


「のいのい、いつからそんなメンヘラキャラになったの!!!??? っていうか、マジで誤解だから!」


「じゃあ、本当は何なの? 言っとくけど、キャバクラも浮気だからね」



 なんだこの彼氏と彼女設定は?

 もちろん悪い気はしない。続けよう。



「別に遊んでない!! 俺はのいのいにしか興味ないから!!」


「リカにも同じこと言ってるんでしょ? 俺はリカにしか興味ないから、って」


「リカって誰だよ!!?? 妄想で浮気相手作り上げるなよ!!??」


「リカは近所の幼稚園の児童よ」


「妄想で俺を小児愛者ろりこんに仕立て上げるなよ!!??」


「じゃあ、本当は何してたの? ごまかさないで答えて?」


「この時間まで残業してた」


「そんなわけないじゃん。朝早く出てって、こんな時間まで残業なわけないよ。労働基準法違反じゃん!!」


「のいのい、悲しいけど、会社っていうものはそういうものなんだよ」


「信じられない!!」


「本当に信じられない話なんだけど、会社、そして社会というものはそういうものなんだ」


 壮介は死んだ魚の目で答えた。

 その目を見たのいのいは、これ以上壮介を問い詰めることはできなかった。




 本当は社会派ミステリーが書きたいです。

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