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コミュ障王子は転生者とかかわらない学園生活をご所望です  作者: ほねのあるくらげ


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互いの派閥 1

* * *


 ばっと目が覚めて飛び起きる。脈打つ心臓の動きは早く、びっしょりとかいた嫌な汗のせいで服が不快にまとわりついてくる。


「なに……今の、夢……」


 はりついた銀の髪を払いのけ、ナディカは震える身体を慰めるようにぎゅっと縮こまった。

 空から俯瞰するような形で見たそれは、とても奇妙な夢だった。けれど心当たりはある。予知夢だ。……荒唐無稽な夢だと、笑い飛ばせればいいのに。

 夢の中ではみんなが大人になっていた。夢の中でナディカは、とても冷たい目をした大人になっていた。もとより愛想がいいほうではない。けれど大人のナディカは、冷酷無慈悲で……そう、感情すらも失くしていたように見えた。

 大人になったナディカは、周りから「宰相閣下」と呼ばれていた。そんな彼女が王と呼んで傅く相手はヴェルガで、けれど誰もナディカとヴェルガを敬ってはいなかった。ナディカはそれについては諦めていて、ヴェルガはそもそも最初から気にしていないようで、それで。


(……どうして、私がアルフェンアイゼくんと……)


 ヴェルガが王に、自分が宰相になる未来というのはわかりたくはないが理解はできる。だが、大人の二人は互いに馴れ馴れしく下の名前で呼んでいた。相手が呼ぶならそう呼び返す、その程度のやり取りではあったが、王と臣下以上の関係がなければそんなことはやらないだろう。

 しかし現実のナディカとヴェルガはそこまで親しくない。それなのに、大人の二人は互いの下の名前を呼び合えるほどの関係を築いていた。ということは、これから何かがあるのだろう。互いにそれを許すに至るまでの経緯が。

 大人のヴェルガは、言葉通りの暴君だった。邪神ケルハイオスへの信仰を人々に強要し、従わない人々や他の神の教会に火を放った。他国にも改宗を求めて侵攻していた。

 けれど、本気で邪神を崇めてしまえば恐ろしいことが起きると誰もが知っている。だから人々は、暴君の怒りを買わないようケルハイオスに形だけの信仰を捧げて、邪神とその加護を強く受けた暴君を激しく憎んでいた。そんな中でナディカはヴェルガを止めることもせず、すべて彼の言うがままになっていた。

 大人のナディカにまつわる最後の記憶は、武装した大勢の人を引き連れたカイルが城に向って進軍していたことから始まる。それが王権を打ち破ろうとする者達だというのは想像に難くない。

 その軍勢のほとんどは知らない顔だったが、ちらほらとディンヴァード派の面々が……そして何故か、アルフェンアイゼ派だったはずの者達がいた。見つけられなかったのは、エレナとリディーラの姿だけだ。

 カイル達の手によって、ナディカもヴェルガも捕まった。それから多分、自分達は死んだのだと思う。それ以降大人のナディカは現れず、カイルが人々の祝福とともにこの国の新しい王になったからだ。

 戴冠を終えて人々の喝采を浴びるカイルを中心にしてぐにゃりと世界が歪み、それで夢から覚めたため、その後どうなるのかはわからなかった。もしかしたらあの後、カイルは勝利の女神(ツィーカ)の祝福を受けて……結婚なんてものもしたのかもしれない。

 現代ではほとんど考えられないことだが、神と人の婚礼は神話の時代ならば例がある。今の時点ですでにカイルはツィーカに気に入られているようだったから、ありえない話ではないはずだ。

 カイルにとっては望ましい結末だろう。農民の子供だったはずが、一国の王になれたのだから。アルフェニアを苦しめていた暴君もいなくなった。本当にカイルのことを思うなら、それでよかったと思うべきだ。

 けれど、ナディカの幸せはそこにない。何より、暴君のせいで苦しんだ民がいる。血が流れなければ英雄は生まれない? いいや、違う。そんなものがなくたって、ナディカが惹かれた少年(カイル)は英雄になれる。


(止め、ないと。あんな恐ろしい未来、絶対にあっちゃいけない……!)


 この予知夢が星と時の神(シャイツァイト)の神託だとしたら、その信憑性は疑う余地のないものだ。

 しかし数日前に見た予知夢では、ナディカもカイルも学生の時点で死んでいるはずだった。自分達だけではない。学院の生徒は、ほとんどが瓦礫の山に飲まれているように思えた。誰かが何かをして未来が変わったのだろうか。


(でも、どうしたらいい?)


 未来を視る力。それだけあっても何の意味もない。望むタイミングで視ることも、未来を変えるためにはどうすればいいのかを教えてくれることもないこの力は、ナディカの采配一つで腐ってしまう。

 だが、ナディカにはもう一つの力がある。時を巻き戻す力だ。エレナによるリディーラ殺害を阻止してからは使っていないが、なんとなく以前よりも長い時まで戻せるようになった気がしている。導きの書(カノン)に触れた時に感じる熱が、あの幾度となく繰り返した夜より強くなっているからだ。二日前ぐらいまでは巻き戻せるかもしれない。もっとも、それでも安心できるとは言い難いが。


(結果には必ず、そこに至るまでの理由があるはずだ。大人の私は、どうしてアルフェンアイゼくんを止めもせずに従っていた? 私の家は、他の王族の方々はどうなった?)


 考えろ。最悪の未来を回避する方法を。猶予なんてものがあると思うな。一歩間違えれば、たちまち破滅に飲み込まれるだろう。自分にそう言い聞かせ、ナディカはキッと虚空を睨んだ。


*


「なぁナディカ、なんかあったのか?」


 一限が終わって早々、背中をつつかれる。振り返ったナディカが見たのは、怪訝そうなカイルだった。

 言われて考えてみると、確かに表情筋が動いていないと自分でもわかる。他人に説明するには何の信憑性もない、余計な悩みで彼の手を煩わせるわけにはいかない。慌てて表情を繕おうとして――気づく。もともと自分の顔は、今のような仏頂面ではなかっただろうか、と。


「何を言ってるんですか? あいにく、私はいつもこんな顔ですよ」

「いや、そういうんじゃなくてさー……なんつーか、雰囲気?」


 察しのよさが恨めしい。やけに勘が冴えるものだ。こんな時ばかり発揮されなくてもいいのに。


「もしかして、アルフェンアイゼ派となんかあったのか?」

「……え?」


 どうしてそこまで。ひくつくナディカに気づいているのかいないのか、カイルの新緑の瞳が心配げに細められた。あまり見せない、憂いを帯びたその表情に不覚にもどきりとしてしまう。


「いやほら、アルフェンアイゼってさ、その……邪神の器(アレ)だろ? ナディカは善神の器(おれ)の派閥だし、あいつの派閥の奴らからなんか嫌がらせとかされてないかなって」

「今のところは大丈夫ですよ。アルフェンアイゼ派は確かに過激ですが、こちらから突っかからなければ問題ない方ばかりですし」


 周囲の目を気にしてか、カイルの声は少し小さかった。ナディカもそれに合わせて声をひそめる。

 人気(ひとけ)のない場所、あるいは人の目を気にせずに話せる場所に移動できたらいいのだが、あいにく休み時間はさほど長くない。次の講義も一限と同じくクラス教室での座学ということもあって、席を立つのははばかられた。


「カイルくんこそ、急にどうしたんです? 今までアルフェンアイゼ派のことなんて気にしていませんでしたよね?」


 悪い意味ではなく、カイルはアルフェンアイゼ派……というより、自分以外の生徒が起ち上げた派閥に対してはさしたる関心を持ち合わせていないようだった。もともと、自身の派閥でさえナディカとエレナの助言で起ち上げたようなものだ。無頓着になるのも仕方ないと言えば仕方ない。

 派閥の主の家同士の仲、国家の情勢、親が持つ宮廷での影響力。貴族社会の縮図でもある学院では、どうしても様々な理由で派閥間の対立が生まれる。その規模は大小さまざまだが、幸いにもディンヴァード派が特定の派閥から喧嘩を売られるということがなかった。そのことも、カイルの無関心さを助長しているのだろう。

 もちろん、カイル個人をよく思っていない男子生徒の数はそれなりに多い。だが、学年主席だった第四王子さえ凌駕する実力を持つカイルの名はいまや学院では知らない者がいないほどになっている。それでも果敢にカイルに挑もうとする猛者はいまだ現れていない。女子生徒が多いという点でも、手を出しあぐねているのだろう。

 一方で、カイルの派閥に入りたくとも家の都合や自派閥との兼ね合いなどで入れない女子生徒がナディカ達を目の敵にしている節はあったが、こちらも第二王女を敵に回す気概のある者はいないようだった。

 派閥同士の問題は小康状態を保っていると言えるだろう。この状況で、ディンヴァード派と明確に対立する可能性があるのは、ヴェルガ率いるアルフェンアイゼ派だけだった。派閥の主が何度も恥をかかされているような現状では、あちらが動くのも時間の問題といえる。

 アルフェンアイゼ派の統率力は、ナディカも知り及ぶところだ。彼らは、ヴェルガの号令がなければ決して動かない。その団結力が通用するのは学院の中だけとはいえ、非常に厄介な相手だった。

 まだヴェルガに沈黙を保つ気があるなら、なるべく穏便に共存していきたいところではあった――――もっとも、ナディカはヴェルガを恐るべき敵だとしか見ることができないが。


「実は、ツィーカに怒られたんだよ。善神の器としての自覚が足りない、って。邪神の器(アルフェンアイゼ)がいつ魔王を復活させるかわかんないんだから、もっとちゃんと見張ってろってさ」

「それは……確かに、もっともなことではありますが……」

「ちゃっちゃと魔王を倒すためにも、導きの書(カノン)を使ってかなきゃいけないらしくてよ。そうしないと、鍵ってヤツが手に入らないんだって。神の力なんて、早々使えるもんじゃねーと思うんだけどなー……」

「ものは使いようですよ?」


 派閥内の誰にも内緒で取得した導きの書(カノン)を、すでに何度も使っているとは言いづらい。乾いた笑いでごまかした。


「アルフェンアイゼが闇の導きの書(カノン)を使うと、何かよくないことが起きるらしい。ナディカも気をつけろよ? 今はまだなんも起きてねーけど、いつあいつが本格的に動くかわからねーしさ」


 後手に回らないためにも俺がしっかりしないといけねーんだけどな、と憂鬱そうにため息をつくカイルを横目に、ナディカは思案の海に沈んだ。

 魔王、魔王。その名を心の中で繰り返す。思えば妙な話ではある。闇と混沌の神ケルハイオスは、魔王を封じるために自ら邪神を称したのだ。その寵愛を受け、“器”とまで呼ばれる者が何故、魔王を蘇らせるのだろう。

 もちろん、後世に伝わる神話のすべてが正しいとは限らない。ツィーカこそ雷と勝利の神サウィンダーなのだから、彼女の言葉を疑うほうが筋違いというものだろう。


(“器”という言葉から連想するに、その役割は神の化身……人の世における神の代理人……あるいはそのまま、何かを注ぎ込むためのもの? 神の依代になれるなら、魔王の依代にもなれる……?)


 ケルハイオスは、魔王に代わって“悪”になった。十二の主神が一柱でありながらも魔王と同等になった。ならば“邪神の器”は、そのまま“魔王の器”としても存在しえるのではないだろうか。


(いや……それなら、わざわざケルハイオスの献身を伝える『邪神の誕生』を語り継ぐ必要はない。歴史的にも神話的にも、ケルハイオスとその化身とされる者達が犯した悪行は事実なんだから。必要悪としてのケルハイオスの姿が描かれるということは、本当にケルハイオスが自己犠牲に満ちた神である証明か、あるいはもっと邪悪な……)


「ナディカ? おーい、どうした?」

「あ……すみません、少し考えごとをしていました。……時に、カイルくん。女神は邪神と邪神の器、それから魔王についてなんとおっしゃっていたんですか?」

「え? えーっと……確か、大昔に生まれた魔王が世界を侵略してきたんだろ? 邪神は魔王側について善神の敵になって、でも結局魔王軍は負けて魔王が封印されちまったから、邪神もそのまま追いやられて……で、邪神は人間から自分の器ってやつを選んで、そいつを操って魔王の封印を解かせようとしてる、みたいな」

「へぇ……。それは興味深い話ですね。ですが、広く知られているものとは少々違いがあるようです」


 魔王というものが、具体的にどういった経緯で誕生したのかは定かではない。いかなる文献でも、“魔王”とそれに従う“魔王軍”というのは、まるで生まれるのが当然であったかのように突如として現れている。その背景のなさといえば、世界に「発生」したと呼んで差し支えないほどだ。

 そんな謎の多い魔王とはいえ、邪神が魔王軍に加勢などしていないことははっきりと伝わっている。大戦において、ケルハイオスは善神側寄りの姿勢を見せながらも中立を保っていた。そして終戦後、ケルハイオスは自主的に姿をくらませ、悪戯好きのはた迷惑な神から災いをもたらす悪逆の神へと役割を転じたのだ。


「あ、やっぱりそうだよな? 俺もなんか違う気がしてさ。でもよ、ツィーカが言うんだからこっちが正しいんじゃね?」


 カイルの眼差しには一点の疑いもなかった。ツィーカの話を信じ切っているようだ。

 ナディカだって、信仰する神々の中でも最も尊い神の王が言うのだから無条件で信じたい。槍玉にあがっているヴェルガにいい感情を持っていないこともあるし、彼が魔王復活をもくろんでいると言われたところで異論はない。だが、幼いころから聞いていた物語が間違いだと言われるのはすんなり納得できなかった。


(……ツィーカの話は、私の知ってる神話じゃない。私が信じてきたものが嘘なら、一体何が正しいの?)


「それは……そうですけど、一応他の可能性も、」

「ナディカ」


 ざわり、全身が総毛立つ。目の前で微笑む少年はナディカの見知ったカイル=ディンヴァードに違いはないはずなのに、何故だかまったく知らない男のように見えた。

 笑っているのに笑っていない。緑の瞳の奥はまるでぐるぐる渦巻いているようで、ここではないどこかを見ているような気がした。異様な圧に血の気が引く。末端の感覚が消えていく。歯の根が合わない。周囲の音が一切聞こえない。まるで世界から隔絶され、カイルと二人きりで閉じ込められたかのように。


()()()()()()()()()

「か……かいる、くん……?」

()()()()()()()()

「ごめっ……なさ……」

「ん、わかってくれりゃいいんだよ。そういうの、時代が時代なら“異端”の告白になるって歴史で習ったぜ? 気をつけろよな」


 この少年がカイルでないと直感したのもつかの間、心臓を鷲掴みにされたような緊張が解けた。

 きょとんとしてナディカを見ているカイルはいつもの彼で、今の空気は白昼夢か何かだと錯覚してしまいそうになる。だが、確かにあれは現実だった。あの恐怖は、断じて夢などではない。


(だけど……私……疲れてる、のかな)


 立て続けに色々なことが起こって、神経が過敏になっているのかもしれない。そのせいで、些細なことにも過剰に反応してしまう。先のカイルだって、少し声のトーンを変えただけなのかもしれない。予知夢にしたってそうだ。予知夢だというのはナディカの勘違いで、実際はただの悪夢である可能性は否めない。

 思い込みでヴェルガを敵視して、ツィーカに不敬を働いて、カイルの不興を買って。ああ、これではてんでだめだ。一度ゆっくり静養して、仕切りなおさないと。


「……ごめんなさい。やっぱり、体調が悪いみたいです。少し保健室で休んできますね」

「大丈夫かよ? 送ってこうか?」

「いえ、一人で行けますから。……板書、よろしくお願いしますよ?」

「お、おう!」


 ごまかすようにナディカは笑う。そのままそっと立ち上がり、重い足取りで保健室へと向かった。

 ――――訴えるべき異変を、伝えるべき違和感を、広めるべき事実を。鍵を握ったはずの少女は静かに口を閉ざす。とある分岐の可能性は、こうしてひっそり潰えていった。

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