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コミュ障王子は転生者とかかわらない学園生活をご所望です  作者: ほねのあるくらげ


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夜明けまでの戦い

「十二の主神には、それぞれ司るものに応じた権能を持っている。たとえば星と時の神シャイツァイトなら、時を自在に操るっていうね。当然、その力を使えば時間を巻き戻すことだってできる」

「巻き戻す……? ま、まさか俺達は今、“昨日の夜”にいるのか!?」

「その通り。だから、リディーラ=イヴ=レヴィアはまだ死んではいない。……多分、ね? 止められるのはきっと君だけだ。君は、時間が巻き戻ったと自覚できる数少ない人間なんだから」


 後半の言葉を聞き流しながらヴェルガは弾け飛ぶように窓へ向かった。原理はどうでもいい。大事なのはリディーラの死を覆すことだ。それに間に合えば、今の状況がどんなものであっても構わなかった。


「飛ぶぞーー<ティオー・トゥエス>!」


 この時間帯は、守護の法術のかかった特殊な鍵で玄関の扉が固く閉じられている。外部からの侵入者を防ぐため、夜間だけその手の法術具が稼働しているのだ。そしてそれは、深夜の散歩を防ぐ役割も果たしていた。

 だが、そういった守りは個室の窓にまでは適用されていない。寮を抜け出るなら、窓から出るのが一番だ。……実際にやる者はあまりいないが。

 窓枠に足をかけ、風の精霊を喚ぶために召喚式を構築する。ここは三階だが、精霊の力を借りれば難なく着地できるだろう。窓から少し離れたところには木があるが、さすがにそれを伝って降りるほどの力はなかった。


「あ、ヴェルーー」


 飛び降りる。かつてカイルの喚んだ風の精霊はヴェルガを吹き飛ばしだが、今度の滞空は意図したものだ。さすがに長時間の自由飛行は不可能だが、使い方さえ誤らなければゆっくり落下できる。

 抜け出したヴェルガを咎める者はいない。時間が時間だ、みな室内にいるのだろう。それでも一応、着地と同時に闇の精霊を召喚しておくことにした。

 役目を終えた風の精霊の召喚式を消す。精霊は基本的に一度の召喚につき一つの命令しか与えられない。これは精霊そのものの性質で、術者の働きかけによってどうにかなるものではなかった。どれほど強かろうと、人の力で喚べるような精霊はあまり複雑なことを多く覚えていられないのだ。

 よって、役目を終えた精霊はすぐに召喚式を解除するのが術者の常識となっている。最初に命じたこと以外のことができない以上、召喚式の維持に注ぐ魔力がもったいないからだ。また風の精霊の力を借りる場面はもうないと思っていたわけではないが、少なくとも今はその必要がない。必要になった時に改めて召喚し直すしかないだろう。


「この姿を隠してくれ、<ティオー・クーリタス>」


 再び魔力を指先に集中させ、召喚式を宙に描いた。召喚式は精霊がこちらに来るために通る窓のようなものだ。術者本人であるヴェルガにしか視えない光の粒子となって浮かぶ式の中に不可視の糸を伸ばすような感覚。絆と呼ばれるそれを頼りに現れた闇の精霊は、すっぽりとヴェルガを覆い隠した。

 今、ヴェルガの姿は完全に闇と同化している。ヴェルガが自分で精霊を還さない限り、見つかることはないはずだ。術者の側にある淡く光る召喚式が少し目につくが、そもそもこれは他人には視えないものだし、式が帯びる魔力を辿らなければ感づくことはない。側にヴェルガがいるとわからなければ召喚式を探し出そうなどと思わないだろう。

 防犯用としてあちこちにかけられた守護の法術だけ気にしながら、まっすぐ女子寮区画へと進む。フィランピュア女子寮はひっそりと静まり返っていた。そこに今朝見た凶行の気配はない。すでに起こってしまったのか、あるいはこれから起きようとしているのか。何はともあれ確かめなければ。

 

「どうやって入る気だい? ただの鍵開けなら僕ができないことはないけど、鍵型の法術具があると考えると少し手間取りそうだ。そもそも、たとえ開けたところで閉められないんだよね。法術具が破られていると知られたら、別の騒ぎになるよ?」


 虚空から聞こえた自分の声に驚いてそちらを見る。何もないところから、闇の導きの書(カノン)を持ったリートが現れた。どうやら追ってきたらしい。リートはやや特殊な精霊であるせいか、闇に溶けたヴェルガのことを見つけられるようだ。

 彼自身も闇に姿を隠せているところを見ると、やはり彼もまた闇の精霊の類なのだろう。もっとも、ヴェルガが慣れ親しんでいるそれとはまったく違うモノなのだろうが。

 そもそも、人の身で精霊になるなどそれこそおとぎ話のようなものだ。それを踏まえると、リートの素性や精霊としての格はよくわからなかった。


「来たのか、リート」

「僕も気にならないことはないからね。いやー、久しぶりに身体を動かしたよ。最初は正面玄関から出ようと思ったのに、面倒くさそうな鍵がかかっててさ。結局君と同じように窓から出ることにしたんだ」


 リートは通常の精霊とは一線を画している節があるが、精霊を使役できるのだろうか。いや、彼は精霊だからこそそのまま飛び降りられるのかもしれない。そう思った矢先のことだった。


「窓から行ける距離に木があるのは悪くないね。おかげで楽に降りられた」

「まさか、あの木を使って降りたのか?」

「そうだけど? ちょっと助走してから跳んで、あの木の枝に掴まったんだ。あとは普通に降りただけだよ」


 何を当たり前のことを、とでも言いたげな目だ。リートとヴェルガは見た目が同じだけのまったくの別人だという話は本当らしい。

 ヴェルガにそんな真似はできない。試したところで、枝に指先すらかすることもできずに地面に激突するのが関の山だろう。


「そんなことができるのか……」

「言っておくけど、君の降り方もなかなかの荒業だからね? 僕は身軽なだけだよ。僕は素早さを活かして戦うタイプなんだ」


 ヴェルガが思っていたよりこの精霊は活発だったようだ。自分と同じ顔なので、てっきりそういうものは苦手だと思っていた。

 リートが運動しているところは想像もつかなかったが、案外服の下にはヴェルガと違って筋肉があるのかもしれない。たとえ元が同じでも、生活の仕方で細かい部分は変わるだろう。変わるはずだ。変わらなければいくらなんでもおかしい。


「ところで、どうするの? 堂々と女子寮に侵入するのもつまらなくなさそうだけど」

「……守護の法術は専門外だ。警備のことを考えると、正面から入るのはやめたほうがいい」


 リートの何かを期待するような眼差しには触れず、フィランピュア女子寮を見上げる。

 目指すのはリディーラの部屋の窓だ。彼女の部屋が三階で、南向きの角部屋だというのは雑談の延長で聞かされていた。どの部屋もカーテンが閉じられていて、記憶を頼りに目指した部屋の中にリディーラがいるかはわからない。だが、幸いにも窓が開いている。確認はできそうだ。


「俺と繋がれ、<ティオー・トゥエス>」


 もう一つ召喚式を構築する。喚(よ)び出したのは風の精霊だ。まだ闇の精霊の召喚式は維持したままだったが、ヴェルガは顔色一つ変えない。

 属性の異なる精霊の召喚式を一度に保持するのは至難の技とされている。複数の召喚式を一つずつ順番に構築して精霊を一体ずつ召喚するのは可能だが、それは逆に言えば一度に召喚できるのは一体の精霊が限度だということだった。

 複数の精霊と絆を結んだままにしておくと、制御下におくのが難しい。そのうえ属性が違えば構築する式も異なるので、その難易度はさらに上がるからだ。召喚の法術で喚べる精霊は一度に一体、というのが召喚の法術師の常識であり、それを越えた数を喚び出せるのは才能の証でもあった。

 舞い上がった風の精霊はカーテンをくぐって消えていく。精霊と同調できるほど深く結んだ絆は、精霊の視界を術者にも共有させていた。目を閉じたヴェルガは、精霊に繋がる絆を辿るような感覚で精神を集中させてもう一つの視界を得る。暗がりの中、ベッドは人の形に膨らんでいる。リディーラだ。


「無事で……よかった……」


 精霊の目を通してすやすやと眠るリディーラの横顔を確認したヴェルガはほっと息を吐いて目を開ける。

 だが、間に合ったからといってまだ油断はできない。彼女は大食堂で死んでいた。これが昨夜をなぞっているのなら、リディーラはまた食堂に行こうとするはずだ。決して行かせてはならない。リディーラを死なせるものか。


「そうなのかい? それは何よりだ。……もしかして、風の精霊を側につけてリディーラを一晩中見守るつもりかな?」

「ああ。人の命がかかっているんだ、良識など知ったことか。今日はしばらくここにいる。精霊と離れすぎると感覚の共有ができないし、いざというときに駆けつけられないからな」


 明日は平日だが知ったことか。徹夜程度でリディーラの命が守れるなら安いものだろう。


「いいのかい? 夜が明けたら、闇の精霊は君の姿を隠しきれなくなるよ?」

「大丈夫だ。……リディーラが食堂に行くことさえ止められれば……いや、食堂に行ったあいつを俺が守れば、あいつは死なずに済むに決まっている。リディーラは深夜のうちに殺されたんだ、そうならないよう手を回してから帰ればいい」

「なるほどね。夜のうちにすべてを片付けるつもりか」

「俺が自分で寮の中に入ってもいいが、出入りが面倒だからな。……それに、もしも犯人と鉢合わせでもしてしまえば、たとえその時はまだ未遂でも穏便に済ませる自信がない。たとえ対峙することになるとしても、精霊越しのほうがまだ冷静になれる」

「はは、それはそれで仕方ない。熱くなりすぎないのは大事だよ」


 ヴェルガが手頃な木の根本に腰を下ろすと、リートもそれにならって隣に座る。見上げればリディーラの部屋が見える位置だ。

 明かりが灯ればすぐに気づけるし、精霊の視界を覗けば室内の様子もわかる。ひとまずここで何か動きがあるまで待っていることにしよう。


「ああ、そういえばまだこの状況について説明できていなかったね。話の途中で君は行ってしまったんだった」

「……悪かった」

「いやいや、当然だよ。確かに、リディーラの生存確認が最優先だ。説明なんて後回しでも事足りる。法術の仕組みがわからなくても法術具が使えるように、原因と結果を理解するのは同時でなければならないわけじゃないからね」


 たとえ闇の精霊であっても声までは隠しきれないということを考慮してか、リートはいつもより静かに話している。誰かに声を聞かれたところでヴェルガ達の姿は目視できないが、怪しまれて法術を見破られたら大変だ。用心は欠かせないだろう。

 ヴェルガもなるべく声を出さないように無言で頷いた。元の声量がそもそも小さいためそこまで気を使わなくてもいいのだろうが、もし喋らなければいけなくなったら普段より声をひそめておくことにしよう。


「でも、原因を知らないままでも問題ないこととよくないことがある。これは後者だよ。君は、今のこの状況が発生した原理を知る権利があるし、それを知っておくべきだ。動きがあるまでの暇潰しにどうだい?」

「それはそうだな。シャイツァイトが……いや、星の導きの書(カノン)の所有者が何かしたのか?」

「ああ。もちろん条件はあるけど……十二の主神の権能は、対応する導きの書(カノン)の所有者にも扱えるんだ。それは本物の神の力(オリジナル)には到底及ばないものだけど、人間という目で見れば十二分に信じられないレベルの力を持っている」

「それがこの時を巻き戻す力か。……だが、何故俺は巻き戻る前の時間のことを覚えているんだ? お前の口ぶりだと、それに気づかない者のほうが多いようだが」


  尋ねると、リートは薄く笑ったーーーーそれが闇と混沌の神(ケルハイオス)の権能だからだよ、と。


「ケルハイオスは他の神の力を打ち消せる。ケルハイオスは中立に立つ神だ。中立性を保つためには、なにものにも侵されない力が必要だった。……それが、他の神の権能を打ち消す権能さ」

「ケルハイオスが中立に立つようになったのは、魔王を封印してからだろう? それ以前に権能はなかったのか?」

「他の神の権能を再現する、っていうのがケルハイオスの本来の権能だね。それの出力は、本物に比べれば劣化もいいところの、場を引っ掻き回して相手をからかうぐらいしかないものだけど」


 闇と混沌の神ケルハイオスにまつわるこんな伝承がある。十二の主神は各々自身を象徴するもの……神器を持っていた。しかしある日ケルハイオスの策略により、すべての主神の神器が偽物とすりかわってしまう。ケルハイオスが用意した偽物の神器は見てくれこそ本物そっくりだが、その力は到底本物には及ばないという。

 その後、神々はなんとかケルハイオスから神器を取り返したというが、この辺りの話がケルハイオスの権能とかかわってくるのだろう。


「でも、それに打ち消す力が加われば、劣化の力が“本物”に変わる。本物が使えないなら、偽物とはいえ使えるほうが“唯一無二(ほんもの)”になるんだ。どうだい、弱くないだろう?」

「……なんだ、やっぱりケルハイオスはたった一柱で他の十一柱と対等に渡り合えるじゃないか」

「うーん、さすがにそれは言いすぎかな。一対一なら可能性はあるけど、一対複数だと分が悪い。権能の再現って言っても、しょせんは他の神の神器の粗悪品を持ってるだけだし……相手の驚く顔を見るための力って意味のほうが強いからなぁ。実戦向きってわけじゃないよ」


 微苦笑混じりの呟きに、リートは大真面目な顔でそう返してきた。その返答に若干の違和感を覚えながらも続きを待つ。リートはすぐに本筋に戻った。


「この権能は、邪神の器であり闇の導きの書(カノン)を持つ君にも扱える。……神の器はいるだけで役目を果たすものだけど、邪神の器は常に中立でなければいけない。だから、他の神や導きの書(カノン)の所持者が君に害なせないように、打ち消しの権能は発動するんだ。たとえ君が無自覚だろうがね」

「お前もここにいられるのは、お前が導きの書(カノン)の精霊だからなのか?」

「そう思ってくれて構わないよ。……僕達の時は巻き戻らない。世界そのものの時が巻き戻ったから、僕達も強制的にそこまで戻されているだけだ。僕らは過去がやり直されたことも、失われたはずの未来(かこ)のことも知っている。これは闇の導きの書(カノン)と星の導きの書(カノン)の所有者の特権だね」


 そう言ってリートは笑う。星の導きの書(カノン)を持つ者に心当たりはないが、彼あるいは彼女には感謝してもしたりない。時の神の権能を使ってくれたおかげで、リディーラを助けられるのだから。

 不安要素と言えば星の導きの書(カノン)の所有者の目的が見えないことだが、夜が明けてから探し当てて尋ねればいいだろう。導きの書(カノン)の所有者も把握しておきたい。だが、まずはこの夜を乗り切らなければ。

 目を閉じて精霊越しにリディーラの部屋を視る。リディーラの目は開いていたが、起き上がる様子はない。眠たげに目をこすって寝返りを打ってしばらくすると、規則的な寝息が聞こえてくる。偶然目が覚めてしまっただけのようだ。

 夜は長い。けれどこの夜を、いつもと変わらない穏やかなもののまま終わらせてみせる。そんな決意を胸に、ヴェルガは目を開けて空を仰いだ。

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