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――送別会……って、おまえ主催でやるのか?
「いけないか? 料理は十人分頼んである。参加者の人選はおまえに任すよ」
電話の相手は同期入社の山口という男だった。僕がこんな奇妙な頼みごとをすることになった理由を説明しよう。
毎月第四金曜日の二十時半、ある高級料亭で行われる会合に今回のターゲットが出席していた。そこで僕は予約の料亭に電話を入れたのだが、ちゃんと料金は払うと言ったにも関わらず、ひとりきりでの座敷利用に難色を示された。そのために『去り行く者主催の送別会』という、おかしな舞台装置を用意する羽目となったのだ。
社交性に富むほうでない僕には特に懇意にしていた上司も同僚もいない。〝今日の明日〟といった急場でひとを集められるのは部門リーダーだった山口を措いて他にないとの判断がこの電話を掛けさせていた。
誰が来ようと、惜別の情などあろうとなかろうと構わなかった。時期尚早ともいえる鉄道会社の運航再開が巷に波紋を呼んでいた時期だ、社内に幸の件も知れ渡っていただろう。好奇に満ちた視線や質問は覚悟しておかねばならない。
料亭の名を告げると山口の声は1オクターブ跳ね上がる。
――えっ! あんなバカ高いところでやるのか……。この二カ月休職してるおまえに払えるんだろうな。後で割り勘とか言い出さないでくれよ。
「そんなこと言わないから安心しろ」
――天変地異でも起きそうな気がするな。
僕の懐事情とは関係なく、翌月、アメリカをカテゴリー4の台風が襲い、十月にはパキスタンで大地震が発生する。何故、警告しないのか。それは予言者扱いされるのが本意でないのと、今回、被害を避けられたとしても、三次元宇宙を支配する因果律が必ず別の災害を用意するのがわかっているからだ。
――あそこならひとり頭三千円くらい取ったって――
「じゃあ、頼んだぞ」
山口はまだ話していたが僕は電話を切った。
破壊的カルトの一件では危うく命を落としかけたが、普段の僕は内偵を重ね三次元宇宙に降り立つタイミングを慎重に計ることを常としている。警察や検察の捜査のようで大袈裟に聞こえるかもしれないが、振り込め詐欺元締めだった菱田に逢うには長い時間をかけて組織の信頼を得ねばならなかったし、数々の演出のため三宝院が関西に来るのを待つ必要があった。そんな僕だから列車脱線事故が何故引き起こされたかについてもNNR電鉄本社に浪速支社、電車区のオフィスに至るまで入念な下調べをしていた。
再教育と称して運転士に執拗なイジメを繰り返す区長や助役連中は、御用組合以外の労組をあからさまに差別していたし、鉄道本社上層部は、事故の直後、担当上司の配置換えで情報の漏洩を防ぎ、脱線事故の責任を運転士ひとりに押し被せようとしていた。事故発生の一報を受けながらボーリング大会に興じていた別の電車区の連中がいたそうだが、彼らの精神構造にも呆れる。だが、今回のターゲットは橋田則之浪速支社長、業務方針の筆頭に『稼ぐ』などと書くような人間だ。事故の一カ月後に退社、遺族説明会にも合同慰霊祭にも顔を出さなかったこの男は、後に某新聞社の取材で「アレは思いつきで書いた」と答えている。そして『稼ぐ』以降の項目に『安全』の二文字は見当たらない。旅客事業の経営に携わる者として著しく適正を欠いていると言えよう。
その橋田がこの三次元宇宙では退社もせず、病気療養と称して現場復帰の好機を虎視眈々と窺っていた。件の料亭で行われる会議はその一環で、以下はバルクから覗いた会合の模様だ。
橋田「君が先走って記者会見など開くからいけない。わたしまで電鉄本社から叱られたではないか」
成瀬電車区長「すんまへん。ええ考えやと思うんたんです」
橋田「大臣に見せた粉砕痕は本物なのかね」
事故現場を訪れた国交省のトップに置石の可能性を示唆、続いて記者会見でも同様の主張をした電車区長の説は、世論の顰蹙を買っただけだった。
成瀬電車区長「いえ、ちょっと前に報告で上がってたものでしてん。やけど、あれを置いたのがまたやったとは考えられませんやろか」
橋田はやれやれといった感じで首を振りながら言った。
橋田「いまは殊勝さを取り繕っていればいい。対外的には〝安全が最優先〟、〝人命が第一〟をひたすら繰り返しておきなさい。君などが余計な心配をしなくても電鉄本社がちゃんと手を打ってくれている」
成瀬電車区長「えろうすんまへんでした」
橋田「これは誰が書いたんだ」
次に橋田は鏡(表紙)に大きく『安全性向上計画』と書かれた冊子を手に座を見回した。




