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村田運輸部長「あ……、わたしです。なぜ、支社長がそれを?」

橋田「運輸部長ともあろう者が」吐き捨てるように言うと冊子を村田の前に投げつける。「雛形を手配してくれた担当官に突き返されたよ。文脈・構成・施策までそのまま書き写しただけのものは受け取れません、とな」

 世間の批判を躱すため提出されたそれは、事故が頻発した航空会社の改善措置を「参考になさい」と国交省の役人が大橋に渡したものの模倣でしかなかった。

村田運輸部長「申し訳ありません! 早急に作り直します」

 卓に額を擦りつけんばかりの平伏ぶりだった。

橋田「その必要はない、誰か他の者に任せるつもりだ。それと、次回から君はこの会合に出なくていい」

村田運輸部長「はっ?」

 自分が何を言われたのかわからない――困惑の表情で顔を上げた村田は、次の瞬間、橋田の言葉を咀嚼する。それはこの派閥からの放逐を意味していた。区長以下、居並ぶ助役たちにも戦慄が走る。

村田運輸部長「まっ、待ってください! なんでもします、もう一度だけわたしにチャンスを下さい」

 橋田はニヤリと唇の端を持ち上げた。

橋田「わたしの聞き間違いでなければ君はなんでもすると言ったようだが」

村田運輸部長「はいっ! その通りです。なんでも致します」

橋田「近々、マスコミはダイヤを問題にしてくるだろう。あの電車区の編成は誰だったかな?」

 運転士に極度の緊張を強いる過密ダイヤの作成者が、この先、批判の矢面に立たされる。自らの足元を揺るがす火種はすべて摘み取っておかねばならない。

村田運輸部長「ダイヤ編成は運輸部長の担当でございます。ですから当時、運輸部長をなされていた支社ち――」

 橋田に蛇のような眼を向けられ村田は震えあがる。

村田運輸部長「いっ、いえ。わたくしが作成いたしました」

橋田「そうだったな」

 橋田は満足げに頷いた。

野々村指導総括助役「せやけど支社長」

橋田「なんだね」

野々村指導総括助役「本社はどんな手を打ってくれてはるんです?」

 座の面々の視線が橋田に集まる。

橋田「報道の過熱と捜査の行き過ぎを抑え、事故の再発防止に向けた行動計画を好意的に評価してもらうべく各方面に働きかけている。運航再開の許可は思ったより早く下りると思っておきたまえ」

成瀬電車区長「ですけど、そんなことがどうやったら……あっ!」

橋田「ふん、わかったようだな。彼らだって将来、草鞋を脱ぐ先が業績不振では困るだろう」

 表に出る発言がどうであれ、キャリア官僚や族議員がにじり寄るのは大企業だ。後に禁止される天下りも手口が巧妙になるだけでなくなりはしないのだから、これはもう社会そのものに問題があると言っていい。

成瀬電車区長「なるほど、そんなカラクリでしたんか」

橋田「考えてもみたまえ。あの路線は一日十万人以上の利用客がある。対して事故の死者数はたった百七名、市民だって一日も早い運航再開を望んでいるのだよ」

 事故から四年も経って行われた公判は、調査報告を有利にするための工作をした当時の鉄道本部長以下、全員が無罪判決を勝ち取る理不尽この上ないものとなった。個人が刑事告訴された場合、100パーセント近くが有罪判決を受けるこの国で、だ。遺族の無念さたるや筆舌に尽くし難いものだったに違いない。

 時代の支配層にとって僕の批判など三流工大出のひがみにしか聞こえないかもしれないが、こうした人間味の欠如は学歴偏重主義社会に責任の一端があるのではないだろうか。つまり、こと最終学歴だけを問うならその過程は評価されないわけで、他人を蹴落とそうが、受験というシステムに精通しているだけの人間だろうがお構いなしということになる。やたら上昇志向が強く打たれ弱い者ばかりが生み出され、精神の熟成は後回し、或いは置いてけぼりにされる。それが精神のみとなった時、99パーセントの割合で斥力に回ってしまうのだ。そんなはずがない、と眼を背けるのは容易い。だが宇宙創世期にほとんど存在しなかった斥力が、いまや三次元宇宙構成要素の七割以上を占める事実までは否定できない。

成瀬電車区長「話は変わりますけど、支社長」

橋田「なんだね」

成瀬電車区長「役員会は、なんであんな現場上がりばかり役員に引き上げはったんです?」

橋田「技術系役員も置かずに安全運航を論じるのか、と株主総会で指摘があったからだ」

 議事録の残せない会合はまだ続いていたが僕にはもう充分だった。ひとの命を〝たった〟と言い切った橋田は絶対に許せない。


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