04 初夜のこと
使用人に促されるまま、裸に剥かれてお風呂に入れられ、なんだかつやつやに磨き上げられた。
お風呂の世話をされるのはいまだに抵抗が残る。
貴族なら当たり前と言われても、世話をされている間どんな顔をしていればいいのかわからない。
薄いシュミーズの上にガウンを羽織り、夫婦の寝室に初めて足を踏み入れる。
そこには見たこともないような巨大な寝台が横たわっていた。
シーツがなければ、これが寝台だと分からなかったかもしれない。
「それではごゆっくり」
寝台に気を取られていたら、そう言って扉が閉められてしまった。
唖然として立ちすくむ。まさか一人取り残されるとは思っていなかったせいだ。
私は自分の来ているシュミーズの生地をつまみ上げた。手触りは極上だが、なにせ薄い。ガウンがなければ今頃寒さに震えていたかもしれない。
「やっぱりこれは、初夜ってやつよね」
何が起こっているか分からないほど、子供ではないつもりだ。そもそもそれほど純粋培養の生まれでもない。
だが自分にその順番が回ってきたと思うと落ち着かず、部屋に運び込まれていた自分のカバンを漁って、中から赤い石がついたブレスレットを取り出した。
麻ひもを編んで模様にし、蚤の市で見つけたクズ魔石を編みこんだ品だ。原材料だけで考えればとても貴族が身に着けるようなものではないが、我ながらうまくできているお気に入りだ。
糸の編み方は昔異国から流れてきたという使用人に教わった。模様にはいろいろ呪術的な意味があるとその人は言っていたが、本来は一族以外に教えないんだと言ってその意味までは教えてもらえなかった。でもだからだろうか。このブレスレットを付けていると不思議とどんな状況でも勇気が湧いてくるのだ。
なのでジークヴァルトがくるまでと自分に言い訳して、腕につけたブレスレットを撫でる。
それからどれくらい経っただろうか。
緊張が高まってきた頃、こつこつと扉をノックされた。
「どうぞ」
いよいよだと思って声をかける。
精密な模様が彫り込まれたウォールナットの扉が、控えめに開かれる。
だが、そこに立っていたのは想像もしていない人物だった。
「ヘレナ!?」
思わず声を上げてしまった私を、誰も責められないと思う。
そこに立っていたのは、シュミーズ一枚きりという何とも寒そうな姿の従姉妹殿だった。
「どうしたの? トイレに行って道に迷ったの?」
なんだその恰好はとか、どうしてここにとか、いろいろ言いたいことはあったのだがまず何から指摘していいか分からなかった。とにかく誰かに見られてはいけないと慌てて扉を閉める。
今日、辺境伯家には沢山の客人が宿泊している。そしてその中にはもちろん男性だって大勢いる。誰とかち合ってもおかしくないような状況で、まだ十六歳の少女が下着姿でここまで来たのかと思うと、初夜を邪魔された怒りよりも心配の方が勝った。
「寒かったでしょう? これを着て」
私は自分が羽織っていたガウンをヘレナに羽織らせた。
今度は私が寒くなってしまうが、今から部屋に戻らなければならないヘレナをこのまま帰すわけにもいかない。
黙ってされるがままになっていた少女は、部屋に入ってきてからずっと硬い表情をしていた。
一体どうしたのだろうとその顔を覗き込むと、突然こちらを睨みつけた彼女は猛然としゃべり始めた。
「卑怯よ! あんた知ってたんでしょう!?」
何を言われているかわからず、呆気にとられる。
「え?」
「ジークヴァルト様のことよ! あんなに素敵な方だったなんて……! 本当は私が結婚するはずだったのにっ」
口から泡を飛ばす勢いでしゃべるヘレナに、私は完全に気圧されてしまった。
そもそもジークヴァルト様だ? 確か今日の朝までは、田舎のおっさんには嫁ぎたくないとか、行き遅れのラウラにはお似合いだとか、そんな憎まれ口を叩いていたような気がするのだが。
「知ってるも何も、ジークヴァルト様のことは私だって肖像画でしか見たことないわよ。パーティーにだって出席したことないんだから」
そんな私が、結婚前にジークヴァルトの人物像について知るはずがない。むしろヘレナの方こそ知らなかったのかと、呆れてしまう。
どんな相手かちゃんとわかった上で、結婚を拒否したのだと思っていた。だって政略結婚が当たり前の貴族にあって、自分よりも上位の貴族との結婚を拒絶するというのはよほどのことだ。
せめても会ってから決めようとは思わなかったのかと、私は呆れてヘレナを見た。
暗がりにもわかるほど顔を真っ赤に染めたヘレナは、興奮のせいか涙目になりながら言う。
「だって、だって、26歳になっても独身なんて、変な人に決まってる! 王都にもほとんど出てこないから、変わり者だって噂だったし」
なるほど。
辺境伯の王都での評判はあまりよろしくないようだ。
ちなみにそのあたりの情報について、こちらは完全に初耳だった。おそらく私が逃げられたりしないよう、伯父夫妻が緘口令を敷いていたに違いない。
そこまで考えたところではっとした。
ヘレナの事情に耳を傾けている場合ではない。ここにはいつジークヴァルトがやってきてもおかしくないのだ。
寝室に下着姿の女が二人もいたら、相手を驚かせるにきまってる。
「と、とにかく。このことをご両親はご存じなの?」
問いかけてみるが、ヘレナは答えない。
もし伯父夫婦が了解しているのだとしたら、結婚をやり直すにしろなんにしろ私はこの場から身を引くべきなのだろう。
なにせこれは政略結婚で、コルネリウス家とシュトラウス家の友好関係を結ぶための結婚なのだ。コルネリウス家の直系であるヘレナが結婚した方が、どちらの家にとっても喜ばしいに決まっている。
私は昼間見た血だらけのジークヴァルトを思い出し、少しだけ残念に思った。
せっかくどんな魔獣を倒したのかという話を聞こうと思っていたのに、どうやらそれは叶わなそうだからだ。
先ほどとは打って変わって口を閉ざすヘレナを前に、どうしたものかと思案する。
一番いいのは伯父夫婦のところにヘレナを連れて行って直接指示を仰ぐことだが、もうすぐジークヴァルトが来ると思うと下手に身動きが取れない。
こんな複雑な状況は家庭教師の授業にも出てこなかったと狼狽していると、部屋の扉から新たにノック音が響く。
「ジークヴァルトだ」
その声に、私たちは弾かれたように揃って扉に目をやった。




