第9話 観察対象不在につき
朝食の席。
「北方へ向かう。」
アルベルト様がそう告げた。
「お仕事ですか?」
「ああ。」
国境付近で問題が起きたらしい。
数日ほど屋敷を空けることになるという。
「分かりました。」
私は頷く。
「……それだけか?」
「はい?」
「いや。」
アルベルト様は視線を逸らした。
「何でもない。」
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数日後。
静かだった。
とても静かだった。
屋敷はいつも通り動いている。
使用人達もいる。
猫さんもいる。
でも。
何かが足りない。
「なるほど。」
私はノートを開いた。
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観察記録。
・観察対象不在三日目。
・屋敷が静か。
・朝食の時間が短い。
考察:
観察対象は想像以上に存在感が大きかった可能性がある。
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「奥様。」
「はい?」
「寂しいのではありませんか?」
侍女のミアが尋ねる。
「寂しい?」
「公爵様がいらっしゃらないので。」
私は少し考える。
「なるほど。」
「はい。」
「観察不足かもしれません。」
「観察不足。」
「はい。」
最近の観察対象は、
* 朝食を一緒に食べる。
* たまに笑う。
* 猫を見ると声が柔らかくなる。
非常に観察しがいがあった。
「なるほど。」
私は頷いた。
「禁断症状ですね。」
「違うと思います。」
ミアが即答した。
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さらに翌日。
庭。
猫さんがベンチの上にいた。
「あなたも暇なんですね。」
「みゃあ。」
「分かります。」
猫さんも少し元気がない。
たぶん。
おそらく。
きっと。
「猫さんも観察対象不足ですか?」
「みゃあ。」
肯定のようにも聞こえる。
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その日の夜。
執務室の前を通る。
当然ながら誰もいない。
私は少しだけ立ち止まった。
そして気付く。
最近。
毎日ここへ来ていた。
仕事を終えたアルベルト様と話すために。
「なるほど。」
私は頷く。
「観察は習慣化すると危険ですね。」
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その頃。
北方。
「公爵様。」
騎士団長が首を傾げる。
「どうかなさいましたか?」
「いや。」
アルベルトは書類を見る。
集中できない。
妙だった。
静かすぎる。
「屋敷が気になりますか?」
「違う。」
即答だった。
「そうですか。」
「仕事に集中しているだけだ。」
「奥様がいらっしゃらないと静かでしょうから。」
「……。」
「猫も寂しがっているかもしれませんね。」
「……猫は関係ない。」
否定が早い。
騎士団長は少し笑った。
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夜。
私はノートを開く。
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観察記録。
・観察対象不在五日目。
・観察不足による違和感を確認。
考察:
観察対象は生活の一部になっていた可能性が高い。
なお、これは恋愛感情ではない。
おそらく違う。
たぶん違う。
きっと違う。
追加観察を要する。
非常に要する。
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そして翌朝。
玄関が騒がしい。
「公爵様がお戻りです!」
私は顔を上げた。
足が動く。
理由は分からない。
たぶん。
観察対象が帰ってきたからだ。
おそらく。
きっと。
その程度の理由である。




