第8話 訓練場の氷の公爵
「訓練場を見学、ですか?」
朝食の席で私は首を傾げた。
「ああ。」
アルベルト様が頷く。
「公爵夫人として、騎士団のことも知っておいた方がいい。」
なるほど。
観察対象の生息地調査ということか。
私はノートを開く。
――観察記録追加。
・観察対象、自ら観察場所を提供。
・サービス精神が旺盛。
「違う。」
否定が早い。
本日一回目である。
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訓練場には大勢の騎士がいた。
剣を振る者。
馬を走らせる者。
模擬戦をしている者。
活気に溢れている。
「公爵閣下!」
騎士達が一斉に敬礼する。
空気が変わった。
それまでの和やかな雰囲気が消える。
緊張が走る。
アルベルト様は静かに頷いた。
「続けろ。」
その声は低く、よく通った。
いつもの執務室の声とは少し違う。
私は思わず見入る。
「始め。」
その一言で訓練が始まる。
騎士達の動きが明らかに変わった。
速い。
鋭い。
そして真剣だ。
「すごいですね。」
隣にいた騎士団長が頷く。
「公爵閣下の前では誰も手を抜けませんので。」
「怖いんですか?」
「もちろんです。」
即答だった。
「猫好きなのに。」
「……猫?」
「猫です。」
「……。」
騎士団長が黙った。
どうやらまた国家機密に触れてしまったらしい。
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その時だった。
「止めろ。」
アルベルト様の声が響く。
模擬戦をしていた若い騎士が止まる。
「今の踏み込みでは死ぬ。」
訓練場が静まり返る。
アルベルト様が木剣を手に取る。
「見ていろ。」
次の瞬間。
誰も動きが見えなかった。
気付けば。
若い騎士の木剣が宙を舞っていた。
「……え?」
騎士が固まる。
騎士団長が苦笑する。
「毎回ああなります。」
アルベルト様は木剣を返した。
「力任せに振るな。」
「はい!」
「お前が死ねば、隣の者も死ぬ。」
静かな声だった。
怒鳴ってはいない。
でも。
誰も反論できない。
「生きて帰れ。」
アルベルト様はそれだけ言った。
訓練場が静まり返る。
私は騎士団長を見る。
「厳しいですね。」
「はい。」
騎士団長は少し笑った。
「ですが、あの方はいつもそうなんです。」
「いつも?」
「誰一人失いたくないんですよ。」
私はアルベルト様を見る。
なるほど。
そういうことか。
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帰り道。
「公爵様。」
「何だ。」
「今日は氷の公爵でしたね。」
アルベルト様がこちらを見る。
「怖かったか。」
私は少し考えた。
そして首を振る。
「いいえ。」
「……なぜだ。」
「だって。」
簡単なことだった。
「猫を見る時と同じ目をしていましたから。」
アルベルト様が止まった。
「何?」
「騎士さん達を見る時の目です。」
私は言葉を探す。
「大事なものを見ている目でした。」
アルベルト様は何も言わなかった。
しばらく歩く。
やがて。
「……君は本当に変わっているな。」
「よく言われます。」
「普通は怖がる。」
「観察しているので。」
「万能だな、その言葉は。」
「便利ですよ。」
私は笑った。
アルベルト様は小さくため息をつく。
でも。
その顔は少しだけ笑っていた。
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その日の観察記録。
・訓練場では声が低くなる。
・剣が強い。
・騎士達から恐れられている。
・しかし、本当は誰よりも騎士達を大切にしている。
考察。
冷徹公爵ではなく、過保護な大型猫の可能性が高い。
なお、本人は認めない。
追加観察を要する。
非常に要する。




