第7話 氷の公爵
「奥様は、本当に怖くないのですか?」
朝のお茶の時間。
侍女のミアが恐る恐る尋ねてきた。
「何がですか?」
「公爵様です。」
私は少し考える。
「猫には優しいですよ。」
「猫以外ではなくてですね……。」
どうやら論点が違ったらしい。
「皆さん、公爵様を怖がっているのですか?」
ミアが何度も頷く。
「もちろんです!」
「そんなに?」
「王国中で有名ですよ?」
有名。
なるほど。
私はノートを取り出した。
――観察記録追加。
・観察対象の威圧感は王国規模。
・大型猫としてはかなり珍しい事例。
「奥様。」
「はい?」
「書かないでください。」
「まだ書き終わっていません。」
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「公爵様は北方戦線の英雄なんです。」
今度は騎士団長が説明してくれた。
「五年前の国境紛争では、敵軍を三日で撤退させました。」
「三日。」
「はい。」
「すごいですね。」
「敵兵からは『氷の公爵』と呼ばれております。」
私は首を傾げた。
「氷。」
「感情を表に出さず、決して笑わないと。」
なるほど。
確かに笑顔は珍しい。
現在確認されている回数は三回。
貴重な観察データである。
「それに。」
騎士団長が少し声を落とす。
「公爵様は戦場では非常に厳しい方です。」
「厳しい?」
「無駄を嫌います。」
「なるほど。」
「命令違反には容赦しません。」
「なるほど。」
「敵にも味方にも平等に厳しい方です。」
私は頷いた。
「責任感が強いんですね。」
騎士団長が止まった。
「……はい?」
「部下を生かして帰る責任がありますから。」
騎士団長が黙る。
「違いますか?」
「……いえ。」
しばらくして。
「公爵様も同じことを仰っていました。」
私はメモを取る。
――観察記録追加。
・部下を生かして帰ることを重視。
・大型犬説が再浮上。
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その日の夕方。
アルベルト様は執務室で書類を読んでいた。
「失礼します。」
「どうした。」
「質問です。」
嫌な予感がする。
そんな顔だった。
「公爵様は怖い人なんですか?」
沈黙。
「誰に聞いた。」
「皆さんです。」
アルベルト様は小さく息を吐いた。
「まあ、そう思われているだろうな。」
「否定しないんですね。」
「事実だからな。」
私は少し考える。
そして結論を出した。
「違いますよ。」
アルベルト様が顔を上げた。
「公爵様は怖い人ではありません。」
「……。」
「不器用なだけです。」
「……。」
「あと猫好きです。」
「最後はいらない。」
「重要事項です。」
「重要ではない。」
「重要です。」
「違う。」
否定が早い。
私はノートを開く。
「待て。」
「重要事項です。」
「何を書く。」
「観察対象は猫好きという評価を嫌がる。」
「違う。」
「否定速度、過去最速を記録。」
「書くな。」
私は笑った。
アルベルト様は額を押さえる。
最近よく見る仕草だった。
これも観察対象の特徴かもしれない。
「……君は。」
「はい?」
「本当に私を怖いと思わないのか。」
私は少し考えた。
「思いません。」
即答だった。
「なぜだ。」
簡単なことだった。
「観察しているからです。」
猫を見る目。
使用人を見る目。
困っている人を助ける姿。
全部見てきた。
「公爵様は優しい人です。」
アルベルト様は黙った。
長い沈黙だった。
やがて。
「……そうか。」
それだけだった。
でも。
その声は少しだけ優しかった。
私は急いでノートを開く。
「待て。」
「声色に変化を確認。」
「書くな。」
「極めて貴重な観察結果です。」
「書くなと言っている。」
私はペンを走らせる。
――観察記録追加。
・観察対象は褒められることに弱い。
・優しいと言われると反応に困る。
考察。
大型猫は自己評価が低い可能性が高い。
追加観察を要する。
非常に要する。




