第10話 帰還した氷の公爵
「公爵様がお戻りです!」
屋敷が少し騒がしくなる。
私は立ち上がった。
理由は簡単だ。
観察対象が帰ってきた。
ただそれだけである。
決して。
別に。
寂しかったわけではない。
「奥様?」
「観察の再開です。」
「そういうことにしておきます。」
ミアが何か言っていたが、よく聞こえなかった。
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玄関ホール。
アルベルト様がいた。
黒い外套。
腰には剣。
そして。
空気が違った。
屋敷にいる時とはまるで別人だった。
周囲の騎士達も緊張している。
「報告は後で聞く。」
「はっ!」
短い。
無駄がない。
冷たいようにも聞こえる。
私は少しだけ驚いた。
「奥様?」
「いえ。」
なるほど。
これが氷の公爵か。
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アルベルト様がこちらを見る。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
表情が変わった。
「……戻った。」
「お帰りなさいませ。」
アルベルト様が少し止まる。
「ただいま。」
私は目を丸くした。
初めて聞いた。
「公爵様。」
「何だ。」
「今のは貴重です。」
「何がだ。」
「ただいまです。」
「普通だろう。」
「観察対象が帰巣本能を発揮しました。」
「違う。」
否定が早い。
安心した。
いつもの公爵様だ。
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その日の夕食。
「北方はどうでしたか?」
「問題ない。」
「それだけですか?」
「それだけだ。」
短い。
いつもより短い。
疲れているのかもしれない。
私は観察を続ける。
食事の速度。
返事の長さ。
視線。
そして。
「公爵様。」
「何だ。」
「怪我をしていますね。」
空気が止まった。
アルベルト様がこちらを見る。
「なぜ分かった。」
「右腕を庇っています。」
食器を持つ角度。
動かす範囲。
わずかな違和感。
「かすり傷だ。」
「騎士団長さん。」
「はい。」
「どの程度ですか?」
「三針ほどでございます。」
私はアルベルト様を見る。
アルベルト様は視線を逸らした。
なるほど。
「隠しましたね。」
「心配はいらない。」
「心配します。」
アルベルト様が止まる。
「夫婦ですから。」
静かだった。
とても静かだった。
「……そうか。」
それだけだった。
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その夜。
私はノートを開く。
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観察記録。
・観察対象帰還。
・北方モードでは声が低くなる。
・右腕を負傷。
・怪我を隠そうとする傾向あり。
考察:
群れを心配させたくない大型動物に近い生態と思われる。
追加観察を要する。
非常に要する。
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翌朝。
中庭。
猫さんがいた。
そして。
アルベルト様もいた。
しゃがみ込んで猫を撫でている。
昨日の戦場帰りの空気はない。
いつもの姿だった。
私は少し安心する。
「公爵様。」
「何だ。」
「お仕事モードと猫モードの差が激しいですね。」
「猫モードではない。」
「では通常モードですか?」
「……。」
「なるほど。」
「その『なるほど』はやめろ。」
私は笑う。
アルベルト様がため息をつく。
でも。
その顔は少しだけ柔らかかった。
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その日の観察記録。
・戦場では氷の公爵。
・屋敷では猫好き。
・両方とも本物。
考察:
観察対象は思ったより複雑な生態をしている。
しかし。
どちらも嫌いではない。
追加観察を要する。
非常に要する。




