第5話 冷徹公爵の評判
「お茶会、ですか?」
朝食の席で、私は思わず聞き返した。
「ああ。」
アルベルト様が頷く。
「王都の貴族夫人達が、君を招待したいそうだ。」
「私を?」
「公爵夫人になった以上、避けては通れない。」
なるほど。
つまり社交界デビューというやつだ。
私はメモを取る。
――観察記録追加。
・夫として必要な説明はきちんと行う。
・責任感が強い。
・やはり大型犬説が有力。
「書くな。」
「もう書きました。」
「最近、書く速度が上がっていないか。」
「熟練してきました。」
「成長するな。」
---
数日後。
私は王都の侯爵夫人の屋敷を訪れていた。
豪華な庭園。
整えられた会場。
そして。
集まる視線。
「あの方が新しい公爵夫人……。」
「男爵家の出身だそうよ。」
「お気の毒に……。」
お気の毒。
なるほど。
そういう評価らしい。
「氷の公爵様ですものね。」
「笑ったところを見たことがありませんわ。」
「『君を愛することはない』と仰ったとか。」
広まっている。
驚くほど広まっている。
情報伝達速度が異常である。
貴族社会、おそるべし。
「奥様。」
年配の伯爵夫人が声を掛けてきた。
「大変でしょう?」
「何がでしょう?」
「公爵様ですわ。」
私は少し考える。
そして答える。
「猫には優しいですよ。」
「……はい?」
「あと、困っている人を放っておけません。」
「え?」
「それと照れ屋です。」
沈黙。
周囲の夫人達が固まっていた。
どうやら国家機密に触れてしまったらしい。
---
「失礼ですが。」
若い令嬢が恐る恐る聞く。
「本当に同じ公爵様のお話ですか?」
「はい。」
「氷の公爵ですよ?」
「はい。」
「冷徹で有名な?」
「猫好きです。」
「猫好き……。」
「かなり重症です。」
「重症……。」
皆さん困惑している。
不思議だ。
事実を述べただけなのだが。
---
屋敷へ戻る馬車の中。
アルベルト様がため息をついた。
本日三回目である。
「……何かありましたか?」
「君は何を話した。」
「事実です。」
「どの部分がだ。」
「猫がお好きなところです。」
「違う。」
否定が早い。
「困っている人を助けるところです。」
「……。」
「照れ屋なところです。」
「……。」
「全部です。」
アルベルト様が窓の外を見る。
これは図星の反応である。
「皆さん驚いていました。」
「そうだろうな。」
「なぜでしょう。」
「私は冷徹公爵だからだ。」
「違いますよ。」
即答だった。
アルベルト様がこちらを見る。
「違うのか。」
「はい。」
私は少し考える。
「公爵様は優しいです。」
「……。」
「ただ、伝えるのが下手なだけです。」
馬車の中が静かになる。
アルベルト様は何も言わない。
私は首を傾げる。
「違いましたか?」
「……いや。」
アルベルト様が小さく笑う。
「初めて言われた。」
「そうなのですか?」
「ああ。」
私はノートを取り出す。
「待て。」
「重要事項です。」
「その前に聞きたい。」
珍しい。
アルベルト様から質問だ。
「何でしょう。」
「君はなぜ、そう思う。」
私は少し考える。
答えは簡単だった。
「観察したからです。」
「観察。」
「はい。」
猫に向ける視線。
使用人への態度。
落とした書類を拾った時の動き。
名前呼びを許してくれたこと。
全部見ていた。
「観察した結果、公爵様は優しい人でした。」
アルベルト様はしばらく黙っていた。
やがて。
「……君は変わっているな。」
「よく言われます。」
「だが。」
そこで言葉が止まる。
「だが?」
「……悪くない。」
私は少し驚く。
そして慌ててノートを開いた。
「待て。」
「観察対象から肯定的評価を確認。」
「書くな。」
「非常に希少な現象です。」
「書くなと言っている。」
私は笑った。
アルベルト様は困ったような顔をした。
そして。
ほんの少しだけ笑った。
私は素早くペンを走らせる。
――観察記録追加。
・笑顔の発生頻度が増加傾向。
・観察対象は褒められることに弱い。
・否定はしたが、今回は少し嬉しそうだった。
考察。
大型猫は褒めて育てるのが正解かもしれない。
追加観察を要する。
非常に要する。




