第4話 観察対象、観察記録を発見する
「奥様、こちらに置いておきますね。」
「ありがとうございます。」
セバスチャンが紅茶を置いて部屋を出ていく。
私は机に向かった。
そして、お気に入りのノートを開く。
『冷徹公爵観察記録』
順調に記録は増えている。
現在判明している事実。
・猫が好き。
・困っている人を放っておけない。
・否定が早い時は図星の可能性が高い。
・「たまたま」という言葉を多用する。
考察。
大型猫説に加え、大型犬説も浮上。
「うーん。」
難しい問題だった。
猫と犬の両方の特徴を持つ個体は珍しい。
追加観察が必要である。
非常に必要である。
その時だった。
コンコン。
「入るぞ。」
アルベルト様だった。
私は慌ててノートを閉じる。
「そんなに急いで隠すと気になるのだが。」
「機密事項です。」
「私の情報だろう。」
「研究対象に研究内容を見せる研究者はいません。」
「まだ研究者を名乗るのか。」
アルベルト様はため息をついた。
最近気付いたことだが、この人は結構ため息をつく。
追加記録案件かもしれない。
「何を書いている?」
「観察記録です。」
「具体的には。」
「観察記録です。」
「答えになっていない。」
「機密事項です。」
「……。」
アルベルト様がじっとこちらを見る。
珍しい。
今日は視線を逸らさない。
私は考える。
そして結論を出した。
「少しだけなら。」
「見せてくれるのか。」
「一部だけです。」
私はノートを開く。
そして一ページだけ見せる。
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観察記録 No.2
・猫関連の話題で声が柔らかくなる。
・猫に餌を与えている。
・否定はするが反省の色は見られない。
考察:
重度の猫好きと思われる。
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沈黙。
部屋が静まり返る。
アルベルト様も止まっていた。
「……重度?」
「はい。」
「違う。」
「否定が早いですね。」
「図星ではない。」
「なるほど。」
「その『なるほど』はやめろ。」
私は次のページをめくる。
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観察記録 No.3
・困っている人を放置できない。
・感謝されることが苦手。
・照れ屋。
考察:
冷徹公爵説、崩壊の危機。
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「崩壊していない。」
「かなり危ないです。」
「危なくない。」
「使用人の皆さんの証言もあります。」
「……セバスチャンか。」
「はい。」
アルベルト様が遠くを見る。
どうやら犯人が分かったらしい。
「あと。」
「まだあるのか。」
「あります。」
私はページをめくる。
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観察記録 No.4
・『夫婦だからな。』
・名前呼びを許可。
考察:
観察対象は思ったより優しい生き物かもしれない。
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今度は長い沈黙だった。
私は首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「……いや。」
「変なことを書きました?」
「いや。」
アルベルト様は視線を逸らした。
耳が少し赤い。
私はノートを開く。
「待て。」
「重要事項です。」
「書くな。」
「耳が赤く――」
「書くな。」
「照れ――」
「書くなと言っている。」
私は渋々ペンを置いた。
研究者としては大変残念である。
「……君は。」
「はい?」
「変わっているな。」
「よく言われます。」
「普通は。」
アルベルト様が少し考える。
「普通は、観察などしない。」
「そうでしょうか。」
「そうだ。」
私は少しだけ考えた。
「でも。」
「何だ。」
「知らない人と夫婦になるんですよ?」
アルベルト様がこちらを見る。
「だったら知りたいじゃないですか。」
私は笑う。
「好きになるかどうかは、その後でも遅くありませんし。」
アルベルト様は何も言わなかった。
ただ静かに窓の外を見る。
しばらくして。
「……そうか。」
それだけ言った。
私はノートを閉じる。
今日の観察はここまでだろう。
そう思った時だった。
アルベルト様が立ち上がる。
「仕事に戻る。」
「はい。」
「あと。」
「はい?」
「大型猫ではない。」
「では大型犬ですか?」
「違う。」
「なるほど。」
「その『なるほど』は本当にやめろ。」
私は思わず笑った。
アルベルト様は少し困ったような顔をする。
そして。
「……失礼する。」
部屋を出て行った。
扉が閉まる。
私はノートを開いた。
観察記録 No.5
・観察記録を気にしている。
・否定する内容ほど反応が大きい。
・耳が赤くなることを確認。
考察:
観察対象は予想以上に分かりやすい可能性がある。
追加観察を要する。
非常に要する。
一方その頃。
廊下を歩いていたアルベルトは、小さく息を吐いた。
「知らない人と夫婦になるんですよ?」
その言葉が頭から離れない。
普通なら。
恨まれてもおかしくない。
傷ついていてもおかしくない。
それなのに。
彼女は知ろうとしている。
理解しようとしている。
アルベルトは小さく呟く。
「……本当に変わった人だ。」
だが、不思議と悪い気はしなかった。




