第3話 冷徹公爵と使用人たちの評価
翌朝。
私は食堂で一人、朝食を食べていた。
政略結婚である。
新婚だからといって、毎朝一緒に朝食を取るとは限らない。
むしろ、昨日の様子を見る限り、公爵様は仕事が忙しいのだろう。
そう思っていた。
「お待たせした。」
低い声が聞こえた。
顔を上げる。
そこにはアルベルト様がいた。
「公爵様?」
「朝食だ。」
「はい。」
「夫婦なのだから、一緒に食べるのが普通だろう。」
私は少し驚いた。
昨日、
『君を愛することはない』
と言った人の発言とは思えない。
私は慌ててノートを開く。
「何を書いている。」
「観察記録です。」
「朝からか。」
「大事なデータですので。」
――観察記録追加。
・夫婦としての義務は真面目に果たそうとする。
・意外と常識人。
・責任感が強い。
考察。
思ったより大型犬寄りかもしれない。
「犬ではない。」
「まだ声に出していません。」
「顔に書いてある。」
「観察対象の読解力が向上している可能性がありますね。」
「そんな可能性はない。」
否定は早かった。
しかし少し慣れてきた気もする。
私はパンを口に運ぶ。
おいしい。
とてもおいしい。
「料理長に伝えておこう。」
「はい?」
「気に入ったのだろう。」
「分かるのですか?」
「表情が違う。」
なるほど。
観察しているのは私だけではないらしい。
これは重要な発見かもしれない。
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朝食後。
私は屋敷を案内してもらうことになった。
案内役は執事のセバスチャン。
白髪交じりの優しそうな男性だった。
「奥様がお越しになって、皆喜んでおります。」
「そうなのですか?」
「ええ。」
少し意外だった。
男爵家の娘。
公爵家から見れば格下もいいところだ。
歓迎される理由が分からない。
「公爵様は仕事人間でして。」
「はい。」
「屋敷が静かすぎるのです。」
なるほど。
確かに静かだった。
静かというより、緊張感がある。
学校の試験中の教室に近い。
「公爵様は怖がられているのですか?」
セバスチャンが少し笑った。
「恐れられておりますね。」
「猫好きなのに。」
「……はい?」
「昨日、見ました。」
セバスチャンが咳払いをした。
「その件につきましては、どうかご内密に。」
「国家機密ですか?」
「公爵様にとっては、それに近いかもしれません。」
私はノートを開いた。
――観察記録追加。
・猫好きは屋敷の機密事項。
・使用人も協力して隠蔽している。
考察。
かなり重症と思われる。
「重症ではありません。」
後ろから声がした。
振り返る。
アルベルト様だった。
「仕事では?」
「たまたま通りかかった。」
「なるほど。」
「何だ、その反応は。」
「観察対象はよく『たまたま』を使用しますね。」
「偶然だからな。」
「本当に?」
「本当だ。」
セバスチャンが視線を逸らした。
怪しい。
非常に怪しい。
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その時だった。
廊下の向こうから、小さな悲鳴が聞こえた。
「きゃっ!」
若いメイドが、書類を抱えたまま転びそうになる。
書類が宙を舞った。
しかし。
「危ない。」
アルベルト様が一歩前に出る。
落ちる前に書類を受け止めた。
メイドが青い顔をする。
「も、申し訳ありません!」
「怪我は?」
「え?」
「怪我はないかと聞いている。」
「は、はい!」
「ならいい。」
それだけ言って、アルベルト様は書類を返した。
メイドは何度も頭を下げる。
アルベルト様はそのまま歩いていく。
私はその背中を見送った。
「公爵様は優しいんですね。」
セバスチャンが笑う。
「ええ。」
「ですが、ご本人は否定なさいます。」
「なぜでしょう。」
「照れ屋ですので。」
私は立ち止まった。
「セバスチャンさん。」
「はい。」
「大発見です。」
「はい?」
私は急いでノートを開く。
――観察記録追加。
・困っている人を放置できない。
・感謝されるのが苦手。
・照れ屋。
考察。
冷徹公爵説、崩壊の危機。
「崩壊させるな。」
また後ろから声がした。
振り返る。
アルベルト様だった。
「また、たまたま通りかかったのですか?」
「……そうだ。」
「三回目です。」
「偶然は三回続くこともある。」
「観察対象が観察者を観察している可能性があります。」
アルベルト様が止まった。
セバスチャンが吹き出した。
アルベルト様がセバスチャンを見る。
セバスチャンは真顔に戻った。
実に見事だった。
「ありえない。」
「本当に?」
「本当だ。」
「なるほど。」
「その『なるほど』はやめろ。」
私は小さく笑った。
そしてノートを閉じる。
今日の観察は大収穫だった。
冷徹公爵。
無表情。
仕事人間。
周囲から恐れられている。
でも。
猫に優しい。
使用人にも優しい。
そして。
たまたまが多い。
考察。
大型猫説に加えて、大型犬説も浮上。
追加観察が必要である。
非常に必要である。




