第22話 真実の代償
ランカスター伯爵家を訪ねてから三日。
私は何度もレオン様との会話を思い返していた。
「最後に心から笑ったのは、いつですか。」
あの問いに、彼は答えられなかった。
答えたくなかったのではない。
思い出せなかったのだ。
それほど長い間、自分の心へ蓋をして生きてきたのだろう。
「考え事か。」
執務室の机で書類を整理していたアルベルト様が、静かに声を掛けた。
「はい。」
私は頷く。
「レオン様は嘘をついています。」
「だが、その嘘は誰かを騙すためではない。」
「はい。」
「家族を守るためです。」
アルベルト様は立ち上がると、窓辺へ歩いた。
庭では白猫が昼寝をしている。
「君はどうしたい。」
その問いに、私は少し考えた。
「私は。」
静かに息を吸う。
「嘘を暴きたいのではありません。」
アルベルト様が振り返る。
「本当の気持ちを、自分で認められるようになってほしいのです。」
アルベルト様は小さく微笑んだ。
「それが君らしい。」
◇
翌日。
私たちは再びランカスター伯爵家を訪れた。
応接室には伯爵とレオン様、そして婚約者であるエミリア侯爵令嬢も同席していた。
まだ二十歳ほどの、美しい女性だった。
気品があり、落ち着いた瞳をしている。
私は彼女を見て、あることに気付いた。
この方もまた、どこか悲しそうに笑う人だった。
「今日は皆様へ、お話があります。」
私は静かに切り出した。
誰も口を挟まない。
「レオン様は、嘘をついています。」
伯爵が目を閉じる。
レオン様は静かに俯いた。
だが。
エミリア様だけは驚かなかった。
「……やはり。」
小さく呟いた。
私はその言葉を聞き逃さなかった。
「ご存じだったのですね。」
エミリア様はゆっくり頷く。
「婚約を受けてくださった日から分かっていました。」
部屋が静まり返る。
「レオン様は、とても誠実な方です。」
「だからこそ、私へ優しくしてくださいました。」
「でも。」
彼女は少し笑う。
「一度も、恋をしている人の目ではありませんでした。」
レオン様が苦しそうに拳を握る。
「……すまない。」
「謝らないでください。」
エミリア様は首を横に振った。
「私も。」
その一言で、全員が彼女を見る。
「私も、別の方をお慕いしていました。」
誰も言葉を失った。
「父の命で諦めました。」
「家のためです。」
「だから。」
彼女は静かに笑う。
「あなたの気持ちは、少しだけ分かるのです。」
長い沈黙が流れた。
レオン様の肩が小さく震える。
「私は。」
震える声だった。
「家を守るためなら。」
「幸せにならなくてもいいと思っていました。」
伯爵がゆっくり顔を上げる。
「馬鹿者。」
その一言に、レオン様が顔を上げた。
「家とは。」
伯爵は息子を真っ直ぐ見つめる。
「お前が笑っていてこその家だ。」
「父上……。」
「私は家名ばかり守ろうとしていた。」
「だが、一番守るべきだったのは、お前だった。」
伯爵の目には涙が浮かんでいた。
その姿を見たレオン様は、とうとう堪えきれなくなった。
静かに涙を流す。
声は上げない。
ただ、二年間閉じ込めていた想いが、ようやく零れ落ちていった。
私は何も言わなかった。
今日は。
私が真実を暴いたのではない。
皆さんが、自分自身の本当の気持ちを口にしただけだった。
◇
帰り道。
夕暮れの馬車は静かだった。
「終わりましたね。」
私がそう言うと、アルベルト様は首を横に振った。
「終わってはいない。」
「?」
「これから始まる。」
その言葉の意味を考えていると、アルベルト様が続けた。
「レオンも、エミリア嬢も。」
「これから傷つくだろう。」
「だが。」
少しだけ笑う。
「自分で選んだ道なら、歩いていける。」
私は窓の外を見る。
赤く染まる街並み。
「真実は。」
私は静かに呟いた。
「人を泣かせました。」
「ああ。」
「でも。」
私は小さく微笑む。
「今日は、少しだけ前を向いて泣いているように見えました。」
アルベルト様は何も言わなかった。
代わりに、私の言葉へ静かに頷いた。
◇
屋敷へ戻ると、一通の封書が届いていた。
王城の紋章。
差出人は――国王陛下。
アルベルト様は封を切り、中へ目を通す。
そして私へ差し出した。
「読んでみろ。」
私は手紙を受け取り、ゆっくりと目を通した。
そこには短く、しかし力強い文字で書かれていた。
> **『二人とも、よくここまで来た。最後に、王城へ参られよ。話しておくべきことがある。』**
私は顔を上げる。
「陛下が……。」
「ああ。」
アルベルト様は静かに息を吐く。
「そろそろ、話すつもりなのだろう。」
「何をですか。」
アルベルト様は少しだけ遠くを見るような目をした。
「なぜ。」
「男爵令嬢だった君が。」
「私の妻に選ばれたのかを。」
私は息を呑んだ。
ずっと胸の奥にあった疑問。
王命で結ばれた、この結婚。
その理由が、ついに明かされようとしていた。
窓の外では、夕日がゆっくりと沈んでいく。
長い一日の終わり。
そして。
私たちの物語も、終わりへ向かって静かに歩き始めていた。




