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冷徹公爵の観察日記をつけていたら、いつの間にか溺愛されていました  作者: 冬眠前


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第22話 真実の代償


ランカスター伯爵家を訪ねてから三日。


私は何度もレオン様との会話を思い返していた。


「最後に心から笑ったのは、いつですか。」


あの問いに、彼は答えられなかった。


答えたくなかったのではない。


思い出せなかったのだ。


それほど長い間、自分の心へ蓋をして生きてきたのだろう。


「考え事か。」


執務室の机で書類を整理していたアルベルト様が、静かに声を掛けた。


「はい。」


私は頷く。


「レオン様は嘘をついています。」


「だが、その嘘は誰かを騙すためではない。」


「はい。」


「家族を守るためです。」


アルベルト様は立ち上がると、窓辺へ歩いた。


庭では白猫が昼寝をしている。


「君はどうしたい。」


その問いに、私は少し考えた。


「私は。」


静かに息を吸う。


「嘘を暴きたいのではありません。」


アルベルト様が振り返る。


「本当の気持ちを、自分で認められるようになってほしいのです。」


アルベルト様は小さく微笑んだ。


「それが君らしい。」



翌日。


私たちは再びランカスター伯爵家を訪れた。


応接室には伯爵とレオン様、そして婚約者であるエミリア侯爵令嬢も同席していた。


まだ二十歳ほどの、美しい女性だった。


気品があり、落ち着いた瞳をしている。


私は彼女を見て、あることに気付いた。


この方もまた、どこか悲しそうに笑う人だった。


「今日は皆様へ、お話があります。」


私は静かに切り出した。


誰も口を挟まない。


「レオン様は、嘘をついています。」


伯爵が目を閉じる。


レオン様は静かに俯いた。


だが。


エミリア様だけは驚かなかった。


「……やはり。」


小さく呟いた。


私はその言葉を聞き逃さなかった。


「ご存じだったのですね。」


エミリア様はゆっくり頷く。


「婚約を受けてくださった日から分かっていました。」


部屋が静まり返る。


「レオン様は、とても誠実な方です。」


「だからこそ、私へ優しくしてくださいました。」


「でも。」


彼女は少し笑う。


「一度も、恋をしている人の目ではありませんでした。」


レオン様が苦しそうに拳を握る。


「……すまない。」


「謝らないでください。」


エミリア様は首を横に振った。


「私も。」


その一言で、全員が彼女を見る。


「私も、別の方をお慕いしていました。」


誰も言葉を失った。


「父の命で諦めました。」


「家のためです。」


「だから。」


彼女は静かに笑う。


「あなたの気持ちは、少しだけ分かるのです。」


長い沈黙が流れた。


レオン様の肩が小さく震える。


「私は。」


震える声だった。


「家を守るためなら。」


「幸せにならなくてもいいと思っていました。」


伯爵がゆっくり顔を上げる。


「馬鹿者。」


その一言に、レオン様が顔を上げた。


「家とは。」


伯爵は息子を真っ直ぐ見つめる。


「お前が笑っていてこその家だ。」


「父上……。」


「私は家名ばかり守ろうとしていた。」


「だが、一番守るべきだったのは、お前だった。」


伯爵の目には涙が浮かんでいた。


その姿を見たレオン様は、とうとう堪えきれなくなった。


静かに涙を流す。


声は上げない。


ただ、二年間閉じ込めていた想いが、ようやく零れ落ちていった。


私は何も言わなかった。


今日は。


私が真実を暴いたのではない。


皆さんが、自分自身の本当の気持ちを口にしただけだった。



帰り道。


夕暮れの馬車は静かだった。


「終わりましたね。」


私がそう言うと、アルベルト様は首を横に振った。


「終わってはいない。」


「?」


「これから始まる。」


その言葉の意味を考えていると、アルベルト様が続けた。


「レオンも、エミリア嬢も。」


「これから傷つくだろう。」


「だが。」


少しだけ笑う。


「自分で選んだ道なら、歩いていける。」


私は窓の外を見る。


赤く染まる街並み。


「真実は。」


私は静かに呟いた。


「人を泣かせました。」


「ああ。」


「でも。」


私は小さく微笑む。


「今日は、少しだけ前を向いて泣いているように見えました。」


アルベルト様は何も言わなかった。


代わりに、私の言葉へ静かに頷いた。



屋敷へ戻ると、一通の封書が届いていた。


王城の紋章。


差出人は――国王陛下。


アルベルト様は封を切り、中へ目を通す。


そして私へ差し出した。


「読んでみろ。」


私は手紙を受け取り、ゆっくりと目を通した。


そこには短く、しかし力強い文字で書かれていた。


> **『二人とも、よくここまで来た。最後に、王城へ参られよ。話しておくべきことがある。』**


私は顔を上げる。


「陛下が……。」


「ああ。」


アルベルト様は静かに息を吐く。


「そろそろ、話すつもりなのだろう。」


「何をですか。」


アルベルト様は少しだけ遠くを見るような目をした。


「なぜ。」


「男爵令嬢だった君が。」


「私の妻に選ばれたのかを。」


私は息を呑んだ。


ずっと胸の奥にあった疑問。


王命で結ばれた、この結婚。


その理由が、ついに明かされようとしていた。


窓の外では、夕日がゆっくりと沈んでいく。


長い一日の終わり。


そして。


私たちの物語も、終わりへ向かって静かに歩き始めていた。


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