第15話 父親の願い
男同士には、男同士の話があるらしい。
そう言ったのは母だった。
「少しだけ、お父様とお話ししていただけますか?」
母にそう頼まれ、アルベルト様は静かに頷いた。
「承知した。」
父とアルベルト様は庭へ出ていく。
私は立ち上がろうとした。
「私も観察を──」
「駄目です。」
母に止められた。
「今日は観察禁止です。」
「そんな……。」
「たまには待つことも覚えなさい。」
私はしぶしぶ椅子へ戻る。
「観察対象が見えません。」
「夫婦には秘密のお話もあるのよ。」
秘密。
なるほど。
研究者としては非常に気になる。
しかし。
本日は立ち入り禁止らしい。
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庭園。
父は何度も咳払いをした。
何から話せばいいのか分からない。
相手は王国でも指折りの公爵だ。
それなのに。
アルベルトは先に口を開いた。
「今日は招いていただき感謝する。」
「い、いえ!」
父は慌てて頭を下げる。
「こちらこそ、お越しいただきありがとうございます。」
少し沈黙が流れた。
風が木々を揺らす。
父は意を決した。
「一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか。」
「ああ。」
「娘は……。」
父は少し笑う。
「ご迷惑をおかけしておりませんか。」
アルベルトは少し考えた。
迷惑。
その言葉が頭の中で反芻される。
毎日ノートを書く。
猫を大型猫と呼ぶ。
否定するたびに「なるほど」と返す。
普通なら十分迷惑なのかもしれない。
だが。
「……いや。」
自然と言葉が出た。
「むしろ助けられている。」
父は目を丸くした。
「助けられている……ですか。」
「ああ。」
短い返事だった。
しかし嘘ではなかった。
静かな屋敷に笑う声が増えた。
朝食を一人で食べなくなった。
帰れば「お帰りなさい」と言われるようになった。
猫を撫でていても隠さなくなった。
気付けば。
日常が少し変わっていた。
「娘は昔から少し変わっておりまして。」
父が苦笑する。
「子どもの頃から、人ばかり見ている子でした。」
アルベルトは思わず笑う。
「今も変わらない。」
「やはり。」
「観察が趣味らしい。」
「ええ。」
父は遠くを見る。
「正直、心配だったんです。」
「心配?」
「社交界では生きづらい性格ですから。」
空気を読むより。
人を観察する。
流行より。
疑問を優先する。
貴族令嬢としては、少し変わっている。
「だから。」
父はアルベルトを見る。
「王命が届いた時は嬉しいより、不安でした。」
「……。」
「なぜうちの娘なのか。」
「私にも分からない。」
「はい。」
父は静かに頷く。
「でも。」
少し笑った。
「今は安心しています。」
アルベルトは父を見る。
「娘は笑っています。」
その一言だった。
「家では、昔と同じ顔で笑っています。」
アルベルトは何も言えなかった。
「ありがとうございます。」
父は深く頭を下げる。
「娘を、一人にしないでくださって。」
アルベルトはゆっくりと首を振る。
「……違う。」
「え?」
「一人ではないのは。」
少しだけ言葉を探す。
そして。
「私の方だ。」
父はしばらく黙っていた。
やがて小さく笑う。
「なるほど。」
「……。」
「娘は、良い方と結婚しました。」
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その頃。
屋敷の中。
私は窓から庭を見ていた。
遠くて声は聞こえない。
「何を話しているのでしょう。」
母がお茶を注ぎながら笑う。
「きっと、お父さんがお願いしているのよ。」
「お願い?」
「娘をよろしくお願いします、って。」
私は少し考えた。
「もう十分よろしくされていますけど。」
母が吹き出した。
「そういう意味じゃないのよ。」
「違うんですか?」
「違うの。」
私は首を傾げる。
やはり人間関係は奥が深い。
もっと観察が必要である。
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帰りの馬車。
私はノートを開いた。
「今日は何を書いている。」
「未確認事項です。」
「未確認?」
「お父様と公爵様が何を話したのか分かりません。」
「秘密だ。」
「秘密。」
「男同士の話だからな。」
私は少し考える。
そして静かに書き加えた。
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観察記録。
・観察対象には秘密の会話が存在する。
・内容は不明。
考察:
大型猫同士にも縄張り確認の儀式があるのかもしれない。
追加観察を要する。
非常に要する。
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「違う。」
否定が聞こえた。
今日は少しだけ優しい声だった。




