第14話 男爵家への帰省
「公爵閣下が本当にいらっしゃるのですか!?」
父の声が屋敷中に響いた。
「お父様、落ち着いてください。」
「落ち着いていられるか!」
それはそうかもしれない。
公爵家当主。
北方防衛の英雄。
王国最強の騎士。
そして。
氷の公爵。
そんな人が男爵家に来るのである。
父でなくても緊張するだろう。
「お母様は?」
「朝から台所と食堂を十往復している。」
なるほど。
こちらも平常運転ではないらしい。
私はノートを開いた。
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観察記録。
・実家、全体的に落ち着きがない。
考察:
大型猫来訪による環境変化と思われる。
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「リリアーナ。」
「はい?」
「その大型猫という表現はやめなさい。」
「まだ本人はいませんよ?」
「今のうちにやめなさい。」
父は真剣だった。
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馬車が止まる。
父の背筋が伸びる。
母が固まる。
使用人達の動きまで止まった。
なるほど。
観察対象の威圧感はやはり大きい。
扉が開く。
アルベルト様が降りてくる。
いつもの黒い外套。
いつもの無表情。
いつものアルベルト様だった。
「本日はお招きいただき感謝する。」
父が一瞬固まる。
そして慌てて頭を下げた。
「こ、こちらこそ、ようこそお越しくださいました!」
硬い。
とても硬い。
たぶん今のお父様なら剣でも折れる。
「お父様。」
「なんだ。」
「緊張していますね。」
「している!」
即答だった。
「観察対象も少し緊張しています。」
父が固まった。
「公爵閣下が?」
「はい。」
アルベルト様がこちらを見る。
「していない。」
否定が早い。
通常運転で安心した。
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食事の席。
父の手が震えている。
母も少しぎこちない。
アルベルト様はいつも通り無表情。
ただし。
「このスープ、美味しいですね。」
「ありがとうございます!」
母が嬉しそうに笑った。
「このパンも。」
「朝から焼いたんですよ。」
「そうか。」
短い返事。
でも。
母は嬉しそうだった。
なるほど。
観察対象は無意識に人を安心させることがあるらしい。
記録案件である。
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「そういえば。」
父が恐る恐る口を開いた。
「未だに信じられないのです。」
「何がだろうか。」
「王命です。」
部屋が静かになる。
父は続ける。
「うちは男爵家です。」
「そうだな。」
「普通なら、公爵閣下ほどのお立場なら侯爵家か公爵家のご令嬢が相応しい。」
アルベルト様は黙って聞いていた。
「ですから。」
父が少し困ったように笑う。
「未だに理由が分からないのです。」
沈黙。
しばらくして。
「……私も知らない。」
アルベルト様が答えた。
父が驚いた顔をする。
「公爵閣下もですか?」
「ああ。」
「王命だから受けた。」
それだけだった。
あまりにもアルベルト様らしい答えだった。
母が小さく笑う。
「でも。」
全員の視線が母に向く。
「陛下は人を見る目がおありですから。」
「母さん?」
「きっと何か理由がおありだったんでしょうね。」
私は少し考える。
なるほど。
研究課題が増えた。
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観察記録。
・王命結婚の理由は不明。
・観察対象本人も知らない。
・母は何か納得している様子。
考察:
王様には何らかの意図があった可能性が高い。
継続観察を要する。
非常に要する。
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帰りの馬車。
「公爵様。」
「何だ。」
「お父様を怖がらせていましたね。」
「違う。」
「お父様、途中から敬語が増えていました。」
「それは元からだろう。」
「でも途中から三割増しでした。」
「測るな。」
「観察ですので。」
アルベルト様がため息をつく。
今日三回目。
標準的な回数である。
「……君の父上は。」
「はい?」
「良い人だな。」
私は少し驚いた。
「お母様もです。」
「ああ。」
短い返事。
でも。
どこか優しかった。
「公爵様。」
「何だ。」
「家族認定ですか?」
アルベルト様が止まる。
「違う。」
否定が早い。
「なるほど。」
「その返事はやめろ。」
私は少し笑った。
窓の外を見る。
夕日が綺麗だった。
そして私は思う。
王命結婚。
理由はまだ分からない。
でも。
もし王様に意図があったのだとしたら。
少なくとも。
今のところは悪くない結果になっている気がした。
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その日の観察記録。
・観察対象は義父母に対して少し緊張していた。
・母の料理を褒めていた。
・家族という言葉への反応を確認。
考察:
大型猫は家族認定に慎重な生き物と思われる。
ただし、一度認定すると大切にする可能性が高い。
追加観察を要する。
非常に要する。




