第12話 観察対象、増加中につき
「奥様。」
朝食後、侍女のミアがそっと声をかけてきた。
「はい?」
「少しお願いがあるのですが……。」
珍しい。
ミアはどちらかというと遠慮するタイプだ。
「どうしました?」
「私も観察していただけませんか?」
私は瞬きをした。
「観察を?」
「はい。」
「なぜですか?」
ミアは少し恥ずかしそうに笑った。
「奥様の観察って、悪いところを探すものじゃないじゃないですか。」
私は少し考える。
確かにそうかもしれない。
「面白いところや、素敵なところを見つけてくださるので。」
なるほど。
そういう認識なのか。
「観察とはそういうものでは?」
「違うと思います。」
即答だった。
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昼。
私は中庭のベンチに座っていた。
膝の上にはノート。
向かいにはミア。
そして足元には猫さん。
「では始めます。」
「よろしくお願いします!」
私はペンを構える。
まずは基本情報。
「緊張すると髪を触りますね。」
「えっ?」
「あと、嘘をつく時は語尾が少し長くなります。」
「えっ!?」
「それと、誰かが困っていると最初に動くタイプです。」
ミアが目を丸くする。
「なんで分かるんですか?」
「観察しているので。」
万能の言葉である。
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「何をしている。」
振り返る。
アルベルト様だった。
「観察です。」
「それは見れば分かる。」
「今日はミアさんです。」
アルベルト様が止まった。
「……私ではないのか。」
今度は私が止まった。
「はい?」
「いや。」
アルベルト様が視線を逸らす。
「何でもない。」
なるほど。
私はノートを開く。
「待て。」
「重要事項です。」
「何を書く。」
「観察対象、観察対象の変更を嫌がる傾向あり。」
「違う。」
否定が早い。
「独占欲の可能性も――」
「違う。」
さらに早い。
これはかなり珍しい。
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「公爵様も観察しますか?」
「しない。」
「面白いですよ?」
「知っている。」
「ではなぜ。」
アルベルト様は少し考えた。
「観察される側は落ち着かない。」
「そういうものですか?」
「そういうものだ。」
私は少し考える。
「私は平気ですよ?」
「君は特殊だ。」
「よく言われます。」
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その時だった。
猫さんがアルベルト様の足元へ向かう。
当然のように座る。
当然のように見上げる。
当然のように鳴く。
「……。」
アルベルト様がしゃがみ込む。
頭を撫でる。
いつもの光景。
私はメモを取る。
「書くな。」
「もう書きました。」
「何を書いた。」
「観察対象、猫には無条件で甘い。」
「違う。」
「否定が遅いですね。」
「違う。」
「疲れていますか?」
「違う。」
「なるほど。」
「その返事は本当にやめろ。」
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夕方。
私は部屋でノートを開いた。
今日の記録を書く。
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観察記録。
・ミアさんは緊張すると髪を触る。
・困っている人を放っておけない。
・観察対象は観察対象の変更を好まない。
・猫さんは今日も元気。
考察:
観察対象は増やせる。
ただし主観察対象は一名で固定した方が良さそうである。
理由は不明。
追加観察を要する。
非常に要する。
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その時。
コンコン。
「入るぞ。」
アルベルト様だった。
「何を書いている。」
「観察記録です。」
「それも知っている。」
アルベルト様がノートを見る。
私は少し迷った。
そしてページを見せる。
アルベルト様はしばらく黙っていた。
やがて。
「主観察対象とは何だ。」
「メインの観察対象です。」
「……。」
「現在は公爵様ですね。」
今度は長い沈黙だった。
「変更予定はあるのか。」
私は首を傾げた。
「ありませんが。」
「そうか。」
短い返事。
でも。
なぜだろう。
少しだけ安心したように見えた。
気のせいかもしれない。
気のせいではないかもしれない。
これは継続観察が必要である。
非常に必要である。




