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白の探索者  作者: ニート無職
一章
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災害認定

雨は、まだ降っていた。


 割れた窓から吹き込む冷たい風が、保健室のカーテンを激しく揺らしている。

 なのに。

 さっきまで校内を埋め尽くしていた怪物の気配は、どこにもなかった。


 静かだった。

 不気味なくらいに。


「……ダンジョン反応、消失」

 榊が低く呟く。

 耳元の端末へ触れながら、険しい顔で窓の外を見ていた。


「ゲート完全崩壊を確認……繰り返す、ゲート完全崩壊だ」

 声が硬い。

 いや、少し震えているようにも聞こえた。


 五島先生も、障壁を維持したまま動かない。

 《アイギス》の光だけが、薄暗い保健室を白く照らしていた。


 その中で。

 二人の視線だけが、ずっと私へ向けられている。


「……何ですか」


 口に出してから、自分の声が妙に平坦なことに気づいた。

 怖いはずなのに。状況は最悪なはずなのに。

 頭の奥だけが、冷たく静かだった。


「あなた……その髪……」

 

五島先生が、震える手で自身の口元を覆った。


 髪?

 言われて、視界の端に垂れる自分の髪に目をやる。


 ……白い。


 生まれつき白かったはずの髪が、

 今は不自然なほど透き通る純白へ変色していた。

 まるで、命そのものが脱色されてしまったみたいに。


「水瀬さん」


 榊がゆっくりと近づいてくる。

 警戒している足取り。

 まるで、刺激してはいけない爆発物に近づくみたいに。


「今、自分の状態は分かりますか」


「……分かりません」


 正直に答える。本当に、分からなかった。

 胸の奥に、何かを“抜き取られた跡”だけが残っていた。


 でも、何を失ったのかすら、今の私には思い出せない。


「気分は」


「別に」


 即答だった。

 その瞬間、榊と五島先生が一瞬だけ顔を見合わせた。

 私は小さく眉を寄せる。


「……?」

 何か変なことを言っただろうか。


「水瀬」


 今度は五島先生だった。

 保健医だった頃の、柔らかい口調に戻っている。


「怖くないの?」


「……え」


「今、自分が――何をしたのか」


 先生が言葉を選ぶ。

 そこで私は、少しだけ考えた。


 怪物を消した。

 ゲートが崩壊した。

 たぶん、普通じゃないことをした。

 でも。


「……実感、ないです」


 五島先生が、小さく息を呑んだ。

 榊の顔が、さらに険しくなる。


 沈黙。

 雨音だけが響く。


「……精神汚染症状の可能性」

「いや、これは――」

「でも初回使用でここまで進行するのは……」


 二人が小声で何か話している。

 聞こえているのに、不思議と興味が湧かなかった。


 その時。

 視界の端で、赤黒い光が微かに瞬いた。


 ――【BET使用履歴:1】


 ぞわり、と。

 遅れて、背筋が粟立った。


「……っ」


 急に呼吸が乱れる。違う。これは、違う。

 さっきまで何も感じなかったのに、今になって、強烈な恐怖が津波のように押し寄せてくる。


「水瀬さん?」


 榊の声。

 私は反射的に、ステータス画面を閉じた。


「……何でもないです」


 嘘だった。でも、言いたくなかった。


 あの履歴の文字を見た瞬間。

 胸の奥の空白で、妙な感覚が首をもたげていた。


 ――もう一回使えば、もっと分かる。


 そんな、最悪の直感。


「榊さん」


 五島先生が低い声を出す。


「この子、もう限界よ。管理局へ移送するなら早くして」


「ええ」

 榊は頷き、私を見た。


「立てますか」


「……はい」

 ベッドから降りる。

 少しふらついた。寿命を賭けたせいか、指先が妙に冷たい。


 榊はそんな私を見つめながら、静かに言った。


「これから管理局本部へ向かいます」


「隔離、ですか」


「保護です」

 即答だった。

 でも、その言葉を素直に信じられるほど、私は子供じゃない。


「……どっちでも同じですよ」


 そう返すと、榊は少しだけ目を細めた。

 否定はしなかった。


 保健室を出る。

 廊下は酷い有様だった。

 窓ガラスは割れ、床には生々しい血痕が残っている。

 遠くからは、まだ誰かの泣き声が響いていた。


 でも。

 死体はなかった。

 怪物も、一人も。

 全部、消えていた。


 私が、消した。


「――ッ」


 そこで初めて、激しい吐き気が込み上げた。

 壁へ手をつく。


「水瀬!」

 五島先生が身体を支えてくれる。


 苦しい。気持ち悪い。

 なのに、心のどこかが、妙に白く冷めきっていた。まるで、もう壊れ始めているみたいに。


 その時だった。

 校舎の外から、複数のサイレン音が近づいてくる。

 赤色灯の光が、雨の校庭を赤く染めた。


「管理局部隊です」


 榊が短く言う。直後、校門側から黒い戦闘服を着た探索者たちが次々と突入してきた。

 全員が武装している。


 そして。

 その全員が、私を見た瞬間、空気をぴりりと張り詰めさせた。


 向けられたのは。

 人間を見る目じゃない。

 まるで、災害そのものを見るような目だった。

 普通なら、怖くなる場面だったと思う。


 化け物扱いされて。

 隔離されようとして。

 得体の知れない力を恐れられて。


 でも。

 私の胸は、

 ひどく静かだった。


 その代わり。

 頭の片隅で、

 別の感覚だけが、じわじわと熱を持ち始めている。


(……次の賭け(BET)は、何倍にすればいいんだろう)

 

 感情を失ったはずの胸の奥で、

 あの赤黒いレバーの感触だけが、妙に生々しく残っていた。


――もう一度、引けば。

 もっと“先”へ行ける気がした。

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