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白の探索者  作者: ニート無職
一章
6/47

『BET成功』

世界から、音が消えた。


 雨の音も。

 悲鳴も。

 狼の唸り声も。

 全部。


 まるで分厚い水の底へ沈められたみたいに、遠かった。


 時間だけが、

 ゆっくりと引き延ばされていく。


 ――【BET承認】


 赤黒いウィンドウが、

 静かに開いていく。


 ――【対象:《寿命》】


 ――【倍率:1.5】


 ――【勝敗判定を開始します】


 ――【※成功時、倍率に応じ精神・魂へ負荷発生】


 ――【※負荷内容はランダム】


「っ――ァ……!?」


 瞬間。

 心臓を、内側から握り潰された。


 呼吸が止まる。

 全身から一気に熱が抜け落ちていく感覚。


 寒い。

 立っていられないほど寒い。


 なのに。

 頭だけが異様に冴えていた。


 視界の中で、

 飛びかかってきていた狼の動きが、ひどく遅く見える。


 落下するガラス片。

 宙に舞う雨粒。

 榊の警棒から弾ける青白い魔力。


 全部が、

 止まりかけていた。


「水瀬ッ!」


 榊が叫ぶ。

 でも。

 聞こえない。

 世界が、私だけを置き去りにしている。


 その時だった。


 視界の奥。

 狼の身体へ、

 赤黒い“線”が繋がっているのが見えた。


 一本。

 細く、

 脈打つように揺れる線。


 直感だった。

 あれを断てばいい。


 理由なんて分からない。

 でも。

 “そうすれば勝てる”と理解していた。


 私は無意識に、

 その線へ手を伸ばす。


 触れた瞬間。

 ブツン、と。


 何かが切れた。


 次の瞬間。

 狼の身体が、

 音もなく崩壊した。


「――な」


 榊の目が見開かれる。


 狼だけじゃない。

 校庭から侵入していた怪物たちが、一斉に動きを止めた。


 赤い瞳が、

 何かを見失ったみたいに揺れる。


 ザァァァァ――――ッ。


 身体が砂みたいに崩れ落ちていく。

 赤黒い粒子になって、

 雨の中へ溶けていった。


「……ゲートが」

 

 五島先生が、

 呆然と呟く。


 窓の外。

 校庭中央にあった巨大な“門”が、

 ゆっくりと崩壊していた。


「消えてる……?」


 誰も動かなかった。

 理解が追いついていない。


 でも。

 私だけは違った。


 嫌な感覚が、

 ずっと胸の奥に残っている。


 何かがおかしい。

 確かに勝った。

 生き残った。

 なのに。


 ひどく、

 大事なものを落としてきた気がした。


 息が苦しい。

 胸の奥が、

 ぽっかり空いている。


「……水瀬さん」

 

 榊の声。

 振り向く。


 その瞬間。

 榊の顔が、

 一瞬だけ凍りついた。


 五島先生も同じだった。

 私を見て、

 言葉を失っている。


「……?」

 

 何。

 そう聞こうとして。

 違和感に気づいた。


 涙が、

 出ていた。


 ぽたり。

 頬を伝う。


 でも。

 悲しくなかった。

 怖くもない。

 何も感じない。


「……あれ」

 

 変だ。

 どうして泣いてるんだろう。


 分からない。

 自分が今、

 どんな気持ちなのか。

 本当に、

 何も分からなかった。


 赤黒いウィンドウが、

 静かに閉じていく。


 最後に、

 一行だけ文字が浮かんだ。


 ――【BET成功】


 ――【感情の一部を喪失しました】

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