『BET成功』
世界から、音が消えた。
雨の音も。
悲鳴も。
狼の唸り声も。
全部。
まるで分厚い水の底へ沈められたみたいに、遠かった。
時間だけが、
ゆっくりと引き延ばされていく。
――【BET承認】
赤黒いウィンドウが、
静かに開いていく。
――【対象:《寿命》】
――【倍率:1.5】
――【勝敗判定を開始します】
――【※成功時、倍率に応じ精神・魂へ負荷発生】
――【※負荷内容はランダム】
「っ――ァ……!?」
瞬間。
心臓を、内側から握り潰された。
呼吸が止まる。
全身から一気に熱が抜け落ちていく感覚。
寒い。
立っていられないほど寒い。
なのに。
頭だけが異様に冴えていた。
視界の中で、
飛びかかってきていた狼の動きが、ひどく遅く見える。
落下するガラス片。
宙に舞う雨粒。
榊の警棒から弾ける青白い魔力。
全部が、
止まりかけていた。
「水瀬ッ!」
榊が叫ぶ。
でも。
聞こえない。
世界が、私だけを置き去りにしている。
その時だった。
視界の奥。
狼の身体へ、
赤黒い“線”が繋がっているのが見えた。
一本。
細く、
脈打つように揺れる線。
直感だった。
あれを断てばいい。
理由なんて分からない。
でも。
“そうすれば勝てる”と理解していた。
私は無意識に、
その線へ手を伸ばす。
触れた瞬間。
ブツン、と。
何かが切れた。
次の瞬間。
狼の身体が、
音もなく崩壊した。
「――な」
榊の目が見開かれる。
狼だけじゃない。
校庭から侵入していた怪物たちが、一斉に動きを止めた。
赤い瞳が、
何かを見失ったみたいに揺れる。
ザァァァァ――――ッ。
身体が砂みたいに崩れ落ちていく。
赤黒い粒子になって、
雨の中へ溶けていった。
「……ゲートが」
五島先生が、
呆然と呟く。
窓の外。
校庭中央にあった巨大な“門”が、
ゆっくりと崩壊していた。
「消えてる……?」
誰も動かなかった。
理解が追いついていない。
でも。
私だけは違った。
嫌な感覚が、
ずっと胸の奥に残っている。
何かがおかしい。
確かに勝った。
生き残った。
なのに。
ひどく、
大事なものを落としてきた気がした。
息が苦しい。
胸の奥が、
ぽっかり空いている。
「……水瀬さん」
榊の声。
振り向く。
その瞬間。
榊の顔が、
一瞬だけ凍りついた。
五島先生も同じだった。
私を見て、
言葉を失っている。
「……?」
何。
そう聞こうとして。
違和感に気づいた。
涙が、
出ていた。
ぽたり。
頬を伝う。
でも。
悲しくなかった。
怖くもない。
何も感じない。
「……あれ」
変だ。
どうして泣いてるんだろう。
分からない。
自分が今、
どんな気持ちなのか。
本当に、
何も分からなかった。
赤黒いウィンドウが、
静かに閉じていく。
最後に、
一行だけ文字が浮かんだ。
――【BET成功】
――【感情の一部を喪失しました】




