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白の探索者  作者: ニート無職
一章
8/47

適合と抵抗

雨の中。


 黒い装甲車が、校門前へ次々と停車していく。


 車体には、白い紋章が刻まれていた。

 剣と門を組み合わせたような、探索者管理局のエンブレム。


 周囲を囲む管理局員たちは、一人残らず武装している。


 銃型の魔導兵装。

 展開式の盾。

 魔力刃を発振するブレード。


 その全てが、

 私へ向けられていた。


「対象を確認」

「周囲の魔力残滓、異常濃度」

「……本当に学生一人でゲートを?」


 無線混じりの声が飛び交う。

 私は五島先生に支えられたまま、ぼんやりそれを見ていた。


 現実感が薄い。

 まるで、自分だけ世界から一歩ズレてしまったみたいだった。


「水瀬零さん」


 前方から、一人の女が歩いてくる。


 黒いロングコート。

 長い黒髪。

 冷え切った銀色の目。

 年齢は二十代後半くらいだろうか。


 管理局員たちが自然と道を空ける。

 この人が、ここで一番偉い。

 そして、一番強い。

 理屈じゃない、直感でそうわかった。


「管理局・特務監査官、《黒城綾》です」


 女――黒城は、私を真っ直ぐ見据えた。


「まず確認します。あなたが、このゲートを崩壊させたのですか?」


「……分かりません」


 そう答えると、黒城の眉がわずかに動いた。


「分からない?」


「気づいたら、全部消えてました」


 嘘ではない。

 実際、よく分からないまま終わっていた。


 黒城は数秒だけ沈黙し、それから榊へ視線を向けた。


「現場報告を」


「はっ。対象は覚醒直後、未知能力を発現。Dランク魔物群及び暴走ゲートを一撃で消滅させました」


「一撃で?」


「……はい。痕跡すら残っていません」


 空気が重くなる。

 周囲の管理局員たちの視線が、

 一段階だけ鋭く変わった。


 警戒。


 いや。


 恐怖だ。


「魔力測定は?」


「不能です。数値が安定しない」


「精神状態」


 そこで榊は、一瞬だけ言葉を詰まらせた。


「……感情欠落の兆候があります」


 黒城の目が細くなる。


「代償型能力、ですか」


 その言葉に、

 私の心臓が僅かに脈打った。


 ――代償。

 赤黒いレバーの感触が脳裏に蘇る。


「水瀬零さん」


 黒城が再び私を見る。


「あなたを、危険指定対象として管理局へ保護・収容します」


 収容。

 今、“保護”じゃなかった。

 私はぼんやりそんなことを考えた。


「拒否権は?」


「あります」


 黒城は淡々と答える。


「ですが、あなたが拒否した場合、この場にいる全戦力で制圧します」


 静かな声だった。

 脅しではない。

 本気だ。

 管理局員たちの指が、一斉に武器へかかる。

 空気が張り詰める。


 けれど。

 不思議と怖くなかった。


 代わりに。

 視界の奥で、

 赤黒いウィンドウが微かに点滅する。


 ――【追加BETを検知】


 ぞくり、と背筋が震えた。


 やめろ。


 そう思うのに。

 頭のどこかが、

 その続きを見たがっている。


 もっと賭ければどうなる。

 もっと削れば、

 どこまで行けるのか。


「……水瀬?」


 五島先生の声。


 そこで初めて、

 自分が笑っていたことに気づいた。


 ぞわり、とした。


 感情なんて、もう薄れているはずなのに。


 なのに今、

 私は確かに――高揚していた。


「……ッ」


 五島先生が、息を呑む。


 私自身も驚いていた。

 頬が、勝手に吊り上がっている。


 楽しいわけじゃない。

 嬉しいわけでもない。


 なのに。

 胸の奥の空白を、

 あの赤黒いウィンドウだけが満たしていく感覚があった。


 黒城の目が、鋭く細められる。


「榊」


「……はい」


「対象の精神状態、想定以上に危険です」


 その瞬間。

 周囲の管理局員たちの空気が変わった。


 ガチャリ、と。

 複数の安全装置が外される音。


 銃口が、

 一斉に私へ向け直される。


「対象危険度を更新」


 黒城が静かに告げる。


「暫定災害認定――“黒”」


 空気が凍った。


 管理局員たちの顔色が変わる。

 ざわめきが広がった。


「黒認定だと……?」

「初動で?」

「待て、学生だぞ……!」


 五島先生まで目を見開いていた。


「黒城さん! この子はまだ――!」


「ゲートを痕跡ごと消滅させています」


 黒城は冷徹に言い切る。


「しかも能力詳細不明。代償型。精神汚染進行中。これを災害認定しない理由がありません」


 淡々と。

 まるで天気でも読み上げるみたいに。

 でも。


 “災害”。


 その言葉だけは、

 妙に頭へ残った。

 人間じゃない。

 危険生物ですらない。


 災害。

 歩くだけで被害を撒き散らすもの。


「……ふふ」


 また、笑い声が漏れた。


 違う。

 笑いたくなんてない。


 なのに、

 喉の奥から勝手に溢れてくる。


「水瀬!」


 五島先生が肩を掴む。

 その手は震えていた。


「しっかりして! あなた今、自分がどうなってるか――」


「先生」


 自分でも驚くほど、

 静かな声が出た。


「私、別に壊れてませんよ」


 嘘だった。


 たぶん、

 もう壊れ始めてる。


 でも。

 その壊れていく感覚が、

 怖くなかった。


 むしろ。

 もっと先まで落ちてみたいと、

 どこかで思ってしまっている。


 ――【追加BETが可能です】


 赤黒い文字。


 呼吸が止まる。


 ウィンドウの奥で、

 赤いレバーがゆっくり浮かび上がった。


 引けばいい。

 そうすれば、

 もっと強くなれる。


 もっと、“向こう側”へ行ける。


「対象の両手を拘束してください」


 黒城の声。


 管理局員が数人、慎重に近づいてくる。


 その瞬間。

 世界が、

 一瞬だけ遅く見えた。


 雨粒。赤色灯。管理局員達の瞬き。

 全部が、ゆっくりになる。


「――っ」


 ダメだ。


 頭では分かっている。

 でも。

 指先が、無意識に空中へ伸びていた。

 赤黒いレバーへ向かって。


「止まりなさい!!」


 鋭い声が響く。黒城だった。

 同時に、周囲の管理局員たちが一斉に魔力を展開する。


 青白い光。赤い術式。幾重もの拘束陣。

 空気が焼けるような魔力圧。

 普通の覚醒者なら、立っているだけで気絶していたかもしれない。


 けれど。

 今の私には、それがやけに遠く感じた。

 まるでガラス越しの世界みたいに。


 視界の奥で、

 赤黒いウィンドウが脈打つ。


 ――【追加BET待機中】


 やめろ。 頭のどこかでは、確かにそう思っていた。これ以上は危ない。もう十分おかしい。

 寿命を削って、感情を失って。次は何を持っていかれるか分からない。


 なのに。レバーを見つめるだけで、胸の奥が熱くなる。空っぽになったはずの場所へ、

 何かが流れ込んでくるみたいだった。


「水瀬零」


 黒城が低く告げる。


「それ以上能力を使用した場合、あなたを敵性災害として処理します」


 処理。その言葉に、周囲の管理局員たちの指がさらに引き金へかかった。

  殺す気だ。全員、本気で。


 でも。不思議だった。

 怖くない。死ぬことが、ひどく遠い。


「……水瀬」


 五島先生の声だけが、少し震えていた。


「お願いだから……戻ってきて」


 戻る。どこへ?

 一瞬、分からなかった。

 教室。日常。友達との会話。退屈だった毎日。

 思い出そうとして、そこで違和感に気づく。


 顔が、思い出せない。


「――え」


 息が止まる。クラスメイトの顔。担任の顔。昨日話した相手。記憶はあるのに、感情だけが抜け落ちている。


 まるで、

 知らない他人の記録を眺めているみたいだった。


 ぞわり、と寒気が走った。

 失った。もう、戻らないものを。


「……ぁ」


 その瞬間だった。

 赤黒いウィンドウが点滅する。


「っ――!?」


 頭痛。

 脳を内側から掻き回されるような激痛。

 視界が赤黒く染まる。


 そして。見えた。

 管理局員たち全員へ、赤黒い“線”が繋がっている。


 心臓。首。無数の線。

 理解してしまう。あれを切れば、全員死ぬ。


「対象、魔力反応急上昇!!」


「来るぞ!!」


 怒号。武器が構えられる。

 世界が、張り詰める。その中心で。

 私は、ゆっくり息を吐いた。


 そして。無意識に、呟いていた。


「……倍率、どこまで上げられるんだろ」


「撃つなッ!!」

 黒城の怒声が飛ぶ。

 遅かった。極度の緊張に耐えきれなかった一人が、引き金を引いた。


 轟音。

 青白い魔力弾が、一直線に私へ迫る。普通なら避けられない。Aランク探索者ですら反応が難しい速度。


 けれど。今の私には、止まって見えた。遅い。

あまりにも。指先が、無意識に赤黒い線へ触れる。


 ブツン。


 それだけだった。

 次の瞬間。魔力弾が、空中で崩壊した。


「……は?」


 誰かが呟く。

 弾だけじゃない。撃った管理局員の魔導銃まで、砂みたいに崩れ落ちていく。


「武装消失……!?」

「なんだ今の――!」


 動揺が広がる。その中心で。

 私は自分の手を見つめていた。


 あれ。今撃った人、誰だ?

 撃った管理局員の顔が、急に判別できなくなった。さっきまで見えていたはずなのに。自分を撃った人もわからなくなった。


 世界が、少しずつ現実じゃなくなる。


「総員後退!!」


 黒城が即座に叫ぶ。

 管理局員たちが一斉に距離を取る。


 恐怖。

 その感情が、空気越しに伝わってきた。


 みんな、私を見ている。化け物を見る目で。

 なのに。その視線すら、どこか心地よかった。


「水瀬零」


 黒城だけは、一歩も退かなかった。

 銀色の目が、真っ直ぐ私を射抜いている。


「聞こえていますか」


「……聞こえてます」


「今すぐ能力を止めなさい」


「止め方、分からないです」


 静かに答える。

 本当に分からなかった。

 というより。


 止めたくない。その感情だけが、じわじわ大きくなっている。怖い。なのに、もっと欲しい。


 もっと賭ければ、

 もっと強くなれる。


 もっと、世界の“深い場所”へ届く。


 ――【BET倍率変更が可能です】


 ウィンドウが揺れる。

 数字が浮かぶ。


 2.0

 3.0

 5.0


 ありえない倍率。見ただけで本能が警告を鳴らす。引けば戻れない。


 人間として、決定的に。


 でも。

 私の指は、震えながらもレバーへ伸びていた。


「対象行動確認!!」


「まずい、第二波が来るぞ!!」


 管理局員たちが叫ぶ。黒城が舌打ちした。


「榊! 五島さんを下げて!」


「ですが――」


「今の彼女の能力は未知数です! 近くにいるだけで危険だ!」


 その時。

 五島先生が、震える声で呟いた。


「……零ちゃん」


 その呼び方。

 保健室で、何度も聞いた声。

 一瞬だけ。本当に一瞬だけ。

 熱に浮かされていた頭が、冷える。


「先生……」


「お願い……戻ってきて……!」


 泣きそうな声だった。


 胸の奥が、僅かに痛む。空っぽになったはずなのに。まだ、少しだけ残っていた。


 その瞬間。

 赤黒いウィンドウが、不快そうにノイズを走らせた。


 ――【感情残滓を確認】


 ――【BET効率低下】


 ――【排除を推奨】


「――排除?」


 思わず、声が漏れた。


 直後。赤黒いウィンドウが、ぐにゃりと歪む。


 ――【不要感情:識別】


 ――【対象:《未練》《情》《恐怖》】


 ――【追加BETにより処分可能】


「ッ……!」


 全身が総毛立つ。


 違う。これは、ダメだ。


 頭では理解していた。

 もしここでレバーを引けば、本当に戻れなくなる。

 感情を失うんじゃない。


 “人間”が消える。


「零ちゃん!」


 五島先生の声。

 その声だけが、遠くなりかけた意識を繋ぎ止める。

 先生の顔を見る。泣きそうだった。

 私を助けようとしている。まだ、化け物じゃなく、一人の生徒として見てくれている。


 胸が、少しだけ痛む。


 ――【感情反応増加】


 ――【BET衝動が低下しています】


 ウィンドウが明滅する。


 まるで、苛立っているみたいに。


 

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