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白の探索者  作者: ニート無職
二章
45/50

獄炎王レオグラード

 十九層は、異様な空間だった。


 静かすぎる。


 十八層まであれほどおびただしい数の魔物がいたにも関わらず、ここには生物の気配がほとんど感じられない。


 コツ、コツ、と私たちの足音だけが、冷たい通路に不気味に反響していた。


「逃げてるんだろ」

霧島が気怠げに紫煙を吐き出した。


「王が近い証拠だ。雑魚どもは自分の命が惜しくて、ここには近づけないのさ」


 誰も、その言葉を否定しなかった。

 この階層全体が、すでに二十層に君臨する主の絶対的な縄張りなのだろう。


 私は、前を黙々と歩く黒城の背中を見つめた。

 さっきのワイバーン戦から、ずっと気になっていたことがある。


「あの……そういえば」


 私が声をかけると、黒城が足を止めずに視線だけを振り返らせた。

「なんでしょう」


「黒城さんって、職業は何なんですか?」


 一瞬だけ、通路の空気がピタリと止まった。

 次の瞬間、後ろを歩いていた霧島が盛大に吹き出した。


「ぶっ、ははは! お前、今さらかよ!」


「いや、だってちゃんと聞いてなかったので…...」


 天宮が、呆れたように小さくため息を吐く。

「管理局S級探索者黒城。職業は《結界師》です」


「結界師……?」

思わず聞き返してしまった。


 私の知っている一般的な結界師は、後方で防御壁を張る純粋なサポート・防御職だ。


 空を飛ぶワイバーンの群れを、超高速でバラバラに切り刻むような前衛職ではない。


「普通はそう思うわな」

 曲湾師が愉快そうに笑う。


「だが、こいつの結界術は別物だ」


 当の黒城本人は、至って平然とした顔で淡々と説明を付け加えた。

「結界とは、空間を任意に定義する魔術です。足場、拘束、封鎖、切断。用途は様々です」


「いや、最後の一つだけ明らかにおかしくないですか?」


「おかしくありません」


 即答だった。


「じゃあ、さっきワイバーンを容赦なく斬り伏せていたのは……?」


「短剣です」


「いや、動きが速すぎて全く見えなかったんですけど」


「日頃から、人並みには鍛えていますので」


 全然説明になっていない。


 霧島が面白そうにニヤニヤしながら、私の肩をぽんと叩いた。

「つまりだ、零。こいつは結界も使えるし、それとは別物として、素の近接戦闘能力だけでも化け物ってことだ」


「なるほど……」


「全然なるほどじゃねえけどな」

 曲湾師が呆れたように肩を竦めた。


 そんな規格外な話をしながら進んでいるうちに、私たちはついに十九層の最奥へと到達した。


 全員が、同時に足を止める。

 そこにあったのは、高さ二十メートルを超える、禍々しい黒塗りの大門だった。表面には、巨大な王冠の紋章が刻まれている。


 探索者なら、誰が見ても一目で分かる。

――ボス部屋だ。


『いる』

 私の足元で、夢喰いが小さく呟いた。


『起きてる』


 肌がビリビリと痺れるような緊迫感が走る。

 黒城が、静かにその大門へと手をかけた。


「これより突入します。遅れないように」


 黒城が力を込めると、巨大な門が重苦しい音を立ててゆっくりと開いていった。


 ギギギギギ――。


 その先に広がっていたのは、巨大な洞窟だった。

 広大な空間へ足を踏み入れた、その瞬間。


 ズン――ッ!!!

 猛烈な地響き。


 轟音と、肌を焼くような爆風。

 天井近くの岩盤から、あまりにも巨大な影が真っ逆さまに落下してきた。


 凄まじい衝撃と共に、中心の地面がクモの巣状に砕け散る。舞い上がる砂煙が、熱風に吹き飛ばされて晴れていく。


 そこに、そいつはいた。


 黄金に輝く燃え盛る鬣。夜の闇を溶かしたような、漆黒の巨体。そして、額の中央から天に向かって真っ直ぐに伸びる、巨大な一本の魔角。全長二十メートルを超える、圧倒的な風格を纏った獣。


 Bランクダンジョン最深部、二十層の王。

――《獄炎王レオグラード》


 ギラリと輝く黄金の瞳が、侵入者である私たちを明確な殺意と共に見下ろした。


 轟ォォォォォォォォォォォッ!!!


 鼓膜を圧迫する、圧倒的な咆裟。

 空間そのものが激しく震え、周囲の壁が軋みを上げる。ただ叫んだだけだというのに、それ自体が災害規模の衝撃波だった。


 ほんの一歩王が動く、それだけで足元の強固な岩盤が粉々に砕け散った。


 巨体からは到底想像もつかないほどの超速度で、王がこちらへと突進してくる。


 黒城は、すでに動いていた。

 王が突進する軌道上の空中へ、透明なガラスのような四角いプレートが次々と展開される。――結界だ。


 黒城はその空中結界を、迷いなく力強く蹴りつけた。

 一歩。二歩。三歩。

 重力を無視して縦横無尽に空中を駆け抜け、突進してくる王の死角――側面へと一瞬で回り込む。


 キィィン――!

 短剣が閃き、激しい火花が散る。


 王の強固な毛並みと皮膚を裂き、首筋へと深い傷が刻まれた。間髪入れずに、二閃、三閃。黒城の超高速の斬撃によって、王の身体にみるみるうちに傷が増えていく。


 だが、王もただの木偶の坊ではない。怒りに狂った巨大な前脚が、空中の黒城を目がけて猛然と振り下ろされた。


 ズガァァァン!!!

 轟音と共に、さっきまで黒城がいた空間の結界が木っ端微塵に消し飛ぶ。


 しかし、そこに彼女の姿はすでにない。

 黒城はさらに別の結界を蹴り、遥か上空へと退避していた。


「弱点特定」

 後方から、天宮の冷徹な声が響く。


「首元。黒城が削った傷の奥に、魔核反応あり」


――パンッ!!

 乾いた銃声。


 放たれた濃密な魔力弾が、黒城が刻んだ首筋の傷口へと、寸分の狂いもなく正確に撃ち込まれた。内部で炸裂した魔力に、獄炎王が苦しげに身体を捩って咆哮する。


 そこへ、ねっとりとした紫煙が空間を埋め尽くした。


「ちょっと、動きを遅くさせてもらうぜ」


 霧島が不敵に笑う。煙に絡みつかれた王の巨体は、まるで泥の中に沈められたかのように、目に見えてその機動力を失っていく。


 さらに。

『寝て』

 私の足元で、夢喰いがぽつりと呟いた。


 一瞬。本当に、コンマ数秒の間だけ。獄炎王の黄金の瞳から、完全に光が消え、巨体がガクリと脱力する。


「動くんじゃねえぞ」

 曲湾師が、前方の空間に向けて右手を強く握りしめた。


 空間が目に見えて歪み、王の周囲の重力が異常な数値へと跳ね上がる。ただでさえ煙で鈍り、夢喰いの能力で意識を飛ばされかけた王の巨体が、見えない超重圧によって強引に地面へと傾き、完全に固定された。


 完璧な、一分の隙もない連携。


 その一瞬を、黒城が逃すはずがなかった。

 上空で、黒城が最後の結界を全力で蹴りつける。

空中加速。


 音を置き去りにするほどの速度で、無防備に晒された王の首へと肉薄する。


 一閃。

 鋭い白刃のきらめき。


 ドシャリ、と鮮血が舞い散り、その奥にある最も硬い『魔核』が、ガラスのように粉々に砕け散る高い音が響いた。


 王の動きが、完全に止まる。

 光を失った二十メートルの巨体が、ゆっくりと、傾き――。


 ドゴォォォォォン!!!

 激しい地響きと共に、地面へと崩れ落ちた。


 攻略完了

 やがて、辺りには完全な静寂が訪れた。


 天宮が手元の端末を操作し、淡々と告げる。

「ボス個体、魔力反応完全消失」


 黒城は、一滴の返り血すら付いていない美しい短剣を、静かに鞘へと納めた。

「討伐完了です」


 あまりにも、呆気なかった。

 普通なら、複数のB級探索者や大規模クランが総力を挙げて挑むべきボス。それを、この人たちは傷一つ負わず、息すら乱さず、わずか数分で終わらせてしまったのだ。


 私は、呆然としながら改めて理解する。壁の向こうの未来人も異常だった。現代で裏工作をしているアルカディアも異常だ。


 だが、私の目の前にいるこの人たちも、大概おかしい。


 ふと目を向けると、倒れた王の亡骸のさらに奥。

 洞窟の最深部で、大きく、神聖な魔術陣が静かに淡い光を放っていた。その中心には、紅く輝く巨大な結晶が静かに浮かんでいた。


「ダンジョンコア……」

 天宮がその光を見つめて呟く。


 黒城が小さく頷いた。

「これにて、Bランクダンジョン完全攻略です」


 長かった、そしてあまりにも濃密すぎた私たちの探索が、ついに幕を閉じた。

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