王の遺産
「そういえば」
私が思い出したように口を開いた。
「空にいた、あの巨大なあれは……結局何だったんですか?」
一瞬だけ、全員が黙った。通路を歩く足音だけが響く。
「知らん」
霧島が即答した。
「え?」
「知らん」
「いやいやいや!」
思わず声が裏返る。
あれだけ意味深に空に浮かんでいたのに、知らんの一言で片付けられた。
曲湾師も、肩を竦める。
「少なくとも、このダンジョンとは無関係だな」
「関係ないんですか……」
「たぶんな」
あまりにも適当だった。
世の中には、S級探索者でも深く追わない「ただそこにあるだけの怪異」が存在するらしい。
二十層の最奥。
獄炎王レオグラードの巨体が、ゆっくりと赤い光の粒子へと変わっていく。やがて、その亡骸が完全に消え去った中心。一つだけ、床に残されたものがあった。
人の頭ほどもある、巨大な深紅の魔石。内部で炎のような光がゆらゆらと揺らめいている。
「王級魔核です」
天宮が静かに言った。
さっきまでそこにいた怪物の、絶対的な力の結晶。
黒城が歩み寄り、その魔核を躊躇なく拾い上げる。そして、くるりと振り返ると、そのまま真っ直ぐ私へと差し出してきた。
「零」
「はい?」
「持っていてください」
「え?」
手渡された結晶は、ずしりと重く、微かに熱を帯びていた。
市場に流せば、とんでもない値段になる。それだけは、知識の浅い私にもはっきりと分かった。そんなものを、なぜ私が。
「今後の武器製作に使用できます。あなたの最初の装備として、これ以上の素材はないでしょう」
私は完全に固まった。
私の、武器。これを素材にして、私だけの武器を作る。あまりのスケールの大きさに思考が追いつかない。
「ちなみに」
天宮が淡々と補足する。
「黒城が今使っているあの短剣も、過去に討伐したA級王級個体の魔石を使用しています。今回の王級魔核も、十分に匹敵する価値があります」
私は、手の中の魔核と、黒城の腰の短剣を交互に見つめた。つまり、私が今持たされているものは、S級探索者である黒城の愛刀に並ぶような、とんでもない超一級品ということになる。そんな国宝級の素材を、これからの新人探索者にポンと渡すあたり、この人たちの感覚はやっぱり狂っている。
洞窟の最深部。巨大な魔術陣。その中央で、禍々しくも神聖な赤を放ちながら輝く結晶――ダンジョンコア。
黒城が前へ出ると、躊躇なく短剣を振るった。
刃が核心を捉える。
――パキン。
驚くほど、静かで、冷たい音だった。
だが直後、ダンジョンコアへ網の目のように無数の亀裂が走り、魔術陣が爆発的な眩い光を放ち始める。
「転移陣、起動確認」
天宮の冷静な声が響く。
「攻略した後に出る、転移術式です」
「一度きりの特別ダンジョンだからな」
霧島が不敵に笑いながら、紫煙を吐き出した。
「コア破壊後、自動で地上へ安全に送られる仕組みになってる。――お疲れさん、帰るぞ」
光が、濁流となって世界を埋め尽くしていく。足元から浮き上がるような感覚。視界が、真っ白に染まった。
次に目を開けた時。
肌を撫でたのは、地下の熱風ではなく、心地よい本物の夕風だった。視線を上げれば、そこにはどこまでも広がる、美しい、本物の夕焼けがあった。
Bランクダンジョン《再遠征》。
――完全攻略。
私は、自身の手の中にある、深紅に脈打つ王級魔核をじっと見つめた。
これが、私だけの武器になる。
そんな予感がした。




