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白の探索者  作者: ニート無職
二章
33/46

煙の向こう

 「俺が十六になった日には、もういた」


 喫煙家の言葉が、解析室に静かに落ちた。


 誰もすぐには口を開かなかった。


 天宮が端末を止める。


 黒城の目が細くなる。


 私は喫煙家を見た。


「十六歳の時からですか」


「ああ」


 煙がゆっくり揺れる。


「二十四年前だ」


 思ったより長い。


 ダンジョン出現からは五十年。


 でも二十四年でも十分異常だった。


「そんな前から見えていたんですか」


「見えてた」


「何なんですか、あれ」


「知らん」


 即答だった。


 私は少しだけ期待していたので拍子抜けする。


「知らないんですか」


「見えてるだけだ」


 喫煙家が煙草をくわえる。


「見えてるからって全部分かるわけじゃねぇ」


 その時。


「霧島」


 声がした。


 曲湾師だった。


 いつの間にか入口に立っている。


「また勝手に動いたのか」


「散歩だ」


「管理局員が三人倒れてたぞ」


「ぶつかっただけだ」


「煙になって突っ切ったんだろ」


「そうだ」


 曲湾師が額を押さえる。


「最悪だな」


「湾、お前も似たようなもんだろ」


「俺は建物を壊してない」


「壊れたのは向こうが悪い」


「そういうところだぞ」


 管理局員たちが遠い目をしていた。


 たぶん日常なのだろう。


 私は少しだけ同情した。


「湾」


「なんだ」


「空のやつ、感じてるか」


 曲湾師は窓を見る。


 少しだけ黙った。


「歪みは感じる」


「そうか」


「見えないけどな」


「だろうな」


 喫煙家が煙を吐く。


「俺には見える」


 私は思わず身を乗り出した。


「どうやってですか」


「煙は広がる」


 喫煙家が天井を見る。


「人間の目が届かない場所にもな」


「だから見える?」


「まあそんな感じだ」


 適当だった。


 本人も説明する気がないらしい。


「それで」


 黒城が口を開く。


「何か分かったことはありますか」


「ない」


 また即答だった。


 黒城が眉をひそめる。


「二十四年間見えていても」


「見えてただけだからな」


 喫煙家は窓の外を見る。


「動かなかったし」


「今までは」


「ああ」


 そこで初めて。


 喫煙家の目が少しだけ鋭くなった。


「今まではな」


 解析室が静かになる。


「変わったんですか」


 私が聞く。


 喫煙家は頷いた。


「近い」


 短い言葉だった。


「前より」


「ああ」


 煙が揺れる。


「だから来た」


 国家滅亡級指定対象がわざわざ管理局へ来る理由としては十分だった。


 天宮が端末を操作する。


「水瀬さんが《残雪》を獲得したタイミングと一致しています」


「偶然ですかね」


「分かりません」


 珍しく真面目だった。


「でも一致しています」


 天宮がモニターを見る。


「同じ時期に観測データも変化しています」


 私は少し考える。


 《残雪》。


 消えた可能性を再現するスキル。


 あれが関係しているのだろうか。


 正直分からない。


 喫煙家がこちらを見る。


「嬢ちゃん」


「はい」


「次のダンジョンいつだ」


「来週です」


「なら俺も行く」


 天宮が固まった。


「は?」


「行く」


「国家滅亡級が?」


「暇だから」


「理由になってません」


「俺の中ではなる」


 曲湾師が笑った。


「相変わらずだな」


「湾も来るだろ」


「行くけど」


「じゃあ問題ない」


 何が問題ないのか分からない。


 黒城は静かに考え込む。


 数秒後。


「許可します」


 天宮が振り返った。


「許可するんですか!?」


「S級戦力が増えるなら断る理由がありません」


「ありますよ!」


「ありますか」


「あります!」


 黒城は少し考えた。


「具体的には」


 天宮が黙った。


 たぶん無かった。


「決まりだな」


 喫煙家が笑う。


 煙が体の周囲で揺れ始める。


「じゃあ来週」


「待ってください」


 私が呼び止める。


「なんだ」


「空のやつ」


 窓の向こうを見る。


 《白虹》を使えば見える。


 あの巨大な存在。


「生き物だと思いますか」


 喫煙家は少しだけ考えた。


 煙草の先端が赤く光る。


「さあな」


「分からないんですか?」


「分からん」


 一拍。


「でも」


 喫煙家が空を見る。


「何かを見てる様には見える」


 その言葉だけ残して。


 喫煙家の体が煙に崩れた。


 白い煙が広がって消える、跡形もなく。


「……」


「……」


「……」


 解析室が静まり返る。


 夢喰いが窓を見る。


『面白い人』


「そうですね」


『煙だった』


「煙でしたね」


 天宮が頭を抱えた。


「来週ですか……」


「嫌なんですか」


「嫌です」


 即答だった。


「国家滅亡級とダンジョンなんて嫌な予感しかしません」


「私もです」


「私もだ」


 黒城まで同意した。


 珍しかった。


 私は窓の外を見る。


 青空、雲、そしてその向こう。


 《白虹》で見える何か。


 それは確かに昨日より近かった。


 まるで、こちらを観察しているように。

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