観測
翌日。
私は管理局の会議室に呼ばれていた。
「嫌な予感しかしません」
「私もです」
黒城が即答した。
珍しく意見が一致した。
扉の向こうから声が聞こえる。
「だから面白いんですよ!」
「面白いで済ませないでください!」
天宮だった。
そして黒城のこめかみに青筋が浮いた。
「帰っていいですか」
「だめです」
即答だった。
扉が開く。
「来ましたか!」
天宮が勢いよく立ち上がる。
机の上には資料が山積みで、管理局員たちが疲れた顔をしていた。
「水瀬さん!」
「はい」
「最高です!」
「何がですか」
「《残雪》です!」
やっぱり。
私は少しだけ遠い目をした。
天宮は構わず続ける。
「《白虹》は隠されたものを見るスキルです!」
「はい」
「では《残雪》は?」
「消えた可能性を再現する」
「そう!」
天宮が机を叩いた。
「ここです!」
何がだろう。
全然分からない。
「普通の探索系スキルは情報取得で終わります!」
「はい」
「でも《残雪》は違う!」
天宮がホワイトボードへ書き始める。
白虹。
残雪。
矢印。丸。謎の図形。
五分後。
誰も理解できなくなった。
「天宮」
黒城が低い声を出す。
「結論を」
「つまり!」
天宮が振り返る。
「水瀬さんのスキルは“可能性”に干渉している可能性があります!」
会議室が静かになった。
「可能性?」
「はい!」
天宮は嬉しそうだった。
「《白虹》は隠れた情報を見る!」
「はい」
「《残雪》は失われた可能性を見る!」
「そうですね」
「共通点があります!」
「何ですか」
「どちらも“見えないもの”を扱う!」
黒城が額を押さえた。
「最初からそう言え」
「言いました!」
言っていないと思う。
たぶん。
会議は一時間ほど続いた。
結論として、分かったことは少ない。
ただ。
《残雪》が偶然ではないこと。
そして。
今後も新しいスキルが開放される可能性が高いこと。
それだけだった。
「ということで!」
天宮が最後に言う。
「もっとダンジョンに行きましょう!」
「それが目的でしたね」
「もちろんです!」
知っていた。
午後。
会議が終わって部屋へ戻る途中に中庭で、ベンチに座っている夢喰いを見つけた。
「何してるんですか」
『空見てる』
隣に座る。
青い空だった。
雲が流れている。
「何か見えますか」
『見えない』
少し間が空く。
『でもいる』
「そうですね」
私にも見えていた。
《白虹》を使わなくても。
気配だけは分かる。
遠く、空の向こうに何かがいる。
「近づいてますかね」
『分からない』
夢喰いは首を傾げた。
『でも前より近い』
同じ感想だった。
少しだけ、本当に少しだけ、近づいている。
その時。
端末が震えた。
黒城からだった。
「はい」
『水瀬さん』
声が硬い。
「どうしました」
『至急、解析室へ来てください』
「何かありましたか」
数秒の沈黙。
そして。
『空の観測データに変化がありました』
私は立ち上がった。
夢喰いも立つ。
『来た?』
「たぶん」
黒城が続ける。
『天宮が発狂しています』
「それはいつもでは」
『今回は本当に発狂しています』
それは大変かもしれない。
私は夢喰いと顔を見合わせた。
そして、二人で解析室へ向かった。
解析室へ入ると、天宮がうるさかった。
天宮がモニターを指差す。
「見てください!」
画面には空の観測データ。
私には意味が分からない。
「何ですかこれ」
「ノイズです!」
「はい」
「空にだけ発生してます!」
「はい」
「問題はそこじゃない!」
天宮が机を叩く。
「昨日まで存在しなかったんですよ!」
「観測衛星、気象レーダー、管理局の監視網」
「全部です」
「同じ位置に微弱な異常反応が発生しています」
私は窓を見た。
空は普通。
でも《白虹》を使うと見える。あの存在、前より少し大きい。
「近づいてる」
天宮と黒城が同時に振り返る。
「見えるんですか?」
「昨日より近いです」
天宮が沈黙。
「最悪です」
天宮の顔から笑みが消えていた。
「どうしてですか」
「昨日まで人間にしか観測できなかったものが、今日は機械にも映っている」
天宮がモニターを見る。
「向こうも現実へ近づいている可能性があります」
煙草の匂いがした。
振り返ると、いつの間にか男が立っていた。
「よう」
煙が揺れる。
白い煙が体全体から流れていた。
「嬢ちゃん」
私は少し警戒する。
「煙草吸う?」
「吸いません」
「そうか」
「誰ですか」
男は笑う。
「喫煙家」
その瞬間。
解析室が静かになった。管理局員の何人かが顔を上げる。
天宮が露骨に嫌そうな顔をした。
「ここで吸わないで」
「酷いな」
「煙草臭い」
黒城が小さく息を吐いた。
「国家滅亡級災害指定対象」
私は思わず男を見る。
「……え?」
「そんな顔するなよ」
煙が揺れる。
「今日は大人しいぞ」
そう言って、喫煙家が窓の外を見る。
数秒。
煙が止まった。
喫煙家の表情が変わる。
「……ああ」
小さく呟く。
「そういうことか」
「何がですか」
喫煙家は答えない。
ただ。
空を見たまま笑った。
「面白ぇな」
「知ってるんですか」
「いや」
喫煙家が煙を吐く。
「俺が覚醒した日にはもういた」




