残雪
Bランクダンジョンは、商業施設の地下にあった。
ショッピングモールの駐車場の隅に、黒い門がある。
買い物客が遠巻きに見ている。
管理局の規制線が張られていた。
「……街中にあるんですね」
「当たり前だ」
曲湾師が言う。
「ダンジョンは場所を選ばない」
「Bランクでも?」
「Bランクでも、Aランクでも」
そうだ、学校で習った。
ランクと場所は関係ない。
いつでも、どこでも、湧く。
夢喰いが門を見ていた。
『大きい』
「Cランクより大きいですね」
『空気、重い』
「感じますか」
『うん』
黒城が近づいてくる。
「状態確認します」
「大丈夫です」
「《白虹》は」
「使えます」
「夢喰いは」
夢喰いが静かに頷く。
『問題ない』
「よろしい」
黒城は端末を操作する。
「今日はBランク第三層まで」
「また浅いですね」
「初回です」
「分かりました」
黒城は端末を閉じた。
「無理をしないでください」
「しません」
「本当に」
「本当に」
曲湾師が苦笑する。
「毎回同じだな」
「毎回必要なので」
門をくぐった。
私は意識を集中させる。
「《白虹》」
小さく呟いた瞬間。
視界が変わる。
Cランクより情報が多かった。
壁の魔力の流れが複雑だ。
通路が入り組んでいる。
「……複雑ですね」
「Bランクはそうだ」
「迷いそう」
「迷子になるなよ」
「なりません」
夢喰いが静かに前を向く。
『二体、前』
「どの方向ですか」
『右の曲がり角』
「分かりました」
曲湾師が前へ出る。
私は《白虹》で状況を確認しながら後ろにつく。
前方に二つの輪郭。
Cランクのスカベンジャーより大きい。
形が違う。
「熊型です。二体」
「弱点は」
《白虹》で見る。
もとの形の残影。
熊だったもの。
魔力の流れを確認する。
「胸の中央に向かって魔力が集まってます」
「そこを狙えばいいか」
「たぶん」
曲湾師が空間を歪める。
夢喰いが目を細めた。
『動きを遅らせる』
「頼む」
一体が、急にふらつく。
曲湾師が動いた。
空間の歪みが、胸の中央へ直撃する。
低い音。
一体目が崩れる。
床に、大きな魔石が落ちた。
青みがかった緑色だった。
「綺麗ですね」
「Cランクより質がいい」
もう一体が、咆哮を上げた。Cランクより低い、重い声だった。
『寝て』
立ったまま止まった。
「相変わらず反則だな」
曲湾師が近づく
「少し右寄りです」
「了解」
見えない衝撃が、正確に直撃した。
二体目が崩れ落ちる。
「……当たりました」
「《白虹》で見ながら言われると精度が上がるな」
「そうですか」
「使えるじゃないか」
「ありがとうございます」
「褒めてない。事実の確認だ」
「褒めてますよね」
「……うるさい」
夢喰いが私を見る。
『よかった』
「ありがとうございます」
頭を撫でる。
床に、二つ目の魔石が落ちた。
深い緑色だった。
第二層で、通路が崩れていた。
先に進んだ管理局の先行班が、魔物と戦った痕跡らしい。
「迂回ルートがあるか?」
曲湾師が周囲を見回す。
「確認します」
私は《白虹》で崩れた通路を見た。
瓦礫の下に、魔力の流れが残っている。
崩れる前の構造が、うっすら見えた。
「……あれ」
「どうした」
「崩れる前の形が見えます」
「《白虹》で?」
「はい。通路がここを通ってたみたいで」
私は瓦礫を指さす。
「でも今は塞がれてるから」
曲湾師が瓦礫を見る。
「迂回するしかないな」
その時だった。
視界の端で、何かが揺れた。
《白虹》の光とは違う。
もっと静かな、白い光。
「……?」
意識を向ける。
瓦礫の前に立ちながら。
崩れる前の通路を見ながら。
自然に、手が動いた。
触れる、というより。
もとの状態を、なぞるみたいに。
その瞬間。
瓦礫が、淡く光った。
「っ……」
光の中で。
崩れた通路が、一瞬だけ元の形を取り戻した。
幻みたいに薄い。
でも。
光の通路は不安定だった。床の一部は透けていて、壁もところどころ欠けている。
完全な復元ではない。
「……何をした」
曲湾師が呟く。
「分かりません。でも」
私は光の中を見た。
「通れます。今だけ」
「どのくらい持つ」
「分からないです。長くはないと思います」
曲湾師は一瞬だけ考えた。
「行くぞ」
三人で、光の通路を走った。
抜けた瞬間に光が消えた。
振り返ると、また瓦礫だった。
夢喰いが私を見る。
『新しいスキル?』
「たぶん」
『かっこよかった』
「そうですか」
曲湾師が息を吐く。
「……消えた所を再現した、ってことか」
「そう思います」
「《白虹》とは別のスキルだな」
「はい」
「名前は」
ステータスを開く。
新しいスキルが、静かに表示されていた。
――【《残雪》】
――消えた可能性を一時的に再現する。
「《残雪》です」
曲湾師は少しだけ考えた。
「使える」
「まだ一回しか使ってないですけど」
「使える。それだけ分かれば十分だ」
第三層まで、一時間かかった。
Cランクより慎重に進んだ分だけ時間がかかった。
「記録はどうですか」
「問題ない範囲です」
黒城が端末を操作する。
「《白虹》で何か特異なものは見えましたか」
「それより先に報告があります」
黒城が顔を上げた。
「新しいスキルが開放されました」
「《残雪》です」
黒城は少しだけ黙った。
「崩れた通路を一時的に再現しました」
「消えた可能性を再現する、という効果ですね」
「はい」
「記録します」
黒城は端末を操作する。
「天宮に共有します」
「叫びますかね」
「叫ぶと思います」
出口へ向かう。
外に出た瞬間。
《白虹》が、強く反応した。
「っ……」
「どうした」
空を見るとあの何かが今日は、はっきり見えた。
「……近い」
「何が」
「空のやつが、今日は近いです」
見えないはずなのに、曲湾師が空を見る。
眉をわずかに寄せた。
「何か、感じるな」
「見えますか」
「見えない。でも」
曲湾師は空を見たまま言う。
「空間が、少し歪んでる気がする」
「え?」
「気のせいかもしれないけど」
夢喰いも空を見ていた。
『今日は分かる』
「見えますか」
『見えない。でも、いる』
三人が空を見上げている。
黒城が近づいてきた。
「どうしましたか」
「空に、いつものやつが近いです」
黒城が空を見る。
「見えません」
「曲湾師は空間の歪みを感じてるみたいで、夢喰いは気配を感じてるみたいです」
「三人とも、何かを感知してるんですか」
「私だけ《白虹》で見えてます。他の二人は別の感じ方をしてる」
黒城は少しだけ黙った。
「……《残雪》を使ったのと、関係があるかもしれません」
「え?」
「スキルが開放されたタイミングと、今日の接近が重なっています」
そうか。
《残雪》を使ったから、近づいてきた?
それとも。
偶然?
「記録します」
黒城が端末を出す。
「天宮に今すぐ報告します」
「叫びますね」
「叫ぶと思います」
私はもう一度、空を見た。
《白虹》で見ると。
あの何かが、こちらを見ていた。今日は、はっきりと見ていた。
「……何者ですか」
小さく呟いた。
返事はない。
でも。
揺れた。
まるで。
聞こえたみたいに。
ただ、ずっとこちらを見ている。




