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白の探索者  作者: ニート無職
二章
34/46

煙の遊戯

 国家滅亡級。


 そんな言葉を聞いた翌日、私は訓練場にいた。


「なんでですか」


「ダンジョン前だからです」


 黒城が即答した。


 反論できなかった。


 来週には探索がある、準備は必要だし理屈も分かる、面倒なだけで。


 訓練場には私と夢喰い、それから曲湾師がいた。


 天宮もいる。


 珍しい。


「本当に来るんですかね」


「来るだろ」


 曲湾師が欠伸をする。


「あいつ暇だから」


「理由になります?」


「なる」


 即答だった。


 その時。


 訓練場の隅に煙が湧いた。


「来たぞ」


 曲湾師が言う。


 白い煙が集まる。


 人の形になる。


「よう」


 喫煙家だった。


「本当に来た」


「来るって言ったろ」


 煙草を咥えている。


 相変わらずだった。


 天宮が即座に嫌そうな顔をする。


「禁煙です」


「知るか」


「管理局ですよ」


「だから何だ」


 会話にならなかった。


 黒城はもう慣れているらしい。


 止めようともしない。


「それで」


 喫煙家が周囲を見回す。


「何するんだ」


「訓練です」


「見学でいいか」


「だめです」


 黒城だった。


「同行する以上、最低限の連携確認は必要です」


「面倒だな」


「必要です」


「嫌だ」


「必要です」


 数秒。


 睨み合う。


 先に折れたのは喫煙家だった。


「分かったよ」


 やる気のない声だった。


「何やる」


「模擬戦です」


「誰と」


 全員の視線が曲湾師へ向いた。


「なんでだよ」


 曲湾師が顔をしかめた。


「お前しかいねぇだろ」


 喫煙家が笑う。


「久しぶりだな」


「嫌な予感しかしねぇ」


「俺もだ」


 全然信用できなかった。


 二人が訓練場の中央へ向かう。


 空気が変わる。


 夢喰いが私の袖を引いた。


『壊れる』


「何がですか」


『訓練場』


 説得力しかなかった。


 曲湾師が首を鳴らす。


「一応言っとく」


「なんだ」


「本気出すなよ」


 喫煙家が煙を吐く。


「お前は出していいぞ、本気」


 次の瞬間。


 曲湾師が消えた。


 空間が歪む。


 一瞬で喫煙家の背後へ回る。


 普通なら見えない。


 でも。


 喫煙家の体が煙になり、拳が空を切る。


「相変わらず面倒だな」


 曲湾師が舌打ちした。


「そりゃどうも」


 煙が集まる。


 再び人の形になる。


 そこへ。


 空間が裂けた。


 曲湾師の攻撃。


 だが。


 喫煙家は避けない、煙になり攻撃が通り抜ける。


「無法じゃないですか」


「無法だぞ」


 曲湾師が答えた。


「だから国家滅亡級なんだよ」


 その瞬間。


 喫煙家が指を鳴らした。


 白煙が広がる。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 訓練場が真っ白になった。


「見えない」


 私が呟く。


『いる』


 夢喰いが言う。


 確かに気配はある。


 でも。


 位置が分からない。


 《白虹》を使い、視界が変わる。


 そして。


「え」


 思わず声が漏れた。


 煙の中に無数の喫煙家がいた。


 十人。


 二十人。


 三十人。


 全部本物みたいに見える。


「なんですかこれ」


「煙だ」


 声だけが響く。


「全部煙」


「嘘ですよね」


「本当だ」


 どれが本体か分からない。


 曲湾師も舌打ちした。


「面倒くせぇ」


 その瞬間。


 訓練場の端で爆音が響いた。


 煙が爆ぜたのだ。


 衝撃波。


 轟音。


 防壁が揺れる。


 天宮が頭を抱えた。


「やっぱり帰ってもらえませんか」


「無理だな」


 喫煙家が笑う。


 煙の向こうで。


 曲湾師も笑っていた。


 楽しそうだった。


 嫌な予感しかしなかった。


 煙の中で。


 曲湾師の姿が消えた。


 次の瞬間。


 訓練場の中央が歪む。


 ぐにゃり、と。


 空間そのものが捻じ曲がった。


 煙が裂ける。


 だが。


 喫煙家はそこにいない。


「だから面倒なんだよ」


 どこからか声がする。


 曲湾師が舌打ちした。


「霧島」


「なんだ」


「本体どこだ」


「探せ」


「クソが」


 煙が揺れる。


 その瞬間。


 曲湾師の背後で喫煙家が煙草を咥えたまま現れた。


「後ろ」


 私が言うより早く。


 曲湾師が振り向いた。


 拳。


 衝突。


 轟音。


 空気が弾け、煙が吹き飛ぶ。


 訓練場の防壁が震えた。


「今の本体ですか」


「違う」


 天宮が即答した。


「違うんですか」


「多分」


「多分?」


「私にも分かりません!」


 珍しく半ギレだった。


 煙が再び集まり、今度は十人。二十人。三十人。


 喫煙家が増える。


「おい」


 曲湾師が顔をしかめる。


「増えるな」


「減らすか?」


「減らせ」


「嫌だ」


 楽しそうだった。


 曲湾師が拳を握る。


 空間が軋む。


「知らねぇぞ」


「何がだ」


「壊れる」


「訓練場か」


「管理局が」


 天宮が青ざめた。


「やめてください!」


 誰も聞いていなかった。


 次の瞬間。


 曲湾師の周囲で空間が折れた。


 まるで紙を畳むみたいに。


 煙ごと訓練場の一角が圧縮される。


 轟音。


 衝撃。


 白煙が吹き飛ぶ。


 そして。


「見つけた」


 曲湾師が笑った。


 空中。


 十メートル上。


 喫煙家が浮いていた。


「飛んでる」


 思わず呟く。


「煙だからな」


 曲湾師が即答した。


「便利ですね」


「便利過ぎる」


 黒城が同意した。


 喫煙家は空中で煙草を吸う。


 呑気だった。


「おい霧島」


 曲湾師が見上げる。


「降りてこい」


「嫌だ」


「なんでだ」


「楽だから」


 即答だった。


 曲湾師が舌打ちする。


「子供か」


「お前も似たようなもんだろ」


「……言ったな」


 曲湾師が笑い、周囲の空間が歪んだ。


 その瞬間。


 空中の喫煙家が煙になる。


 消えた。


「上!」


 天宮が叫ぶ。


 次の瞬間。


 訓練場の真上が煙で埋まった。


「うわ」


 私が思わず声を漏らす。


 天井が見えない。


 白い煙が天井付近を覆い尽くしている。


 その中心で。


 喫煙家が笑った。


「湾」


「なんだ」


「本気出せ」


「嫌だ」


「俺が退屈する」


「知らねぇよ」


 そう言った瞬間。


 曲湾師の周囲の空間が歪んだ。


 初めてだった。


 今までより明らかに大きい。


 訓練場の床が軋む。


 防壁の警告灯が赤く点滅した。


『警告。高密度空間異常を検知』


 機械音声が流れる。


 天宮が固まった。


「待ってください」


 誰も聞いていなかった。


 夢喰いが私の袖を引く。


『まずい』


「何がですか」


『ちょっと本気』


 それはたぶん。


 全然ちょっとじゃなかった。


 空気が重くなる。


 違う。


 空間そのものが軋んでいた。


 曲湾師の周囲で、景色が僅かに歪む。


 まるで。


 世界が折れ曲がる前触れみたいに。


 防壁の警告灯が赤く点滅した。


『警告。高密度空間異常を検知』


『警告。高密度空間異常を検知』


 機械音声が響く。


 天宮が青ざめた。


「待ってください」


 誰も聞いていない。


 喫煙家は空中で笑う。


「そうだ、それだ」


「何がだ」


「久しぶりだな」


 煙が揺れる。


「その顔」


 曲湾師の眉がぴくりと動いた。


「殴るぞ」


「もう殴ってるだろ」


 喫煙家が笑う。


 その瞬間。


 空間が大きく捻れた。


 訓練場中央。


 何もない場所が、紙みたいに折れ曲がる。


 轟音。


 床が砕ける。


「うわっ」


 私は思わず後ろへ下がった。


 夢喰いが私の前へ出る。


『危ない』


「分かります」


 分かる。


 めちゃくちゃ危ない。


 黒城が静かに端末を閉じた。


「終了です」


 誰も止まらない。


「終了です」


 もう一度。


 今度は少し強く言う。


 曲湾師が振り返る。


「なんだ」


「訓練場の修理費が予算を超えます」


 数秒。


 沈黙。


 曲湾師が動きを止めた。


「……いくらだ」


「現時点で八千万円です」


 喫煙家が吹き出した。


「高ぇな」


「あなたのせいでもあります」


「半分か?」


「七割です」


「なんでだよ」


「煙爆発」


「納得した」


 納得するんだ。


 天宮が頭を抱えた。


「だから言ったじゃないですか……」


 曲湾師は大きくため息を吐いた。


 周囲の歪みが消えていく。


 警告灯も停止した。


 喫煙家は空中からゆっくり降りてくる。


「つまらん」


「お前が言うな」


「久しぶりに遊べると思ったのに」


「管理局を壊すな」


「まだ壊れてない」


「壊れかけてた」


 完全に子供だった。


 国家滅亡級なのに。


 夢喰いがぽつりと言う。


『仲良し』


「仲良しじゃねぇ」


「仲良しじゃない」


 二人同時だった。


 でも。


 たぶん仲良しだった。

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