永久喪失
ステータス画面。
半透明のウィンドウが、視界の前に浮かび上がる。
名前。
レベル。
基礎能力。
そして。
【職業:《勝負師》】
その文字だけが、
妙に黒く見えた。
喉が渇く。
視線を下へ落とす。
【固有スキル:《BET》】
指先が、わずかに震えた。
初めて見るスキル名だった。
なのに、嫌な予感だけが強かった。
「確認できましたか」
管理局の男が静かに聞く。
私は小さく頷いた。
「……《BET》です」
「BET……?」
男が小さく繰り返す。
聞き慣れない名称だったのか、
保健医の先生も眉を寄せていた。
「効果は」
短い問い。
逃げ場のない声だった。
私は息を飲む。
ステータス画面へ意識を向ける。
半透明の文字列が、ゆっくりと視界へ浮かび上がった。
――【《BET》】
――自身が所有するあらゆる要素を“賭け対象”として指定可能。
――勝利時、賭け倍率に応じ対象を増幅。
――敗北時、賭け対象を永久喪失。
「……っ」
呼吸が止まった。
永久喪失。
その四文字だけが、異様に重かった。
「どうした」
管理局の男の声。
私はすぐに答えられなかった。
視線が説明文から離れない。
その下に、さらに文字が続いていた。
――倍率上昇に応じ、敗北確率変動。
――現在使用可能倍率:1.5倍
――初期賭け対象設定:
【運命】
意味が分からない。
運命?
スキル説明に出てくる単語じゃない。
「水瀬さん?」
保健医の先生が不安そうに声をかける。
私は乾いた唇を舐めた。
「……敗けたら、失うみたいです」
「何を?」
「……賭けたものを」
その瞬間。
空気が変わった。
管理局の男の目が細くなる。
「詳細を」
声が低い。
私は説明をそのまま読み上げた。
静かな保健室に、自分の声だけが響く。
読み終わる頃には、
保健医の先生の顔色は少し青くなっていた。
でも。
一番変わったのは、管理局の男だった。
無表情だった顔から、
わずかに感情が消えていた。
いや。
違う。
これは。
「……一致した」
小さな呟き。
「え?」
男はすぐには答えなかった。
代わりに、
胸ポケットから黒い端末を取り出す。
画面へ何かを表示し、
数秒だけ視線を落とした。
そして。
「水瀬零さん」
初めて。
男が私の名前をはっきり呼んだ。
「あなたを、探索者管理局特別監視対象に指定します」
背筋が冷えた。
「……監視?」
「危険性判定です」
淡々と告げられる。
「《勝負師》は、国家指定危険職業に分類されています」
保健室から、音が消えた気がした。
国家指定危険職業。
言葉の意味が、すぐには頭に入ってこなかった。
「……危険職業?」
かすれた声が出る。
男は静かに頷いた。
「現在、指定されているのは七職のみです」
「七……」
「その大半は、確認例が極端に少ないユニーク職業です」
淡々とした説明。
まるで天気予報でも読むみたいな口調だった。
けれど。
内容だけが、異様に重い。
「理由は?」
気づけば聞いていた。
男は数秒だけ黙る。
その沈黙が、
逆に答えを物語っていた。
「被害事例が存在するためです」
空気が冷える。
保健医の先生が小さく息を飲んだ。
「《勝負師》に関しては、記録の大部分が封鎖指定となっています」
「……なんで」
「詳細閲覧権限がありません」
即答だった。
その言い方で分かる。
知っている。
でも話さない。
「ただ」
男の視線が、
真っ直ぐこちらへ向く。
「一つだけ、確定している情報があります」
嫌な予感がした。
心臓が妙にうるさい。
「初代《勝負師》は、東京第一ダンジョン消失事件の中心人物です」
理解が、一瞬遅れた。
「……消失事件?」
聞いたことがない。
ダンジョン災害の授業でも、
そんな名前は出てこなかった。
男は続ける。
「ダンジョン出現から半年後。東京駅地下に存在していた第一ダンジョンは、内部ごと消滅しました」
雨音が、遠く聞こえる。
「探索者三百二十一名、死亡」
思わず息が止まった。
三百人。
災害級ダンジョンでも、そんな数字は滅多に聞かない。
喉が詰まる。
「うち、生存者は一名」
男の目が細くなる。
「職業、《勝負師》」
背筋に冷たいものが走った。
偶然じゃない。
そんな空気だった。
「……その人は、今」
「消息不明です」
即答。
けれど。
そこで男はわずかに言葉を止めた。
「ただし」
初めて、
男の声に迷いが混じった。
「当時の記録映像に、奇妙な点がありました」
「奇妙な点……?」
男の視線が、私の髪へ落ちる。
静かに。
ゆっくりと。
「……生存確認後、髪が白く変色していたそうです」
保健室の空気が凍った。
白髪くらい、もう慣れていた。
でも。
これに“意味がある”と言われるのは、少し違った。




