表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白の探索者  作者: ニート無職
一章
4/47

寿命

 


 誰も、すぐには口を開かなかった。


 雨音だけが静かに窓を叩いている。


 私は無意識に、自分の髪へ触れていた。


 柔らかい白。


 昔から変わらない色。


 染めたことなんて、一度もない。


 なのに。


 今この瞬間だけは、

 自分の髪がまるで“別のもの”みたいに思えた。


「……偶然、ですよね」


 自分でも驚くくらい、小さい声だった。


 男は答えない。


 否定もしない。


 その沈黙が、

 逆に嫌だった。


「管理局は、私を疑ってるんですか」


「違います」


 即答だった。


「現時点で、あなたと初代《勝負師》の関連性は確認されていません」


「じゃあ」


「ですが」


 言葉を遮るように、

 男は続けた。


「あなたは極めて危険性の高い観察対象です」


 観察対象。


 監視対象。


 危険職業。


 さっきから、

 人間に向ける言葉じゃない。


「……はは」


 乾いた笑いが漏れた。


「なんか、急に化け物扱いですね」


 保健医の先生が顔をしかめる。


「水瀬さん――」


「失礼」


 男が静かに言った。


 けれどその声には、

 少しだけ硬さがあった。


「こちらも職務です」


「職務なら何言ってもいいんですか」


 思ったより低い声が出た。


 自分でも驚く。


 男は数秒黙り、

 それから小さく息を吐いた。


「……あなたが不快に感じたのなら謝罪します」


 感情の読めない顔。


 でも。


 ほんの少しだけ、

 疲れて見えた。


「ただ、《勝負師》は過去に実害を出しています」


 静かな声。


「我々は、“知らない危険”を最も警戒します」


 私は何も返せなかった。


 それは多分、

 正しい言葉だったからだ。


 知らないものは怖い。


 前例のない力は、

 管理できない。


 そんなこと、

 言われなくても分かっている。


「……一つ、確認したいことがあります」


 男がこちらを見る。


「あなたは先ほど、《BET》の対象に“運命”という項目を確認したと言いましたね」


「……はい」


「それ以外は」


「え?」


「他に、“賭けられるもの”は表示されていませんでしたか」


 私は眉を寄せる。


 もう一度、

 ステータス画面へ意識を向けた。


 半透明のウィンドウ。


 《BET》。


 その下。


 【現在指定可能対象:運命】


 やはり、それしかない。


「……ありません」


 答えた瞬間。


 男の表情が、

 初めてわずかに変わった。


 安堵。


 そんな色だった。


 でも。


 次の瞬間。


 ステータス画面が、微かに揺れた。


「……え?」


 ノイズみたいに、

 文字が滲む。


 保健室の照明が、一瞬だけ明滅した。


 空気が重くなる。


 心臓が嫌な音を立てた。


 そして。


 【追加対象を確認】


 視界の中央に、

 赤黒い文字が浮かび上がる。


 【賭け対象:《寿命》】


喉が、ひゅっと鳴った。


「……は?」


 思わず声が漏れる。


 視界の中央。


 赤黒い文字は、消えない。


 【賭け対象:《寿命》】


 理解したくなかった。


 スキルの演出とか、

 そういう冗談であってほしかった。


「どうしました」


 男の声。


 私はすぐに答えられない。


 嫌な汗が背中を伝う。


「……追加対象が、出ました」


 その瞬間。


 男の表情が固まった。


「内容は」


「……《寿命》です」


 保健室から音が消えた。


 雨音さえ遠い。


 保健医の先生が、

 息を呑む気配だけが聞こえた。


「……ありえない」


 男が、小さく呟く。


 初めてだった。


 この人が、

 感情を隠しきれなかったのは。


「何なんですか、これ」


 声が震える。


「寿命を賭けるって、どういう意味ですか」


 返事はなかった。


 男は険しい顔のまま、

 胸元の端末を操作している。


 指の動きが、さっきより速い。


「応答しろ、こちら七課監察員・榊」


 低い声。


『――繋がっています』


 端末から機械音声が返る。


「コード黒。対象職業《勝負師》」


 空気が変わる。


 保健医の先生が目を見開いた。


『……確認しました』


「追加対象に《寿命》を確認」


 数秒。


 通信の向こうが沈黙した。


 そして。


『直ちに対象を隔離してください』


 背筋が冷えた。


「隔離……?」


 思わず呟く。


 男――榊は、

 静かに端末を下ろした。


 その目が、

 さっきよりずっと鋭い。


「水瀬零さん」


 静かな声だった。


 でも。


 そこには明確な緊張があった。


「これより、あなたを探索者管理局本部へ移送します」


「……は」


「拒否権はありません」


 頭が追いつかない。


 さっきまで、

 ただの高校生だった。


 白髪で、

 少し目立つだけの。


 それが今は。


 危険職。


 監視対象。


 隔離。


 管理局移送。


 知らない言葉ばかりが、

 現実を塗り替えていく。


「……なんで」


 気づけば、

 そんな言葉が漏れていた。


「私は、まだ何もしてない」


 榊は答えない。


 代わりに。


 視線だけが、

 私のステータスへ向いていた。


 正確には。


 赤黒く表示された、

 《寿命》の文字へ。


「……それが、“始まってしまった”からです」


始まってしまった。


 その言葉だけが、

 頭の中に嫌に残った。


「……意味、分かんないんですけど」


 声が掠れる。


 榊は数秒だけ黙り、

 それから静かに口を開いた。


「《勝負師》は、“賭けられる対象”が増えるほど危険性が上昇します」


「……」


「初期段階では通常、《運》や《魔力》程度しか確認されません」


 私は眉を寄せた。


「でも、私には《運命》があった」


「ええ」


 榊の表情は重い。


「その時点で既に異常です」


 空気が冷たい。


 保健室なのに、

 妙に息苦しかった。


「《寿命》が追加された事例も確認しています」


嫌な予感がした。


「……それって」


「初代《勝負師》です」


 やっぱりか。


 心臓が沈む。


「当時の記録では、《寿命》追加確認から三日後――東京第一ダンジョン消失事件が発生しています」


 三日。


 たった。


 三日。


「……偶然じゃ」


 最後まで言えなかった。


 榊の顔を見れば分かる。


 管理局は、

 そう思っていない。


「現在、《BET》の発動条件は判明していますか」


「……いえ」


「使用意思だけで発動する可能性があります。絶対に、能力使用を試さないでください」


 絶対に。


 強い口調だった。


 でも。


 その言葉を聞いた瞬間。


 視界の端で、

 赤黒い文字が微かに脈打った。


 【《BET》発動待機中】


「……っ」


 背筋が凍る。


「どうしました」


「これ……勝手に……」


 言いかけた瞬間だった。


 ドクン。


 心臓が大きく跳ねる。


 世界が、一瞬だけ暗くなった。


「水瀬さん!」


 保健医の声が遠い。


 耳鳴りが酷い。


 視界の奥で、

 赤黒いウィンドウがゆっくり開いていく。


 ――【BET対象を選択してください】


 違う。


 私はまだ、

 使うなんて一言も――


 その時。


 窓の外で、

 爆発音みたいな轟音が響いた。


 ガシャァン!!


 保健室の窓ガラスが砕け散る。


「な――」


 風と雨が吹き込む。


 悲鳴。


 校庭側から聞こえる、複数の叫び声。


 榊が即座に振り返った。


「……ダンジョン反応!?」


 次の瞬間。


 校内放送が、ノイズ混じりに響いた。


『緊急警報、緊急警報――校内にゲート発生を確認』


 空気が凍りつく。


『繰り返します。校内にゲート発生を――』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ