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白の探索者  作者: ニート無職
一章
12/46

みつけた

搬入口の空気は、まだ張り詰めたままだった。


 管理局員たちは誰も動かない。


 装甲車の外壁から消えた封印術式。

 その痕跡を、信じられないものを見るみたいな目で見つめている。


「……記録、残ってるか」


「残っていません。封印コードごと消失しています」


「術式破壊じゃないのか?」


「違います。“痕跡が存在しません”」


 その言葉に、空気がさらに重くなった。

 私は黙ったまま、自分の指先を見る。


 何もしてない。


 ……本当に?


 頭の奥で、赤黒いウィンドウが微かに揺れる。


 ――【権限使用履歴:確認不可】


 ぞわり、と寒気が走った。


「……権限って何」


 小さく呟く。


「何か言いましたか」


 黒城の声。


「いえ……独り言です」


 本当のことなんて言えるわけがなかった。


 曲湾師が、眠そうな目のままこちらを眺めている。


「なあ黒城」


「なんですか」


「こいつ、マジで隔離だけで済ませる気?」


「現時点では」


「ふーん」


 興味なさそうに返事をしながら、曲湾師は私から視線を外さない。


 その目だけが、妙に鋭かった。


「……何ですか」


「いや」


 曲湾師はぼそっと呟く。


「壊し方を知ってる目だなって」


 その言葉に、一瞬だけ指先が強張った。

 自分でも気づかないほど小さな反応。


 でも。


 曲湾師は、それを見逃さなかった。


「……図星か」


「042」


 黒城の声が低くなる。


「これ以上の刺激は控えてください」


「刺激してんの俺?」


「主に存在が」


「ひど」


 でも曲湾師は少し笑った。


 その瞬間、周囲の景色がまた僅かに揺らぐ。


 管理局員たちが一斉に身構えた。


「……お前らさ」


 曲湾師が面倒そうに言う。


「毎回そんなビビる?」


「あなたが毎回問題を起こすからです」


「今回は何もしてないだろ」


「空間が歪んでいます」


「仕様」


「仕様で済ませないでください」


 漫才みたいな会話なのに、周囲の誰も笑わない。


 たぶん本気で危険だからだ。


『警告。搬入口滞在時間、規定値超過』


『収容対象を速やかに移送してください』


 無機質な機械音声。

 そこでようやく、管理局員たちが動き始めた。


「水瀬零を第七拘束棟へ移送します」


「第七?」


 私が反応すると、黒城が淡々と答える。


「新規高危険度対象用の仮収容区画です」


「仮ってことは?」


「本収容先は再査定後に決定します」


 嫌な予感しかしない。


「ちなみに国家級は?」


「地下深層です」


「聞かなきゃよかった」


 曲湾師が横から口を挟む。


「深層はやめとけ」


「……そんなにヤバいんですか」


「俺でも行きたくない」


 初めて少しだけ、本気っぽい声だった。


「何がいるんです」


「静かなやつら」


「余計怖いな」


「騒ぐやつはまだマシ」


 曲湾師は気怠そうに目を細める。


「本当にヤバいのは、何も喋らない」


 その声だけ、妙に重かった。


 地下都市の奥。


 さらに下へ続く巨大昇降機を見ながら、私は無意識に息を呑む。


 ――この下には、

 曲湾師ですら警戒する“何か”がいる。


 そう思った瞬間。


 視界の赤黒いウィンドウが、また静かに点滅した。


 ――【深層区画への接続反応を確認】


「…………は?」


 嫌な予感が、今までで一番強かった。



 第七拘束棟へ向かう通路は、異様なほど静かだった。


 足音だけが響く。


 金属床。冷たい照明。壁一面に刻まれた封印術式。ここは地下都市なのに、妙に“病院”みたいだった。


 ただし。


 入院しているのが、人間とは限らないだけで。


「……視線感じるんですけど」


 私が小さく呟く。


 通路の途中。


 分厚い隔壁の小窓から、誰かがこちらを見ていた。


 黒い影。


 顔は見えない。


 でも。


 確実に“いる”。


「見ないでください」


 黒城が即答する。


「え、でも」


「目を合わせないでください」


 声色が少しだけ強かった。


 私は慌てて前を向く。


 その瞬間。


 カン、と。


 後ろで何かが鳴った。振り返りそうになる。


 でも。


「振り返らないで」


 今度は、曲湾師だった。


 さっきまでの気怠そうな声じゃない。


 妙に低い。


「……何ですか」


「今の、目ぇ合ったらダメなやつ」


「そういうの先に言ってくださいよ……」


「間に合わなかった」


「最悪」


 曲湾師は少しだけ笑う。


 でも。


 その笑い方は、どこか警戒していた。


 通路の奥。


 重い隔壁がゆっくり開く。


『第七拘束棟・入域承認』


『対象コード仮指定:零』


「仮指定って何ですか」


「正式な危険度認定前だからです」


「嫌なシステムだな……」


 中へ入った瞬間。


 空気が変わった。


「……っ」


 寒い。


 温度じゃない。


 空間そのものが、妙に冷えている。


 視界の赤黒いウィンドウが、小さくノイズを走らせた。


 ――【高密度封鎖領域】


 ――【外部干渉制限中】


「ここは?」


「能力抑制層です」


 黒城が歩きながら答える。


「第七拘束棟は、

 “暴走前提”で設計されています」


「前提にしないでほしい……」


「安心してください」


「何を」


「ここで暴走しても半径三区画しか消えません」


「安心できる要素どこ...」


 曲湾師が吹き出す。


「はは、好きだわお前」


「私は好きじゃないですこの施設」


 通路の両側には、番号付きの扉が並んでいた。


 001。

 002。

 003――


 でも。


 いくつかの扉には、番号が存在しない。


 削り取られている。


「……あれ何ですか」


 私が聞くと、黒城は少し黙った。


「欠番です」


「なんで?」


「中身が消えたからです」


 背筋が凍る。


「消えた?」


「収容対象ごと、区画ごと、記録から消失しました」


「…………」


 嫌すぎる。


 ここ、怖い話しかない。


 曲湾師が、ぼそっと呟く。


「まだマシな方だけどな、ここ」


「これで?」


「上は“事故”で済むから」


「下は?」


「報告書ごと消える」


 全然意味が分からない。分かりたくもない。


 黒城が立ち止まる。


 目の前。


 他の扉より一回り分厚い、白銀色の隔壁。


『仮収容室・07』


『封鎖状態正常』


『内部認識汚染:なし』


「こちらです」


「認識汚染って普通に言うんですねこの施設……」


「普通に発生するので」


 嫌すぎる。


 隔壁が重々しく開く。中は意外なほど簡素だった。


 ベッド。机。壁面モニター。


 そして。


 部屋全体を覆うように、

 青白い術式が幾重にも走っている。


「……監獄っていうか病室」


「長期収容を前提にしてますから」


「長期」


 その単語、聞きたくなかった。


 黒城が端末へ触れる。

 すると、部屋の術式が低く発光した。


『対象:水瀬零』


『仮収容プロトコル開始』


『外部干渉を監視します』


 赤黒いウィンドウが、一瞬だけ反応する。


 ――【干渉制限を確認】


 頭の奥が、チリ、と痛んだ。


「……っ」


「異常がありますか」


 黒城の視線。


 私は反射的に首を振る。


「……大丈夫です」


 本当は全然大丈夫じゃない。


 でも。


 “あのウィンドウ”の存在を、

 まだ誰にも話したくなかった。


 曲湾師が、部屋の入口にもたれかかる。


「なあ」


「何ですか」


「お前さ」


 眠そうな目が、じっと私を見る。


「最近、“変な夢”見てない?」


 心臓が止まりかけた。


「……なんで」


「やっぱ見てるか」


 曲湾師が小さく息を吐く。


「高位干渉型って、

 だいたい最初そこから始まるんだよな」


 黒城の目が細くなる。


「042。その情報は記録されていません」


「だって誰も生還しねーもん」


 さらっと怖いことを言った。


「夢って?」


 私が聞くと、曲湾師は少し考える。


「場所」


「場所?」


「知らないはずなのに、知ってる場所」


 ぞわり、とした。


 脳裏に、一瞬だけ浮かぶ。


 暗い廊下。赤い光。どこまでも続く扉。


 そして。


 “下へ行け”という声。


「……っ」


「図星」


「……知らないです」


「嘘下手だな」


 曲湾師は笑う。


 でも。


 その顔から、

 いつもの軽薄さが少し消えていた。


「気をつけろよ」


「何をですか」


「呼ばれると、戻れなくなる」


 空気が静まる。


 その瞬間。


 部屋の照明が、ぴくり、と揺れた。


 同時に。


 壁一面へ刻まれた封印術式が、一瞬だけ不安定に揺らぐ。


『封鎖術式出力低下を確認』


『原因解析――失敗』


 機械音声。


 けれど。


 黒城の目が、僅かに細くなった。


「……042」


「分かってる」


 曲湾師が、壁からゆっくり背を離す。

 眠たげだった空気が消えていた。


「今の、“内側”じゃねえ」


「はい」


 黒城が短く返す。


「下層から干渉されています」


 下層。


 その単語だけで、胃の奥が冷えた。


 視界の赤黒いウィンドウが、ノイズ混じりに点滅する。


 ――【深層接続反応増大】


 ――【夢界層との接触を確認】


「夢界……?」


 無意識に、声が漏れた。


 ぴたり、と。

 黒城の視線がこちらへ向く。


「……今、何と言いましたか」


「あ」


 しまった。


 自分でも気づかないうちに、口に出していた。


「いえ、その……」


 誤魔化そうとした瞬間。


 曲湾師が、妙に面白そうな顔をした。


「おー。そこまで見えてんのか」


「だから何なんですか、それ」


「普通は認識できねえ領域」


「説明雑すぎません?」


「詳しく説明できる奴、たぶんもう残ってない」


 嫌な言い方だった。


 黒城が小さく息を吐く。


「042、余計な発言は控えてください」


「無茶言うなって」


 その時。


 ――カツン。


 部屋の外。


 静かな通路から、小さな音が響いた。


 全員の動きが止まる。


「……誰か来ました?」


「あり得ません」


 黒城が即答する。


「第七拘束棟は現在封鎖中。職員の侵入許可も出ていない」


 なのに。


 カツン。


 また足音が鳴る。


 軽い音。


 硬い床を、小さな靴が叩くみたいな。


 曲湾師の表情から、完全に気怠さが消えた。


「……おいおい」


「確認しています」


 黒城が端末へ触れる。


 だが次の瞬間。


『警告』


『第七拘束棟内部に未登録反応を確認』


『識別照合――』


『失敗』


『失敗』


『失――』


 ブツン。


 音声が途切れた。


 同時に。


 部屋の照明が、一瞬だけ赤く染まる。


 空気が凍った。


 そして。


 通路側の小窓へ、

 “誰か”が立っていた。


「――っ」


 小さい。黒い長髪。病衣みたいな白い服。

 前髪の隙間から覗く、黒紫の瞳。


 幼い少女。


 なのに。


 見た瞬間、本能が理解した。


 アレは、人間じゃない。


 息が詰まる。


 目を逸らさなきゃいけない。

 そう思うのに、視線が外れない。


 少女が、じっとこちらを見る。


 髪が、まったく揺れていなかった。


「……あ」


 小窓の向こうで、少女が小さく口を開く。


 その瞬間。


 声が、頭の奥へ直接響いた。


『みつけた』


 ぞわっ、と背筋が粟立つ。


 赤黒いウィンドウが、激しく点滅した。


 ――【深層指定個体を確認】


 ――【識別番号:■■■】


 ――【識別権限不足】


 ――【接続率上昇中】


「零、視線を切ってください!」


 黒城の怒声。


 でも。


 身体が動かない。


 少女が、小さく笑った。

 その笑顔だけが、異様に優しかった。


『やっと、見つけてくれた』


 瞬間。


 視界が、真っ黒に塗り潰された。

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