閑話 ヨウカイ荘の人々
「なんだー強奪とか言うから焦ったわ!」
「ふむ…レンさんの悪ノリですね。何事もなく安心しましたよ、レディ」
ミランダの大声に駆けつけたアンとジョンは、ホッとしたように言った。
「まぁ!何事もなくないのですわ!私、これでまた無一文でしてよ!」
ミランダは憤慨しているのだが、元々が育ちの良いお嬢様である。
下町育ちのアンとジョンには、プンスコといった擬音の付きそうなミランダの憤慨は可愛らしく不満を口にしているようにしか見えなかった。
「まぁ、無一文でも問題なくない?レンさんなら無賃滞在で追い出すなんてしないでしょ?」
「そうですね。我々もそれで救われたくちです」
「まぁ…そうなんですの?」
ミランダ憤慨をやめ、興味深くアンに尋ねた。
「私、何年か前に両親が死んでさぁ~。ウチに乗り込んできた親戚に家乗っ取られて追い出されたんだよね〜!そんで、たまたまレンさんに出会ってヨウカイ荘に連れてこられたの」
「まぁご両親が?それはお気の毒に…。それに、その流れ…私とまったく同じでは?」
「そうなの!だから、ミランダに超共感!!ウチら、同い年の独り身仲間じゃん!イェ~イ!」
ミランダの肩に自身の腕をまわすアンを見ながらジョンも頷いた。
「私も似たようなものです。今の貴方達と同じ年頃に家が没落し一家離散…その日の寝食もままならない時に偶然出会ったのがレンさんでした。それから、ずっとここでお世話になっています」
「そうでしたの…ここの住人は皆さんレンさんに恩のある方ばかりですのね」
こうやって、3人の人間を拾って部屋に置いてくれていると考えると、やはり蓮は良い人なのかもしれない…とミランダは思い直した。
持っていかれた金銭は…まぁ、確かに正当な取り立てではあるのだし、と。
「まぁ、結果として恩のある私たちが残っただけなんだけどね」
「無理もありません。適応出来る人は少ないでしょうし」
2人の言葉にミランダは引っかかりを感じた。
「結果的に…とは?」
2人は顔を見合わせ頷き合ってから話し出す。
「ミランダ嬢はアパートとは無縁の生活でしたでしょうし、ご存じないでしょうが…このアパートは条件だけ見るととても良い物件です。家賃は付近の相場の半額。平日は朝晩の食事提供に、希望すればランチボックスも用意していただけます。もちろん休日は3食用意されますし。それらは全て無償です」
「でも、住人は私たちだけでしょう?部屋はまだ何室か空いてるのに。なんで住人が他にいないのか…それは、このアパートがゴーストアパートで有名だからなんだよ」
「ゴーストアパート?」
とミランダが尋ねる。
「そうそう!ミランダは視えるから、違和感なかったんだろうけどさ。普通の人にはオタエさんが物を運んでくれる時にはフワフワ〜って浮かんでるだけに見えるし」
「ヨシ君は人見知りしない性質みたいで、客人の裾を引いたり、オヤツを分けてくれますからね。何も分からない人には不気味に感じるのでしょう」
「ウチらは生きるか死ぬかの瀬戸際で拾われてるみたいな所あるからね。オタエさんの持ってきてくれたおにぎりとお味噌汁に釘付けで、浮いてるとかどうでも良かったから」
「あの時のおにぎりの絶妙な塩味と甘味。お味噌汁の芳醇な香り。今思い出しても感動物です」
うんうん、と頷くアンと目を瞑りながら思い出に浸るジョンさん。
確かにあの時のあの味は忘れがたいとミランダも同意した。
「ミランダってさ。昔からゴーストとか視えてたの?」
ふとアンがミランダに尋ねた。
「いいえ。視たことありませんわ。オタエさんやヨシ君の様な普通の人間と同じ見た目なら気付かないかもしれませんが…」
蓮に連れられて行った2回の調査。そのどちらでも異様な光景を目にしている。あの様な経験は今までしたことがなかった。
「それでも、ゴーストやヨウカイを視るようになったのはこのアパートに来てからですわ」
ガチャ、と扉が開き眉間にシワを寄せた蓮が部屋から出てきた。
「お楽しみの所悪いが、いつまで俺の部屋の前で話し込むつもりだ?場所を変えてもらおうか」
その言葉に、ミランダ達は蜘蛛の子を散らす様にその場を立ち去った。
「あら、そうだったのかい?私はてっきり、ミランダは初めから視える人間だと思ってたよ」
コトリと4人分の湯呑みを出してお妙が言った。
「それは、オタエさんやヨシ君があまりにも自然で人間らしかったからですわ」
そう言って、出してもらった緑茶を一口飲んだ。
蓮の圧にその場を散った3人だったが、結局みんな部屋には帰らず食堂に集まっている。
そして何故か蓮も。
「ああ見えて、レンさんは意外と寂しがり屋さんなのです」
モノクルをクイッと直しながら小声でジョンがミランダに囁く。
なるほど、部屋の前でワイワイしていたので自分も仲間に入りたかったのだな、とミランダは思った。
「ミランダは、ヨシに選ばれたんだろう」
ボソリと蓮が言った。
「選ばれた…ですか?」
ミランダは聞き返す。
ミランダの膝によじ登ったヨシが、お妙から渡されたクッキーを食べ始めた。
その様子を一瞥して、蓮は口を開く。
「何故か相当ミランダを気に入っている。他の人間には、せいぜい裾を引くくらいしかアピールしないんだ。ヨシはミランダに“視る力”を与えた。自分を認識してほしい一心でな。座敷わらしは神に近い存在だから、そういう事も可能なんだ。滅多にないことだがな」
ミランダは膝に座るヨシの頭を、無意識に撫でていた。
「今ヨシ君はミランダ嬢の膝に座っている様にお見受けします。私やアンは、せいぜい隣に座ってお菓子を分けてくれる程度です」
ジョンが、ミランダの前で宙に浮きサクサクと消えていくクッキーを見ながら教えてくれた。
「それも相当気に入られている部類だがな」
蓮が残念そうなジョンにそう言った。
「でもわかるな〜ヨシ君の気持ち!だって、ミランダ超美人だもん!お膝に座りたいよねーヨシ君!」
そうアンが明るく言うと、ヨシはアンにニッコリと笑ってクッキーを差し出した。
「いいのー?ありがと!」
アンはヨシからクッキーを貰うと、ヒョイと口に入れて
「うまっ!」
と言うと、
「オタエさーん!ウチもこれ食べたい!もっとあるぅ?」
とキッチンに向かう。
台所でお皿を片付けていたお妙が
「ちょいとお待ちよ!こら、勝手に新しいの開けないで、こっちの古いのから…あぁ、もう!困った子だねぇー」
と言う声が聞こえた。
あまりにも自然なやり取りに、本当に見えていないのが不思議なくらいだった。
「まぁ、だからさ!しばらく職なしの無一文でも問題ないよ!」
どんなやり取りをしたのか、お皿にたっぷりのクッキーを乗せたアンが戻ってきてミランダにそう言った。
そうだ、色々話が逸れたが、元々そんな話をしていたのだ。
「しかし、それでは負債が溜まる一方ですわ」
それに、負債が溜まればまた怪異討伐に駆り出されるのだ。
ガウル家の一件で、蓮の怪異討伐が詐欺行為ではないと思い直したが、喜んで手伝いたい部類の仕事ではない。
ミランダの脳裏に、垢舐めのおぞましい姿や、怪音がした時の恐怖が蘇り身震いする。
怖いものを見たり、聞いたりするのは出来ればご遠慮願いたい。
「負債…ですか?」
ジョンがミランダに不思議そうに尋ねる。
「えぇ、働かざる者食うべからず、なのでしょう?ここでお世話になる間は、食べた分だけ怪異討伐を手伝うように言われているのですわ」
そうミランダが答えると
「げっ、マジ?」
クッキーを頬張るアンがこちらを見て言った。
「………私、職が見つかってからで良いと言われていました。それ以前の経費は返却不要だと」
「ウチも…そう言われた…」
バッと一斉に蓮の方を向く。
いつの間に立ち去ったのか、そこには蓮の姿はなく、空の湯呑みだけが残されていた。
「やっぱり詐欺師ですわー!」
ミランダの叫びに、アンとジョンは同意せざるを得なかった。




