閑話 アデット3
立ち上がってきたルークを冷ややかな目で見つめるアデット。
口元には冷笑を。
そして、放つ言葉は上から目線の挑発。
「さあ、少年。『赤能者』の実力を見せてみなさい………、まあ、大勢で蜂起しておいて、辺境の一狩人でしかない『白ウサギの騎士』に敗れたのですから、大したことはないんでしょうけどね」
「!!!!」
明らかに『白ウサギの騎士』を嘲る内容に、
ルークは激しい怒りをその目に宿す。
けれども、すぐに打ちかかったりはしない。
真正面から作戦も無しに突っ込めば、押し負けるに決まっている。
力は向こうの方が上。
技は比較するのも馬鹿らしくなるくらいの差。
心までは負けたくないと思っているが、
格下だからと言って向こうは油断してくれる程甘くはない模様。
重力波も駄目。
近接戦も駄目。
となると、銃や投擲武器を用意したくなるが、あいにく手元にはない。
このまま時間切れを待つという選択肢は取れない。
意地でもアイツに一泡吹かせないと一生何物にもなれないままだ、とルークは確信。
けれども、遥か格上相手に一泡吹かせる手段なんて、そう簡単に思いつかない。
ルークの対人戦闘経験はそれなり。
ただし、その多くは『躯蛇』に所属する前、孤児院時代の話。
少ない食料を巡って、子供同士で争い、
小遣い稼ぎで街に出れば不良に絡まれ、
格闘技の『か』の字もない喧嘩に明け暮れた毎日。
『躯蛇』に所属してからは、主に『赤能者』の能力を鍛え上げる訓練が中心。
稀に格闘技の訓練との名目で、『赤能者』の先輩から一方的にボコられた程度。
反撃したら何倍にもお返しされるので、黙ってサンドバックになるしかなかった。
当然、正規の戦闘訓練なんて学んだことは無く、
唯一、自信を持って言えるとしたら、
あの『白ウサギの騎士』に『狩人の戦い方』について、
簡単なレクチャーを受けたことがあるくらい。
そういや、ヒロに格上と戦う方法について、
教えてもらったことがあったなあ………
ふと、ルークの頭にヒロから学んだ『狩人の戦い方』が過る。
もう2ヶ月も前の話になるが、今でも数日前のことのように覚えている。
<回想シーン(731話 後始末4の合間)>
「狩人の基本は、自分より弱い相手と戦うことだ!」
バッツとルークを前にして、ヒロは胸を張ってそう言った。
ここはヒロのホームであるガレージ内。
空いた時間を利用して、2人へと『狩人の戦い方』について語るヒロ。
「えー、ヒロ。ソレ、格好わるーい」
「ヒロ兄ちゃん……、言いたいことは分かるけど……」
今だけの生徒である2人は微妙な顔。
どんな素晴らしい金言が聞けるのかと思ったら、
いきなりロマンの欠片もない言葉が飛びだしてきた。
「何を言う! 基本的なことだぞ!」
ヒロは2人の反応に不満げな様子で言い返す。
「訓練やスポーツじゃないんだ! 負けたら終わり。だから狩人は、確実に勝てる相手しか狙わない。自分より弱い相手を見つけ、金に飽かせて……いや、マテリアルに飽かせて強い武器を用意し、相手よりも頭数を集めて、数の暴力で蹂躙するのが理想だ」
「身も蓋もないね」
「その代わり安全が買える。ソレは何よりも大切なことだ」
ルークの感想に素早く切り返すヒロ。
その表情は冗談を言っている雰囲気ではない。
「その次に重要なのがコストなんだけど……、ソレを考えるのはもうしばらく経ってからだな。どうしても安全と競合し合うから………、当面は安全第一を優先。コストは度外視して、まずは経験を積むことだ。幸いなことに、バッツもルークもそれなりに蓄えができるだろうから、とにかく、最初は安全をマテリアルで買う感覚で準備を怠るなよ」
「………やっぱり安全は大事だよね」
ヒロの説明にバッツは『うんうん』と唸る。
何やら感銘を受けた様子で、目を輝かせている。
しかし、ルークの方がやや腑に落ちない表情で口を開く。
「でもさ~、ヒロ。僕だって、強い奴と戦うよりも、弱い相手を楽に倒したいと思うけど、現実、そう上手くいかないことってあるよね。いきなり強い奴と遭遇したり、襲われたりしてさ。状況によっては逃げられないこともあるし……、そういう時は、ヒロはどうするのさ? 自分より強い相手と戦うことになったら……」
ルークからの至極当たり前の質問。
対してヒロは、少しだけ考え込むようなそぶりを見せた後、
「う~ん……、俺って、自分より強い相手と戦ったことが無いからなあ~」
これこそ身も蓋もないような回答を口にした。
事実、ヒロは最強であり、この世界に自分より強い者は存在しない。
手強い敵、苦戦した相手はいるものの、戦闘力に置いて自身を上回るモノと遭遇したことがないと言える。
周りの被害を無視、且つ、後先考えなければ、どのような敵だって打ち砕いて見せるのが闘神と仙術を兼ねし者なのだ。
しかし、当たり前だが、ヒロを除くこの世の狩人全てはそうではない。
あまりに参考にならない答えに、ルークは呆れ顔を見せる。
「いやいやいや! それじゃあ、参考にならないでしょ! ………って言うか、自分より強い奴と戦ったことがないって、普通に信じられないんけど? 第一、ヒロは『闇剣士』と戦ったんだよね! それに未踏破区域の紅姫も! 噂じゃ重量級とか超重量級とかって聞くけど?」
勢い良く突っ込むルーク。
けれども本当のことしか話していないヒロはあっけらかんと返す。
「何言っているんだ、ルーク。闇剣士も紅姫も、俺がこの手で倒したんだから、俺より弱いに決まっているだろ。それに、そいつ等、少しヒヤッとさせられたことはあったけど、そんなに手強い敵じゃなかったぞ」
「マジかよ……、もしかして、僕達、教わる人を間違えてない?」
思いがけない答えにルークは唖然。
テストで良い点を取るために、頭の良い奴に勉強方法を教えてもらおうと思ったら、『勉強したことが無い』と返ってきた心境と言うべきか。
言葉通り、ヒロは自分より強い相手と戦ったことがない程強いのなら、ヒロは自分より弱い相手との戦いしか知らないということになる。
当然、バッツとルークはそうではない。
自分達より強い相手なんて山ほどいる。
あまりに乖離した指導役と生徒であろう。
『本当に参考にしても良いのだろうか?』
『立場が違い過ぎて役に立つのだろうか?』
そんな心境が見え隠れ。
不安そうな顔になるルーク、
困ったような顔を見せるバッツに、
ヒロは慌てて、言葉を続ける。
「あああ、そ、その……、なんだ。別に自分より強い相手との戦い方を知らないわけじゃないぞ………、そういった時には………、えっと………」
ヒロはしどろもどろになりながら、何とか答えをひねり出そうと四苦八苦。
ジトーッと見つめてくる2人の視線を気にしながらも、
数秒後には落ち着いた様子で咳払いを一つしてから説明を再開。
「コホンッ! ……自分より強い敵と戦うことになったなら、まず、敵の弱い所を探して、自分の強い部分で戦うんだ」
思考加速を使って、頭の中でじっくりと練った内容。
自らの経験ではなく、元の世界で仕入れた本や漫画、アニメの知識の総動員。
参考になりそうなセリフや言い回しを思い出して、それっぽく再構成。
「相手が全ての部分において自分より強いなんてことはまずない。だから自分の得意な戦場に引きずりこむんだよ。射撃が得意な敵なら接近戦で、逆に接近戦が得意なら射撃戦で。射撃も近接も得意な敵なら、奇襲や絡め手、騙し討ちもありだ。とにかく敵が嫌がることを徹底してやることだ。そうすれば勝機が見えてくる………かもしれない」
「そこまでやって、『かもしれない』んだ?」
「当たり前だろ! 勝負は基本的に強い奴が勝って弱い奴が負けるんだ! 勝機が少しでも見えるだけありがたく思え!」
ヒロの最後の自信なさげなトーンにルークが再び突っ込み、
ソレをヒロは語気を強めて力業で押し返した。
その後、雰囲気を変える為に、ヒロが自らの武勇をその場で披露。
歴泉槍を使っての演武。
縮地を使っての神速歩法。
『高潔なる獣』の特殊弾丸、空間を凝固させる性能を持つ『猿握弾』を利用しての空中移動術。
ガレージ内での簡単な見世物の類であるが、その迫力は実戦にも迫る。
これにはバッツもルークも大喜び。
噂では何とも聞いた『白ウサギの騎士』の武勇伝だが、
実際にヒロが強さを垣間見たのは、バッツは初めてであり、
ルークは新人交流会の時以来。
披露されたヒロの技や動きは、常人では成し得ないモノであるのは素人目にも明らか。
いずれ、ヒロのような狩人になりたいとは思わない。
それは不可能だと分かりきっている。
しかし、彼の傍で狩人として彼の役に立つことはできるかもしれない。
ここまで自分達を助けてくれた恩。
どこかで返せる時が来るなら返したいと思う。
それはバッツとルークの密かな夢。
口に出せるほど、カッチリしたモノではないけれど………
<回想シーン終了>
「相手の弱い所を探せって言ったって……」
口の中だけで呟きながら、ルークはアデットの姿を凝視。
パワーは互角以上。あの『錬き術』という力は侮れない。
体格も勝てやしない。
近接戦闘の腕はもはや比べ物にならないレベル。
それでもルークが勝っている点を無理やり見出すなら、
アデットが持っている武器は短めの警棒で、
ルークの武器は伸縮自在の『可変金属製』であるということ。
「ん………、もしかしたら?」
ふと、ルークが閃いた、この勝負の突破口になるかもしれない戦法。
それは、ヒロから学んだ『自分が得意な戦場に引きずり込む』方法。
「駄目元でやってみるか……」
ルークはアデットを睨みながら、身を低くして腰溜めにナイフを構える。
両足に力を入れ、重力制御を発動し足の裏に力を集中。
「だあああああ!!!」
やけくそ気味のかけ声一つ。
ルークはアデットに向かって駈け出す……
と、同時に足の裏から重力カタパルトを発生。
ドンッ!
次の瞬間、ルークの身体は爆発的な勢いで弾かれたように前へと進む。
その初速は疾風迅雷。
常人なら気がつかないうちに接近され、
ナイフで胸に刺し込まれていたかもしれない程。
しかし、アデットは常人からは程遠い。
あまりの速度に一瞬驚いた顔をするも、すぐさま反応。
真正面から突進してくるルークを迎え撃つべく警棒を構える。
その顔には不敵な笑み。
驚きはしたものの、十分に対応できる範囲内と余裕を見せる。
だが、ルークの戦法はただ突進するだけに留まらない。
「たあっ!」
裂帛の気合とともに、ルークはアデットに辿り着く手前で大ジャンプ。
勢いのままルークの身体は大空へと飛翔。
赤能者の身体能力、及び、踏み込みに合わせて発生させた重力カタパルトを利用しての10m近い高さまでの跳躍。
「高く飛んだ所でどうなるというのですか?」
アデットは空高く飛んだルークへと嘲り口調で問いかける。
どれだけ高く飛んでも翼無き身では重力に引かれて落ちるだけ。
目の前の赤能者は重力制御を使うようだが、飛行を可能にするほど精密な操作に優れているとは思えない。
精々、空中での滞留時間を延ばすぐらいであろう。
重力制御を使っての飛行は人間の演算能力では難易度が高すぎる。
重力制御が備わった飛行を可能とする発掘品も存在するが、ソレを使いこなせるのはほんの一部の天才だけ。
「ハハッ! 下らないお遊びに付き合うのはこれで終わりです!」
アデットは大道芸染みた挙動を鼻で笑い、
落ちてきたところを狙い打ちするべく、
右手に持った警棒を振りかぶる。
ルークとて、重力制御による飛行は不可能。
しかし、彼にはヒロから授けられた『翼』があった。
ルークは足の裏に重力で作った足場を作成。
タンッ!
その足場を蹴って空中を移動。
飛行というには鋭角すぎる軌道。
しかし、疑似的な飛行方法であるのは間違いない。
タンッ!
タンッ!
さらに2回空を蹴って方向転換。
アデットから向けられる視線を翻弄するような動きを見せる。
これぞ『白ウサギの騎士』直伝の空中移動術。
ヒロは『高潔なる獣』による『猿握弾』での空間固定で足場を作成していたが、
ルークはこれにアレンジを加え、自身が最も得意とする重力制御で成し遂げた。
「何っ!?」
待ち構えていたアデットから上がる驚きの声。
振り抜こうとした警棒を思わず押し留め、
僅かに体勢を崩すアデット。
「そこだ!」
その隙を狙ってルークが『可変金属製のナイフ』を突き出す。
空に在りながら、下に向かって大地を貫けとばかりに。
ギュンッ!!
主の命に従い『可変金属製のナイフ』の刃が伸びる。
それは白色光線のごとき鋭さを以ってアデットを強襲。
ザクッ!!
「くっ!」
体勢を崩していたことにより回避が遅れ、
着込む灰色のコートの肩を数cm切りつけられたアデット。
相応の防御力を持つ『断空の外套』のおかげで刃は肉には届いていない。
だが、コートの表面が傷つき、小物と侮っていた少年に一矢報いられたのは事実。
「もう1回!」
ギュンッ!
ギュンッ!
さらにルークは追撃を重ねる。
空中を跳躍しながら『可変金属製のナイフ』の刃を二又に伸ばして攻撃。
その射程は10m以上。
アデットを攻撃範囲外から一方的に叩ける距離。
ガチンッ!
ガチンッ!
空から降る刃を今度は何とか警棒で弾き返すアデット。
真上は人間にとっては死角になる位置。
横から来た突きは容易に捌けても、
真上から降る突きを捌くのは難易度が高い。
これが地上戦なら、距離の不利を補うため、
すぐにアデットは接近戦を挑んできたであろう。
刃が伸びると言っても、その速度は弾速以下。
たった1回の攻撃を回避すれば、超至近距離まで迫るのは簡単。
だが、ルークの身体は空に在り、
未だ宙を目まぐるしく飛び回っている。
そして、合間を見て『可変金属製のナイフ』を伸ばして攻撃。
真っすぐ降りかかる突刃。
曲線を描いて回り込んでくる切刃。
刃が何本にも枝分かれする散刃。
今の所、初撃以外は全て躱せているが、いつまでもつかは不明。
重さが乗らない分、威力自体は大したことは無いが、急所を突かれると危険。
空から一方的に叩かれている状況。
アデットとしてもルークの攻撃を回避しながら現状の打破を探るしかない。
しばらく空から攻めるルーク、地上を逃げ回るアデットという情勢が続く。
『これは少々厄介ですね……』
アデットは狙いをつけさせないよう動き回りながら空を睨む。
銃を制限された対空戦という、アデットにとっても経験の無い戦場。
さらに厄介なことに、空中を飛び回るルークの動きがみるみるうちに機敏となっていく。
空中で足場を作り、ソレを蹴って跳躍しているに過ぎないはずが、明らかに自身の身体を重力で浮かせているような機動が垣間見れる。
これはルークが空中移動に慣れてきたせいでもある。
ルークが赤能者になるために取り入れたレッドオーダーの晶石は、飛行が得意な機械種ダイテングのモノ。
以前、ヒロに尋ねられた時には、咄嗟に一段低い機種を口にしてしまったが。
これまで空中を飛び回るなんて想像もしていなかったルーク。
しかし、疑似的な空中移動を行い続けることで晶石に秘められた飛行能力が目覚めつつあるのだ。
空を舞うルークの動きがより素早く、軽快な機動へと変化。
もはや、師であるヒロを上回る空中移動術を身につけたとも言える。
『攻め手が難しい。とにかく銃を使えないのが痛い……』
悩むアデット。
どうにかルークを捕まえる手段はないかと模索。
普通にジャンプしても届かない距離。
『錬き術』で脚力を強化すれば届くだろうが、
向こうは紛いなりにも空中移動を可能とする相手。
ただジャンプしただけでは避けられるか叩き落されるのは確実。
投擲武器でも厳しい。
普通に投げただけでは躱されるだろう。
命中させるには一工夫がいる。
銃を撃つことができたのなら一番早い。
どれほど飛び回ろうと3秒以内にヘッドショットを決める自信がある。
だが、白の教会内での発砲はできるだけ避けたいところ。
しかし、このまま赤能者をのさばらせておくのも良くない。
いざとなれば、亜空間倉庫に収納してある重火器を使うという手段も……
「逃げんなよ!」
空からルークの声が降ってくる。
「男らしくないぞ! 堂々と立ち向かって、僕の剣で串刺しになれ!」
「そんな鈍らでは私を傷つけることはできませんよ」
ルークの子供染みた啖呵に、アデットは挑発で返す。
お互い戦況が滞ってきたので、心理戦に持ち込む流れであろう。
だが………
「なにおう! ……だったら、僕の剣で、お前のそのボロいコートをもっとボロボロにしてやる!」
ルークから古びたコート『断空の外套』を揶揄するような挑発が飛ぶ。
「……………………」
ソレを耳にしたアデットはその動きをピタリと動きを止めた。
まるで突然彫像になってしまったかのように。
いや、身体が痙攣するかのように僅かに震えている。
もちろん、それは恐怖からの怯えではなく、
父の遺産である発掘品を貶されたことによる純粋な怒り。
幼い頃から『団長』の役目と共に、いつかは受け継ぐと聞いていた憧れの品。
しかし、まさか13歳でこの手にするとは思わなかった。
猟兵団の壊滅が避けられないと分かった時、父はこの『断空の外套』、母は『星屑のドレス』を子供に引き継がせるべく全力を注いだ。
この2つがあれば、自分達はここで倒れても、猟兵団の再起は可能と踏んだのだ。
そして、紆余曲折を経て、アデットとアテリナの手に届くこととなった。
言わば、『断空の外套』は父の形見であり、『魔弾の射手』の象徴でもある。
いつも冷静さを失わないアデットだが、このコートを馬鹿にされた時だけは人が変わる。
行き止まりの街のスラムにいた時、
スラムチームの総会にて、チームブルーワの人間が一見優男に見えるアデットを嘲弄。
仲間数人で舐めた口を利いたが、アデットは完全無視を貫いた。
しかし、そのうち1人がアデットのコートを『古臭い』と発言。
その直後、アデットはその者に近づき無言で、殴り飛ばした上、
その手足を足で踏みつぶすという凶行に及んだ。
止めに入った仲間もまとめてぶちのめされ、それぞれが半殺しの目に。
それからというもの、スラムチームの間では、『アデットのコートへの言及は禁句』が暗黙の了解となった。
自ら虎の尾を踏む人間なんていないのだ。
そして、今、ルークはその虎の尾を踏んでしまった。
怒れる虎は、空で囀る小鳥に向かってその牙を剥く。
ガコンッ!
ガシャンッ!
アデットの両脇に一抱えもありそうな大口径の重火器が2つ出現。
長さ 1.5~1.7m
重さ 100kg以上
『断空の外套』の亜空間倉庫から取り出したアデットの切り札の1つ。
発掘品上級武器。
重機関砲『喰らい尽くす餓狼』
重粒子加速砲『貪り喰う猛虎』
人間用の武器と分類されながらも、いずれも人間が使うには重過ぎる仕様。
戦車に搭載するか、機械種用にするしか使い道が無い難物。
だが、アデットはこれ等を『錬き術』で強化した体で2丁同時に扱う。
重機関砲『喰らい尽くす餓狼』で銃弾をばら撒き、
重粒子加速砲『貪り喰う猛虎』の砲撃で敵を吹き飛ばす。
これがアデットの本来の戦闘スタイル。
彼の近接戦闘技術は超一流の域に達しているが、彼が本当に得意とするのは銃撃戦。
アデットは指揮官であり銃手なのだ。
戦闘ユニットとしての彼の戦い方は『断空の外套』による空間制御で敵を翻弄、
亜空間倉庫から豊富な武器を取り出し、手数で勝負。
たとえ敵が超重量級であっても単独で討伐できる火力。
相性さえ悪くなければ、臙公、紅姫であっても互角以上に戦えると自負。
当然、空を舞うだけの赤能者など相手にならない。
いかに飛んで逃げようと、無数に飛ぶ弾丸と、超速で飛ぶ粒子加速砲は躱せない。
「小僧! ハチの巣にしてやるぞ!」
普段の冷静さを取り払い、
怒りを前面に出してアデットが吠える。
秀麗な姿から悪鬼羅刹のごとき怒気が振りまかれる。
歴戦の猟兵達を震え上がらせるアデットの威迫。
決して冷静沈着だけの指揮官ではない。
時には狂気にも似た激しい感情の発露を見せねば、
部下を死地に放り込むのが仕事の猟兵団団長は務まらない。
「ひえっ!」
アデットの豹変、及び、その武装にルークは驚愕。
あれほどの凶悪な銃器で狙われると分かっては冷静でいられるはずもない。
慌てて逃げようと体の向きを変えるも、
動揺のあまり重力制御が甘くなって動きが鈍る。
その隙を逃すアデットではない。
『断空の外套』の空間制御を使用し、両脇に構えた『喰らい尽くす餓狼』『貪り喰う猛虎』その場に固定して手放す。
そして、亜空間倉庫の中から直径15cm程の楕円型の物体を取り出し、ルーク目がけて投擲。
元々、重火器などぶっ放すつもりはない。
怒りはすれど、教会内で発砲という禁忌を犯す程、我を忘れるなんてありえない。
あくまでルークを動揺させるためのブラフ手段。
怒号を発したのも同様。
本命は、この普通に投げても躱される可能性のあった『対人ショック手榴弾』。
バシュッ!
「ぐえっ!!」
地上から投げつけられた『対人ショック手榴弾』がルークに命中。
火花が散り、数万ボルトの電流が発生。
常人なら身動き一つとれなくなり、一時的に痙攣状態に陥るような仕様。
赤能者の耐久力であっても、数秒の無防備状態になることは避けられない。
その手から『可変金属製のナイフ』が零れ落ち、
見えない宙の足場から足を滑らせかけるルーク。
「今です!」
その瞬間を狙ってアデットが動く。
空間固定によりその場で固まっている重火器の砲口を空に向け、その上に飛び乗る。
さらにそこから『錬き術』を使っての脚力強化。
ダンッ!
8m以上の上空にいるルークに向かって大きく飛翔。
空中に在りながら身動き取れないルークへ軽々と到達。
ガシッ!
「捕まえましたよ」
ルークの肩と腰部分の服を掴み、
その体を完全に拘束。
そして、そのまま自由落下に任せて、地上へと引きずり落とす。
ドシンッ!
縺れながら地上へと落下する両者。
アデットが上となり、ルークを下に敷いた組み合う形。
「フフフッ……、勝負あり、ですね」
「ク、クソォ……」
腕を取り、足を絡めてルークの動きを封じるアデット。
彼にとっては対人捕縛術もお手の物。
柔道の寝技にも近い形でルークを拘束。
悔し気に呻き声を発するルーク。
なんとか抜け出そうとするも完璧に決まった寝技は解除しようがない。
技もパワーも体格もアデットの方が上回る以上、
このような形となってしまえばルークの負けは確実。
文字通り手も足も出ない状態。
後は煮るも焼くも自由。
締め落とされるか、関節を壊されるか、生板の上の鯉に等しい。
しかし、ルークには手や足が出せなくても、
意識するだけで発動する『赤能者』としての能力がある。
「負けてたまるかぁ!!」
ズシンッ!!!
ルークの額が赤く光り、赤能者の力が発動。
重力制御を使い、自分を中心に高重力を発生させる。
「ぐっ!?」
突如、上から押さえつけられるような圧力に襲われるアデット。
ルークを抑えていた手が外れ、倒れないように自分の身体を支えるのが精一杯となる。
これはアデットの失策。
赤能者はたとえ四肢を封じても『マテリアル術』は使える。
重力波を放つような高度な制御は難しいが、ただ重力を発生させるだけならどのような態勢からでも発動できる。
赤能者との戦闘経験が無く、ルークを甘く見て、見聞きしていた情報を軽視してしまった結果。
さらにルークの反撃は続く。
自身も高重力に晒される中、
まだ自由に動く首を動かし、
目の前にあるアデットの手に嚙みついた。
「痛ッ! な、な、何を………」
驚くアデット。
対人戦闘はそれなりに経験豊富だが、流石に噛みつかれたのは初めて。
引き剝がそうとルークの頭に慌てて手を伸ばすアデットだがそれは悪手。
ルークは噛みつきだけには留まらず、
拘束が外れた手でアデットの長い髪をひっぱる、指の爪で引っ掻く、皮膚や肉を指で抓る等やりたい放題。
まるで子供の喧嘩であろう。
しかし、ロクに身動き取れない高重力場の中では有効な戦法とも言える。
「やめなさい! 子供ですか!」
「うるへー(うるせー)! もんふあっか(文句あんのか)!」
高重力に耐えつつ、声をあげるアデットだが、ルークは構わず。
子供時代にスラムで鍛え上げられた喧嘩殺法だ。
大人になれば恥ずかしくて使えないような卑怯な技だが、
今のルークにとっては勝つ方が重要。
なにせヒロも言っていたのだ。
『敵が嫌がることを徹底してやれ』と。
それが勝機を掴む唯一の方法と信じて。
対して、アデットにとっては未知なる戦法。
幼い頃から高度な戦闘訓練を受けてきたが、このような『噛みつく』『引っ張る』『引っ掻く』『抓る』等の攻撃は未経験。
猟兵として『対機械種戦闘』をメインで教え込まれたのだ。
対人戦闘も学んだが、教えられたのは格闘技として洗練された技ばかり。
子供時代も子供同士で喧嘩がなかったわけではないが、すでに圧倒的な実力を身につけていたアデットが組み付かれることなどありはしない。
白の教会という特殊な場所。
赤能者の少年という特殊な相手。
そして、戦いの最中、組み合うこととなってしまった戦況が、
この見苦しい場面を生み出すこととなった。
すでに泥沼と言える状況。
しかし、噛みつこうが引っ張ろうが、致命的なダメージに至らないのは当然。
精々嫌がらせにしかならず、アデットが冷静さを取り戻せば地力の差からルークに勝ち目がないのは明らか。
だが、ここで時間切れ。
試合は終了。
「そこまでです。両者とも離れなさい」
有無を言わさない凛とした声が響く。
「ここは神聖な教会ですよ。争いは禁じられているはずです」
妙に威圧感のある声で組み合う2人に割って入ってきた女性。
その姿は一見、メイド服に身を包んだストロングタイプのメイド系。
「『魔弾の射手』の団長、アデットさん……でしたね。私は鐘守、白露様に仕えるメイド、ラズリーと申します。そちらの赤能者の少年は、こちらの教会で保護している人物です。先の『鐘割りによるテロ』の鎮圧に際し、重要な情報を提供してくれました功労者でもあります。彼に対するこれ以上の狼藉は許しません」
「………………………」
メイド系にやや敵意を含む目でジロリと睨まれ、
アデットは無言でルークから離れる。
アデットの目にはこのメイド系は只者ではないと映る。
外見は非戦闘型でありながら、一片の隙も無い立ち振る舞い。
内に秘める濃密な武の気配。
確実にストロングタイプを超える超高位機種。
それも戦闘系を合成させたダブル以上の機種だと思われる。
武装全てを費やしても勝てるかどうか分からない。
そんな強者の気配がにじみ出ている。
ふと、アデットの記憶の底から『最古のメイド型』の逸話が浮かび上がる。
今から数百年以上昔。
白の教会の設立期。
混迷した時代に秩序をもたらす為、三宝とされる3人の鐘守が立ち上がり、白の教会を作り上げた。
その三宝に最初期から従い、献身と武勇を以って彼女等の身を守り抜いた『最古のメイド型』がいるという。
強く、美しく、気高く、
外にいては敵を打ち砕き、
中にいては生活を守る。
メイドの中のメイド。
全てのメイド型の原型とも言えるメイド系がいたことを………
「大丈夫ですか? ルークさん」
「う、うん。大丈夫」
「無茶をし過ぎです。授業から逃げ出したことも含めて、後でお説教ですね」
「うへえぇ……」
ルークと親し気に言葉を交わすメイド系……ラズリーを見やるアデット。
その様子から、彼女の語っていることは真実であろうということが分かる。
「まあ、今回の原因をルークさんだけには求めませんが………」
ラズリーはそこで言葉を切り、ギッと強めの視線を斜め上へと向けて、
「老公! 出てきなさい! いつまで部外者のまま観戦しているつもりですか!」
突然、大声をあげた。
すると、上から風を切るような音が聞こえたかと思うと、
ドシンッ!!!
巨大なナニカが空から地上へと降り立った。
大きな衝撃と轟音が響く。
しかし、その外見から想像する重量を考えれば、
本人からすれば、周りを気遣いソッと降りてきたつもりなのかもしれない。
それは一言で言えば巨大な鎧武者。
中量級ギリギリの重厚な機体。
左肩から左腕が異様に大きく、
右手に持った弓から弓兵と思われる機種。
その姿にこれまたアデットの知識にある『辺境開拓期に活躍した英雄型』の逸話が思い出される。
白の教会の威が届かぬ辺境の地。
そこの文明の光をもたらす為、白の教会が進出。
しかし、初めは理解されず、度重なる教会への襲撃を招いた。
その全てを跳ね除けたのが英雄型の弓兵。
バルトーラの地を拠点に、白の教会を広めた立役者。
「そんな大声で呼ばんでも聞こえているぞい、ラズリー嬢。もう少しお淑やかにできんかのう?」
「お黙りなさい。老公が止めなかったら、こんなにルークさんが傷つくことはなかったんですよ! なんで止めたんですか!」
「カカカカッ! それぐらいの傷、男の勲章じゃい。なあ、ルーク? 良い訓練になったじゃろ?」
「あ………、はい。タメトモ師匠」
巨大な武者型弓兵機種……タメトモは、豪快に笑いながらルークに同意を求め、ルークはやや緊張しながらも頷く。
これもルークに対して随分と親密な態度。
日常的に接しているような緩い雰囲気。
やはり、メイド系の言う通り、この赤能者の少年は、白の教会の関係者であることは確実である様子。
では、怪しい素振りを見せていたとはいえ、その少年に暴行を加えていた自分はどうなるのか?
アデットはそんな光景を見聞きしながら途方に暮れる。
そして、そんなアデットの耳に、
「ルーク、無事ですかあああ!!」
幼い少女の声と、慌ただしくパタパタと駆ける足音、
「白露様………、走ると危ないですよ!」
その後ろから焦ったような子供の声が届く。
思わず、目を向ければ、
向こうから走ってくる白い僧服に身を包んだ10歳未満の銀髪の少女。
その後ろを追いかける、自分が取り逃した子供の姿が視界に入った。
「ま、まさか………」
アデットの顔が驚愕で染まる。
目を大きく見開き、息を飲んで呼吸も忘れそうになる。
それはどう見ても鐘守。
人類の宝であり、民を導く存在。
白の教会の象徴、街を支える白鐘を守る者。
狩人と猟兵の支援者、そして、英雄の介添え人。
「ルーク! 血だらけじゃないですか! これはいけません! ラズリー!
再生剤を!」
「落ち着いてください、白露様。ルークさんは赤能者ですから、放っておけば治ります」
「そんなの、ずっと痛いままですよ! ツユちゃんなら一秒でも耐えられません。すぐに用意してください!」
「いいって、ツユ……、白露様。僕、これくらいの傷って、慣れてるから……」
白露、ラズリー、ルークが会話を交わす。
間に流れる雰囲気は信じられないくらい気安いモノ。
「ルーク、本当に大丈夫かよ?」
「バッツも心配性だな。全然平気だって」
「左様左様、男は我慢! 傷つけば傷つくほど強くなるのが男の子じゃ! やはり、喧嘩を止めなくて良かったのう。なかなかの健闘じゃったぞ、ルーク!」
「え? タメトモさん……、ひょっとして、見てたの?」
「カカカカッ! 儂がいる所からは丸見えだの。感謝せいよ。ラズリーが駆けつけるのを止めていたのは儂じゃ。おかげで負けっぱなしで終わらなかったじゃろ?」
「うわ~………、微妙に感謝したいような、したくないような……」
バッツ、ルーク、タメトモの会話。
どこか家族であるような空気を醸し出す。
「なぜ?」
呆然と疑問を口にするアデット。
彼には目の前の光景が信じられなかった。
何よりも尊いはずの鐘守が世間では爪弾き者される赤能者の少年を労わる。
そして、鐘守の従者らしきメイド系、伝説に名を遺すタメトモも、親し気に対応。
あり得ない。
自分ですら鐘守と会話したことなど数えるほど。
猟兵としては上位にいた父ですら、鐘守は遠い存在であった。
アデット自身も幼い時分、パーティーなどで挨拶したことがある程度。
幼いとはいえ、遥か目上の天上人。
そんな鐘守が、こんな小汚い少年に親しくするなんて………
「魔弾の射手の団長、アデット。よろしいですか?」
しばらく呆然としていたアデット。
誰かに話しかけられてふと我に返る。
そして、目の前にいる人物を見て、
「!!! …………大変失礼いたしました」
話しかけてきた白露を前に跪き、
最上位の礼を取り、挨拶、及び謝罪の言葉を述べる。
「いと尊き鐘守におかれましては、白鐘の恩寵をその身に宿し、常に変わらぬ御聖響を保たれておられますこと、心より拝察申し上げます………、此度の狼藉、弁解の余地もなく、ただただ平伏するばかりにございます」
首を垂れ、鐘守への敬意を示す定型句を口上。
そして、絞り出すような声で、今回の件のご寛恕を願う。
「わが身、未だ鐘守に拝謁する功はございません。しかし、もし、貧品にすぎない我が声をお聞き届けしていただけるのであれば、此度の罪、全てをこのアデットが償うことを認めていただけないでしょうか。猟兵団『魔弾の射手』、及び、我が妹、アテリナには責を負わせないようご配慮をお願いいたします!」
一切の弁明を述べることなく、全ての非を認めるアデット。
さらに、教会内を騒がせた罪、教会が保護する者を傷つけた罪を、全てその身で背負うと願い出る。
しかし、白露はその幼い容姿には似合わない、
包み込むような慈愛に満ちた表情を浮かべて、
「ご心配は無用です。今回の件は不幸なすれ違いにすぎません。幸い、ルークも大怪我は無いようですし……、元々はこちらの管理不行き届き。その罪を貴方に押し付けようとは思いませんよ」
「……………ありがたきお言葉。このアデット、感謝の念に堪えません」
白露の言葉に心底安堵するアデット。
表情は冷静を保つも、今にも膝から崩れそうになるくらいの脱力感に襲われる。
下手をすれば『魔弾の射手』はこの街で解散の可能性があった。
目の前の鐘守が欲深い性格でなかったことを、亡くなった両親、及び、白鐘に深く感謝。
もし、欲深い性格の鐘守なら、こちらの軽挙を突いて、莫大な寄進を求めてであろう。
性格の悪い鐘守なら、これでもか、とこちらに要求を突きつけ、その走狗になることを強制されたかもしれない。
噂では高慢で横暴が目立つ言動の鐘守と聞いていたが、見る限りそんな様子は欠片もなく、此方を慈しむような眼は、なぜか年上のように感じてしまう程。
『人の噂とは当てになりませんね………、そして、私自身の見識も………』
教会で見かけた不審者。
それが赤能者であったことから、その言葉の一切をまともに聞こうとは思わなかった。
ただ自分がこれまでに身につけた常識に従い対応。
そのせいで何度も苦渋を舐めることとなった。
アデットは自身の手にくっきりと刻まれた歯型。
また、ひっかき傷の残る手や腕にチラリと視線を向け、
『これは自分への戒めの印であると思っておきましょう』
才能溢れるが故に、自身を顧みることが少なかったアデット。
今回の件は、白露が言っていたように、色々な不幸が重なった結果。
しかし、アデットにとって希少な経験ともなった。 貴重?
それはこれから中央に向かうアデットにとって、
もしかしたら、その未来を変えるほどの大きな糧となったかもしれない。
「おい、気障な兄ちゃん!」
「なんですか?」
白露との挨拶を終え、教会を出ようとするアデットに対し、ルークが突然呼びかけた。
訝しげに振り返るアデット。
また、周りの白露やラズリー、バッツも、『コイツ、何を言い出すんだ?』と怪訝な目で見つめる中、ルークは珍しく真面目な表情で言い放つ。
「中央に行くんだろ? あの勝負の続きは、中央でつけるからね」
「……………いいでしょう。今度こそきっちり返り討ちにしてあげます」
不敵な笑みを返すアデット。
固い表情で睨み返すルーク。
見合うこと10秒程度。
その後は何事もなかったかのように背を向ける2人。
それ以上の言葉はいらない。
男同士の再戦の約束はきっとそんなもの。
バッツとルークが中央に辿り着くのは、どれだけ早くても2年後。
バッツの年齢を考えれば、それ以上早くなることはない。
2年が経ち、バッツとルークが中央へと辿り着いた時、
果たして、アデット率いる『魔弾の射手』はどうなっているだろうか?
そして、我らが主人公、ヒロの立場はどのようになっているのか………




