閑話 アデット2
「バッツ!」
アデットとにらみ合うルークが叫ぶ。
目線はそのままに、バッツの名を呼ぶ。
「分かった!」
ルークの呼びかけにバッツが背を向けて走り出す。
向かうは白の教会の社務所。
つい先ほど抜け出してきたばかりの場所。
この事態となっては、白露かラズリーを探し出し、自分達の身元を保証してもらう他ない。
バッツは自分がここにいても戦力にならず足手まといになるだけと理解。
ならば、今できることは逸早く白露かラズリーを連れてくるしかないと判断。
「逃がしません!」
当然、ソレを見逃すアデットではない。
コートのポケットからボーラ(両先端に重りが付いた鎖束)を取り出し、走り出したバッツへと向けて投げつける。
それは中量級機種の足を封じる捕獲具。
『断空の外套』の機能による亜空間倉庫に収納していたアイテム。
一応、非殺傷投擲物に分類されるが、人間相手だと重さで足の骨を圧し折りかねない威力がある。
子供の体格であるバッツに当たれば大怪我は免れない。
しかし、アデットからすれば、子供とはいえそこまで気遣う理由もない。
もし、ここが教会の敷地内でなければ、アデットは銃を抜いていたであろう。
アデットの銃の腕をもってすれば、バッツの足を撃ち抜くことくらい造作もない。
だが、教会内での発砲は相当な理由がない限り禁止。
万が一、誤射して教会の人間にでも怪我をさせてしまえば、
『魔弾の射手』そのものが解体の危機。
当然、そんな危ない橋を渡る必要もなく、アデットはボーラでの足止めを試みるが、
「させないよ!」
そこはルークが割って入ってインターセプト。
右手に持つ『可変金属製のナイフ』を一閃。
剣身を伸ばし、ショートソード並みの長さとなった刃は、
鋼鉄製のボーラの鎖を容易く切断。
その隙にバッツは全速力でその場を離脱。
振り向くことすらせずに戦場から離れていく。
「……………」
建物の向こう側へと消えていったバッツを睨み、アデットは苦い表情。
一瞬、亜空間倉庫の中の重火器……過粒電子砲を取り出し、ルークごと吹き飛ばすかと考えるも流石に自重。
「へへっ! どんなもんだい!」
銀色に光るショートソードを片手に、
ルークは得意げに笑う。
「あとはバッツがツユちゃんを連れてきてくれたら解決。お前は叱られて終わり。俺達の言葉を信じなかったことを後悔するんだな」
「………戯言を」
ルークの物言いをアデットは『戯言』と切り捨てる。
鐘守は神聖で不可侵の存在。
そんな彼女らがこんな小僧に『ツユちゃん』呼びさせる等、ありえるはずがない。
アデットは幼い頃、父母と共に鐘守と顔を合わせたことが幾度かある。
彼女等は総じて、美しく、気高く、そして、恐ろしい。
表面上は優しい笑顔を向けていたとしても、
一度教会の命を受ければ、命を厭わぬ非情の戦士となる。
その身に宿る感応士の能力は絶大。
対機械種だけではなく、人間相手でもその力は有効。
一睨みで動きを封じ、言葉を囁くだけで人間の精神を崩壊させる。
人間とは思えない力を発揮し、時にはマテリアル術とは異なる物理現象を引き起こす。
辺境に追放され、鐘守としては末端レベルの雪姫でさえ、
見つめられるだけで魂が凍り付くかと思うほどの恐怖を感じた。
彼女等は人間ではない。
白の教会が抱える兵器なのだ。
並みの人間が扱うのは不可能。
故に、彼女等を従えるのは、相応の器量を備えた英雄のみ。
アデットがいずれ辿り着きたいと願う位置でもある。
それだけに、アデットはルークの『鐘守に敬意を払わない』物言いが我慢できず、
「貴方の度重なる鐘守への非礼。最早、看過できませんね」
「へえ? だったらどうなるのさ?」
アデットが感情を抑えた声で告げると、
ルークは馬鹿にしたような口調で返す。
すると、アデットはルークの言葉にピクンと眉毛を動かし、
「こうなります」
言うが早いか、アデットは即座に行動。
挙動を掴ませない静かな動きで踏み込む。
滑るような歩法。
音さえ立てずにルークへと肉薄。
右手に持った警棒を上に振りかぶり、
ルークの頭を狙っての上段攻撃。
「げっ!?」
あまりの素早い踏み込みに、驚きの声を上げるルーク。
慌てて剣を顔の前で構えて受け止めようとすると、
「遅い」
ドンッ!!
アデットの左の拳がルークの腹へとえぐり込んだ。
右の警棒での攻撃は囮。
本来の利き腕である左の拳での一撃が本命。
体重を乗せたその一撃は、
赤能者であるルークの防御を軽々と貫き、
全身に響く衝撃を与えた上、
車にはねられたような勢いで、後ろへと吹っ飛ばした。
後方に10m程吹き飛び、地面をゴロゴロと転がるルーク。
しかし、すぐに地面を引っ掻いて勢いを消し、慣性を利用してグルンと一回転。
「ぐ、ぐええ………」
バッと両足で地面に立つも、腹部への一発の威力に堪えられず、腹を手で抑えて呻き声を出す。
「なんて威力だよ……、お前、絶対に生身じゃないだろ? ずるいぞ、隠すなよ」
痛みで歯を食いしばりながら、アデットに対して恨み言を放つ。
ルークの身体は赤能者の力によって見た目よりもはるかに頑丈。
軽量級機械種の一撃すら痛手にならない程の防御力を持つ。
だが、アデットの一撃は中量級近接戦闘系機械種の一撃に匹敵。
常人であればあの一発で確実に腹を貫かれていたであろう。
「生身ですよ。鍛えているだけです」
ルークの恨み言に対し、アデットは涼しい顔。
そして、口元にほんの僅かな笑みを浮かべ、
ルークの疑問に回答。
「多少『き』を嗜んでいますがね。聞いたことがありませんか? 『錬き使い』という存在を………」
『錬き使い』とは、東部領域を超えた先の東方を中心に広がる身体能力増強術を修めた者達のこと。
万物に宿る『き』を感じ取り、自身の体内を巡る『き』を練り上げることで超人的なパワーを発揮する『錬き術』。
時には超常現象すら引き起こす謎めいた武術の一種と言われている。
辺境では知る者は非常に少ないが、実は一流と呼ばれる狩人や猟兵の中には、自然と『錬き術』の一部を会得している者もいるという。
なぜなら『き』は誰にでも宿っており、体を鍛え上げていけば、ある程度『き』を制御することができるようになるからだ。
意識することなく『き』を使って、身体能力を向上させている者も珍しくない。
しかし、『き』の力を完全に引き出そうとすれば、やはり体系的に学ぶ必要がある。
機械義肢を装着しなくても、
ブーステッドの力を借りなくても、
発掘品の力を引き出さなくても、
己の中の『き』を鍛えていけば、
素手で鋼鉄を引き裂き、
岩を砕く超人となることもできる。
『錬き術』を正しく習得した者を『錬き使い』と呼ぶ。
「錬き使い? 何それ?」
「辺境の人間なら知らないのも当然だね。今後必要になるかどうか分からないけれど、覚えておくと良い。『錬き術』を極めた者は、赤能者ごとき、相手にならないということを」
そう宣言すると同時にアデットが駆ける。
先ほど同じように地面を滑るような歩法。
だが、ルークも伊達に『躯蛇』で鍛えられてはいない。
「同じ手は食うかよ!」
ルークの額から頭にかけて赤い光が瞬く。
まるで赤い帽子を被っているかのような姿。
これぞ『赤能者』が『レッドキャップ』と呼ばれる所以。
人間では扱えない『マテリアル術』を行使する際に発生する現象。
ブンッ!!!
ルークは右腕を一振り。
それに合わせて発生するのは目には見えない重力波。
重量級の突撃さえ押し留める高重力。
人間など津波に飲まれた空き缶のごとく流されるだけ。
しかし、
「ここです!」
向かい来る無形の大波を貫かんばかりに、左手を突き出すアデット。
アデットは『断空の外套』の空間制御能力を使用し、重力波を構成する力点に干渉。
アデットの指先に生まれた僅かな空間の歪みが、重力で編まれた波を分散。
重力の濁流を全てあらぬ方向へと反らすことに成功。
「げげっ?!」
これにはルークも驚きを隠せない。
今まで人間相手に限定すれば、赤能者を除く全てを一撃で倒してきた大技。
「クソォッ!」
まさか無効化されるとは思わず、
慌てて小剣での迎撃を試みるルーク。
ガチンッ!!
アデットが振り下ろした警棒と、
ルークの小剣がぶつかり合う。
そして、そのまま激しい打ち合いへと移行。
だが、正面切って両者が対峙していたのは五秒も満たない。
アデットはまるでバトンを扱うように警棒を振り回し、
鋭い蹴りや裏拳を交えて、ルークを翻弄。
瞬く間に劣勢となり、後方へと下がるしかなくなるルーク。
『コイツ……、強い!』
ルークは防御に徹しながら、アデットの実力に慄く。
僅かな交差で貰ってしまった攻撃は複数。
こちらの攻撃はかすりもしないのに。
右肩に拳が当たって打撲。
足払いで腿に一撃を貰い受け裂傷。
右耳に警棒が掠って半ば千切れ飛んだ
普段なら痛みで泣き出しそうだが、戦闘中にそんな余裕があるはずもない。
軽傷とは言えないが、赤能者の回復力をもってすれば2,3日で回復する程度。
………右耳はもう少しかかるだろうけど。
右耳から流れ出す血で肩が汚れるのをチラリと見て、
ルークは彼我との戦力差を分析。
攻撃の速度はそこまでではない。
ルークの目でも辛うじて捕捉できる程度。
しかし、攻撃の組み立て方やこちらの隙を狙ってくる攻撃が半端なく手強い。
戦闘技術だけでいうなら、『躯蛇』の棟梁バーナムにも匹敵する腕前。
ソロでストロングタイプの1機ぐらいなら倒せるほどの実力と言える。
さらに言えば、アデットは未だ本気を見せていない。
明らかに全力で動いていないのが肌で分かる。
こちらへ致命傷を与えないような気配りが透けて見える動き。
おそらく実力差を見せつけ、戦意を失わせようとしているのではないだろうか?
だとすれば、完全に遊ばれていると言っても良い。
突然現れ、言いがかりをつけてきた、このスカした男に、だ。
「舐めやがって!」
ルークは後ろに飛びずさりながらマテリアル術を発動。
今度は左手に圧縮した重力を這わせての重力斬。
と言っても、モノを切断するだけの圧縮は短時間では不可能。
精々左手から伸びる透明な棒状の力場をぶつけるようなモノ。
「無駄です!」
それもアデットの前では無効。
『断空の外套』の力により、歪曲空間を這わせた左の手刀で切り払われる。
『断空の外套』は持ち主に『空間制御』能力を与えるが、その制御は酷く難易度が高く、制御に失敗すれば持ち主を傷つける諸刃の刃となりうる。
事実、過去の『断空の外套』の持ち主は、半分以上が制御に失敗して命を落としている。
アデットの父も一度制御に失敗し、その右足は機械義肢であった。
また、アデット自身も指を数本失ってしまったことがある。
幸い、再生剤の在庫があったので事なきを得たが………
今回アデットが使用した手に歪曲空間を這わせる技も危険度が高い。
しかし、この技の制御を進ませれば行きつく先は『空間攻撃』となりうる。
今は一部のマテリアル術を打ち消すが精々ではあるが、いずれ攻撃の切り札となるであろうアデットの秘奥の一つ。
ちなみにアデットが人の目には見えないはずの重力波に対し、ここまで対処できるのは、元々から備わった超常的な感知能力によるもの。
妹のアテリナが機械種の感知に優れているように、
兄のアデットは空間認知能力が飛びぬけて高い。
視界内の僅かな違和感を微粒子レベルで認識。
マテリアルによって発生する物理現象を見逃さない鋭い知覚を備えているのだ。
「これであなたの手品は終わりですか? 拍子抜けですね」
「この野郎……」
攻撃を加えつつ、ルークを挑発するアデット。
ルークは歯噛みしながらも、これ以上有効な手が無いことを自覚。
ルークが最も得意とする『マテリアル術』は重力制御。
『燃焼制御』『冷却制御』『発電制御』も発動できなくはないが、とても戦闘で使用できる精度ではない。
しかし、ルークが生み出す重力は、なぜかアデットの前では霧散してしまう。
おそらくアデットが保有する発掘品の効果ではないかと推測。
重力攻撃を無効化するような防御系。
正しくルークにとってピンポイントで最悪な性能と言える。
今までの打ち合いから、近接戦では勝ち目がないのは確実。
唯一、勝機があるとすれば、耳栓を外し『禁句』を耳にしての暴走を狙うくらい。
だが、この教会内でそんなことをすれば、良くて犯罪者として拘束、悪くてその場で処断されるのが関の山。
そんな手段を取れずもない。
だとすれば、もうルークにはどうしようもない。
このまま戦っても、痛い目に遭うだけ。
『向こうは僕を殺す気はないみたいだから、ここで両手を挙げて降伏すれば………』
勝ち目のない戦いに、ルークは後ろ向きな思考へと突入。
もうしばらくすれば、バッツが白露かラズリーを連れてきてくれるはず。
そうなれば誤解も解けて、このいけ好かない男は僕に頭を下げるに違いない。
だから、ほんの少しだけ我慢して、
この場だけの屈辱に耐えて、
武器を捨てて、這い蹲って許しを請えば、
これ以上、勝ち目のない戦いに挑む必要は無くなる。
正直、体中が痛くてたまらない。
早く、こんな何の益もない戦いは止めにして、
バッツ、白露、ラズリーさんの助けを待てば良い。
そうして、誤解が解けたら、コイツには文句を山ほど言ってやろう。
この偉そうな男も、鐘守の前ではペコペコするに決まっている。
だから僕は、その威を借りて、言いたいことを言ってやるんだ!
『よくもこんな目に遭わせてくれたな!』
『無実の僕をこんなに怪我をさせてどうするつもりだ!』
『慰謝料を払え! 精神的苦痛に対する費用も!』
ああ………、
胸がスゥッとするだろう。
気持ち良いに決まっている。
だから、もう剣は捨てて………
今は、心を空っぽにして………
ただ、バッツを待つだけで………
ルークから戦意が消える。
戦いに意味を見出せなくなって。
構えを解き、剣をその場に捨てて、
地面に膝を付いて、両手を上に上げた。
「ふむ? ………この程度でしたか」
ルークが白旗を上げたのを見て、
アデットも構えを解く。
その顔に浮かぶのは、少しばかり残念そうな表情。
久しぶりの骨のある相手かと思いきや、
少し小突いたくらいで戦意を失う小物だったことに。
「所詮、正道から外れた邪道。恐れる必要もありませんでしたね」
中央で少なくない戦火を潜ってきたアデットだが、流石に赤能者と戦うのはこれが初めて。
中央では難敵と知られる赤能者だが、実際に戦ってみれば、そこまでの脅威はないと実感。
確かに白の恩寵内で『マテリアル術』を発動できるのは厄介だが、
純粋に戦力としてみれば、レッドオーダーの方が何倍も強い。
普段、野外でレッドオーダーと戦う猟兵であるが故の感想。
『マテリアル術』を使うといっても体は人間。
多少丈夫になっているようだが、全身機械である機械種の方が強いに決まっている。
「フフフ………、赤能者がこの程度だとしたら……『白ウサギの騎士』の偉業とやらも、大したことは無いのかもしれませんね」
アデットは我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべる。
ずっと胸に痞えていたモノが抜け落ちたような気分となる。
街では英雄など持て囃されているが、実際は話が大きくなっただけに過ぎないのであろうと。
辺境の中では英雄的な活躍だったのかもしれないが、中央から見れば、そこまで騒ぐことではなかったのかもしれないと。
ピクッ……
這い蹲る姿勢のまま、ルークがピクリと肩を震わせる。
それは今の状態であっても看過できない名前を耳にしたから。
それは、ルークにとって不幸な境遇から救い上げてくれた恩人であり、
色々と世話を焼いてくれた尊敬する兄貴分の2つ名。
「おや? どうかしましたか?」
「………………」
その挙動に気づいたアデットが声をかける。
だが、ルークは無言。
顔すら上げずに黙り込んだまま。
答えが返ってこないことにアデットはやや不満そうな顔をするも、
ふと、ナニカに思いついたような表情を見せ、地に伏せるルークへと質問を投げかける。
「そう言えば、貴方………、『白ウサギの騎士』を知っていますか?」
「!!! …………」
一瞬、反応しかけたが、ルークはあえて声を抑え込んだ。
これが平時なら声には出さずとも、心の中で『僕は白ウサギの騎士の弟分だ!』と声を大にしたであろう。
事実、ヒロは白露にルークのことを弟みたいなモノと説明しており、間違いではない。
さらにバッツが『白ウサギの騎士』の一番弟子だとしたら、自分は二番弟子の位置づけ。
未だ実力不足ではあるし、『鐘割りのテロ』の影響が抜けきらないことから、そう名乗っているわけではないが、いずれそう名乗りたいと思っていた。
バッツも同様であろう。
全ては『白ウサギの騎士』の弟子として相応しい実力と実績を得てからだと。
しかし、今の自分の境遇を見るに、とてもそんなことは言い出せない。
格上相手だからと言って、見っとも無く這い蹲り、鐘守の威を借りて仕返ししようと考えている自分には。
ギリ………
ルークは悔しさで奥歯を噛み締める。
自分の矮小さをこれでもかと自覚して、自己嫌悪に陥る。
甘かった。
こんなに悔しい思いをするなら、
もっと鍛えておけばよかった。
『躯蛇』時代はミラさんの言葉に無条件で従い、
ミラさんがいなくなってからは、ヒロの好意に頼り切り。
情報収集で役立てたみたいだけど、たったそれだけ。
今はバッツの熱意に引きずられて狩人を目指し、
でも、頑張り切れずに、流されるままに動いて、
ヒロが用意してくれた勉学の場も、率先して逃げ出そうとする有様。
結局、僕は何物にもなり切れないまま。
もし、僕が初めから精一杯の努力をしていたら、
こんな悔しい思いをせずに済んだのだろうか……
ルークは『躯蛇』時代に諦めることを学んだ。
何をしても思い通りにならず、反発すれば痛めつけられるだけ。
それ故に自身でナニカをなそうとできず、
強制的に仕向けなければ、動き出そうともしない。
それが『躯蛇』……ミラの教育方針。
必要なのは命じられたことを素直に実行する下僕だけ。
その支配下から逃れたことでルークは自由な身となるも、
虐待に近い教育の反動からか、酷く怠惰になってしまった。
そのツケがこの場に出てきたとも言える。
そして、初めて己の非力を悔やむことで、
狩人になるために必要な………向上心が生まれることとなった。
地面に着くルークの手に力が入る。
すぐそばにある剣に視線が引き寄せられる。
ルークは考える。
この男に馬鹿にされたまま、バッツを待つという選択肢は、
安全を考えるだけなら正しい。
けれども、ここで負けたままでは、もう二度と『白ウサギの騎士の弟分』は未来永劫、名乗れないような気がする。
いずれバッツは実力をつけて『白ウサギの騎士の一番弟子』を名乗る。
でも、僕は名乗れず、ずっと下を向いたまま。
そんなの嫌だ。
置いていかれるのは御免だ。
何物にもなれず、ずっと流されたままなんて………
それこそ自分で自分を許せなくなる!
何より、この男をぶっ飛ばしてやらなくては気が済まない!
ルークの心に怒りの火が灯り、
顔を上げてアデットを睨みつける。
腹立たしくなるくらいの色男。
颯爽としていて、いかにも強者の余裕が溢れている。
そのくせ、本当に強いなんて、なんていけ好かない奴なんだろう。
欠点らしいのは、その見すぼらしいとも言える古びたコートを着ているくらいだろうか。
あのスカした顔を唖然とさせてやりたい。
あの顔面に一発叩き込めたらスカッとするだろう。
それはきっと鐘守の威を借り、文句をつけるよりも気持ち良いはず。
そして、その先に僕はナニカを見つけることができる。
だから、僕は…………
ナニカになるために、
僕は、今、ここで剣を握らなくてはならない!
ルークは手を伸ばして剣を握り立ち上がる。
ただ漠然と考えていた目標に具体的なイメージが肉付けされた。
あとは剣を構えて足を進めるだけ。
しかし、それは再び遥か格上であるアデットに挑むことを意味している。
「ほう? まだ立ち上がりますか?」
その様子を見て、アデットはニヤリと口の端を歪め、
「手加減が過ぎたのかもしれませんね。私も少々甘くなったものです」
両足を少し開いてルークを迎え撃つ構えを取った。
白の教会を舞台にした『錬き使い』アデットと『赤能者』ルークとの戦い。
その第2ラウンドが今、始まろうとしていた。
『錬き使い』をようやく出せました。
『第303話 示威』で少しだけ触れていたのですが。




