閑話 アデット1
時系列的には『第776話 後日談(狩人編)』と同時期。
アテリナと別れ、白の教会に向かったアデットの話になります。
中央編の続きでなくて申し訳ありません。
中央と辺境の境目の街、バルトーラ。
中央を目指す若き狩人・猟兵が集う登竜門。
そんな街の中心にある白の教会での一幕。
白磁の壁と淡い光に包まれた応接室にて、猟兵団『魔弾の射手』の団長アデットは、ソファに腰かけ静かに紅茶のカップを傾けていた。
向かいに座るのは、白の教会の聖職者である首司祭。
60歳過ぎの老齢の人物であり、長くこの教会に務める大ベテラン。
バルトーラの教会では、鐘守である白露、支部を束ねる主教に次ぐ第3の地位。
穏やかな表情でアデットと情報交換も兼ねた歓談に興じる。
猟兵団『魔弾の射手』がバルトーラの街に到着したのは3日前。
到着後、すぐに白の教会へと表敬訪問したい旨を伝え、指定されたのがこの日、この時間。
狩人や猟兵が白の教会の有力者を訪ねるのは良くある話。
もちろん手ぶらでは無く、同時に相応の寄進も行う。
信仰を別にしたとしても、狩人や猟兵にとっては白の教会は最大の支援者であり、後ろ盾。また、大口の依頼主でもあり、切っても切り離せない仲とも言える。
こうした狩人や猟兵からの白の教会への『ご機嫌伺い』は、仕事を円滑に進める為であり、結びつきを強める為の手段でもある。
『できれば、主教にお会いしたかったのですが……』
アデットはおくびにも出さず、心の中で少しばかり残念そうに呟く。
アデットが対談している首司祭は、バルトーラの街の重要人物の並びで言えば上から数えた方が早いであろう。
しかし、これから中央に向かおうとしているアデットからすれば、親睦を深めてもメリットが薄い相手。
未だ40歳過ぎである主教なら、いずれ中央に戻る可能性もあるが、目の前の首司祭はその年齢から辺境を出ることないだろうから。
それでも、白の教会に顔を出したという記録は組織で共有されるので意味が無いわけではない。
ちなみに、今のアデットの身で鐘守に会うのは不可能に近い。
相当な額の寄進を行っても、面会できるのは早くても1ヶ月以上先。
まだ街の領主に会う方が簡単なくらい。
もし、この街にいるのが100番代未満の高位鐘守なら、それだけの労を払っても会う価値があったかもしれない。
しかし、この街の鐘守は200番代の下位。
しかも、10歳未満の少女であり、高慢な態度で無意味に騒ぎ立てる難物という。
そこまでして会う価値は無いとアデットは判断。
今回は首司祭との対談で済ませることにしたのだ。
不本意ではあるけれど、今の立場であればそれが最善と飲み込んで。
それでも、話の中で得られた情報は貴重なモノ。
特にバルトーラの街を襲った『鐘割りのテロ』については、当時の状況を詳細に聞くことができた。
「なるほど………、『鐘割り』が何十年もかけて街のあちこちに工作員を……」
「はい。お恥ずかしながら我が教会の高導師の1人も騙された挙句に………」
老齢の首司祭から語られる裏事情。
街で仕入れた噂を補強する形で真実により近づけた。
領主側や白の教会、各秤屋に潜り込ませていた工作員や裏切り者が一斉に動いた様子。
ちょうど白の教会の戦力が手薄になった所、領主開催の戦勝パーティーの隙を狙われた形。
20人以上の『赤能者』、50人以上の協力者が一斉蜂起。
合わせて街の特機戦力である超重量級の紅姫も『鐘割り』の手によって赤化。
そして、極めつけが爆発物による白鐘の損傷。
一時的に『白の恩寵』が消え去り、街は大混乱に陥った。
普通ならその段階で街の陥落は決定事項。
内から食い破られ、外から押し流されるだけ。
それをひっくり返したのが『白ウサギの騎士』。
まず、白の教会に攻め込んできた赤能者を撃破。
聞けば、『鐘割り』の大幹部である『八赤連』が2人だったという。
『白ウサギの騎士』はそのうち1人を、原形を留めないくらいに粉微塵に粉砕。
もう1人を無力化して捕縛。
このことから『白ウサギの騎士』は、高位赤能者を物ともしない戦闘力を持ち、且つ、敵を無力化して捕縛できる絡め手も得意と言うことが分かる。
また、『白ウサギの騎士』は自身の従属機械種を街へと派遣し、街で暴れる赤能者を抑え込み、赤化した超重量級の紅姫をも討伐。
白の恩寵が途絶えた中、この広大なバルトーラの街全体に従属機械種を派遣できたということは、『機械種使い』としては破格の従属範囲を持つということ。
つまり、『白ウサギの騎士』は絶大な個人戦闘力・卓越した技術を持ちながら、機械種使いの素質は最優秀。
さらに部隊指揮も今回の騒動への対処を見れば相当なレベル。
もちろん配下に参謀系機種はいるだろうが、最後に決定するのはあくまでマスター。
自身への護衛は最小限に。
街の安全を最優先させた作戦。
それをやってのけた『白ウサギの騎士』には、戦術にも精通するアデットとしても脱帽せざるを得ない。
『だからこそ、その素性を怪しく感じてしまうんですよね』
『白ウサギの騎士』を褒めちぎる首司祭に、内心冷たい視線を向けながら、アデットはその武勲に対して半信半疑の姿勢を崩さない。
●個人的武力が高い
●絡め手もなかなか
●且つ、敵の首魁の1人の身柄を確保できるくらいの冷静な判断力
●機械種使いとしての才能も最高峰
噂では、全長100m超の竜種も従えていたと
●まるで先を読んでいたような高いレベルの作戦立案能力
さて、これら全ての項目を備えた人物とは?
無論、英雄と呼ばれるに相応しい者であろう。
だが、これに『これまで全くの無名の存在』と、『突然発生した原因不明の活性化』『今回の鐘割りによるテロ騒動』の『2つを解決した人物』組み合わせると、途端に怪しく見えてくる。
あまりにも出来過ぎで、
あまりにも優秀過ぎて、
あまりにも綺麗に解決し過ぎて、
その存在の裏で糸を引いている人間がいないとは言い切れないほどに。
『まさか、白の教会が絡んでいるとは思えませんが……』
アデットは一瞬、首司祭を胡乱な目で見やり、すぐさま目を伏せ、心の中で首を横に振る。
白の教会が英雄に仕立て上げようとするなら、わざわざこんな辺境で行うはずがない。
どれだけ辺境で武勲を挙げても、中央では何段も下に見られるだけ。
しかも未だ『白ウサギの騎士』には鐘守が付いていないというのだからその線は薄い。
『【白ウサギの騎士】が所属している白翼協商が? しかし、あそこにはすでに【天駆】がいる。2人目を作るために、わざわざ【活性化】【鐘割りのテロ】のような制御できないモノを利用しようとはしないでしょうね』
首司祭と当たり障りの無い会話を交わしながら、
アデットは『白ウサギの騎士』の正体について思考を重ねた。
首司祭との対談が終わり、アデットは白の教会の通路を歩きながら軽く溜息を一つ。
「ふう………、結局『白ウサギの騎士』の正体は不明のまま、ですか」
『鐘割りのテロ』の詳細、『白ウサギの騎士』の武勲は話してくれたが、『白ウサギの騎士』の人物像については、一切語られることは無かった。
さり気なく尋ねてみてもはぐらかされただけ。
どうやら白の教会としては『白ウサギの騎士』の正体をできる限り隠したい様子。
『白ウサギの騎士』の情報収集については妹のアテリナに任しているものの、彼とて気にならないわけがない。
しかしながら、アデットが気になる方向性は、
どちらかというと『白ウサギの騎士』のマイナス面。
「はてさて、誰の意向なのでしょうか? もし、『白ウサギの騎士』本人がそう望んでいるとしたら、後ろ暗いことがあると明言しているようなモノですね………」
アデットは誰にも聞こえないような声でそう呟き、
「……………」
その直後に、自身の発言を自嘲するような表情を浮かべる。
苦く、それでも、飲み込まなくてはいけないモノを口に含んだような。
気づいてしまったのだ。
それは、以前、妹であるアテリナから指摘された『嫉妬』の感情であることを。
若くして街の英雄と讃えられた『白ウサギの騎士』。
望めば鐘守が『打ち手』として迎えたかもしれない偉業を達成。
未だ名を挙げられていない自分と大違い。
壊滅した猟兵団を立て直し、中央に向かう算段を付けたが、
アデットの名も、『魔弾の射手』の名も、無名のまま。
狩人と猟兵の違いはあるけれど、
それでも比較するのが馬鹿らしくなるくらいの差。
「いや、人員は揃えた。武具や兵器の用意は中央で整う手筈は済んでいる」
コートの袖の中で拳を握り、自身を奮起させるように言葉を発す。
世間には認められていなくても、壊滅した猟兵団をここまで再建できたのはアデットの手腕。
両親の遺産である発掘品の武具を守り抜き、
交流のあった『白狼団』に独り立ちするまでの後ろ盾を願い、
襲い掛かってくる略奪者を少数の仲間達と撃退。
だが、両親が築いた因縁もあり、相応の恨みを持つ者達から狙われていると察し、
妹の保護を『白狼団』に依頼して中央に残し、アデットは辺境の地へと赴いた。
行き止まりの街を選んだのは一通の手紙が原因。
行き止まりの街には才能豊かな若者が集っており、近くにダンジョンもある。
白狼団の保養所もあり、間接的ながらフォローも受けることができる。
人員募集・新人訓練には最適な場所であり、猟兵団再建を目指すなら、『行き止まりの街』に向かえ、と書かれていた。
差出人は不明だが、手紙の様式から白の教会の関係者であるのは間違いない。
おそらく両親と交流のあった白の教会の聖職者であろう。
表立って支援できない理由があり、このような迂遠な方法で情報を提供してくれたと思われる。
事実、行き止まりの街には、力を余らせている若者が多くいた。
その中から猟兵としての資質がある者を取り込み、鍛え上げた。
ダンジョンを利用しての短期間での促成栽培であるが、それでも猟兵団と名乗れるだけの戦力を整えることができた。
残念なのは、これと見込んだ傑物を仲間にすることができなかったこと。
青銅の盾のジュラクとジュレ。
その客分であるエメラルディア。
黒爪団のセザン。
チームトルネラのジュード。
そして、チームトルネラのヒロ。
いずれも自身に匹敵する、若しくは超えるであろう才を持つ者達。
だが、彼らを引き入れる為の益を提示することができなかった。
ジュラク、ジュレ、エメラルディアは緑央同盟へと帰還。
セザンは辺境を支配する犯罪組織『王蛇会』に入ったという噂。
ジュードは自身の恋人であるサラヤの傍にいることを望み、
ヒロはその行方を眩ませたまま………
いや、もし、ヒロが『白ウサギの騎士』だとすれば……
だが、状況から考えてそんなはずは……
「んん? あれは………」
思考を続けながら白の教会の敷地内の通路を歩くアデットの目に、
不審な動きをする2つの影が映った。
白の教会は広い。
そして、今歩いている裏庭を通る道には人影はほとんどない。
だが、広大な裏庭を仕切る壁の近くに、
小さな人影が2つ、こそこそとした動きを見せていた。
1人は少年。
まだ十代前半といったところ。
もう1人は十歳未満の子供。
何やら壁をよじ登ろうとしている雰囲気。
当然、壁をよじ登った先は白の教会の敷地の外。
『……不審者? しかし、なぜ子供が………』
アデットは足を止め、様子を観察する。
これが大人であれば、即座に取り押さえ向かっただろうが、相手は子供。
街の子供がこっそり白の教会に忍び込んだのだと考えるのが自然。
しかし、教会の備品を盗み出したという可能性もある。
もしそうであれば、子供と言えど取り押さえなくてはなるまい。
アデットは足音を殺してゆっくりと近づく。
『断空の外套』の力を引き出し、ほんの僅かだけ空間を歪めて、
向こうからの視線を逸らしながら、慎重に足を進める。
少年と子供は、近づくアデットに気づかず、のんきに会話。
「ルーク、本当にいいのかな……?」
「いいっていいって。ずっと座学とかやってられないよ」
「でも、ラズリーさん、怒るぞ」
「その時はまたツユちゃんに庇ってもらおうよ。哀れっぽくしたらすぐに助けてくれるさ」
「コラ! ルーク、なんて口の利き方を………」
子供と少年は、ヒロと縁のあったバッツとルーク。
白露が保護者となった関係から、白の教会でこの2人の面倒を見ているのだ。
と言っても3日に1回、白の教会で勉学を教える程度。
ラズリーや、時には白露自ら教鞭を振るう。
狩人を目指すにしても、必ず教養は必要になると。
けれども、遊びたい盛りの2人はそれが苦痛。
偶に行われるラズリーやタメトモとの実践訓練ならともかく、
ひたすら勉学を叩き込まれるのは正直しんどい。
しかも、今日に限って、厳しいラズリーが丸一日担当ともなれば、
逃げ出したくなるのも当然。
そして、それが今回の逃亡劇へとつながった。
ラズリーが席を外したのを良いことに、授業からの抜け出し、自由を目指して飛び立とうとしたのだ。
なお、これはすでに3回目である。
「じゃあ、昇るよ、バッツ」
「おい、ちょっと待ってよ」
するすると壁を登っていくルーク。
慌ててバッツも壁にしがみつく。
その様子を見て、アデットは足を早める。
隠ぺいを解き、小走りで2人の元へと急ぐ。
2人は何か会話をしていたようだが、
残念ながらアデットの位置では聞き取るには距離があり過ぎた。
未だ不審者なのかそうではないのかが判断できない。
しかし、このままでは逃亡を許してしまう。
多少手荒になっても、あの2人をここで捕縛しておくべきか………
そう、アデットが考えていた、その時、
「うわっ!?」
バッツが壁をよじ登る途中で手を滑らせた。
落ちる。
その高さは2m近く。
自ら飛び降りるなら危険は少ないが、体勢を崩して落ちるとなると、
打ち所が悪ければ大怪我する可能性もある。
「バッツ! 危ない」
すでに壁の天辺に手をかけていたルークが下を見下ろしながら叫ぶ。
そして、その頭部が、淡く赤く発光。
すると、無形の重力場が発生。
それはレッドオーダーの晶石を取り込み、赤の帝国の力を手にした『赤能者』の能力。
落下の勢いが、唐突に消えた。
バッツの身体がふわりと宙に浮き、ゆらゆらと水の中にでもいるように、ゆっくりと地面へと移動。
『重力制御! しかも、あの赤い光は………』
アデットの目が細くなる。
自然と右手がコートのポケットへと伸びる。
「赤能者………、鐘割りか!」
アデットは警戒を一気に跳ね上げた。
つい2ヶ月前。
この街は鐘割りによるテロに襲われたばかりだ。
そして、あの力は間違いなく赤能者の力。
疑いようがない。
白の教会で捕縛されていた赤能者が逃亡しようとしていたのだ。
「バッツ、大丈夫か?」
ルークが壁上から飛び降りてバッツに駆け寄る。
すると、バッツは上半身を起こして、右手を摩りながら受け答え。
「いてて……、ちょっと手を擦り剥いただけ」
「ドジだなあ~」
「助かったよ、ルーク」
「いいってこと。バッツには勉強で助けられているから」
心温まるバッツとルークの交流だが………
「警告する。2人とも動かないように」
空気を切り裂く冷たい声が割って入った。
美声でありながら背筋が凍り着くほどの威圧感が込められている。
「ひっ!」
怯えた声を発するバッツ。
体を震わせ、身を固くする。
しかし、タウール商会、それも血と暴力が渦巻く『躯蛇』で鍛えられたルークには蛙の面に水。
「誰だよ、アンタ」
胡乱な目でアデットを見返すルーク。
向こうが戦闘体勢を見せていることから、ルークも警戒状態。
腰の後ろに手を回し、ヒロからプレゼントされた『可変金属製のナイフ』に触れる。
「赤能者………、『鐘割り』ですね。『魔弾の射手』団長アデットが捕縛します。大人しくするなら危害は加えませんが、抵抗するつもりなら痛い目を見てもらいますよ」
「え? …………、ち、違う! 違うよ、俺達は白露様に面倒を見てもらってて………、」
アデットの唐突な宣言に、バッツは事情を説明しようとするが、
「白露様? …………尊い鐘守がお前達のような子供を相手にするわけがないでしょう。しかもその名みだりに口にするとは……、不敬ですね」
言葉は丁寧だが、ドライアイスのような冷たさでバッツの言葉を切り捨てるアデット。
鋭い目でバッツを威嚇。
さらに、コートから短めの警棒を取り出し、
2人を捕らえようという動きを見せる。
「バッツ! 下がってて! こいつは何を言っても聞かない奴だ。僕等みたいな小物は眼中に入らないタイプだよ」
その動きを見たルークがバッツの前に立つ。
その手にはショートソードまで剣身を伸ばした『可変金属製のナイフ』が1本。
「その剣は………教会から盗んだのですね?」
「ハンッ! そう思うなら取り返してみろよ。スカした兄ちゃん……」
警棒を手に悠然と立つアデット。
その体には一片の隙も無く、
その端正な顔には歴戦の猟兵としての凄みが浮かぶ。
対してルークは不貞腐れたような顔。
されど、その目は油断なくアデットの動きを観察。
いつでも手にした剣で切りかかれる体勢を維持。
かつて、ヒロとスケアクロウが戦い、
タキヤシャとタメトモが死闘を演じた白の教会にて、
『魔弾の射手』の団長アデットと、
元『躯蛇』赤能者のルークがぶつかり合うこととなった。




