閑話 中央の反応2
※カクヨムのサポーター様向け限定近況ノートで発表しました内容を一部変更した閑話になります。
※場面が3回変わります。
『血染めの姫』『2代目空舞姫』『剣鬼ザッカイ』『天駆』の『白ウサギの騎士』についての反応になります。
<中央の街道 血染めの姫>
「ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」
奇声が響く。
板金を金槌で叩いたかのように甲高く、
ガラスを金属片で引っ掻いたように不快で、
人を苛々させるような、
人を不安にさせるような、
そんな笑い声が街道に響き渡る。
「ヒャヒャヒャヒャヒャ! それでお終いですかぁ?」
奇声を上げているのは1人の少女。
まず、目を奪われるのは、その『赤』のドレス。
彼女の身を包む赤のドレスは、ただの『赤』ではない。
鮮血の紅。焼け爛れた薔薇のように深く、光を吸い込むほどの闇を孕んだ赤。
まるで布の一枚一枚に血を含ませているがごとく。
風に翻るたびに、血の滴がこびりついているのではないかと錯覚する程。
足を進める度に彼女の足跡が血で描かれていくかのよう。
次に視界に入るのは、少女の頭部を覆う無機質な『鉄の仮面』。
古の処刑人が被る兜にも似て、しかし、どこか聖堂の彫像を思わせる美的均衡を保っている。
その表面は、傷一つ無く鈍い光を放っており、その冷たい金属面の奥から、笑い声だけが響く。
顔全体を覆い隠す仮面には、わずかに空いた目孔と、形だけの口の裂け目。
そこから覗くのは………狂気に満ちた眼光か、それとも、全てを飲み込む闇か。
覗き込んだ者の心を削ぐような、光のない空洞。
鉄仮面の下で、少女は笑っていた。
嗤っているのではない。『嬉々として嗤う』のだ。
まるでこの場が彼女の独演会であるかのように。
そして、彼女の独演会に駆けつけた栄えある観客は………地に伏している10人の野賊達。
周囲に転がる野賊達の大半は凄惨な死体と化していた。
その顔に恐怖と驚愕を貼りつけたまま。
ほとんど人の形を保っていない様相で。
彼らの手に握られていたはずの武器や身に纏った装甲服は、
微塵に砕け、有り得ない方向に捻じ曲がっている。
金属疲労でもマテリアル術でもない。ただの純粋な力。
華奢な少女の手足が、鋼鉄をも貫き、捻じ曲げ、粉砕した。
彼女の身長は高くなく、細い首、白磁のような肩、
真っ赤なドレスから覗く手足は、少女らしい華奢な線を描き、
決して鍛えているようには見えない。
しかし、その指先には乾いた血がこびりつき、
爪先は鋭く尖り、そこだけが『戦場の獣』の様相を見せる。
その小さな身体が振るう手刀、蹴り、払い、一つ一つの動作が、
まるで風圧を伴った刃のように鋭く、容赦なく肉を裂き、鉄を砕いたのだ。
彼女の名は『血染めの姫』。
特級のブーステッドを取り込み、
戦いなど全く縁の無いズブの素人から、
世界最高峰の身体能力を得るに至った少女。
本人がソレを望んでいたのかはともかく………
「たった1人のか弱い女の子にここまでやられて、悔しいと思いませんかぁ?」
血染めの姫は、たった1人の生き残りの野賊に歩み寄る。
そして、倒れ伏す男の肩を片手で掴み上げ、まるでぬいぐるみのように軽々と持ち上げた。
細い腕とは思えない力。骨が軋む嫌な音がして、男が喉を潰すような悲鳴を上げる。
「ぐあああ! …………た、助けてくれぇぇ!!」
「はあ? そちらから襲ってきておいて、何て言い草ですのぉ?」
なんとか骨折や打撲で済んでいるらしい男は苦悶の声を上げるも、
血染めの姫は馬鹿にするように薄く笑いながら小首をかしげた。
「んふふ……命乞い? その口でぇ? さっきまで調子に乗っていましたのに、随分かわいらしくなって……ねえ?」
その声音は甘く、しかしながら、完全に相手を『獲物』として扱う者のそれ。
惨めな『獲物』をどう料理しようかと考える狩猟者の態度。
血染めの姫は野賊を許さない。
徹底的に潰し、破壊して、蹂躙する。
時には拷問まで行うという噂。
情報を引き出すのではなく、ただ野賊を苦しめたいがために。
血染めの姫は男の目の前で、わざとゆっくりとした動作で指を動かす。
握って、挟んで、抓み、指で潰して、肉片を捏ねるような………
まるで蜘蛛が捉えた獲物を喰らいつかんとするかのように。
今からお前をこうしてやると宣言するかのように。
男がまだ死んでいないのも、血染めの姫がわざと軽傷で済ませた為。
この男こそが野賊のリーダーなのだ。
血染めの姫に襲いかかる際、明らかに配下達に命令していたのを、血染めの姫は確認済。
だからこそ、血染めの姫は一瞬で殺さず、生かしておいた。
野賊として生きて来た罪を償わせる為に。
だが、そんな恐怖を煽ろうとする血染めの姫の行動に、
野賊の男は…………
「うおおおおおっ!!」
血染めの姫の隙と捉えて、チャンスとばかりに足掻きを見せる。
ガコンッ!
右手に仕込んだ機械義肢……手首の内側に隠していた銃口が、至近距離で血染めの姫を捕らえる。
ドガンッ!!!!
破裂音が空気を裂いた。
轟音と衝撃。
僅か数十cmの距離で放たれた銃砲。
それは血染めの姫の身体の中心部……胸腹部へと着弾。
その激しい衝撃で赤いドレスが裂け、少女の身体は一瞬で爆裂四散。
血飛沫が霧のように舞い散り、
肉片と混じり合いながら地面へとぶちまけられる。
それは当然の結果。
重量級機械種を相手に撃つようなミドルの銃を至近距離で当てられたのだ。
しかも重装甲を破壊する炸裂仕様。
たとえ人型機種であっても致命傷。
無論、人間であったなら、文字通り粉微塵。
血染めの姫も、頭に被った鉄仮面を残し、身体の方は無数の肉片と血潮となって、地面にバラ撒かれることとなった。
「……はっ、はは……! や、やった……! ざまあみろ、化け物……! ハハハッハハハハハハッ!」
男は尻で地面を滑りながら後退し、肩で荒く息をした。
もちろん、至近距離で銃砲を撃ったことで相応の傷を負うことになったが、あのまま拷問されるよりはマシであろう。
悪夢としか思えない敵を撃ち倒した。
その反動が彼の感情を沸き立たせる。
やがて暗い喜びが溢れ出し、狂ったように笑い始めた。
しかし………
その笑い声は、すぐに凍りついた。
散らばった肉片が、ジュクジュク……と音を立てて蠢き始めたのだ。
破れた赤い布切れも、血も、骨も――全てが鉄仮面へと吸い寄せられるように集まる。
鉄仮面の目孔から黒い霧のような何かが立ち昇り、肉片が吸い込まれ、次々と形を取り戻す。
それはほんの一瞬。
時間にして5秒も経っていない。
そこには完全復活した血染めの姫の姿があった。
さっきバラバラに砕け散った赤いドレスも、裂け目ひとつ残さず、元通りに復元。
「………ふふっ」
血染めの姫が微笑んだ。
鉄仮面の口の裂け目が、わずかに歪んだように見えた。
「化け物とは酷い言い草ねえ? こんなか弱い乙女相手に……」
血染めの姫は軽口を叩くと同時に、
右腕を音もなくブンと振るった。
ビュンッ!!
まるで空気が切り裂かれるような衝撃音。
彼女の腕は本当に『鞭』のように伸び、鋭くしなって男の腕を薙いだ。
その刹那、
ブシュッ!!!
男の右腕は肘から先が吹き飛び、血が噴水のように上がる。
「ぎゃあああああっ!!? あああああっ!! 腕が、腕がぁぁ!!」
その場に倒れ込み、のたうち回る男。
男が動く度に流れ出す血が飛沫となって辺りに撒き散らされる。
血染めの姫は、そんな血飛沫も気にせずゆらりと歩み寄る。
赤いドレスに血が降りかかり、文字通りの血染め模様と成り果てる。
まるで赤いドレスが血を吸い込んでいるかのように、
その色が鮮やかに、艶やかに、滑らかに変化。
血染めの姫の肉体と同様、一瞬で再生したことから、
特殊な発掘品に間違いないのであろう。
でなければ、人々から忌み嫌われる『赤い』服を常用するなんて有り得ない。
たとえ有用だとしても全身赤のドレスなんて着る者は血染めの姫以外いないのだろうけど。
「痛い? 痛いのねぇ? ……ふふ、いい声」
男に向かって鉄仮面越しに狂気の笑みを見せつけながら、嬉しそうに呟く血染めの姫。
そして、鉄仮面では見えないものの、確かにニヤリと笑ったような印象を醸し出すと、
「じゃあ、次はどこを切り取ってやろうかしら?」
わざとゆっくりとした動作で、男の身体を抑え込み、
その白い手を………
男の血で赤く染めた。
「ぎゃああああああああ!!!」
まるで麻酔も無しで手術されたいるような悲鳴が上がる。
正しくそのままのことをされているのだから至極当たり前なのかもしれない。
「ぐあああああああ! や、やめてぇぇ! 助けて! お願い!!」
「月並みな応答になりますが、貴方も同じお願いをされたことがあったでしょう? その時は何と答えてあげましたか?」
「そ、それは…………」
「んふふぅ! その目! その顔! それが見たかったのです! ああ……、これこそが私の喜び………、ヒャヒャヒャヒャ! もっと聞かせてくださいまし!」
「ぎゃあああああああああ!!」
まるで男を『遊ぶ』ように彼を解体し始める。
骨を抜き、肉を裂く度に男の絶叫が辺りに木霊。
こうなると血染めの姫は止まらない。
男が完全に死するまで。
血染めの姫が飽きるまで。
この街道に狂気と死の絶叫が響き渡ることになる。
だが、しかし、
「……メープル」
小さく、それでいてしっかりと聞こえる声が響いた。
白銀で造った鈴を鳴らしたような澄んだ音色。
それを聞くだけで心が休まるような不思議な声調。
声の主は、1人の少女。
そして、その傍には1機の人型機種。
先ほどまで身を隠していたと思われる一行。
少女は白いローブに身を包み、白いフードを被った状態。
顔は見えにくいが、覗き込めば顔中を包帯で覆っているのが分かる。
髪型ははっきりとしないが、髪の色は………白銀。
目の色は蒼石にも似た澄んだ青色。
また、従属機械種はストロングタイプの女槍騎士系。
機械種フレイアズナイト。
無双の槍術と雷系と幻術、飛行を得意とする高機動バランス型。
少女の呼びかけに、血染めの姫の手がピタリと止まる。
そして、ムッとしたような雰囲気を醸し出し、
勢い良く振り返りながら言葉を返した。
「ユリ……! その名前で呼ぶなと言ったでしょう!」
鉄仮面の下で怒気が弾ける。
あからさまに不機嫌さを隠さない。
彼女は先ほどの惨状を引き起こした張本人なのだ。
年端もいかないような少女の怒気なれど、
その身に秘める戦闘力から、脅威は臙公・紅姫にも劣らない。
今、悲鳴を上げ続ける男の惨状を顧みるなら、
大の大人ですら恐怖のあまり土下座でもして許しを乞うたかもしれない。
だが白銀の少女は怯まない。
まるで1本の白百合のように凛然と佇み、
ただ静かに、友を見るように見返していた。
沈黙が数秒。
やがて血染めの姫の肩が小さく震え……根負けしたようにため息をつく。
「……はあ。やめろと言うなら、やめますわよ」
そう言って、血染めの姫は未だ叫び続ける男の首を……
グシャッ!
一思いに握りつぶした。
又も血潮が噴き出し、血染めの姫の二の腕まで真っ赤に染める。
こうして、野賊の男はこれ以上苦しまずに死ぬことができた。
「ごめんなさい。呼び方……気をつけます」
白い少女はそっと血染めの姫に歩み寄り、頭を下げる。
「はぁ……いいですわよ、もう。ユリが謝るほどのことでもありませんし」
メープルは鉄仮面を少し傾け、フードの中の少女の顔を覗く。
余すことなく包帯で覆われ、両目と口だけが見えている状態。
包帯の一部は薄く血が滲んでおり、まだ傷が塞がり切っていないことが分かる。
「それより、傷の方は大丈夫ですか? ユリ」
「はい……大分、良くなりました」
「本当、再生剤が効かないというのは厄介ですね。街に着いたら、もう一度病院に行きましょう」
「でも……これ以上、私のせいで旅を遅らせるわけにも……」
白い少女は申し訳なさそうに言うと、血染めの姫はドレスの裾を軽く払い、
「気にしなくてもよろしくてよ。気まぐれでここまで来ましたけど………、あの手紙こと、私、ほとんど当てにしてなんかいませんから」
鉄仮面の向こうで、ほんのわずかに寂しい気配が流れた。
この地まで来たのは、1年以上前に送られてきた送り主不明の手紙の内容。
『君の望みはこの地で叶う』
見た瞬間、引きちぎってやりたい衝動に駆られ、
されど万が一、との言葉が過り、
それでも信じられぬと、鞄の奥底にしまい込んでいた手紙。
ふと、その手紙のことを思い出したのが、つい先日。
しつこい『超人同盟』の勧誘を断り、
派手にやらかし過ぎてその場を少し離れる必要があり、
その際にこの厚かましい随行者の少女と出会い、
色々あって、随員にすることを認めざるを得なくなり、
どうせならばと、手紙に記されていた地へと向かうことにした。
『どうせ、私の願いなんて叶うはずが無い!』
血染めの姫は半ばそう確信している。
だが、それでも諦め切れずにいる部分もある。
そんな両天秤に揺られつつ、
血染めの姫は、白い少女とその従属機械種を随員として
目的地まであともう少しの所にまで辿り着いた。
まさかこんな辺境寄りの地に一体何があると言うのか………
「そう言えば、ユリ。最近、辺境で有名になっている新人狩人がいましたわね」
「はい、確か『白ウサギの騎士』とか………」
「ふ~ん……、辺境でちょっとばかり活躍したからと言って、随分とイイ気になっているでしょうね」
「それだけの成果を上げられたのですから。でも、そろそろ中央に向かっている頃だと思います。もしかしたら会えるかもしれませんね」
「フンッ! 別に興味はありませんわ……、さあ、行きましょう、ユリ」
「はい………」
赤い少女が歩き出すと、
白い少女も付き従う。
そして、その後ろを機械種フレイアズナイトが背後を守るように移動。
二人の少女と従属機械種1機は、血の上を踏まないように足元を選びながら歩き始める。
夜の風が二人のローブとドレスを揺らし、血の匂いを遠ざけていく。
まるで、血塗れの地から抜け出し、清らかなる地へと向かうように。
<白翼協商 本拠地 浮遊都市 2代目空舞姫ミズホ>
「なんで私が白ウサギの騎士なんて、ポッと出の新人狩人に会わなきゃならないのよ!」
ダンッ!
重く響く音が部屋に木霊する。
少女が机を思い切り叩いたのだ。
ちょうど朝食を食べ終わった後の様子。
机の上の皿やカップが振動でカチャカチャと音を立てる。
「ミズホ。お行儀が悪いですよ」
向かいに座る女性が、眉間に皺を寄せて少女の振る舞いを注意。
だが、ミズホと呼ばれた少女は、ムッとした表情のまま反論。
「ママがいきなり変なことを言うからでしょ!」
「変なことなんて言ってません。白翼協商からの正式な要望を伝えただけです。受けるも受けないも貴方次第よ」
「じゃあ、受けない! 私には………て、て、天駆がいるもの! あの人こそ、ママの2つ名を継いだ、2代目空舞姫である私に相応しい人よ!」
少女は顔を赤らめながらそう宣言。
『空舞姫』は白翼協商の中でも特別な名前。
それは白翼協商の空路を20年以上も守り続けた守護神。
空は未だ赤の帝国の支配圏にある。
上空50m以上を飛行物体、及び、機械種が飛べば、必ず飛行型のレッドオーダー、スカイフローターが雲霞のごとく襲いかかってくる。
何百、何千と集まるスカイフローターを相手にしながら飛行できるはずもなく、人類は空の足を封じられたままの状態。
しかし、ここにただ一つの例外が存在する。
白翼協商が保有する特別仕様の飛空艇3機は、空にあってもスカイフローターに集られることが無いのだ。
その理由は公開されておらず、世間には無責任な噂のみが流れている。
曰く、その3機の飛空艇は特別な発掘品である。
曰く、白翼協商が生み出した技術の成果である。
曰く、白の教会から秘匿技術の提供があった。
曰く、白翼協商はスカイフローターの長である空の守護者と盟約を結んでいる、等々。
だが、どのような噂を立てられようと、白翼協商がこの世界で唯一の空路を持つに至った秤屋であるのは間違いない。
その空路を活かし、白翼協商は大陸でも1、2を争う巨大な秤屋へと成長を果たした。
そして、その躍進には、飛空艇を守護する『空舞姫』の力が大きかったと言われている。
白翼協商の飛空艇は、飛行中でもスカイフローターが大量に集ってくることはないが、全く戦闘が発生しない訳ではないからだ。
半日も飛んでいれば、空を徘徊しているスカイフローターの1機や2機に遭遇して当然。
運が悪ければ、10機を超える群れにぶつかることだってある。
もちろんスカイフローターと遭遇すれば戦闘は避けられない。
飛空艇にも武装はあるが、空を自由自在に飛行するスカイフローターとの空中戦はどうやっても不利。
その為、白翼協商の飛空艇には常に飛行部隊『黎明の翼』が護衛を行っており、その指揮官が『空舞姫』なのだ。
重量級の神獣型、機械種シームルグを駆る『機械種乗り』。
空を縦横無尽に舞い、スカイフローターを蹴散らす美姫。
20年以上もの間、白翼協商の空路を守り続けた英雄。
現在はその役目と従属機械種、『空舞姫』の2つ名を娘に譲ったという噂。
その娘こそが、この少女、ミズホ。
若干15歳にして、機械種シームルグを乗りこなす英才。
長めの金髪をお団子状にまとめ、翼を模した銀のバレッタで固定した髪型。
強固な意志を感じさせる少し太めの眉毛、勝気な光を宿す緑がかった瞳。
白翼飛行隊の正式なフライトスーツを身に纏った颯爽とした容姿の美少女。
人の注目を自然と集める雰囲気を醸し出し、
一目見ただけで忘れられない印象を与える存在感を放つ。
母親から白翼協商の象徴としての役割を受け継いだ2代目の『空舞姫』。
15歳の少女でありながら、白翼協商の空路の守りの要であり、
自らもスカイフローターを駆る狩人でもある少女。
「だから『白ウサギの騎士』に会う必要はないわ! ママの方で断っておいて!」
「本当にいいの? 白ウサギの騎士は、あのガミンさんが上層部に強く推していたそうよ。必ず赤の死線に辿り着き、誰も見たことの無い高みに届くと………」
「ガミンおじさんが? ……………ううん。いい。さっきも言った通り、誰も見たことも無い高みに届くのは天駆よ。彼なら、きっと…………」
ミズホは脳裏に天駆の顔を思い浮かべる。
突き抜ける青空のような澄み切った瞳。
自分と同年代のクセに揺るぎない自信に満ち溢れた表情。
整ってはいるものの、美少年と言うにはヤンチャ坊主の雰囲気が抜けきらない雰囲気。
当時の天駆は新規気鋭の狩人。
超重量級の臙公を討伐し、僅かな手勢で『塞』を踏破した若き英雄候補。
しかしながら、初めて天駆と会った時、ミズホはとにかく反発した。
白翼協商の手筈で場をセッティングされ、
まるでお見合いのような形で1対1での対談に向かわされたのだ。
反発するな、と言う方が無理だろう。
『空舞姫』は白翼協商の見栄えの良い看板。
所謂広告塔と言っても良い存在。
そして、自然と結ばれる相手は絞られてくる。
ミズホの母親、初代空舞姫の相手は、当時のナンバー2の位置に狩人。
ナンバー1で無かったのは、年齢が合わず、所属する秤屋が異なっていた為、
それでも、白翼協商の良い宣伝となり得た。
そして、娘である自分に求められるのは、今度こそ、狩人ナンバー1と結ばれることであるのは何となく想像がついた。
だからこそ、ミズホは押し付けがましい圧力に反発。
自分が気に入らない相手となんか、絶対に付き合わないぞ! と強い決意を以って対談に臨み………
彼に惚れた。
彼の器の大きさに心打たれ、恋心を抱くようになってしまった。
天駆は子供のように駄々をこねる自分を終始紳士的な態度で対応。
その後、挑戦的な言葉をぶつけた自分に対し、ちょっとした賭けをもちかけてきた。
明らかにミズホに有利な条件。
絶対に負けるわけがない勝負。
ミズホは、この些か調子に乗っている新規気鋭の狩人を、
少しばかり凹ませてやろうと思った。
だが、負けた。
それも完膚なきまでに。
あまりの差に結果を信じられず、
ただ茫然とするミズホに、彼は………
『ありがとう、ミズホ。君のおかげで俺はまた高みに昇れたよ』
『え? ………どういう意味よ! 私じゃあ、全然勝負にならなかったじゃないの! 何で私のおかげなのよ!』
『俺が高く飛べたのは、君が高く飛んでいたからさ。立ち塞がる壁が高い程、乗り越えた時に、より高く、より遠い所が見通せる。相手が君だからこそ、俺はあの結果が叩き出せたんだ』
そう語る彼の目は、ずっと高い所を、ずっと遠い所を見ていた。
多分、自分では一生辿りつけないような高みを。
でも、その時、こう思えた。
彼と一緒なら、私も辿り着けるかもしれない……と。
彼と同じ高さで同じ景色を見ることができる……と。
それからというもの、ミズホの目には天駆しか入らなくなった。
「ママ。私の相手は天駆よ。それ以外は考えられない」
「…………確かに天駆は逸材でしょう。いずれ狩人の頂点に立つ可能性だってある。でも、未来は常に不確定。ミズホはまだ若いんだから、色んな人と知り合っていたの方が良いわ。それに………『白ウサギの騎士』も天駆みたいに強くて素敵な人かもしれないわよ」
「いやよ。第一、その『白ウサギの騎士』が活躍したのって辺境でしょ。話が大袈裟になっているだけじゃないの? それに『闇剣士』の討伐だって、あの『千刃』ルガードが先に一当てしてたって話だし………、漁夫の利を得ただけのラッキーボーイだったりして………」
「ミズホ。勝手な憶測は良くないわ」
「フン! …………じゃあ、私、もう行くから!」
母親が窘めるのも、ミズホはどこ吹く風とばかりに身を翻して家の外へと出る。
向かうのは、母親から譲り受けた神獣型、機械種シームルグが保管されている発着場。
ここ、白翼協商の本拠地である『浮遊都市』は、街の名前の通りに街全体が空に浮遊してるわけではない。
街の大部分は地面にありながらも、一部の土地や施設、建物が空へと浮かんでいるに過ぎない。
この街全てが白色文明時代の遺産なのだ。
浮遊する積層型プレートが何段にも重なり、遠目からは横に隙間が空いた山のようにも見える。
各浮遊プレートへの移動は備え付けられているエスカレーターやエレベータ、階段等で上り下り。
また、移動の為の個人用の浮遊プレートも存在。
ミズホも個人で保有している浮遊プレートを利用し、最上階に位置する発着場まで移動。
ミズホが発着場に辿り着くと、すでに機械種シームルグはいつでも飛び立てるようにと準備完了状態。
マスターが到着したことを覚り、目をパチクリ。
翼を小さく揺らしてミズホを迎えた。
全長9mの鳥型機械種。
純白の機体に七色に輝く尾。
頭部の冠羽は太陽の光を浴びてキラキラと輝き、
形状は猛禽類でありながら、翼の先に獅子の爪を持つ神獣。
『鳥の王』に相応しい威容。
『重力制御』『収束制御』『電磁制御』に秀でた超高位機種。
重量級の神獣型であり、母親である先代空舞姫からミズホが受け継いだ機種でもある。
ミズホは今か今かと飛びたくてうずうずしている従属機械種を見て、
「お待たせ、シームゥ。すぐに飛ぶよ」
クゥオオオオ!!
ミズホが呼びかけると、機械種シームルグは喉を鳴らして応答。
喜びの感情を爆発させたような鳴き声が響く。
そして、すぐに身を低くして、ミズホが乗り込み易い体勢を取る。
「よっ……と!」
ミズホは慣れた動作で機械種シームルグに乗り込む。
ちょうど背中の位置に操縦席が設けられており、
ミズホの身体をスッポリと入る形で収納。
その上から透明な防御フィールドが展開され、
正しくコックピットのような形状となる。
機械種シームルグの機体は戦闘機を1周り小さくしたような大きさ。
しかし、翼を広げるとその全幅は15mを超える。
翼を持つ機械種の場合、翼を広げた部分はサイズに含めない。
これもこの世界独自のルールと言える。
「さて、今日はどこまで飛ぼうか………、いっそ記録に挑戦してみるのも良いかもね」
ミズホは呟きながら操縦席のボタンやレバーを操作して離陸準備。
そして、一通り操作を終えると、今度は操縦席の肘掛け部分に備え付けられたコネクターへと両手を差し込む。
その瞬間、操縦席全体が薄ぼんやりと発光。
手の甲に埋め込んだ晶石を介して、機械種シームルグとの同調を開始される。
こうすることで、ミズホの意思が従属機械種である機械種シームルグへとダイレクトにつながる。
この状態で『戦機号令』を行うことにより、通常よりもさらに効果をアップさせることができるのだ。
だが、マスターが機械種に乗り込んだ状態で戦闘中に『戦機号令』を行うのは至難。
激しい揺れ、震動により、意思が乱れ、プログラミングされた声調で『戦機号令』を発せられなくなるから。
それを乗り越えるために心身を鍛え、機械種に騎乗しながらの戦闘でも揺るぎなく戦機号令を行えるまでに至った者は、世間から『機械種乗り』と呼ばれるようになる。
通常、重量級の獣型を駆る者が多く、機械種ホースや機械種タイガー、機械種ライナサラスに騎乗し、戦機号令での突撃を敢行する狩人や猟兵が主体。
また、獣型よりも上位の、混獣型、聖獣型に乗る『機械種乗り』は一段上と見做される。
当然、最上級は神獣型。
効果をアップさせた戦機号令の力を上乗せすることで、瞬間的に上位の竜種すら上回る戦闘力を発揮するという。
「行くよ! シームゥ! 『白き翼よ、天高くあれ!』」
クォオオオオオオオオッ!!!
ミズホの『戦機号令』を受け、機械種シームルグが甲高い雄叫びを上げて飛び立つ。
その速度は音速を軽々と突破。
瞬く間に、上空千メートル以上の高さまで上昇。
そこからさらに上を目指して天へと駆け上がった。
2代目空舞姫 ミズホ。
天駆を慕い、その隣に並ぼうとする少女。
果たして彼女は、『白ウサギの騎士』に出会うことがあるのだろうか?
<中央 紅姫の巣の最奥 剣鬼ザッカイ>
紅姫の巣の最奥。
空気は焦げた金属と灼けた油の匂いに満ち、赤黒い蒸気が天井付近をゆっくりと漂っていた。
その中心には………
四肢や尾、胴体、首を切断され、無惨に転がる重量級機械種。
聖獣型の色付き、機械種ギノ・スフィンクス。
女性の顔と胸、ライオンの体、鷲の翼を持つ紅姫。
元は、全長8m以上はあろう巨躯。
今は、10以上のパーツに分断された残骸でしかない。
その中で一際目立つ巨大な胴体部。
その背の部分に、1人の男が無造作に座り込んでいた。
剣鬼ザッカイ。
中央でも剣豪として名が挙がる強者。
刀一本で数々の紅姫・臙公を討ち取った狩人。
非公式ながら緋王すら討伐済み。
また、『城』の攻略メンバーに名を連ね、その手で朱妃に止めを刺したことも。
もしかしたら、人類最強とも言われる白狼団のガルナー団長、百獣のレイオンよりも強いかもしれないとも噂される武人。
そして、その手に持つ刀は『村正』。
あらゆるものを切り捨てる能力を秘める発掘品特級武器。
その刃には一切の欠けも曇りもなく、また、ザッカイが纏う衣服にも傷一つ、汚れ一つ見当たらない。
つい今しがた、重量級の紅姫を討ち果たしたとは思えないほどの身綺麗さ。
紅姫討伐など児戯にも等しいかと思わせる余裕ぶりが伝わってくる。
「……つまらねえ」
ザッカイは討伐したばかりの聖獣の胴体を見下ろしながら、深く息を吐き、不満げな声で呟く。
そこには勝者の昂揚も、死線を越えた者の高揚感もない。
ただ、退屈を噛み潰したような倦怠だけが滲んでいた。
剣鬼という物騒な二つ名を持ちながら、ザッカイの外見はどこにでもいるような青年にしか見えない。
年の頃は20台後半から30代前半。
黒灰色の髪を無造作に後ろに流し、そのまま街中を歩いていても違和感の無い軽装姿。
顔の造形は極めて平凡。
取り立てて特徴のない容貌。
ただ、その目だけが、野獣のような物騒な光を湛え、
見る者を思わず身構えさせるごとき威圧感を放つ。
ザッカイを前にすると万人は全身が底冷えするような感覚に陥るという。
いつ、切りかかってくるか分からない恐怖を本能的に感じて。
「ザッカイ様………」
倒した獲物の上で座り込むザッカイに、衣擦れの音が近づく。
その主は1人の女性。
それも、すこぶる上玉。
腰まで届く真っ直ぐな銀髪。
どこか伏し目がちに見える青い目。
純白を下地に群青色の籠目模様が走った着物を纏い、
上品な所作で歩み寄ってくる20歳くらいの美女。
「紅姫の討伐……お見事でございます」
そっと残骸の上に座るザッカイを見上げる白鞘。
その青い瞳には、畏敬と安堵、そして自らの『打ち手』に対する誇りが混じっていた。
位階47位 白鞘
ザッカイを『打ち手』として仕える鐘守。
「よっと……」
ザッカイはそれに答えることなく、ヒョイッと聖獣型の残骸から飛び降りる。
着地の衝撃はほとんどなく、まるで重力を忘れたかのように、軽やかに白鞘の前へ降り立つ。
「なあ、白鞘」
気だるげに首を傾げ、村正を肩に担ぐザッカイ。
そして、顔に不満げな表情を露わにしながら口を開く。
「拍子抜けだな。もっとマシなのはいなかったのか?」
ザッカイの言葉に白鞘は一瞬、言葉に詰まる。
視線を落とし、胸の前で指先をそっと重ねながら考え込む。
そして、おずおずと口を開き、
「も、申し訳ありません……、近場であれば、あと二つほど『紅姫の巣』がございますが……」
白鞘がそう告げると、ザッカイは小さく鼻で笑い、
「紅姫の相手は飽きたな……」
独り言のような呟き、
「前みたいな緋王はいないのか? アイツとの勝負は面白かった………」
ザッカイの脳裏に浮かぶのは1年程前に戦った重量級の色付き。
機械種バロール。
神人型の1機に数えられる緋王。
一つ目の巨漢。
その目で見られるだけで死ぬという邪視能力と、あらゆる武器が通じないという特性を持つ異形。
白鞘を通じた白の教会からの依頼でザッカイが動き、
死闘の末に打ち勝った相手。
視界に捉えられないよう、神速で打ちかかり、
それでも飛んできた邪視は『村正』にて切り飛ばした。
そして、あらゆる武器が通じない特性も、
同じくあらゆるモノを切り捨てる能力を持つ『村正』の特性と打ち消し合い……
結果、技量で勝るザッカイが上回った。
顔面を晶石ごと真っ二つに切り裂いたのだ。
残念ながら緋石は手に入らなかったものの、
彼には死ぬまで豪遊しても使い果たせないほどのマテリアルが授与された。
だが、彼にとってマテリアルはさほど興味がない。
女と遊ぶのも贅沢するのも大好きだが、ずっとソレに浸るほどの常人の感性は残っていない。
彼が望むのは、強者との戦い。
彼の心の奥底で暴れ狂う衝動を遠慮なくぶつけられる相手との死闘。
「また、あんな奴と戦いてえ………」
ザッカイの口から粘つくような言葉が漏れる。
それは砂漠で遭難した者が水を求めるがごとき強烈な渇望。
「…………………」
己が仕える『打ち手』の望みを聞き、白鞘は悩まし気な表情を浮かべる。
ザッカイが熱望する『緋王』など、滅多に遭遇するものではなく、
白の教会が血眼になって探してもすぐには見つからない。
また、緋王に並ぶ強敵として『朱妃』の存在が挙げられるが、こちらは『城』や『ダンジョン』といった難所の最奥に潜んでおり、いかに剣鬼ザッカイといえど、単独でそこまで辿り着くのは至難の業。
『城』の攻略メンバーを募るのにも、まず対象や候補、時期の選定から始めねばならず、年単位の一大プロジェクトを立ち上げる必要がある。
『打ち手』のザッカイが望んでもすぐに取り掛かれるモノではない。
「ザッカイ様…………、その………」
白鞘は申し訳なさそうな顔で期待に応えられないことを謝罪しようとすると、
「………レッドオーダーじゃなくて、人間の強者と戦うのも面白そうだな」
白鞘の言葉を遮り、ザッカイはニヤリとした笑みを見せながら、己の心の底に潜む欲望を滲ませた。
「噂に聞く『機将』ガルナーとか、『百獣』のレイオンとか………、とにかく、強い『人間』と殺し合ってみたい……」
ザッカイが口にしたのは、世界でも最強を謡われる者達の名。
共に『打ち手』であり、ザッカイと同じく人類側の守護者。
「他にも、『孤軍破城』マーゼン、『氷壁』トリスメリス、『鉄砕拳』テンモウ……とかがいたな。へへへっ、まだまだ食いごたえがありそうな奴等がいるじゃねえか……」
世間で知られた強者の名を挙げていくザッカイ。
口元に人食い鬼のごとき笑みを浮かべて。
本来であれば頼もしい味方であるはずの強者達。
しかし、ザッカイの口から、それ等が自身の飢えを満たす為の獲物であるかのような発言が飛び出す。
これが『剣鬼』の2つ名の由来。
自分の強さを確かめる為に、同じ人間すら喰らいかねない狂気。
ザッカイの目に暗い炎が灯る。
その炎は、周りの人間を燃やし、いずれ自らも焼き尽くしかねない危険性を秘めていた。
だが、そんな彼の狂気を鎮める役目の人間がこの場にいた。
ザッカイの傍らにいる白鞘。
彼女はそっと一歩を踏み出し、
ザッカイの胸元へと身体を押し付ける。
細い腕が彼の背に回り、すがるように抱きしめる。
そして、伏せていた顔を上げ、潤んだ青い瞳で、悲しげに見つめ上げた。
「……ザッカイ様」
先ほどと同じくザッカイの名を呼ぶ白鞘。
しかし、その声は先ほどと異なり、どこか色艶めいた響きを含んでいた。
「どうか……、何卒……」
多くは語らない。
しかし、言葉ではなく身体で言いたいことを伝えるがごとく、
白鞘はザッカイの背に回した腕に力を籠める。
「……………」
ザッカイはそんな白鞘を無言で見下ろす。
否応なく伝わる体温。
柔らかな身体の感触と、ほんのり香る甘い匂い。
彼の口元がわずかに緩む。
男である以上、極上の女に抱き着かれて嫌な気分になるはずもない。
剣鬼と呼ばれ、世間では戦闘狂とされる人物であるが、朴念仁でも性的に不能でもない。
そっと、白鞘の腰へ手を回すザッカイ。
その顔に好色の気配を滲ませて。
そして、顔を白鞘の耳元に近づけ、小さくささやく。
「……分かっている」
低く、落ち着いた響き。
自らの従者を安心させるよう気遣いを含ませた声。
「約束だからな。人間相手に喧嘩は売らない」
そう言ってから、ニヤリと、少々下品な笑みを浮かべて、
「その代わり………、街に帰ったら、サービスしろよ」
「……はい」
ザッカイのストレートな要求に白鞘の頬が、みるみるうちに朱に染まる。
視線を恥ずかし気に逸らしながらも、小さくコクンと頷く。
白鞘は女であり、『打ち手』であるザッカイは男。
当然ながら男女の関係。
彼女は身を挺して彼に尽くし、彼は彼女を大事に扱う。
この酷く危険な男を人間社会に馴染ませているのは白鞘の功績。
己の身体を使って、辛うじて秩序側に所属させているのだ。
そうでなければ、強者と戦うことにしか興味のないこの男は、すぐに犯罪者として追われる身になっていたであろう。
そして、その追討に、一体どれだけの犠牲を払うことになったことか。
そういった意味でも、白鞘の功績は大きい。
ザッカイの希望に沿いつつ、この危険物を上手くコントロールして人類の為に役立たせているのだから。
「そういや………、白鞘」
「はい」
ザッカイはしばらく白鞘の柔らかい体を堪能した後、
ふと、何かを思いついたように質問を投げかけた。
「俺が切っちゃいけない人間の中に……『鐘割り』は入っていなかったよな?」
「………それはもちろん。『鐘割り』は人間の敵でございますから」
「へえ? じゃあ、次の相手はそいつ等でも良いかもな………、『鐘割り』の中に、滅茶苦茶強い奴がいるって聞いたことある。確か、『スケアクロウ』………、だったかな?」
ザッカイが挙げた名は裏社会では有名な犯罪者。
『鐘割り』の幹部、八赤連の一人であり、官憲どころか軍隊すらたった1人で壊滅させたという化け物の名。
しかし、ザッカイの質問に、白鞘は僅かに目を伏せ、
「……………ザッカイ様。その者はつい最近、討伐されたようです」
「え? ………チィッ! 誰だ? 俺の獲物を横取りしたのは!」
ザッカイは舌打ち一つ、声を荒げて問う。
すると白鞘から返ってきた答えは、
「討伐したのは『白ウサギの騎士』と呼ばれる……辺境の新人狩人だそうです」
「はあ? ……………辺境? それも、新人に? なんじゃそりゃ?」
あまりに予想外な答えに、素っ頓狂な声を上げるザッカイ。
「辺境の新人になんかにやられたのか? スケアクロウは? …………なんだよ、とんだ期待外れだったのか………、それとも、その『白ウサギの騎士』……ってのがトンデモナイ奴だったのか?」
「そこまでは………、ですが、その『白ウサギの騎士』という新人狩人は、『深紅の巣』を2つ踏破しているようです」
「へえ? …………しかしなあ、『深紅の巣』と言っても辺境だからなあ~」
「あと、賞金首である『強者へと挑む闇剣士』を討伐したという噂もございます」
「『闇剣士』…………、けっ! 何が『強者へと挑む』、だ。この俺に挑んでこない癖によ! 自分が勝てる相手にしか挑まない弱虫だろうが!」
ザッカイは吐き捨てるように『闇剣士』を嘲弄。
『闇剣士』は中央では名の知れた賞金首。
強者と噂される者を狙う『臙公』だが、ガルナーやレイオン、ザッカイといった世界最強と呼ばれる者を狙った例はない。
あくまで自分が勝てるであろう者しか狙わないというのが通説。
脅威とされているのは、その戦闘力ではなく、勝てる相手にしか挑まない慎重さと居場所を掴ませない隠匿性。
神出鬼没、且つ、狙った獲物を逃がさない習性が恐れられているに過ぎない。
誰も討伐したことがない機種故に、
相対したほぼ全ての者が命を落とした故に、
その脅威の全容は知られていないまま。
だからこそザッカイの『闇剣士』に対するイメージは彼が口にした通り。
厄介ではあるものの、恐るべき強敵とは映らない。
中央では騒然とする『闇剣士の討伐』も、『緋王』『朱妃』を討ち取ったことがある彼にとってはその程度。
だからこそ、白ウサギの騎士に対しての評価はそこまで上がらない。
「フンッ! 随分といい気になっているんだろうな、ソイツは。『俺は名高い賞金首を狩りました!』って感じのデカい面で、中央にデビューする姿が今から目に映るぜ。どうせすぐに、辺境と中央の違いを嫌というほど思い知るだろうよ!」
ザッカイは気に入らない様子で『白ウサギの騎士』を扱き下ろす。
自身が狙いをつけていた『スケアクロウ』を搔っ攫われたこともあるのだろう。
「『白ウサギの騎士』か………、どの辺が『白ウサギ』なのかは知らないが、精々、今のうちに腕を磨いておくんだな。いつかこの俺がお前の実力が本物かどうか試してやるよ!」
巣の最奥でザッカイが宣言。
苛立ちを隠さず、出会った瞬間に切りかかりそうな気配を纏わせて。
また1人、中央の強者に目をつけられた我等が主人公のヒロ。
剣鬼ザッカイとの遭遇は、彼に何をもたらすのであろうか………
<飛空艇『鳳凰丸』内 会議室 天駆>
飛空艇『鳳凰丸』。
それは白翼協商が保有する飛空艇の1隻。
飛行してもスカイフローターに襲われにくい特別機。
白翼協商が公式に発表している3隻には含まれず、
その存在を公表されていない4隻目の飛空艇。
白翼協商から天駆へと貸与され、今は天駆の専用機として稼働中。
元は空賊王討伐の為の貸与だったが、天駆が見事空賊王の討伐に成功したことの報酬として、そのまま継続して使用することが認められた。
今では天駆チームの足として、中央のあちこちを飛び回り、
移動するホームとしても利用されている。
「報告いたします」
飛空艇『鳳凰丸』内の会議室に凛とした声が響く。
会議室に集まっているのは天駆を含めたチームメンバー達。
そんな中で声を上げた主は、一見、女騎士系に見える人型機種。
要所を守る白い軽装甲。
肩で切り揃えられた金色の髪。
年の頃は二十歳前後の美女。
両目の蒼の輝きがなければ人間としか見えない外見。
穢れを寄せ付けぬ清純さ、襟を正さずにはいられない神秘的な気配を身に纏う。
天駆が最も頼りにする筆頭従属機械種。
天駆が一番最初に手に入れたという英雄型。
彼女が報告するのは、中央でも話題となった『白ウサギの騎士』について。
「やはり『白ウサギの騎士』が『強者へと挑む闇剣士』を討伐したのは間違いないようです。そして、バルトーラの街で発生した『鐘割り』のテロを解決したのも『白ウサギの騎士』………」
「本当かよ……」「信じられない」「あの『闇剣士』が……」
「『鐘割り』のテロの解決は、狩人の仕事じゃない……」
彼女が語った『白ウサギの騎士』の成果に、会議室にいるメンバーから驚きの声が上がる。
いずれも天駆を慕い、天駆の役に立てるとの自負を持った仲間達。
顔に刺青の入った強化人間らしき少年。
両腕を機械義肢に付け替えた逞しい改造人間の青年。
腰に工具をぶら下げたメカニックの少女。
三色学会の正式な学位服を着こみ、古めかしい眼鏡をかけた女の子。
軽装フォートレススーツを身に纏い、発掘品の剣を腰に履いた男性。
彼、彼女達の顔はすぐには信じがたいといった感情が見え隠れ。
『驚き』『戸惑い』『疑念』等が彼らの頭の中で渦巻いているのが分かる。
しかし、彼女の報告を真正面から聞く天駆だけは涼しい顔。
空色の目には好奇の光。
口元には好意的な笑みを浮かべ、彼女から語られる事実をそのままに受け止めている様子。
そんな天駆の様子をチラリと見つめ、彼女は報告を続けた。
「また、『白ウサギの騎士』は『深紅の巣』を2つ攻略しているようですね。これは新人狩人が挙げた成果では初の快挙。しかも、どちらも『一踏一破』だったという噂です」
「『一踏一破』は出鱈目だろ!」「そんなの、できっこない! 嘘に決まっている!」
「『深紅の巣』の攻略も信じ難いのに!『一踏一破』なんて絶対におかしいでしょ!」
「50年物の巣。たった1回の遠征で攻略はほぼ不可能。新人なら猶更」
次々とメンバー達から疑義の声が上がる。
『深紅の巣』の攻略はまだしも、流石に『一踏一破』はあり得ないとの意見が大半。
巣は年月とともにその広さと階層を増やす。
『深紅の巣』ともなれば、広さは街一つ分を超え、地下10階以上の深さも珍しくはない。
いくら事前に途中までの地図があったとしても、たった1回の遠征で巣の最奥まで辿り着くのは不可能に近い。
狩人になって間もない者が達成できるわけがないという判断。
あの天駆でさえ、『深紅の巣』を攻略できたのは、狩人になって1年以上経ってから。
常識的にも感情的にも認められるモノではないのだろう。
『白ウサギの騎士』に対するメンバー達の認識は『あまりに嘘くさい』と一致。
だが、そんな中でも天駆、及び、天駆の背後に立つ少女2人だけが、疑いの声を上げずに、英雄型の報告を受け入れている様子。
天駆は相変わらず機嫌が良さそうに微笑を浮かべたまま。
また、背後の少女2人は揃って声を上げた。
「皆、聞いて! 『白ウサギの騎士』の成果については、白の教会でも聞きおよんでいるんだ! さっきの報告に間違いは無いよ! ね! そうでしょ、白波!」
「そうですわね~、白炎の言う通り~、『白ウサギの騎士』は『一踏一破』にてバルトーラの街の未踏破区域の巣……『深紅の巣』を攻略したと、白の教会で認定されていますわ~」
天駆の後ろから2人の少女………鐘守である『白炎』と『白波』が報告に間違いがないことを保証。
白の座 35位 白炎
中学生くらいに見える外見。
肩まで切り揃えた銀髪に炎を象ったオレンジ色のリボン。
体操服にも見える軽装姿。
零れ落ちそうなくらいの大きな目の中に、熱い炎を灯した熱血少女。
白の座 42位 白波
高校生くらいに見える年齢。
腰まで流れる長いウェーブ髪に、白いローブをゆるりと纏う。
表情も声もどこか緩め。寄せては返す穏やかな波を思わせる立ち振る舞い。
どこか浮世離れした雰囲気を併せ持つのんびり少女。
どちらも天駆を『打ち手』とするべく、ずっと傍に控える鐘守。
未だ正式に天駆が『打ち手』となっていないのは、
天駆が『【打ち手】に相応しい実績を上げてから』と保留している為。
すでに『空賊王』を討伐していることから、もう『打ち手』に相応しい実績を上げたのでは? とプッシュするも、なぜか天駆は首を縦に振らずにいる状態。
仲間うちでは『天駆は緋石や朱石の獲得』を目指しているのだ、という意見。
成長著しい天駆だけに、『緋石』『朱石』を手にするのはもう間も無くのことであろうというのが鐘守2人の思惑。
「聞いての通りだよ、皆」
今まで黙って報告を聞いていた天駆が口を開く。
「根拠もないのに後輩を疑うのは良くない。俺達も最初はずっと疑われてきただろ? それと同じ思いを後輩にさせるつもりかい?」
「…………………」
天駆の言葉に一同、バツが悪そうな顔で黙り込む。
天駆の言う通り、天駆のチームも中央で活躍し始めた当初は、その実力を疑われていた。
あまりに若い年齢構成。
特に名の知られた者もおらず、ほぼ無名の新人ぞろい。
従属させている英雄型に頼り切りのチームではないか、と、厳しい目を向けられていた。
天駆のような若いチームが英雄型を従属させているのは不相応、とイチャモンをつけられ、こっちに売り渡せと強引に迫られたのは一度や二度ではない。
だが、実績を積み上げていくことでそういった声は徐々に減少。
そして、鐘守がチームに所属してから、ほぼ無くなったと言っても良い。
今では誰もが新規気鋭の実力派狩人と認めるチームになった。
あと数年以内に狩人チームとしてはナンバー1になるのではないかと噂されるほど。
「だからさ、皆。変に邪推することもせずに、新たに中央入りする『白ウサギの騎士』を素直に祝福してあげよう」
「………わかった」「そうだね、天駆の言う通りだよ」
「実際に判断するのは会ってからね」「今後の活躍を見てから判断」
天駆がそう言えば、メンバー達の意見も変わる。
良くも悪くも天駆が中心のチームなのだ。
そして、彼のこういった所が皆を引き付ける部分でもある。
自信家だが、誠実で公正。
無鉄砲な一面を持つが、細かい心配りを忘れない性格。
そんな天駆だからこそ、メンバー達は付いてきた。
天駆の一緒に遥か高みに辿り着くために。
「報告は以上となります」
「ありがとう。これで『白ウサギの騎士』のことがよく分かったよ」
英雄型からの報告完了を受け、天駆はニコリと微笑みながら礼を言う。
そして、何気なく『白ウサギの騎士』についての感想を呟く。
「しかし、すごい新人が出てきたなあ。『闇剣士』に『深紅の巣』2つ、『鐘割りのテロ』から街を救った………、すでに俺よりも活躍しているんじゃないかな?」
天駆は『白ウサギの騎士』と自分を比べるような、謙遜とも取れる言葉を口にした。
聞き方によっては負けを認めたようにも聞こえる発言。
天駆にとっては特に意味があったモノではないが、
それを聞きつけたメンバー達が過剰反応。
異論を口々に述べてくる。
「そんなわけない! 天駆の方が凄い!」「所詮は辺境の話だよ、中央とは違う!」
「天駆は負けてなんかいないわ!」
「向こうは『臙公』。天駆は『緋王』を倒した。だから天駆の方が上」
天駆の信望者としては我慢ならなかったのであろう。
そういった反応に天駆は苦笑を浮かべて独白。
「俺はまだまだだよ。その緋王……空賊王討伐だって、結局、犠牲者を出してしまった」
軽く目を伏せ、沈痛な表情。
空色の瞳が僅かに陰る。
元々端正な顔立ちであり、イケメンと言っても過言ではないが、どこか活発な子供染みた雰囲気が拭えず、ヤンチャ坊主的な印象が先に来ていた。
しかし、落ち込んだような仕草を見せた途端、儚げな美少年に見えてくる。
年は16歳を超えて半年程経つが、ふと見せる淡い表情は実年齢より幾分幼げに映る。
そんな天駆の様子に一瞬、会議室が静まって……
すぐさま、天駆の仲間達は揃って否定の声を重ねた。
「違う! あれは天駆のミスじゃない!」「そもそもあいつ等、仲間じゃないよ!」
「白翼協商が押し付けてきた助っ人でしょ」「しかも勝手に暴走した……」
天駆の空賊王討伐にて犠牲者が出たのは事実。
しかし、その犠牲者は天駆が集めた仲間ではなく、空賊王討伐の為に白翼協商から派遣された助っ人達でしかない。
元々、空賊王を長年調査していたグループであり、その見識を役立ててもらうために数ヶ月だけ一緒に行動していた程度。
さらに、彼等が犠牲となってしまったのも、天駆の指示に従わず勝手に動いたことが原因。
当時の状況としては以下の通り。
偶然にも空賊王の居場所を掴み、周りに護衛がいない状態で空賊王が1機でいる所を発見。
チャンスとばかりに天駆が奇襲をしかけた。
天駆の瞬間移動術『天飛足』を以って接近。
同時に鐘守2人が感応術で空賊王の動きを押し留めた。
そして、天駆はマテリアル障壁すら無視して切り裂く『天葬剣』を振るい、空賊王の首を切断。
見事、一撃で空賊王の首を狩ることに成功したのだが………
その直後、その助っ人達が空賊王の首を確保するために動いたのだ。
天駆の仲間達が止めるのにも関わらず。
彼等にとっては、長い間追い求めていた空賊王の首は何よりも優先すべきことだったのかもしれない。
それがポッと出てきた若造達に掻っ攫われるのは我慢できなかったのであろう。
彼等の誤算は、空賊王は首だけになっても稼働状態を維持できたこと。
その首に不要に近づき………、次の瞬間、周りに無数の剣が出現。
踊るように切りかかり、助っ人達は瞬く間に全滅。
その後は首だけとなった空賊王と天駆の仲間達との戦闘。
鐘守2人の力もあり、何とかそれ以上の犠牲を増やさず、空賊王の首を晶石ごと完全破壊。
白翼協商の天敵とも言われた空賊王にトドメを刺すことができた。
結局、白翼協商からの助っ人は、天駆の仲間達からすれば迷惑をかけられただけ。
白翼協商の顔を立てるために同行を許したのに、勝手に戦場まで付いてきて、勝手に動いて全滅した迷惑な連中といった認識。
「あいつ等、初めから俺達から成果を横取りするつもりだったんだよ!」
強化人間の少年が怒りを込めて発言。
「俺達への態度も良くなかったし………、あれは絶対にあのタイミングを狙っていたんだと思う」
改造人間の青年が推測を口にする。
「天駆も正直に『迷惑だった』って、白翼協商へ報告すれば良かったのに……、庇う必要なんてあった?」
メカニックの少女が不満を口にする。
「彼らが死んだのは彼らの無謀な行いの故。天駆は悪くない」
学者の女の子が意見を述べる。
「………………」
発掘品の剣を履いた男性だけは先ほどから黙して語らず。
ただ、天駆を信頼の籠った目で見つめるだけ。
次々と出る天駆へのフォロー。
やや理不尽さに対する怒りも込めて。
それは天駆の名誉を守る為。
珍しく弱気に見える天駆を心配してのこと。
天駆は仲間達からのフォローを受け、少しの間、目を瞑って考え込むような仕草を見せる。
そして、目を開けた時には、瞳の中で揺れていた陰りが消え、
「……うん。ありがとう、皆。でもね………」
天駆は少々の苦みが含まれた微笑を浮かべ、静かに首を振る。
「俺はあの結果に満足していない。俺ならもっと上手くできたはずなんだ」
声が、少しだけ低くなる。
その声には確かに自負と覚悟の色が滲む。
「彼らにどのような思惑があれ、一度俺が仲間として迎え入れたのは事実。そして、上手く分かり合えず勝手な行動を許してしまったこともね。それに、緋石も手に入らなかった。最良の結果には届かなかったのは間違いない」
その言葉に皆が沈黙。
誰もが、天駆の言葉に込められた『自負』を実感。
言い訳など許さない。
自分なら最良の結果を手に入れて『当然』。
そして、その『当然』のことができなかった。
そういった『戒め』が込められた天駆の言葉………
「だから、次はもっと上手くやる。全てを守り抜いてみせる。その為に、俺はもっと強くならないといけない………後輩である『白ウサギの騎士』に負けないように……」
天駆は一同を見回し、拳を軽く握る。
空色の瞳に決意の光が灯る。
「最良の結果を手に入れ続ける。そして、俺は皆と一緒に誰も届かなかった高みに辿り着いてやる!」
言葉が熱を帯びる。
天駆が胸を張り、高々に声を張り上げる。
「だから、皆………、俺に協力してくれ!」
一瞬の間の後、爆発したように声が返る。
「おお!」「わかった!」「もちろんよ!」「天駆のためなら」「お任せください」
会議室が沸き立つ。
仲間達の声が空気を揺らす。
そして、その盛り上がりに応えるように、
天駆の背後にいた白炎が前に出てきて声を張り上げる。
「天駆、そして、皆。君達ならできるよ!」
白炎は朗らかに笑い、高らかに宣言。
「アタシが保証する! だって、アタシが付いているのだから!」
その隣で、白波がふわりと微笑む。
間延びした声が、会議室に響き渡る。
「あらら~、そうですわねえ~。天駆さんや皆さんなら、きっとできると思います~。微力ながら私もお手伝いしますからね~、うふふ~」
鐘守二人からの声援は、取り巻きの熱をさらに煽った。
会議室には熱気が籠り、天駆の名を呼ぶ声が何度も木霊する。
「天駆!」「天駆!」
「天駆!」「天駆!」
「行こう! 誰も届かなかった高みへ!」
「絶対に辿り着くぞ! 遥か高みへ!」
「きっと私達ならできる!」
「天駆と一緒なら……」
その声に満足そうな様子で天駆は皆を見渡し、力強い笑みを浮かべる。
声援を浴びて、それを自分の力へ変えていくように。
少年の瞳には、揺るがぬ未来だけが映る。
仲間達と一緒に遥か高みに辿り着くという結果が。
天駆を中心に集まった若者達。
その誰もが信じていた。
このメンバーなら、天駆の言う、誰も届かなかった高みに辿り着けると……、
しかし、そんな中、天駆の傍らに立つ英雄型だけが……
会議室に溢れる熱気に酔わず、ただ冷静な瞳で、天駆とその仲間を見つめていた。
青く輝くその瞳で。
ほんの僅かに哀れみに色を宿しながら。
会議終了後、白炎と白波は日課の礼拝がある為、早々に会議室を退出。
飛空艇『鳳凰丸』に設けられた鐘守用の部屋へと入室。
白波はすぐに周りに誰もいないこと確認。
もちろん自分達以外誰もいないのだが念のため。
そして、部屋に入るなりソファに『よっこらせ』と腰を下ろし、完全にくつろぎモードに入った白炎へと声をかけた。
「白炎、気づいていますか~?」
「ん? 何を?」
白炎は体重を預けていたソファの背もたれから起き上がり、
ホケッとした顔で白波に向き直る。
「天駆の『印象操作』ですよ~。随分と力を増しているようですね~」
「え? あ~……そうだね! 今日も絶好調だった!」
何も知らない人間が聞けば随分と物騒な内容であったが、事情を知る白炎はあっけらかんと返す。
「あれで本人の自覚が無いっていうのも面白いね! 多分、人から良く思われたいって思いが自然と漏れ出しているせいなんだろうけど」
「『人から良く思われたい』というのは、誰しもが思うことですからね~」
白波の言う『印象操作』は感応術の中の『知繰術』に含まれる。所謂ESPの一種に当たる。
強制的に相手が抱く感情を固定させる『魅了』のような強烈なモノもあれば、少しばかり『良い印象』を抱かせるレベルの弱いモノまで幅広い。
天駆が無意識に発動している『印象操作』は鐘守から見ても気にするまでもない微小なレベル。誰もが彼に好意を抱くというものではなく、最初から彼に好意を持つ者の好感度を僅かながらUPさせる程度。
だが、天駆は元々好人物、且つ、容姿も悪くない。
万人の目を引く美少年と言っても過言ではないくらい。
また、立ち振る舞いも洗練されており、発する声も心地良く響く美声。
初対面でも好印象を抱かせやすいのだ。
おまけに天駆の『知繰術』……ESPはそれだけではなく、
「天駆さん………、ごく弱いレベルですが、相手が望む反応を読み取る力もあるようです。『感情察知』の一種ですね~」
「『印象操作』と『感情察知』。この2つを合わせて『人たらし』かあ……、言い得て妙だね!」
「まあ、その2つは私達鐘守がごく当たり前に身に着けている能力。『印象操作』『感情察知』……『人たらし』の能力は、私達でさえ無意識に発動してしまうことが多いです~」
『人から好かれる』『相手の望むモノを知る』
この2つは対人コミュニケーションにおいて最も重要なファクター。
しかし、別に超常的な能力ではなくとも、勘や経験で身に着けることができうるスキルではある。
天駆の『人たらし』も精々そのレベル。
いわゆるカリスマ指導者が人を引き付けるのと同じ程度。
ただし、天駆の場合、普段のエネルギッシュで爽やかな言動、及び、世間を唖然とさせる英雄的な行動・結果が拍車をかけているのだ。
だから天駆の周りには人が集まる。
『彼なら何か大きなことをやってくれる』と信じて援助する人が増え、彼の役に立ちたいと、才能ある人々が列をなして慕ってくる。
「天駆さんと一緒にいると~、英雄という人間はこうやって大きくなって行くのだな、と現在進行形でよく分かります~」
「天駆は思い切りが良いのが最高だよ! とにかく、誰しもが考えもしなかったようなことをやって、結果、成功させているんだから! まるで最高の未来を見据えているみたい!」
空賊王討伐で犠牲となった白翼協商からの助っ人だが、後々の調査で、他の秤屋の息がかかっていたことが白の教会の調査で判明した。
天駆と白翼協商の仲が拗れる可能性もあるので、この情報は2人だけで留めているが。
あのまま、天駆の空賊王討伐の仲間として凱旋していたら、少々厄介なことになっていたかもしれないのだ。
そのような意味では天駆は最良の結果を引き寄せたとも言える。
運が良いのも実力のうち、と言うならば、天駆は間違いなく英雄と呼ばれるに相応しい人間であろう。
それは鐘守2人の見解も同じ。
鐘守2人の天駆への好感度は高い。
もちろん『打ち手』への就任を持ちかけているのだから当たり前だが。
強くて優しくて格好良い。
その上、誰もなしえなかった成果を次々と叩き出すのだから、評価も鰻登りに上がろうというもの。
ただし、気を付けなくてはならないのは、
『高み』まで上り詰めた後のこと。
「…………天駆さん。どの辺りで満足してくれるんでしょうね~」
少しだけ不安げに白波が呟く。
「アタシ的には行ける所まで進んでもらいたいね! その方が熱い!」
「熱さの問題じゃありませんよ~、少しは真面目に考えてください~」
白炎の危ない発言に、白波はうんざりしたような顔で苦言を飛ばす。
そして、すぐに表情を曇らせ、沈んだ声で、
「下手をしたら私達の手で………」
「!!! それは絶対嫌だ…………」
白波と白炎はお互い顔を合わせる。
共に心に占める感情は似通ったモノ。
鐘守の使命とはいえ、『打ち手』と慕った人間に手を下すのは避けたいと思うのは当たり前。
初のケースである白陽以降、『至り過ぎた』ことが理由で、鐘守が『打ち手』を害したことはない(その他の理由では幾例もある)。
そのハードルは少なくとも『赤の帝都』への侵入なのだから当然とも言える。
だが、前人未踏の領域へと足を進める天駆がそこまで辿り着けないという保証はない。
このまま最良の結果を叩き出して行くなら………
共に沈痛な表情を浮かべ、黙り込む2人の鐘守。
天駆の活躍を願う一方、どこかで腰を落ち着けて欲しいとも願う。
『打ち手』となった人間の大半は、戦死していなければ、どこかで己の力量に見切りをつけて引退する。
そうなったとしても鐘守はずっと『打ち手』の傍に付き従うのだ。
レッドオーダーとの戦いも、激しい『砦』や『城』の攻略とも無縁な、穏やかな日々が続く。
いつか『打ち手』の寿命が尽きるまで、ソレを支えるのが鐘守の役目。
だが、あの天駆が、そういった境地に至るまで、大地に留まってくれるだろうか?
大地から離れ、届いてはいけない『場所』に辿り着いてしまわないだろうか?
常に前を向いて走り続ける天駆。
無垢なる天翔ける翼は、一片の邪気を含まず、
ただ無心に『誰も届けなかった高み』を目指して飛び続ける。
高潔な英雄である天駆を慕う身でありながら、
ごく普通の少年であって欲しいと祈る矛盾。
「天駆………、どうか………」
「天駆さん………」
膝を付き、両目を瞑って祈りを捧げる2人。
2人は鐘守としてではなく、愛しい人を慕う少女として、
矛盾した思いを白鐘へと願った。
※狩人編の『閑話 中央の反応』は以上となります。
また、カクヨムの方の近況ノートに剣風、剣雷、毘蜀、辰沙、虎芽、玖雀、刃鐘、タキヤシャ、輝煉、ロキのイラストを掲載しました。良かったらご覧の上、感想を頂けると幸いです。




